平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

文字の大きさ
57 / 58
頭中将

五十四、鎮魂

しおりを挟む
 頭中将の独白が終わっても、小春たちは一言も言葉を発することが出来なかった。
 小春の目に見えている香子は、ただ穏やかに頭中将を見つめている。何かを、祈るように。

 か細く差していた夕陽の光が消え、あとに夕闇だけが残される。薄暗い部屋のなか、小春の目には香子の姿だけがぼんやりと光って見えた。
 この姿を、そのまま頭中将に見せられたら、どれだけ頭中将の心は休まるだろう。頭中将は、自分が香子を殺したという罪の意識に今も悩み続けている。
 小春が見えている彼女の姿を、頭中将に伝えられないだろうか。

「頭中将さま。信じていただけないかもしれないのですが」

 小春はゆっくりと口を開いた。

「香子さまは、おそらく貴方のことを恨んではないと思います」

「……なぜ、そう思う?」

「彼女、すごく穏やかな顔をしているんです」

 小春の言葉に、頭中将は目を見開く。信じられない、と顔に書いてあるようだった。
 そう思うのも無理もない。
 それだけ、彼は香子へ罪の意識を感じているのだ。
 どうしたら、彼の罪の意識を軽くできるだろう、そう思って口を開こうとしたとき、助けに入ったのは葵の君だった。

「……私も、そう思うわ。最初は怖かったけれど、今はもう怖くない。彼女、ただあなたのことを愛していたのだと、思う」

 悔しげに唇を噛んで、葵の君は言う。
 静かに、諭すような声だった。
 
「私ね、左大臣家の姫君のことが怖かった。彼女から奪われるのが怖くて、自分からあなたの手を離した。でも、彼女も、怖かったのだと思う。東宮妃という重い責を背負うことも、自らの本心を偽ることも」

 葵の君が瞼を伏せる。

「彼女が選んだ道が、自身を貫く道しかなかったのは、本当に残念だけれど」

「……」

 頭中将は、唇を噛んだまま動かない。
 じっと、何かを耐えるような表情をしている。

(もしかして、泣くのを耐えているのだろうか——)

「俺は、きっといつまでも忘れられないと思って。彼女を死に追いやったことは消えない。これから先、どれだけ経っても」

「……彼女は、あなたにも幸せになって欲しいと思っているはずです」

 悲痛な表情をしている頭中将を見ていられなくて、小春はそう告げた。
 小春の言葉に、頭中将ははっと顔をあげ、そして悲しげに小さく微笑んだ。

「……ありがとう。君らは、陰陽師なのだろう? 彼女を、どうか極楽浄土に導いてくれないか」

「いまの彼女が、極楽浄土へと還るかどうか、わかりません。……それでもいいですか?」

 保憲がたずねる。
 保憲が言う通り、彼女は自らの命を絶った。その魂魄が、極楽浄土へ向かえるとは限らない。

 けれど、小春と保憲とで、少しでも彼女の魂が安らかであるように、舞を舞うことはできる。

 小春は、保憲とともにゆっくりと立ち上がった。死者の魂を鎮める舞。陰陽師として、小春たちにできること。

 保憲とふたり、向かい合って目を合わせる。視線をずらさぬまま、保憲の喉から祝詞のりとが紡がれる。

 それに合わせて、指の先まで心を込めて、ただ舞う。
 笛の音も、太鼓の音もなく、保憲の声だけを頼りに、一心不乱に踊る。

 香子の魂が、どうか穏やかでありますように。この巡り会いが、どうか香子の魂を癒しますように。

 小春は目を閉じ舞う。
 小春に出来ることは、香子へ祈りを捧げるだけだった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...