【R-18版】魔性の貴婦人

根鳥 泰造

文字の大きさ
2 / 21
第一章 露出狂のレズビアン

五月七日 容疑者

 新宿署に捜査本部が設けられ、朝一番に、第一回捜査会議が行われた。
 前日の出動は、課長代理で、第三強行犯捜査長でもある小坂真一の指示で動いたが、猟奇殺人事件という事で、警視庁から沢山の刑事を動員し、警視正の三宅管理官が、本部指揮をする事になった。
 鑑識報告では、指紋は検出できず、死因は不明で、本日、司法解剖をして、明らかにする予定と報告された。死亡推定時刻は、昨夜二十三時の前後二時間という事だったが、その後、直ぐに。昨夜二十二時五分から翌零時三十五分の一時間半に絞られた。
 神野が確認しなかったフロントの防犯カメラに、二十二時五分に、田沼が独りでチェックインした姿が映っていて、零時三十五分に、怪しい縁の大きな帽子を被った女が独りで出ていく姿が映っていたのだ。
 だが、神野はその長髪女性に、違和感を覚えていた。
「現時点の容疑者は、この女だ。身長百六十センチ程度、長髪の二十代後半から三十代前半の女性。紺のジャケットにジーンズで、運動靴を穿いている」
 身長は、画像から割り出す事ができ、百六十センチ程度になるらしい。
「この写真を全員に送ったから、周辺カメラから、女の足取りを追って欲しい。なお、一係と二係は目撃者を捜し、三係と四係は田沼の交友関係を洗え。以上だ」
 三宅管理官が、皆にそう指示を出し、全員が動きだそうとした時だった。
「ちょっと待って下さい」神野が手を上げた。
「本当に、彼女が犯人なんでしょうか。対応したフロント係によると、確かに、怪しい縁の大きな帽子と、サングラス、マスクをしていた髪の長い女とのことです。ですが、彼女の記憶は定かではありませんが、淡い水色のワンピースドレスを着ていと言う話でした。しかし、彼女はジーンズ姿。ジーンズとワンピースを間違える事はないでしょう。彼女が犯人と、絞り込むのはまだ早計ではないでしょうか。入館時刻も確認しているんですか?」
「勿論した」蓮沼が不満そうに、神野を睨んだ。
「確かに、十時三十分頃に入って来た時は、同じ帽子と眼鏡、マスクをして、キャバドレスを着ていた。だが、返り血でも浴びたんだろう。着替えて、帰宅したんだ」
「返り血? 裸でセックスしてたんでしょう。服に返り血がつきますかね。そもそも、着替えを持って来ている事からしておかしい。フロアには非常階段があり、内部から開錠すれば、屋外階段で監視カメラに映らずに、出入りできます。四階非常口は施錠されていましたが、犯行後入れ替わって、別人がホテル入口から出た可能性も否めません。鬘を使っている可能性もあるので、服装を限定したり、長髪と限定するのは危険です」
「神野の野郎……」 蓮沼は苦虫を噛んだ顔になった。
「入館時の写真も、後で送るようにする。二人の共犯で、非常口から逃走した線も考慮して、捜査にあたってくれ。それから、神野、磯川、お前達二人には、悪いが検死に立ち会ってくれ。今回は東大だからな」
 三宅管理官は、神野と東大の監察医の真由とが、夫婦だったと思い出し、そんな指示をだしてきた。だが、二人は既に離婚して、二年になる。
 神野は、嫌だなと思いながらも表情に出さず、「分りました」と快諾した。
 田沼が、一体どうやって殺されたのかを、知りたい気持ちが強かったのだ。


 東京大学の人体病理学・病理診断学の深山教室には、執刀医が二人いる。深山教授と、准教授に昇格したばかりの神野の元妻安田真由だ。今日は、その真由が執刀することになった。
 教室の皆と、神野の相方である磯川は、二人の関係を知っているので、検死は、気まずい雰囲気のなかで行われた。だが、真由も神野も気にすることなく、淡々と作業が続けられる。三時間程で、司法解剖は終了した。
「先生、死因は何だってしょう」
 神野は真由を他人行儀に先生と呼んで質問した。
「胸に小さな傷痕がありましたが、直径一ミリ程の長針で、肋骨の隙間から、心臓を突き刺した事による心不全が死因です」
「心臓を針で突き刺されたのなら、相当に痛がるものではないですか?」
「薬物検査の結果はまだ出ておりませんが、何らかの快楽物質を摂取していた様です。そのため、痛みよりも快楽が勝り、気持ちよさそうに絶命したものと考えられます」
「麻薬か、成程。それで、手の拘束は、生前のものですか?」
「今回の検死では、はっきりとは断言できませんが、生存時に拘束されたものと考えます。そして、下腹部の性器は、死後、直ぐに切り取られたものです」
「俺も質問して構わないですか?」磯川が手を上げた。
「どうぞ」
「直径一ミリの針と言うと、直ぐに折れてしまいそうですが、簡単に殺せるんですか?」
「一ミリ径鋼材はかなりの強度があり、多少のせん断応力程度では折れません。彼の場合、針先六センチで心臓に到達します。十センチ程度の長さなら、気にせず刺して殺せると思います。それに細いので、あまり力を掛けずに、深く突き刺せるメリットもあります」
 二人の刑事は、それを確認すると、さっさと部屋を出て行こうとした。だが、真由は、「神野さん」と彼を呼び止めた。
「水谷花蓮の新刊小説『蜘蛛の巣のカマキリ』って、読んだことある?」
「小説なんて読まないって知ってるだろう。それが何だ?」
「あくまで、参考だけど、読んだ方がいいと思う。小説に出てくる殺人シーンの儘なの」
「有難う。情報感謝する」
 神野はそう言って、大学を後にした。
 その途中で、若い相棒の磯川が、躊躇いながら、「安田先生、なんの話だったんですか」と訊いて来た。
「いや、田沼の変死体が、小説内の殺人シーンとそっくりなんだってさ」
「なんだ、安田先生、真っ赤になって耳打ちなんかしてるから、縒りを戻そうとしてるのかと思いましたよ」
「馬鹿な事を言うな。まぁ気心がしれてるし、息子の為にも、あいつにその気が有れば、考えてやらんことは、無いがな」
「そんなこと言って、本当は未練たらたらなの、分っていますから」
「それより、もう一度、あのホテルに確認に行くぞ」
 神野はそう言って、スマホで、上司の小坂係長に、死因と凶器の報告をしてから、例のラブホテルへと向かった。
 途中、東大本郷キャンパス内の生協の書店で、例の小説を探したが、無名の作家なのか、そんな小説家の本は一冊も見つからなかった。
 ホテルに着くと、本日はあの騒ぎにより臨時休業していた。だが、お願いして防犯カメラの画像を確認させてもらった。既にダビングして提出済みと嫌がられたが、渋々応じてくれた。
 十時半後頃の画像を確認すると、フロント係が言っていたとおりの水色のワンピースを着た長身の女性がいた。カメラは、エレベータ前のロビーと、ホテル入口前の二箇所で、共に顔は良く分らない。そして、その時の靴は白のハイヒールを履いていた。
 ところが、零時半頃の出ていく際には、運動靴で、ジーパンにジャケットの姿。髪は相変わらずで、同一人物にも見えるが、身長が少し低い気がする。
 ハイヒールと運動靴なので、十センチ程違っても、実身長は大差はなさそうだ。
 耳が映っていれば、耳の形で整合して、別人か同一人物かを判別できるが、耳は髪の毛で隠れていて、殆ど見えていない。
 だが、両方とも、着替え服を入れられそうな大きなバックは持っていない。着替えた可能性は極めて少なく、別人に間違いないと、神野は確信した。
 その後、紀伊國屋書店に立ち寄り、例の本を購入した。
 捜査本部に戻り、夕方の捜査報告会の前に、神野は、その本を読むことにした。
 文章など読んでいる暇はなく、終盤の殺人シーンだけを読んだが、その内容に驚いた。
 まさに、あの田沼惨殺事件の一部始終が描かれていたのだ。薬物摂取の状況や、手をどうやって拘束されたのか、身体中が精液まみれな理由、凶器の形状や、どうやって殺したのか、その全てが詳細に官能的に描かれていた。
 殺人の動機に関しては、前半を読んでいないので、はっきりとは分らないが、男に重要な秘密を知られ、その口封じが目的だったらしい。
 しかも、恋人同士ではなく、彼女は男を嫌っていた。なのに弱みを握られて脅迫され、無理やり、ラブホテルに呼び出されたのだ。
 だから、女はその男を殺す準備をして、指定のホテルの一室に、後から遣って来た。
 彼女は特殊な合成薬物も持参していた。
「どうせなら、目一杯楽しみましょう。コカインを持って来たの」
 彼女はビールに粉末を溶かして、先に飲んで見せ、男にも飲ませた。だが、それはコカインではなく、特殊な危険ドラッグ。なんと、男が飲むと、興奮状態が止まらなくなり、射精し続けてしまうというドラッグだ。
 そしてキメセクで楽しみ、途中、彼女が拘束プレーをしようと挑発して手を縛る。
 そして、その後は、手淫により、一方的に射精させ続ける。
 大量の精液が身体中に掛っていた理由は、そう言う事だった。
 そして、再び騎乗位になり、男が膣内射精した瞬間、心臓を針で一刺しして絶命させる。
 凶器は、長さ二十センチ程の筒状の仕込み針。中央から筒を外すと針が現れる。
 そして、彼女は持参した果物ナイフで、抉り取る様に、男性器を切り取った。
 そんな異常行動に出たのは、単に、ペニスから、彼女の愛液が検出されるのを恐れたからだった。だから、持ち帰りもせずに、それをトイレで流している。
 その後も、証拠を残さないように徹底的に掃除して、立ち去る場面で、終わっていた。
 小説なので、虚飾部も多々あると思うが、この場面と類似の事が、起きたに違いない。
 会議の時刻が近付き、人がぞろぞろと集まり騒然とし始めた。
「神野さん」そこに、鑑識の山﨑が現れた。
「例の精液検査なんですが、田沼以外のDNAは残念ながら出ませんでした」
 股間に、テッシュを当てて、膣から精液が垂れないようにしていたのなら、検出されないのは当然だ。
「そうか、有難う」
 その時、三宅管理官と、新宿警察署長が遣って来て、一斉に静まり返った。
 先ずは、聞き込み調査の結果と、周辺防犯カメラの調査結果の報告があった。
 目撃者は見つからず、どの防犯カメラにも、その人物は映っていなかった。
 新宿には無数の防犯カメラが有るが、あのホテル周辺は、丁度手薄な地帯。次の防犯カメラまで、四、五十メートル離れている。それでもその短い間に消えるなんてありえない。それなのに、周辺防犯カメラには、それらしき服装の女が、何処にも映っていなかったのだ。その理由が分らず、皆が頭を抱えた。
 そして、次に、神野から検死報告を述べ、死因は心不全で、凶器は長さ六センチ以上の針で、胸の前面から刺して死亡させている事。死後、鋭利な刃物で男性器を切り落とした事。薬物の特定はまだだが、薬物を服用していた可能性が高い事を述べた。
 続いて、第四強行捜査・殺人犯捜査第三係長から、田沼の交友関係の報告があった。
 手広く何人ものセフレが居て、なんと今分ってるだけで十人も居た。
 とんでもない女たらしだが、その現在交際中のリストの中に、来栖美羽の名を見つけた。
 神野は、慌ててスマホで確認する。やはり、来栖美羽は、水谷花蓮の本名だった。
 その後、鑑識から、調査した結果、犯人に繋かる手がかりは一切出なかったと報告があった。室内は全て綺麗に拭き取られ清掃されていて、田沼の指紋すら出なかった。
「他に報告しておきたいことはあるか?」
 管理官の問い掛けに、神野が手を上げた。
 そして、水谷花蓮の小説が、今回の猟奇殺人そのものであると紹介した。
「まさか、その小説家が犯人だとでも言う気かよ」小声で、蓮沼が野次を飛ばす。
「神野、小説と同じでも、読者が真似た可能性もあるだろう」管理官がコメントした。
「ええ、その通りです。発行部数は少ないそうですが、読者は洗い切れない程に居ます。ついさっきまでは、私も気にも留めてませんてした。ですが、水谷花蓮の本名が、さっき田沼の交際相手のリストにあった来栖美羽だったんです」
 場内が急に騒然とした。
「神野、お前、その小説家を調べたいと思っているのか?」
「はい」
 そう言う事で、神野と磯川の二人で、水谷花蓮こと来栖美羽に聞き込みに行くことになり、第四強行捜査の第三、第四係の刑事は、来栖美羽以外の田沼と交友がある女性の調査、その他は、引き続きホテルを出て行った女の動向調査をすることになった。ドライブレコーダにまで、調査範囲を広げて型っ端から、女の行方を探す地道な作業だ。
 神野は、御愁傷様と嫌みを言って、会議室を出て行った。

感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。