セジアス 魔物の惑星

根鳥 泰造

文字の大きさ
上 下
9 / 29
魔物外交編

艦長代理ケヴィンの活躍

しおりを挟む
 ガスパールはアテーナと共に、制御室で偵察艇にハッキングしてプログラムの変更処理に励んでいる。
 だが、ケヴィンは食堂を兼ねたリラクゼーションルームにて、腕組みして足をテーブルの上に乗せ、昼寝でもしているかのように目を閉じて寛いでいる。
 モロウが留守の時は、セシルが艦長代理になり、セシルもいない時はケヴィンが艦長代理となるルール。だが、この非常事態に、彼は何もせずのんびりとしている。
 本当に頼りない艦長代理に見えるが、彼も彼なりに全力を尽くしている。
 自分は足手まといに過ぎないと理解していて、今は独りでこの部屋に篭るのが最善と判断しただけだ。
 一度は、ヘリオスで王宮に乗り込むという案をだしたが、冷静に状況分析すると、二人の人質を盾にされ、自分達まで捕まる危険がある。彼らに気づかれない様に隠密裏に行動して、二人を救出するのがベスト。
 行動は深夜に行い、王宮内に侵入して、艦長とセシルとを無傷で救出する。それまでは何もせずに待機し、英気を養う。
 偵察艇を自動帰還させると、こちらがモロウ達の洗脳に気づいていると知られてしまうし、その偵察艇にて救助に来るのではと警戒される。だから、偵察艇もそのまま待機。
 ただ、偵察艇を乗っ取られる事は避けねばならないので、その対策だけはして、睡眠を取る様にと、ガスパールに指示をだした。


 だから、今は彼の邪魔をしないこと。下手に手伝うと、足手まといになり、ガスパールの仕事を増やすことになると自覚している。自分が手伝わない事が最良だと信じ、今、こうして休憩体勢を取っている訳だ。
 だが、ケヴィンは昼寝しているのではない。昼寝している様に見えるが、彼は自分にしかできない事を独りでしている。
 それはセシルとモロウの二人に掛けられた魔法を解除する方法を見つけ出すこと。その為には、あの魔法の原理を解明しなければならないが、智の女神の名を冠する人工知能でも恐らくは無理。あの魔法の原理を解明できるとすれば、それは自分しかいない。その為に自分はここにいるのだから。

 彼の専門は天文学。セシル同様に飛び級して物理学博士の称号も持つが、工学知識は乏しく、宇宙飛行士としての技量も卓越しているとは言えない凡庸な人物。正直、なんで人類の命運を担うクルーとして選ばれたのか疑問視された。
 モロウは宇宙滞在経験豊富で、器用で工学知識にも長け、光速走行実験のチーフまでしていた優秀な人物。文句なく、この任務のリーダーとして相応しい人物だ。
 ガスパールは元アメリカ空軍のパイロットで、宇宙飛行士技術競技会で優勝した優秀なエンジニア。彼が選ばれたのも当然のこと。
 セシルは、生物学博士号をもつ医師という今一の経歴だが、女性という点で選ばれている。最悪の事態に、人間の子孫を残すためのイブとなる意味もあり、選ばれるだけの十分な理由があると納得できた。
 だが、ケヴィンだけは誰もが納得できないと、宇宙飛行士仲間では不満の声が爆発した。
 皆が、ケヴィンに辞退する様に迫ったのだ。
 ケヴィンは頭の良さには自信があっても、自分が選抜された理由が分らず、宇宙センター長に、選抜メンバーを辞退すべきかと相談しに行った。
 その際に上司から、彼が精鋭四人に選ばれた理由を聞かされた。
 それは、彼のIQと新理論構築能力を買われてのこと。今までの科学知識では理解できない不可解な問題が発生した場合に、彼ならば、その難問を打破する可能性があると期待されて、クルーに選定されたのだ。
 そして今が、まさにその時。
 そのために、ついさっきまで、持ち込んだタブレットで、ひたすら脳科学の文献を読み漁っていた。
 脳科学なんて知識はなく、彼は素人に過ぎないが、そこはIQ180の超天才。瞬く間にそれを理解して、精神操作魔法マインドコントロールの原理を考える上の下準備を完了させた。
 そしてその知識と、既に持っていた心理学、催眠術等の知識を元に、現在、魔法効果を発動させた法則がどういうものかに迫っている最中。
 何故、目を見つめ合う必要があるのか。何故、正直に全てを話すの様になるのか。その選択が最良だと思い込ませるには何が必要か。
 それらを説明しうる理論を、自分の持てる知識と照らし合わせながら、無数の可能性仮説を立てていく。
 昼寝している様にも見えるが、実は彼の頭の中では、超高速に推論の取捨選択がなされているのだ。
 そして、次第にこの魔法の原理が絞り込まれ、明らかになって行く。
「そう言う事か」
 一時間程考え込んで、彼れは何かを悟った様に、紙に難しい数式を書き始めた。
 原理が大凡分ったので、次は二人に掛けられた魔法を解く方法を考え始めたのだ。
 何枚も紙を丸めて放り投げる。無重力空間でこういう行為は御法度だが、彼は気にせず次々とそれを行う。食堂内には丸めた紙屑が無数に四方八方に飛びまわっている。
 そして二時間程して、「できた」と一枚の紙を手に立ち上がった。
 そこに紙礫が飛んできて、初めて自分がとんでもない事をしていた事実に気づく。
「やべぇ、どうしよう。まあいいか」
 さっきまでも何度も彼に紙屑が激突していたが、その事実すら気づかぬほどの集中力で、掛けられた魔法を安全に解除する方法を導きだしていた。


「ガスパール、これを実現する装置を開発してくれないか?」
 制御室に来るなり、大声を上げた。
「奴らに乗っ取られない対策で、忙しいんだよ」
 ガスパールは彼を無視して振り向きもしない。
「取り敢えずアクセス認証を無効にしておけば、そう簡単には中へはいれない。それ以外の対策はそんなに急ぐ必要はないだろう」
「そうはいかない。途中でやめる訳にはいかないんだ」
 困っているケヴィンを見かねて、アテーナは監視カメラで彼の手元の紙を確認してから優しく話し掛ける。
「ケヴィンさん、これはどういうものなんですか?」
 勿論、アテーナも忙しい。今も作業中でガスパールの手伝いに全力で取り組んでいる。でも並列処理コンピュータなので、同時にいくつも仕事を熟せるのだ。
「良く聞いてくれた。あの魔法を解除する電気信号配列。現代式の魔法かな。このパターンを前頭葉に送り込めば、掛けられれた魔法を解除できる。多分だがな。だからこれが実現出来る装置を作って貰いたいんだ」
「もう魔法の原理が分ったのですか。普段は役立たずですが、やはり選抜されただけの人材だったんですね」
「かわいくないなぁ。今迄はキャプテンが言う程、嫌な奴とは思わなかったが、本当に嫌味だな、アテーナさんは」
「褒めているです。魔法なんて、私には到底理解できない出来事だったので……。その原理を理解し、解除方法まで導いたなんて、ケヴィン博士にしかできません」
「それでも馬鹿にしている様に聞こえるが、まあいい。有難う。それで、装置開発なんだが、ガスパールはダメでも、アテーナさんだけでも、付き合って貰えないだろうか」
「でも今は忙しいので、装置開発には協力できません」
「そんなこと言わないで……。この通りだ」
 彼は手を合わせて頭を下げる。
「ケヴィンさんはモロウキャプテンと違って、からかい甲斐がありませんね。これ以上、からかっても可哀相なので教えますと、装置開発は不要です。コールドスリープ装置の脳波モニタ機能のプログラムを多少改変するだけで、実現できます。モロウキャプテンの場合は、電脳拡張しているので、通信機がついている現状なら、私が送信プロトコルにちょっとした工夫をするだけで、このパターンの電気刺激を前頭葉に与える事は可能です」
「なら今すぐ試しにやってくれ」
「ですが現状は通信装置にノイズが混入する状態の為、ノイズの発生パタンの解析が必要です。完全なランダムなら、どうにもなりませんが規則性があればそれを考慮したノイズキャンセル補正が可能となります。その解析に暫く掛かります」
「それじゃ早くやってくれ」
「既に実行中です。今は静かにガスパールさんの邪魔をしない様に、お待ち下さい。否、食堂が大変な事になっています。直ちに片づけをお願いします」
 普段あまりかまってこないので知らないで済んだが、アテーナの怖さをこの時初めて知ったケヴィンだった。





 その頃、モロウは王都軍と共に偵察艇が停泊している王都傍の田園に隣接する空き地に来ていた。
「では、我々をヘリオスとかいう母船へと案内してもらおうか」
 軍隊と同行していたナーシャが、モロウに命令する。
 今は夕刻とは言えまだ日差しは強いが、男と混じって魔法師団軍で働いていたので、彼女は日中でも外出できる。と言っても、日光に弱いのは確かで、今はマントフードの様なもので全身を覆っている。
「はい、分りました」
 モロウの口からセシルの声が出る。実はセシルのマスクを借りたのだ。翻訳マスクはサンプルした音源を元に音声を合成しているので、翻訳された言葉はセシルの声になる。
 あの後、ケヴィンの指示でアテーナは翻訳協力しなくなった。
 偵察艇でヘリオスに連れて行く様に言われた時、初めてその事実に気づいた。
 モロウは最初、通信コネクタが遂に壊れのかと思ったが、セシルに念話が伝わっていると分り、ケヴィンとガスパールが相談して、敢えてそうしているのだとの結論に至った。
 そこで、セシルを通訳として同行させる提案をしたが、万が一の場合に備え、セシルは手元に人質として残しておきたいと拒否された。
 かと言って、言葉が分らないと、何もできない。
 そこでセシルのマスクを借りることしたという訳だ。

 モロウはマスクを一旦外し、偵察察艇へと向い、「アテーナ、入れてくれ」と今度は自分の声で話し掛けた。
 だが、何も起きない。何度か試みるが何も起きない。
【アテーナ、俺だ。これは作戦なんだ。操られている訳じゃない。中に入れさせてくれ】
 念話でも言って見たが、やはり反応が無い。
 それを見て、ナーシャが何かを言いだした。
 モロウは慌ててマスクを装着し、もう一度お願いしますと口にした。
「何も起きぬではないか。それにアテーナとはどういう事だ。嘘を言えるとは思えないが、まだ別の人間がいるのか?」
「アテーナは人間ではありません。人工知能と言っても分らないと思いますが、人間が作り出した実態のない幽霊の様な存在です。有能な秘書で、俺らが居なくても、この機を守ってくれています」
「そういうものもいるのか。それは厄介だな。で、なぜ機体がせり上がらないんだ」
「分りません。俺が洗脳されたと判断して、命令を無視している可能性があります」
「どういう意味だ。なぜそいつが王宮での出来事を知っている」
「これも理解できないと思いますが、通信技術で、全員で知識を共有しているのです。俺が見聞き体験したことは、ヘリオスの皆も知っています」
「ちっ、想定外だった。ヘリオス内に潜入するのも容易ではないということか」
「ご安心下さい。万一の場合を考慮して、手動操作パネルも有ります。それを使えば偵察艇に乗れますし、ヘリオスのドアを開ける事もできます」
「なら、その方法を早く試せ」
 仕方なく機の後方の操作パネルの蓋を開けようとしたが、「アクセス権が有りません」と動作しない。指紋、瞳孔、顔、声紋等を複合的に判断する生体認証システムなのだが、既にモロウとセシルのアクセス権は無効に変えられている。
 モロウも直ぐにそれに気づいた。
「アクセス権を無効に変更された。それでも強制的に侵入する術はありますが、今は無理です。この機体を物理的に持ち上げて、昇降口のハッチを強制的に開かなければならないからです」
 それを聞いて、ナーシャは同行していた防衛大臣と現魔法師団長と相談を始めた。

「一旦、引き上げる。カネル、手筈通りに頼む」
 カネルはナーシャの右腕だった男で、現魔法師団長。
 そう言う訳で、カネルと一部の兵士はその場に残り、後は王都に引き上げる事となった。
 





 その様子を制御室でモニターしていたケヴィンとガスパールの二人。既に偵察艇の乗っ取り対策は完全に終り、アテーナのノイズ解析待ちの状態だった。
 中央の大型モニタにはモロウ視点での映像が映っている。
 実際には歩行時の上下動で映像は揺れるのだが、その辺は自動補正され、レール固定された移動カメラで映している様な映像になっている。
 王都の門と偵察艇までの距離は、二キロ程の距離だが、目の前に、王都のゲートも見えて来た。
「今日はもう何もしてこないでしょう。私達はひとまず、夜の作戦に向け、休憩を取りましょう。アテーナさん、何かあったら起こして下さい」
 ケヴィンがそう言って、寝室に行こうとした時だった。
「あいつら、何をする気だろう」
 ガスパールがそう言って、中央モニタの映像を、偵察艇のカメラ映像に切換えた。
 偵察艇周辺に残っていた兵士たちは、いつの間にか偵察艇から百メートル程離れた位置に移動していた。
 その位置をズームする様に操作すると、彼等は全員、何かの呪文を詠唱している。
「爆裂魔法だ。機体を爆発させるつもりらしい」ケヴィンが慌てる
「アテーナ、念の為、シールド展開させろ」
「既に展開済みです」
 次の瞬間、空中に半透明の魔法陣が次々と浮かびあがり、物凄い大爆発が起きた。中央モニタ画面の映像は全く見えなくなってる。
 サブモニターには、既に王都入口付近まで戻って来ていたモロウが、何事だと慌てて振り返っている様子が、映っているが、その先に砂塵が舞いあがっている。
「これほどまでの威力だったとは。被害状況は?」
「全機能問題なし。ただし外壁に軽度の損傷多数」
「飛行可能なら、光学迷彩を掛けて上昇。本艦まで自動帰還させろ」
「目的は分りますが、破片がないと怪しまれませんか?」
「きっと大丈夫だよ。あれだけの威力の爆発だったので、粉々になったと信じてくれるさ。でも、事前予想を大きく上回る破壊力だったな。シールドが遅れていたら、大破してたよ。一トン級ぐらいあったんじゃないか?」
 軍事マニアのガスパールは、破壊力をTNT換算で言いたがる。一トン級とはTNT火薬一トン分の破壊力という意味になる。メガトンパンチとは、大型核爆弾以上の破壊力持つパンチとして作らた造語だ。
「流石にそこまではありませんが、私の見立てでも、TNT換算で百五十キロ程度は有りそうな爆発でした。威力は恐らく魔法使いの人数で変動するものと考えます。魔法使い一人当たり十キロTNT級の破壊力で、今回は十五人で発動したので、百五十キロ級もの強大な破壊力を生みだしたと推察します」
 TNT火薬はダイナマイトの二倍の威力。一キロも用いれば、ビルに巨大な穴が空く程の威力を持ち、大惨事を起こしかねない。それが百五十キロとなれば、それこそビルを完全に崩壊させる程の威力。超小型核爆弾が三百トンなので、その二千分の一に過ぎないとは言え、当初予想を遥かに凌ぐ威力だ。
「使えないなら壊してしまえか。短絡的だが、正しい判断だともいえる。なかなかやるな。ところで、忘れていたが、ノイズ解析はまだできないのか?」
「ランダムでは無く、カオス状の非線形信号と判明しておりますが、未だその数式解明には至っておりません。うむ? ケヴィンさん、今、私の事を使えないと思いましたね」
「いや、そんなこと思う訳ないじゃないか。アテーナさんが居なければ、何もできないのはわかってるし……。ただ、時間がかかるんだなと思っただけだよ」
「まあ、そう言う事にしておいてあげます。そのかわり、今度はあの爆裂魔法を防ぐ術式の構築をお願いします。ケヴィン博士なら、きっと見つけ出せると信じておりますので」
 たったこれだけの情報からでは、無理に決まっている。
 今は休息の時間だというのに、なんて人使いの荒いAIなんだと、漸くモロウの苦労を認識したケヴィンだった。

しおりを挟む

処理中です...