影御伽草子

千鶴

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花魁道中

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 貧乏暇無しとはよく言う
 今日明日食べるにも必死
 財をやり繰りするも必死
 曲がりなりに生きてきた
 
 
 あなたと二人夫婦めおととなり
 小さな卓袱台ちゃぶだいに向き合い
 慎ましやかな食事をつつ
 身を寄せ合って眠る暮夜ぼや
 
 
 単調だけれど平穏だった
 あなたと共に暮らす日々
 身過ぎ世過ぎのそんなおり
 ある日突然、女が訪ねた
 
 
「慣れない山道歩き続けて
 もう一歩も動けやしない
 外は吹雪で左右も見えぬ
 一晩泊めては貰えないか」
 
 
 腰まで伸びた長い漆黒髪
 どこか儚げな顔、まぶたに紅
 いやらしいほど真白な肌
 瞬時嫌な予感が胸を刺す
 
 
「さあさ此方こちらへ遠慮はなし
 大変だ腹は減ってるか?
 雪が止むまで居るといい
 ほれ、茶でも出さないか」
 
 
 ほれ、茶でも出さないか
 今のは私に言ったのか?
 直立のまま唖然とする私
 目前の女に夢中なあなた
 
 
 台盤所だいばんどころでひとり米を研ぐ
 茶間から明るい声がする
 雪が止んで日が経っても
 女の帰るきざしはなかった
 
 
 女は機織はたおりが上手かった
 女が紡いだ織物は端麗で
 街では高価な値が付いた
 あなたはそれにも喜んだ
 
 
 どうしよう、どうしよう
 このままでいていいものか
 財がふところを温めると同時に
 機織はたおが私ごと爪弾つまはじ
 
 
 女は痩せ細った体で言う
「どうか私が機織はたおるところ
 誓って覗かないで下さい
 破れば私は此処から去る」
 
 
 そんな約束などせずとも
 早いとこ去って貰いたい
 けれどもあなたときたら
 案にたがわず悲しい顔して
 
 
 カタカタ、カタカタカタ
 鳴るたびに口唇くちびるが震える
 ガタガタ、ガタガタガタ
 襖の向こうで寄り添う影
 
 
 いつからこうなったのだ
 平穏であると思い込んで
 不穏な現実に目を背けた
 私は勢いよく襖を開ける
 
 
「待て。違う。落ち着いて
 どうして開けてしまった
 決して裏切ってはいない
 行かないで。行かないで」
 
 
 あなたはそうして焦って
 私の眼なんて一度も見ず
 去り行く女に縋って泣く
 もう愛なんて僅かも無く
 
 
れ程いうなら旦那さま
 私と一緒に逝きましょう
 奥さまはお役御免につき
 些少さしょうですがどうぞ此方こちらを」
 
 
 そう言って女は私のてのひら
 十分な程の金を握らせた
 私は瞳に涙を浮かべると
 心の内にて歓喜に震える
 
 
 夫は手癖女癖が悪かった
 私は貧しい里方の出身で
 少しでも飯の食える生活
 手放せずに、耐え続けた
 
 
 罵詈雑言は日頃の常より
 暴力醜行は目に余るほど
 逃げられないと諦めた頃
 足抜け最中さなか遊女ゆうじょを見た
 
 
 私は自分の着物を脱いで
 遊女のそれと交換すると
「私の代わりに逃げ延びて」
 そう、希望だけを託した
 
 
「お優しい方。ありがとう
 この恩生涯忘れやしない
 いつか必ず貴女あなたのことも
 私が逃してみせましょう」
 
 
 去り行く二つの背を送り
 私は逆方向に歩き出した
 遊女の厚く塗られた白粉おしろい
 その枯渇肌こかつはだしのびながら
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