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シーズン1-序章

026-お買い物 前編

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商店街に入ると、急に騒音が耳朶を打った。
直ぐに情報処理がなされ、全ての騒音が意味のある言葉として理解できるようになる。

『ツリオン牙の眼鏡、買ってかないか?』
『ラウにしちゃ高くないか? もう少し安くしてくれよ』
『ALEUTISIAのPCGモデル、好評発売中です!』

あまり意味のない情報だが、賑わっているのは確かのようだ。
ちなみに、ALEUTISIAとは電子部品会社、PCGモデルはProgressiveCoreGenerator…..つまりはエンジン部品の制御回路だ。
「私」には積まれていないが。

「まずは私の買い物に付き合っていただけますか?」
「はい」
「了解」
「了解です、大尉!」

ジェシカの買い物に最初に付き合う事になった。
聞けば、その店は地下六十二階にあるそうだ。
もうこれだけで外板の分厚さが分かる。

「どうやって下まで行くのですか?」
「中央エレベーターは混んでいますから、エレベーターを乗り継いで下まで行きましょう」
「分かりました」

上から見えたが、この一つの都市のようになっている区画こそ、このコロニー最大のマーケットであり、地下には更に広がっているという。
これだけ広大なのに、店が良く一杯に詰まって居られるな....と思っていたのだが、

「これだけ広大だと、競合しそうっすよね」
「いえ、誰でも店を構えられるので、良い店と悪い店の区別が難しいのです」

どうやら、その辺が凄く曖昧のようだ。
俺はアクセスできないようにされているが、インターネットで良い店と悪い店の紹介がされているようだ。

「お、プレトニア土産があるね.....もっとも、粗悪品のようだけども」

店頭に並んだよく分からない形のストラップを見て、声を潜めてハーデンが呟く。
本当に良し悪しが分からないのだが、粗悪品のようだ。
一応状態を記録し、粗悪品ファイルに放り込んでおく。



◇◆◇



ジェシカの後を追って辿り着いたのは、ある古びた商店の前だった。
古びた、とはいっても、情報精査をすれば[偽装塗装]という項目と、使用されている塗料の情報が複数のタブに表示される。

「ここに何のご用事ですか?」
「そろそろ私も、昇進したので、自分の身が可愛くなってきました――――」

視界に、店名が映った。

「ですから、護身用の武器を買おうかと思いまして」

『ミキア武器店』
店名は、そんな名前だった。
ミキアとは、カレス星系独自言語で、意味は概ね「安心安全」である。

「安心安全.....ですか、信用ならないと思うんですけど?」
「評判はいいので、大丈夫でしょう」

ジェシカは扉を開けて店内に入った。
俺達もそれに続く。
店内に入ると、様々な武器が眼に入った。
ガラス.......恐らく、もっと硬い素材だろう、透明な板で仕切られた箱の中に、武器が並べてあった。

「買う武器は決まっているんですか?」
「いいえ、ただ、出来ればレーザーガンを、片手で撃てるといいですね」

アドバイスをしたいが、銃のデータはないし、前世の知識ではレーザーガンというよく分からないものに対してアドバイスすることは出来ない。

「客か?」
「はい、武器を見繕ってもらいに来ました」

店の奥に進むと、陰になっていた場所にあったカウンターに座る、店主らしき男が顔を上げた。
俺達の事を逆光になっていて把握していなかったのだろう。

「随分と大所帯だが......全員かね?」
「いえ、私だけです」
「そうか、買わない奴は好きに見ていくと良い」
「え?」

俺はつい声を上げてしまう。
それに、店主が反応する。

「ん? ……お前さん、アンドロイドじゃないな? 今の驚き方は....人間、か?」
「違いますが.....事情があるので、お話しできません」
「で、何が気になったんだ?」

店主は俺に、声を上げた理由について問う。

「いえ......先程の発言、『好きに見ていくと良い』についてですが、警備上の観点からあまりにも無防備では?」
「.........あー、確かにお前は人間じゃねえな、学習中のなんかのロボットか。教えてやるよ、こういう施設の商品はな、IDが振られてるんだ。IDが取り除かれた商品しか、外に持って出れないのさ」
「........ありがとうございます、良い知見が得られました」
「おう、ここには良い武器が揃ってる――――アンドロイド用のはさすがに置いてねえが、じっくり見て行け」

店主の男は、そう言って笑った。
俺も、その笑顔に笑い返した。



ジェシカは、カウンターの前に立つ。
店主の男は、自分をダーハと名乗り、

「さーて、どんな武器が欲しいんだ?」

と問いかけた。
ジェシカは、先程クラヴィスに伝えたのと同じ条件の武器を探していると答えた。

「レーザーガンで、片手で撃てるヤツか........護身用って事は、なるべく速く撃てた方がいいよな?」
「はい、そうなります」

店主は奥の棚を順々に開け、三挺の銃をカウンターに並べた。

「こいつがTGX-26ラピッドファイア、こっちがCCP-882-2ビーストクロー、最後のこいつがWDG-02ウェストデュエルだ」
「説明をお願いできますか?」

ジェシカの提案を、ダーハは頷いて肯定する。

「TGX-26はテクニカルグロウ社の26番目の型番だ、連射力に長けながら、燃費もいい。直ぐに打てるわけじゃねえが、狙いが定まらない時でも複数回撃てるのが長点だな。CCP-82-2はロステック社の82型の改良型だ、エネルギー充填が速くてな、抜いてから直ぐに撃てるはずだ。最後に.......WDG-02だが、こいつは......」

ダーハは、カウンターの下からホルスターを取り出す。
それは機械化されていて、WDG-02が完璧に嵌まる形になっていた。

「ホルスターに手を近づけた時点で自動でエネルギー充填がされる上に、グリップを握った時点で安全装置が外れる。どっかの国のガンマンが、決闘に好んで使ったらしい」
「.....興味深いですね、お値段は?」
「ちょっと高いが、12万SCだ」
「値段交渉は出来ますか?」
「勿論」

12万SCとは、ジェシカの月収が5000SCであるので、実質二年分の給料である。
ジェシカは趣味を持たないため貯金はあるが、この値段は少々手痛い。

「――――そうだな、10万までなら値切ってやろう。ただし――――」
「ただし?」
「年1回のメンテナンスはここでやる事、送料はタダにしてやるから、レーザーサイトみたいな装備品が欲しくなったら、ここから買ってくれ」
「....分かりました」

ジェシカは頷く。
メンテナンスをここで行うくらいならば、戦地に赴いていても連続ワープの超高速便で行き来できる。
装備品も同じだ。

「それから.......」
「?」
「あのアンドロイドに、武器を買ってやる時は、是非ウチで買ってくれよ」
「考えておきましょう」

実のところ、クラヴィスに武器を買い与えるのは自分ではなく軍だ。
なので、この約束は最初から不履行となる。
ジェシカは適当に頷き、それで支払いへと移る。

「支払いは....まさか、現金なんて言わないよな?」
「そういう奇特な方がいるのは知っていますが、私は違いますよ?」

ジェシカが腕を機械に押し当てると、中のインプラントが反応し、決済が行われる。

「あー、試し撃ちはしていくか?」
「是非」

ジェシカは、店主と共に店の奥の練習場へと消えた。



「買い物に付き合っていただき、ありがとうございます」
「次は僕の番かな?」

数分後。
俺達の前に、ジェシカが姿を現した。
腰には、見慣れない形のレーザーガンが吊ってある。
これでジェシカの買い物は終わり、次はハーデンの番である。
次がラウドで、最後が俺のオークションだ。
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