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おいかけっこ2
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左腕を強打したのは瞬間移動の着地に失敗したからだった。痛む腕を反対の手でさすっていると、目の前にカオウが現れる。
「大丈夫か?」
手を差し出す姿が以前のカオウと重なった。
その面影にすがり付きたい衝動と、先程の恐怖との間で動けない。
ただただ、情けないほど涙だけが流れる。
「ごめん。やりすぎた」
一歩近づいてきたカオウに身構えてしまい、カオウの表情に悲哀が浮かぶ。
悲しませたいわけじゃないのに。
「お願いだから怖がらないで」
「ごっ……ごめんなさい」
「ツバキは謝る必要ないだろ」
悲しげに微笑まれ、胸が痛む。
カオウの手がツバキの腕へ伸びるが、恐怖がある限りその手を取れない。
慌ててまた逃げたいと願う。一瞬宙に浮く感覚があった。
次にどさりと落ちたのは、カオウから十メートルほど離れた場所。
少し高い位置に現れたらしく、落ちて思いきり背中を打った。身を起こそうとすると鈍痛が背中を走る。
「痛……!」
「おい!?」
すぐさまカオウが真横に現れる。
ツバキは反射的にまた消えた。
「きゃあ!!」
今度は前のめりに現れ、転んで膝をすりむく。
「もうやめろって」
カオウが消えたのでツバキもまた消えた。
アベリアたちがいる部屋へ行きたいのに、思い通りのところへ行けない。少し坂になっている足場の不安定な場所へ着地し、コロンと転がる。
痛む頭をさすっているとカオウが目の前に現れて腕を掴んだ。
「危ないから大人しくしてろ」
ツバキは首を振ってまた消える。
そうやって新たな傷を作りながら瞬間移動して、カオウが追ってきて、また逃げてを何度も繰り返し、ようやく部屋の前まで来た。
魔力を大分消費している。自力で入ろうと立ち上がると、後ろから抱きすくめられた。
「行くな」
耳元で切なそうに囁かれ心臓が波を打つ。
「いや!」
アベリアの姿を思い浮かべながらギュッと目を瞑った。
ふっと体が浮く。
「えっ!? ツバキ様!?」
サクラの声がして目を開けると、アベリアが驚愕の眼で見下ろしていた。座った状態で着地できたらしい。振り返ると掃除中のサクラと他の侍女もいた。
「ツバキ様、どこから来ました?」
サクラの声に無言で目を見開いていたアベリアがはっとし、ツバキに手を差し出す。
ツバキはそれを躊躇なく掴んで立ち上がると、アベリアに抱きついた。
「セイレティア様?」
突然のことに戸惑うアベリア。主人をよく見ると頭も服も土で汚れており、体には数ヶ所の擦り傷。しかも顔には涙の痕があり、服の後ろのファスナーが若干開いている。
まさかカオウがと冷や汗をかいたところで、当人がいきなり目の前に現れた。
「ツバキ」
申し訳なさそうなカオウに、怯える主。
確実に何かあったなと女官のこめかみがピクピク動いた。
カオウが女官の背後に隠れたツバキに近づく。
「何もしないからこっち来て」
「さっきも変なことしないって言ってたのに、昨日よりもっと酷いことしたじゃない!」
ピシリと部屋の空気が凍る。
モットヒドイコト?
女官と侍女たちの青筋が立った。
「カオウ、あなた何したの?」
その問いにカオウとツバキの顔が真っ赤に染まる。サクラは雑巾を操っていた小さな杖(魔力で物を動かせる道具)を落とした。
「な、な、な、な、何……を」
サクラはよく読む恋愛小説だったらどんなことが起きるかを想像した。キスマークよりももっと酷いこととは何か?
想像しすぎてサクラの頭が沸騰する。よろよろとツバキに近づいた。
「ツバキ様。まさか……まさ……」
「え、サクラ? どうして貴女がそんなに憔悴してるの?」
「まさか。カオウに、て、貞操を……」
「て!? 何てこと言うの!?」
キャーキャー騒いでいると、事態を察したトキツとギジーが慌てて走ってきた。
「おい二人とも、大丈……」
キッと侍女たちがすごい剣幕でトキツを睨む。
女官も冷えた目を護衛へ向けた。
「トキツ。陛下にご報告しますからね」
サーッとトキツの顔から血の気が引いていく。
「ア、アベリア様。それは……。カオウ!お前何した!?」
全員の目がカオウに集まる。
カオウは恥ずかしそうに顔を伏せた。言わないでと頼むツバキを無視して口を開く。
「ツバキに告ってキスした」
数秒の間。
顔を青ざめる人、赤らめる人、目が点となる人、ゲンナリする人それぞれ反応がある中、女官は努めて冷静にカオウを見据えた。
「カオウ。貴方、自分がしたことの重みをわかっているの? セイレティア様はこの国で最も高貴な血筋のお一人。一時の感情で振り回していい方ではないわ」
射抜くような強い目をカオウへ向ける。
「一時じゃねーよ。俺だってすごく悩んだ。でも好きになっちゃったんだからしょうがないだろ」
「全くわかっていないようね。貴方はセイレティア様にふさわしくないって言っているの」
カオウはむっとして眉をひそめた。
「ふさわしいって何? そりゃあ俺はまだあいつほどカッコよくないけど、いつか絶対あいつより強くなってツバキを守れる男になるから」
きょとんとなるツバキ。
「カオウ、あいつって?」
「ツバキの初恋はロウだろ?」
「…………!!」
さらっととんでもない爆弾を落とされ口をパクパクさせる。
侍女と護衛が聞いてはならないものを聞いてしまったように凍り付く。
女官だけは静かに目を閉じて上を向いていた。
ツバキの全身がこれ以上ないほど羞恥心で真っ赤になっていく。
「そ……それは……十歳のころの……話で…………」
「でも毎日会いに行ってたじゃん。彼女いるって知って泣いてたし」
「な……な……な……な……な……な」
(何てことを!! 恥ずかしすぎる!!!)
ツバキは今日の怒りとか恐怖とかドキドキとか罪悪感とかいろんな感情がすべて吹っ飛んだ。
恥ずかしくて恥ずかしくて、猛烈に恥ずかしくて、顔から火が出るとはこういうことかと文字通り体験しそうなくらい恥ずかしかった。
この場から立ち去りたい。いや、消えたい。
消えていなくなりたい。
それだけを強く強く願い、ツバキは残りの魔力すべてをかけて……本当に消えた。
目の前にいたはずのツバキが消えた。
またどこかへ瞬間移動したと思い、全員で寝室や塔、裏庭を探したがいなかった。
カオウは途方に暮れてソファへ腰かける。
「トキツの能力でも見えないのか?」
「ああ。どこにもいない。真っ暗だ」
真っ暗ということは、通常なら死を意味する。しかしそんなわけはないと頭を振った。
「カオウは? どこにいるか感じないか?」
「いや。どこにも気配はないし、さっきから思念で呼びかけてるが反応がない。無視とかじゃなくて、本当に存在しないみたいに」
「どういうことだ?」
「わかんねえ」
ただ告白したかっただけなのに、感情に流されてキスして怖がらせた挙句に逃げられた。
「俺……しくじった」
「そうだな」
トキツがやや呆れたように答える。
「クソだっせえ」
「本当に」
そう冷たく言い放ったのはトキツではなく女官だった。
主が行方不明になった元凶を静かな炎を燃やした目で見下ろす。
「相手の気持ちを考えず迫るなんて下劣極まりない」
グサリとカオウの心臓がえぐられる。
「ご……ごもっともです」
「知られたくなかった過去を皆にバラすなんて頓珍漢にもほどがある」
「ごめんなさい」
心なしかカオウの体がしおしおと小さくなっていく。
「ふさわしいどころか、迷惑」
「はい……」
気づいたらソファの上に正座していた。
「貴方がいない間どんなお気持ちで過ごされていたのか、想像すらできないの?」
カオウははっとした表情を浮かべ、口を真一文字に結んだ。
女官は忌々しげに眉をひそめる。
「セイレティア様の心の支えだと思っていたから、貴方のことは今まで大目に見ていたのよ。でも、今日でお心を乱す危険分子となったようね。むしろ一番やっかいな存在になった」
グサリ。
「これからもそういう存在になるのなら、そばに置くわけにはいかないわ」
「…………」
カオウは頭を抱えた。
女官の言う通りだ。
焦るあまり、一番大事にしなきゃいけないツバキの気持ちを考えずに突っ走りすぎてしまった。
(何やってんだ俺)
体は成長しても中身はまったく変わっていない。
自分の情けなさに辟易する。
しかし今は落ち込んでいる暇はなかった。
(ツバキを探さなきゃ)
一体どこへ行ってしまったのか。
瞬間移動はまだ近距離も自在にできないようだったから、思念が届かないほど遠くへは行っていないはずだ。近いが思念が届かず、ギジーの能力でも追えない場所。
「もしかして……あそこにいるのかも」
「あそこ?」
トキツが首をかしげる。
瞬間移動ができたのなら可能性はある。
「空間に入ったんだ」
「空間?」
「自分だけの空間。トキツとギジーも一回俺の空間に入っただろ」
カオウと出会った翌日、トキツたちは無理矢理入れられたことがある。
上下の感覚がなく、しばらく入ると気が狂うと言われ、出たらしばらく吐き気が治まらなかった二度と入りたくない場所。
「だ、大丈夫なのか? 気が狂うんじゃあ」
「自分で作った空間なら大丈夫なはず」
「はずって……」
「授印になったの初めてだから他人が使ったところなんて見たことないもん。どうしよ」
無言になった二人を見て、女官が短く息を吐いた。
「とりあえず陛下にご報告しなければならないわね」
「う……」
カオウとトキツはだらだらと脂汗を流した。
カオウはクダラに、トキツはジェラルドに怒られる。
「お、俺。とりあえず、自分の空間の中探してみる……」
「おい、逃げる気か!」
トキツの抗議もむなしくカオウはそそくさと消えた。
愕然とその場に立ちつくすトキツ。
(俺だけで行くのか? 懲罰? 減俸? クビ?)
「貴方が目を離さなければこんなことにはならなかったのよ」
女官の冷ややかな視線が痛い。
襟の後ろを掴まれて、トキツはズルズルと部屋を後にした。
「大丈夫か?」
手を差し出す姿が以前のカオウと重なった。
その面影にすがり付きたい衝動と、先程の恐怖との間で動けない。
ただただ、情けないほど涙だけが流れる。
「ごめん。やりすぎた」
一歩近づいてきたカオウに身構えてしまい、カオウの表情に悲哀が浮かぶ。
悲しませたいわけじゃないのに。
「お願いだから怖がらないで」
「ごっ……ごめんなさい」
「ツバキは謝る必要ないだろ」
悲しげに微笑まれ、胸が痛む。
カオウの手がツバキの腕へ伸びるが、恐怖がある限りその手を取れない。
慌ててまた逃げたいと願う。一瞬宙に浮く感覚があった。
次にどさりと落ちたのは、カオウから十メートルほど離れた場所。
少し高い位置に現れたらしく、落ちて思いきり背中を打った。身を起こそうとすると鈍痛が背中を走る。
「痛……!」
「おい!?」
すぐさまカオウが真横に現れる。
ツバキは反射的にまた消えた。
「きゃあ!!」
今度は前のめりに現れ、転んで膝をすりむく。
「もうやめろって」
カオウが消えたのでツバキもまた消えた。
アベリアたちがいる部屋へ行きたいのに、思い通りのところへ行けない。少し坂になっている足場の不安定な場所へ着地し、コロンと転がる。
痛む頭をさすっているとカオウが目の前に現れて腕を掴んだ。
「危ないから大人しくしてろ」
ツバキは首を振ってまた消える。
そうやって新たな傷を作りながら瞬間移動して、カオウが追ってきて、また逃げてを何度も繰り返し、ようやく部屋の前まで来た。
魔力を大分消費している。自力で入ろうと立ち上がると、後ろから抱きすくめられた。
「行くな」
耳元で切なそうに囁かれ心臓が波を打つ。
「いや!」
アベリアの姿を思い浮かべながらギュッと目を瞑った。
ふっと体が浮く。
「えっ!? ツバキ様!?」
サクラの声がして目を開けると、アベリアが驚愕の眼で見下ろしていた。座った状態で着地できたらしい。振り返ると掃除中のサクラと他の侍女もいた。
「ツバキ様、どこから来ました?」
サクラの声に無言で目を見開いていたアベリアがはっとし、ツバキに手を差し出す。
ツバキはそれを躊躇なく掴んで立ち上がると、アベリアに抱きついた。
「セイレティア様?」
突然のことに戸惑うアベリア。主人をよく見ると頭も服も土で汚れており、体には数ヶ所の擦り傷。しかも顔には涙の痕があり、服の後ろのファスナーが若干開いている。
まさかカオウがと冷や汗をかいたところで、当人がいきなり目の前に現れた。
「ツバキ」
申し訳なさそうなカオウに、怯える主。
確実に何かあったなと女官のこめかみがピクピク動いた。
カオウが女官の背後に隠れたツバキに近づく。
「何もしないからこっち来て」
「さっきも変なことしないって言ってたのに、昨日よりもっと酷いことしたじゃない!」
ピシリと部屋の空気が凍る。
モットヒドイコト?
女官と侍女たちの青筋が立った。
「カオウ、あなた何したの?」
その問いにカオウとツバキの顔が真っ赤に染まる。サクラは雑巾を操っていた小さな杖(魔力で物を動かせる道具)を落とした。
「な、な、な、な、何……を」
サクラはよく読む恋愛小説だったらどんなことが起きるかを想像した。キスマークよりももっと酷いこととは何か?
想像しすぎてサクラの頭が沸騰する。よろよろとツバキに近づいた。
「ツバキ様。まさか……まさ……」
「え、サクラ? どうして貴女がそんなに憔悴してるの?」
「まさか。カオウに、て、貞操を……」
「て!? 何てこと言うの!?」
キャーキャー騒いでいると、事態を察したトキツとギジーが慌てて走ってきた。
「おい二人とも、大丈……」
キッと侍女たちがすごい剣幕でトキツを睨む。
女官も冷えた目を護衛へ向けた。
「トキツ。陛下にご報告しますからね」
サーッとトキツの顔から血の気が引いていく。
「ア、アベリア様。それは……。カオウ!お前何した!?」
全員の目がカオウに集まる。
カオウは恥ずかしそうに顔を伏せた。言わないでと頼むツバキを無視して口を開く。
「ツバキに告ってキスした」
数秒の間。
顔を青ざめる人、赤らめる人、目が点となる人、ゲンナリする人それぞれ反応がある中、女官は努めて冷静にカオウを見据えた。
「カオウ。貴方、自分がしたことの重みをわかっているの? セイレティア様はこの国で最も高貴な血筋のお一人。一時の感情で振り回していい方ではないわ」
射抜くような強い目をカオウへ向ける。
「一時じゃねーよ。俺だってすごく悩んだ。でも好きになっちゃったんだからしょうがないだろ」
「全くわかっていないようね。貴方はセイレティア様にふさわしくないって言っているの」
カオウはむっとして眉をひそめた。
「ふさわしいって何? そりゃあ俺はまだあいつほどカッコよくないけど、いつか絶対あいつより強くなってツバキを守れる男になるから」
きょとんとなるツバキ。
「カオウ、あいつって?」
「ツバキの初恋はロウだろ?」
「…………!!」
さらっととんでもない爆弾を落とされ口をパクパクさせる。
侍女と護衛が聞いてはならないものを聞いてしまったように凍り付く。
女官だけは静かに目を閉じて上を向いていた。
ツバキの全身がこれ以上ないほど羞恥心で真っ赤になっていく。
「そ……それは……十歳のころの……話で…………」
「でも毎日会いに行ってたじゃん。彼女いるって知って泣いてたし」
「な……な……な……な……な……な」
(何てことを!! 恥ずかしすぎる!!!)
ツバキは今日の怒りとか恐怖とかドキドキとか罪悪感とかいろんな感情がすべて吹っ飛んだ。
恥ずかしくて恥ずかしくて、猛烈に恥ずかしくて、顔から火が出るとはこういうことかと文字通り体験しそうなくらい恥ずかしかった。
この場から立ち去りたい。いや、消えたい。
消えていなくなりたい。
それだけを強く強く願い、ツバキは残りの魔力すべてをかけて……本当に消えた。
目の前にいたはずのツバキが消えた。
またどこかへ瞬間移動したと思い、全員で寝室や塔、裏庭を探したがいなかった。
カオウは途方に暮れてソファへ腰かける。
「トキツの能力でも見えないのか?」
「ああ。どこにもいない。真っ暗だ」
真っ暗ということは、通常なら死を意味する。しかしそんなわけはないと頭を振った。
「カオウは? どこにいるか感じないか?」
「いや。どこにも気配はないし、さっきから思念で呼びかけてるが反応がない。無視とかじゃなくて、本当に存在しないみたいに」
「どういうことだ?」
「わかんねえ」
ただ告白したかっただけなのに、感情に流されてキスして怖がらせた挙句に逃げられた。
「俺……しくじった」
「そうだな」
トキツがやや呆れたように答える。
「クソだっせえ」
「本当に」
そう冷たく言い放ったのはトキツではなく女官だった。
主が行方不明になった元凶を静かな炎を燃やした目で見下ろす。
「相手の気持ちを考えず迫るなんて下劣極まりない」
グサリとカオウの心臓がえぐられる。
「ご……ごもっともです」
「知られたくなかった過去を皆にバラすなんて頓珍漢にもほどがある」
「ごめんなさい」
心なしかカオウの体がしおしおと小さくなっていく。
「ふさわしいどころか、迷惑」
「はい……」
気づいたらソファの上に正座していた。
「貴方がいない間どんなお気持ちで過ごされていたのか、想像すらできないの?」
カオウははっとした表情を浮かべ、口を真一文字に結んだ。
女官は忌々しげに眉をひそめる。
「セイレティア様の心の支えだと思っていたから、貴方のことは今まで大目に見ていたのよ。でも、今日でお心を乱す危険分子となったようね。むしろ一番やっかいな存在になった」
グサリ。
「これからもそういう存在になるのなら、そばに置くわけにはいかないわ」
「…………」
カオウは頭を抱えた。
女官の言う通りだ。
焦るあまり、一番大事にしなきゃいけないツバキの気持ちを考えずに突っ走りすぎてしまった。
(何やってんだ俺)
体は成長しても中身はまったく変わっていない。
自分の情けなさに辟易する。
しかし今は落ち込んでいる暇はなかった。
(ツバキを探さなきゃ)
一体どこへ行ってしまったのか。
瞬間移動はまだ近距離も自在にできないようだったから、思念が届かないほど遠くへは行っていないはずだ。近いが思念が届かず、ギジーの能力でも追えない場所。
「もしかして……あそこにいるのかも」
「あそこ?」
トキツが首をかしげる。
瞬間移動ができたのなら可能性はある。
「空間に入ったんだ」
「空間?」
「自分だけの空間。トキツとギジーも一回俺の空間に入っただろ」
カオウと出会った翌日、トキツたちは無理矢理入れられたことがある。
上下の感覚がなく、しばらく入ると気が狂うと言われ、出たらしばらく吐き気が治まらなかった二度と入りたくない場所。
「だ、大丈夫なのか? 気が狂うんじゃあ」
「自分で作った空間なら大丈夫なはず」
「はずって……」
「授印になったの初めてだから他人が使ったところなんて見たことないもん。どうしよ」
無言になった二人を見て、女官が短く息を吐いた。
「とりあえず陛下にご報告しなければならないわね」
「う……」
カオウとトキツはだらだらと脂汗を流した。
カオウはクダラに、トキツはジェラルドに怒られる。
「お、俺。とりあえず、自分の空間の中探してみる……」
「おい、逃げる気か!」
トキツの抗議もむなしくカオウはそそくさと消えた。
愕然とその場に立ちつくすトキツ。
(俺だけで行くのか? 懲罰? 減俸? クビ?)
「貴方が目を離さなければこんなことにはならなかったのよ」
女官の冷ややかな視線が痛い。
襟の後ろを掴まれて、トキツはズルズルと部屋を後にした。
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