この家にはもう一人いる

ha-tsu

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この家にはもう一人いる

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十四歳の春に私に知らされたことは、母が入院する事と、そして重い病気にかかった事だった。

季節が少し進んだある日の事。
キーンコーンカーンコーン。
授業が始まるチャイムがなっていた。
私は今日も学校近くの公園で一人サボっていた。
学校をサボっている事は家族の誰も知らない事だった。
「はぁ……昨日お父さんが言ってた事本当なのかな?お母さんもうあと三ヶ月しか生きれないって……」
今日は学校もテスト前という事で、本当は行こうと思っていたものの、今の自分の気持ちを抑える事が出来なかったので、私は行く事を辞めたのである。
その日一日私は公園でずっとため息ばかりついていた。
夕方になり家へ帰ると、私と十歳も年が離れた兄が家に来ていた。
「あれ?兄ちゃん珍しいねどしたの?」
「おっちゃんから連絡もらってな、かあさん……もうあんまり長くないんだって?」
私と兄は父親が違う言わば異父兄弟である。
「うん……そうみたい。」
私はそう言いながら下を向いた。
すると私の頭に兄の手がのる。
「おまえ大丈夫か?辛かったら何時でも言えよ、今まで離れてたけどオレら兄妹なんやからな。」
兄のその言葉に私の涙腺が少し緩む。
「ありがとう兄ちゃん。」
「あっそう言えば、おまえもしかして今日学校サボって公園に行っただろ?オレもよくあそこでサボってたけど、あの場所見つけられやすいから気を付けろよ。」
兄のその言葉で気付く。
(もしかして見られてた……)
「あと明日かあさんの見舞に行くから、お前も一緒に行くか?」
「うん、行く。」
私は実は母が入院して二ヶ月間で最初の二回ほどお見舞いに行ったきり行ってないのである。
理由は、お見舞いに行くとやっぱり悲しくなるし、一回行った時よりやはり二回目の方が元気もなく少し痩せてきたからだ。
その頃はまだ命に期限があるなんて思ってなく、また元気になって家に帰って来ると思っていた。
「あれ?おっちゃん今日家に居なかったけどまだ仕事なんかな?」
私の父は母が病気になり入院すると、今まで行っていた仕事をやめ看病出来るようにと、短時間の仕事についていた。
「おかしいなぁ……いつもならこの時間は家に居るのに。」
私はそう思いながら父に電話をする事にした。
「……おかけになった番号は電波の届かない所にあるか、電源が入っていないためかかりません……」
「……兄ちゃん電源入ってない……病院かな?」
「でももう面会時間終わってるだろ?」
そんな話をしている時だった、家の電話がなった。
「はい、春田はるたです。」
「あっかえでちゃん?隆矢りゅうやさんが今お店に来ててね、なんか合ったのかいつもよりお酒飲んじゃって……ちょっと一人では帰れなくなって……」
「なんか迷惑かけてすみません……今から行きますので……はい……はい……では。」
私はそう言うと、受話器を置き兄と一緒に父を迎えに行った。
次の日私と兄二人でお見舞に行く事になった。
「かあさん今日は体調どう?ちゃんと夜寝れてる?」
「うん、ちゃんと寝れてるわよ、それよりあなた達ちゃんと食べてるの?特にゆう、一人暮らししてるけど食べてるの?」
「かあさん……もうオレも大人だから大丈夫だよ、ちゃんと食べてるし。」
兄と母は他愛も無い話を続けていた。
その日の帰りに兄は主治医の先生に話があると呼び止められていた。
「ねぇ兄ちゃん、先生なんの話やったん?」
私は何気なく気になり聞いてみた。
「……ちょっと言いにくいねんけどな、かあさんの容態あんまり良くないみたいやねん、もしかしたらもう三ヶ月も持たへんかもって……」
私は兄の言葉がとても衝撃的だった。
まだ私の中ではちゃんと気持ちの整理もついておらず、そのうえ三ヶ月持たないかもと言われると頭の中は混乱していた。


その後数週間後母の容態は急激に悪化して行った。
最後は家で過ごしたいという母の希望で今日母は家に帰ってきた。
私はあのお見舞に行った日以来母の元へ行かなかった。
あれから数週間しか経ってないのに、母は随分やせ細ってしまっていた。
その日の夜、母は家族に看取られ亡くなった。
その母の顔は少し心配しているようにも見えた。



母が亡くなり一年が過ぎた頃、私はこの家で不思議なものをよく見るようになった。
母が亡くなったすぐに私の父は別の女の人とこの家で暮らすと言い出し、今もなお一緒に暮らしている。
その女の人は、余り私の事をよく思っていないのか、時々嫌がらせをしてくるのだ。
そんな時決まって、何か物が落ちたり、誰も居ないのに家のチャイムがなったりした。
そのうちその女の人が気味悪がり、引越しをしたいと言い出したのだ。
私はこの家が好きだし、たくさんの思い出もある事から、父にとても反対をしていた。
「ねぇ、お父さん本当に引越しするの?私この家が好きだし、お母さんとの思い出もたくさん詰まってるし、ずっとここで暮らしたい……せめて私がお嫁に行くまでは……」
私は必死に父を説得した。
「楓……ごめんな父さんもそうしてやりたいんだけど、流風るかさんがもうココに住みたくないみたいなんだ。」
父は言いにくそうに言った。
「ねぇお父さん、流風さんとは結婚するの?そうじゃないなら別に今一緒に住まなくてもいいよね?流風さんだけ別の所で住んで貰ったらいいんじゃないの?」
私は自分が最低な事を言っているのを分かっていた、でもこの家を出るくらいならと思いつい言ってしまった。
私の発言に父も限界だったのか、私の顔面に父の平手が飛んでくる。
バチーン!
見事に私の頬にヒットした。
その日以来私は父とは何一つ言葉を交わさなくなった。
ひにひに父はほとんど家にいる時間が短くなり、週末は流風さんと毎週出掛けるようになった。
そんな毎日が普通になっていき、私はほぼ家では一人でいた。
そして食べる物も時々無い生活を送っていた。
そんなある日、父はいつもの様に金曜日の夕方から流風さんと出かけて行った。
もちろん冷蔵庫の中身は空っぽだった。
毎週金曜日の夕方から月曜日の朝方まで父と流風さんは帰って来ない。
「あれ?私最後にご飯食べたのいつだっけ?昨日だったかな?いつだったかな?」
私は一人家の廊下でぼんやりと座り込んでいた時だった。
急に目の前に白いモヤのような物が見えたと思うと、なんだか懐かしい匂いがした。
私は少しづつ意識が遠くなって行くのがわかった。




私が次に目を覚ましたのは病院のベットの上だった。
目を覚ますとそこには心配そうな顔をしている兄が見えた。
「兄ちゃん?なんで……ここどこ?」
私が目を覚ますと兄は泣きながら抱きついてきた。
「良かった……生きてて手遅れだったらどうしようかと……」
「私なんでここにいるの?」
私は少し混乱しながら兄に聞いた。
「オレにもよく分からんけど、急に懐かしい……なんかかあさんの匂いがしたなぁと思ってたら、急に頭ん中でおまえが倒れてるって入ってきて、なんか胸騒ぎがして家に行ったら本当に倒れてて、ビビったわ。」
兄は泣きながら何が合ったのか説明してくれた。
その後私の父は警察に事情聴取やら色々されて、結局父と離れて暮らすこととなった。
私は兄と暮らすことになったのだが、兄は私がこの家で暮らしたい事を知っていたし、父が引っ越すことも知っていたので、タイミングを見てこの家を兄は買ってくれた。
「まぁオレもこの家好きだったし……そもそもかあさんが死ぬ前に、おっちゃんに内緒でオレ名義でお金貯めてたのをオレにくれたから買えたわけで……」
私は何となくこの家には私と兄と見えないもう一人が住んで居るような気がした。
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