たった1度の過ち

なこ

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その1

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半年前、紗織さおりの彼氏、日浦尚樹ひうらなおきは浮気した。

2人は同棲中であったが、紗織はその夜1泊2日の出張で不在だった。
尚樹は、丁度大きなプロジェクトが終わったため打ち上げがあり、共に戦った同僚たちと激務から解き放たれた開放感で、はっちゃけ大いに盛り上がっていた。
尚樹も紗織の不在もあり、時間を気にせずハメを外していた。

2次会、3次会と仲の良いメンバーが残り、最後は気が付いたら同期の女子と2人、酔っぱらいながらホテルに入っていた。

雰囲気に流され、気持ちが高揚していたのか、その時は忙しくて暫く抜く暇もなく溜まっていたからなのか、分からない。酔った勢いだ。ただ、相手を恋愛対象に見たこともないし、失礼な言い方だが性欲解消に使っただけ。オナホと同じ感覚だった。

翌朝、尚樹は乱れたシーツとゴミ箱のコンドームやティッシュ、隣に眠る同期を見て、自分の仕出かしたことを自覚し、恐怖した。紗織を裏切ってしまった。バレたら最悪、別れることになるかも知れない。
獣のように気遣いなどなく、快楽だけを求めてめちゃくちゃに交わった事を、じわじわと思い出していた。
ゴミ箱のコンドームから、酔っ払っていても避妊はきちんとしている事には安心した。

「ごめん。彼女がいるんだ。無かったことにして欲しい」

尚樹は、冷や汗をかきながら、とにかく無かったことにしたくて、目が覚めた一夜の相手であり同期の前田まえだ可奈子かなこにお願いした。

「別に、日浦とどうこうなりたいとか思ってないよ。いい大人だし、お互い様でしょ」

そう言うと、明らかにホッとした顔をしたので、前田はイラッとした。

前田は3ヶ月前、大学から付き合っていた彼氏に浮気され別れていた。当時の彼氏は、今の日浦と同じように隠そうとしたが、浮気相手からの接触があり問い詰めたところ半年近く浮気をしていた事が判明し、別れるに至った。
彼女がいるのに浮気した日浦が、無傷で何もなかったことにして、今まで通り過ごすことに強い不快感を覚えた。
日浦の彼女は、浮気した事を知らずに過ごすのが。


ふと、昨日の打ち上げで、酒もまわり、プライベートについてのぶっちゃけ話が始まった頃の同期数人での会話を思い出した。

「じゃあ、日浦ってその彼女しかヤッたことないの?」
「まぁ、15から付き合ってるし、普通そうなるだろ」
「えー、人生たった1人って、他を経験してみたいとか思わんの?彼女よりイイ女も沢山いるかもよ?」

尚樹は、興味が全く無いとは言えないが、他の人と関係を持つ=紗織と別れる、と思うと他は知らなくてもいいと思っていた。

「…思わない」
「今、微妙な間があっただろ?」
「ナイナイ!彼女が大事だから、失うような事はしたくない」
「でも他の女試すなら、今のうちじゃね?」
「は? なんで? 浮気じゃん」
「結婚してたら社会的にマズイけど、付き合ってる間は、他の人も含めて一番いいと思う相手を見極める時期でもあるじゃん?」
「坂井、不倫はダメで浮気はオッケーって考え? 最低~」
「いや~、浮気がいい訳じゃなくって、付き合ってる間は、まだ別れる可能性もあるし、他にいい人がいるかも知れないのに見向きもしないのももったいないっつーか…」
「なんか、喋るほどクズっぽい発言してね?」
「坂井の言い分も分かる部分もあるかも」
「えー?」
「私の場合だけど、最初の彼氏のことすっごい好きで私の人生この人しかいない!一番~って思ってたけど、現在、別人である今の彼氏が一番好きだもん」
「惚気かよー」
「ま、どの人が一番かはずーっと先の未来じゃないと分からないんじゃないかな~って話」
「日浦は1人しか知らないから、分からないかもな」
「…いや、分からなくていい」
「はいはい。ま、10年仲良く付き合えるなら、相性いいって事じゃない?」
「10年とか、羨まし~」

など話していた。

その時、そう言ってもらえる日浦の彼女を羨ましいと思った。自分が失ったものを持っているのが羨ましかった。そして、日浦に本当に浮気心がないのか気になった。本当に10年も一途に思っていたのか。
だから、酔いがまわっているのは分かっていたが、現在フリーでなんの柵もない前田は、日浦とホテルに行ってみたのだ。
10年付き合って、彼女しか知らない男が他の女に興味をもち抱くのか、それとも思い留まって貞操を守るのか。

結局、セックスした。日浦も元彼と同じだ。
欲を吐き出すだけの、愛のないセックス。
だって、キスもしなかった。

「日浦、彼女以外としてみたかったの? なんで私としたの?」
「本当にごめん。酔ってて…」
「彼女と間違えたの?」
「いや、前田って分かってた。心のどこかで、打ち上げの時の会話が引っ掛かってて、彼女しか知らない事をバカにされたような気になってたのかも知れない。本当にバカだった…」

悲痛な顔。前田は日浦に苛ついた。
前田を黒歴史にして葬り去り、彼女にバレずにやり過ごそうとするずるい男。浮気したくせに!

「無かったことには出来ない。日浦とどうこうなる気はないけど、彼女に正直に話して、謝って」
「いやっ、それは… 彼女を苦しめることになるし…」
「じゃあ、日浦はこの浮気を無かったことにして、彼女しか知らないフリをして、彼女を騙し続けるんだね」
「でもっ、知ったら、嫌われる…」
「言えないなら、私から彼女に伝えようか?」

日浦が顔面蒼白になる。

「そっ、れは、勘弁して… 下さい」
「じゃあ、ちゃんと話して謝ってね」
「わ… かった」
「ちゃんと話したら、私たちの間には何もなかったとして、今まで通り同僚として付き合っていく」
「ごめん、ちゃんと話す。会社では今まで通りで…」
「分かってるよ。私も仕事やりにくくなるとか嫌だし、忘れることにする」

そうして、2人は無かったことにする約束をした。
前田は元彼と日浦を重ねて、ストレス解消のような事をしたが、気持ちは晴れなかった。
日浦はどうでも良かったが、彼女は傷付くだろう。
後味が悪かった。

日浦も、前田とは話がついたが、紗織にどう話せばいいのか頭を悩ませていた。

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