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第二部
ナニモノ
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遥は次に人差し指の隣、中指を立てる。
「ここで気になることがもうひとつ。羽貞蘭丸と鈴原桜介。ややこしいですが、このふたりは“ロウ”の字が違えど“タクロウ”という同じ音の名前をつけられました。その理由はのちに説明しますが、ふたりの所在はご存知の通り、ひとりは佐藤家に養子へ、もうひとりは三越の使用人として籍を置きます。おかしいとは思いませんか?」
「なにが?」
「そんなにぽんぽん籍が用意できることにですよ。だいたい、三越家の人間は血縁関係のみで代を繋いできたんですよ? 日本の法律は、親族間の婚姻を認めていません。現に翔太に調べさせたらすみれさん……いや、戸籍上は小百合さんの名前ではありますが、彼女の配偶者の欄にあった名前は当然、三越三郎ではなかった。戸籍にあった名前は勇。旧姓鈴原勇という、三越家とは縁もゆかりもない男性でした」
「鈴原? それって確か、桜介さんの苗字よね?」
遥は先ほど立てた中指の隣に薬指を立て、合計三本の指を涼子に向けた。
「鈴原勇が小百合さんの夫として三越の籍に入ったのが三十年ほど前。義実氏の配偶者欄に載る名前も梅さんじゃないし、三郎さんに至っては三回の離婚を経て現在は独身。掘れば掘るほど周知とは異なる事実がザクザク出てくる。そして鈴原勇を含め、三越に関わる全ての人々はとある施設に関係が深いことがわかったんです。それは、人材派遣会社でした」
「人材派遣?」
「今は潰れたその会社の名前、なんていったと思います?」
“HAC UOTOMI”
涼子は立ち止まり隣の遥に振り向くと目を見開く。その視線に気づき、遥も足を止めた。
「HACとは、ヒューマンアーチコネクトの略だったそうですよ」
「人材の橋渡し、ねえ……。つまり、鈴原勇を含めた三越の籍に入る人たちは皆、その派遣会社を伝ってお金で買われていたってことなのね」
「そういうことです。一年前に恵比寿にできた魚富青果は、その人材派遣会社の後釜でしょう。場所を変え名前を変え、きっと義実氏の代よりずっと前からこの生業は続いていた。そしてついに歪みが生じたんです。私はその原因に、南雲美帆が一枚噛んでいると予想しています」
その時。枝のしなる音、葉の擦れる騒めきと共に、幾つもの羽音が森を一斉に飛び立った。
頭上を旋回する鳥たちは、その白濁した眼を必死に動かし、何かを探している様子だ。
突然の出来事と異様な鳥の群れに、涼子は反射で遥にしがみつく。
「な、なんなの!?」
「どれも見たことのない鳥ですね」
ふたりは天を見上げ、流石の遥も涼子に身体を寄せる。
「ねえ。こんな状況でなんなんだけど」
「なんですか」
「なんで羽貞蘭丸と鈴原桜介は、同じ“タクロウ”って名前を付けられたの?」
遥は驚いて、頭上から涼子へと視線を移した。
「いや、まじで。絶対それ今じゃないでしょ」
「だ、だって! 後で説明するって言ったじゃない! あたし気になって気になって」
「それは……ちょ、ちょっと待って。来る! 涼子さん鳥! こっち、来る!」
「ひぃぃぃ!」
頭を突き出し、胸を張り。ターゲットにロックした鳥達は、急降下して遥と涼子に向かっていく。
時間にしてわずか二秒。その一瞬で、遥と涼子の身体は右から左へと掻っ攫われた。
(え………………右?)
「誰だお前たち」
聞き慣れぬ声。男の両腕に脇を抱えらた遥と涼子は、おおよそ人の足では出せない速度を感じながら森の中を突っ切っていく。
ザザザっ、と足元の草を踏みつける音。特急車の窓から見るような流れる景色が、遥と涼子の瞳を次々に通過していた。
状況が掴めぬまま、涼子は男の顔を見上げて訊く。
「そ、そっちこそ、どなた?」
「すまんが今忙しい。アンが、娘のアンが攫われたんだ、すぐに助けなければ」
焦る男は早口で捲し立てた。
「アンが八岐大蛇に殺されてしまう!」
「ここで気になることがもうひとつ。羽貞蘭丸と鈴原桜介。ややこしいですが、このふたりは“ロウ”の字が違えど“タクロウ”という同じ音の名前をつけられました。その理由はのちに説明しますが、ふたりの所在はご存知の通り、ひとりは佐藤家に養子へ、もうひとりは三越の使用人として籍を置きます。おかしいとは思いませんか?」
「なにが?」
「そんなにぽんぽん籍が用意できることにですよ。だいたい、三越家の人間は血縁関係のみで代を繋いできたんですよ? 日本の法律は、親族間の婚姻を認めていません。現に翔太に調べさせたらすみれさん……いや、戸籍上は小百合さんの名前ではありますが、彼女の配偶者の欄にあった名前は当然、三越三郎ではなかった。戸籍にあった名前は勇。旧姓鈴原勇という、三越家とは縁もゆかりもない男性でした」
「鈴原? それって確か、桜介さんの苗字よね?」
遥は先ほど立てた中指の隣に薬指を立て、合計三本の指を涼子に向けた。
「鈴原勇が小百合さんの夫として三越の籍に入ったのが三十年ほど前。義実氏の配偶者欄に載る名前も梅さんじゃないし、三郎さんに至っては三回の離婚を経て現在は独身。掘れば掘るほど周知とは異なる事実がザクザク出てくる。そして鈴原勇を含め、三越に関わる全ての人々はとある施設に関係が深いことがわかったんです。それは、人材派遣会社でした」
「人材派遣?」
「今は潰れたその会社の名前、なんていったと思います?」
“HAC UOTOMI”
涼子は立ち止まり隣の遥に振り向くと目を見開く。その視線に気づき、遥も足を止めた。
「HACとは、ヒューマンアーチコネクトの略だったそうですよ」
「人材の橋渡し、ねえ……。つまり、鈴原勇を含めた三越の籍に入る人たちは皆、その派遣会社を伝ってお金で買われていたってことなのね」
「そういうことです。一年前に恵比寿にできた魚富青果は、その人材派遣会社の後釜でしょう。場所を変え名前を変え、きっと義実氏の代よりずっと前からこの生業は続いていた。そしてついに歪みが生じたんです。私はその原因に、南雲美帆が一枚噛んでいると予想しています」
その時。枝のしなる音、葉の擦れる騒めきと共に、幾つもの羽音が森を一斉に飛び立った。
頭上を旋回する鳥たちは、その白濁した眼を必死に動かし、何かを探している様子だ。
突然の出来事と異様な鳥の群れに、涼子は反射で遥にしがみつく。
「な、なんなの!?」
「どれも見たことのない鳥ですね」
ふたりは天を見上げ、流石の遥も涼子に身体を寄せる。
「ねえ。こんな状況でなんなんだけど」
「なんですか」
「なんで羽貞蘭丸と鈴原桜介は、同じ“タクロウ”って名前を付けられたの?」
遥は驚いて、頭上から涼子へと視線を移した。
「いや、まじで。絶対それ今じゃないでしょ」
「だ、だって! 後で説明するって言ったじゃない! あたし気になって気になって」
「それは……ちょ、ちょっと待って。来る! 涼子さん鳥! こっち、来る!」
「ひぃぃぃ!」
頭を突き出し、胸を張り。ターゲットにロックした鳥達は、急降下して遥と涼子に向かっていく。
時間にしてわずか二秒。その一瞬で、遥と涼子の身体は右から左へと掻っ攫われた。
(え………………右?)
「誰だお前たち」
聞き慣れぬ声。男の両腕に脇を抱えらた遥と涼子は、おおよそ人の足では出せない速度を感じながら森の中を突っ切っていく。
ザザザっ、と足元の草を踏みつける音。特急車の窓から見るような流れる景色が、遥と涼子の瞳を次々に通過していた。
状況が掴めぬまま、涼子は男の顔を見上げて訊く。
「そ、そっちこそ、どなた?」
「すまんが今忙しい。アンが、娘のアンが攫われたんだ、すぐに助けなければ」
焦る男は早口で捲し立てた。
「アンが八岐大蛇に殺されてしまう!」
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