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31話 魔法の花が開く時
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いよいよ、ライヒマン商会が建造した「気象調整装置」、その最終起動実験の行われるという日が訪れた。
ゲラルトに招待された、エルマーと彼の友人たちは迎えの馬車に乗って、王都郊外にある「気象調整装置」の前へ到着した。
「一年生の社会見学ぶりだけど、完成すると、こんなふうになるんだねぇ」
部外者の立ち入りを阻む塀に囲まれた「気象調整装置」を見上げ、ヨーンがため息をついた。
「これだと、中身がどうなってるのか想像つかないね」
「そうですね。丸くて、きらきらしていて、大きな卵のようですね」
パウラとアヤナも、白く輝く巨大な半球状の建物を前に目を見張っている。
現代の石造りの建物とも木造建築とも異なる様式の建物は、どこか古代魔法文明の遺跡に似た雰囲気があると、エルマーは感じた。
「しかし、ライヒマン氏から招待を受けるなんて、エルマーは余程気に入られているんだね」
ロルフが、エルマーを見て微笑んだ。
「単なる『お気に入り』というだけとは思えないが……まぁ、詮索はしないでおこう」
イザークは、やや意味ありげな視線をエルマーに向けた。
「ゲラルトさんが親切な人だというのは、たしかなことだよ」
そう言いながらも、エルマーは僅かに動悸を感じた。
――やはり、傍から見れば特別扱いということになるだろうな。今回の「招待」も、それを俺に印象付けるためのものかもしれない。俺とゲラルトさんの関係は、いずれ皆にも知られる時が来るだろうけど、それまでは平穏に過ごしたい……
「ようこそ、皆さん」
エルマーたちの前に、ゲラルトの秘書であるステファンが現れた。
「私はライヒマン会長の秘書を務めております、ステファン・バルツァーと申します。これから、皆さんを中央制御室へとご案内します」
礼儀正しく挨拶すると、ステファンはエルマーたちへ自分についてくるよう促した。
「気象調整装置」の入り口から内部に足を踏み入れ、エルマーたちは、つるりとした壁に囲まれた通路を進んだ。
通路の壁には一定の距離を置いて魔導灯が取り付けられている。柔らかな光で照らされた施設内には、魔導具特有の奇妙な駆動音が微かに響いていた。
「灯りが点いているということは、『魔導炉』への『火入れ』は終わっているんですね」
周囲を見回しながら、パウラがステファンに尋ねた。
「はい。現在は最低出力を保って稼働中です」
ステファンは、にこやかに答えた。
「こちらが、中央制御室です」
一同は、通路の先にあった大きな扉の前に辿り着いた。ステファンが、扉の横に設置された小さな箱状の魔導具を介して、内部の者と話し始める。
ややあって、横開きの扉が音もなく滑るように開いた。
扉の向こうには広い部屋がある。文字や図形が次々に表示される板や、魔結晶の嵌め込まれた魔導具が壁一面に埋め込まれ、幾つもの光が明滅する様は、エルマーの目には別世界のように見えた。
室内に幾つも設置された、一見厚みのある机のように見えるものも、魔導具と思われた。それぞれの机の前に座っている商会の職員たちは、やはり文字や図形の表示される天板に触れながら、なにかの作業を行っている様子だ。
「おや、きみたちは会長が招待した学生さんかな?」
エルマーたちの姿を見て、白衣を着た職員の一人が言った。
「その制服のローブ、懐かしいな。私も魔法理論学科の卒業生でね」
別の職員が、そう言って微笑んだ。
「じゃあ、私の先輩ですね。どんなお仕事をされているんですか?」
目を輝かせたパウラが、職員に問いかけた。
「私は魔導具の設計や開発を主な仕事としているんだ。魔法を発動することはできないけれど、実践の部分は魔法を使える同僚たちに任せているよ」
「彼の発想には、いつも驚かされるんだ。我々魔術師は魔法を発動できるけれど、そうでない人の視点も不可欠だからね」
職員たちの話は、エルマーにも興味深いものだった。
部屋の少し奥には、職員たちに指示を与えているゲラルトの姿があった。彼はエルマーたちの姿に気づくと、ゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。
「エルマーくんたちを、お連れしました」
「ご苦労さま、ステファン」
秘書のステファンを労うと、ゲラルトは、その青い目でエルマーたちを見た。今日は人前に出るためか、本来の赤い目を隠すレンズを使っているようだ。
「ようこそ、我が商会の『気象調整装置』へ。小規模な実験は何度か行っているけどね、今回は、魔導炉の出力を通常状態に上げて、この一帯の天候を操作するんだ。もちろん、国の許可は取ってあるよ」
「この『気象調整装置』は、天候を操作する呪文を魔導具で再現するものなんですよね」
手を挙げて、ヨーンが言った。
「その通りだ。天候を操作する呪文を広範囲で使用するとなれば多数の魔術師が必要になるし、術者の負担も大きくなる。それゆえ恒常的な天候操作は非現実的とされてきた。しかし、それを自動化すれば、安全かつ省力化が見込めるという訳だよ」
ゲラルトは、にこやかに淀みなく答えた。
「完成形の『気象調整装置』は、なんとなくですけど、雰囲気が古代魔法文明の遺跡に似ていますね」
エルマーが言うと、ゲラルトは、ほう、と少し驚く表情を見せた。
「さすがはエルマーくんだ。ここの主な部分の設計は私が行っているが、魔法管理省の研究所にいた際の経験……古代魔法文明時代の遺跡調査や、そこから分かった当時の技術などを参考にしているんだ。もちろん、完全な再現は不可能ではあるけどね」
ゲラルトが話し終えると、一人の職員が声をあげた。
「会長、全ての準備完了です。いつでも開始できます」
「了解だ。では、頼む」
ゲラルトの指示と共に、制御室の空気が緊張した。
「魔導炉の出力上昇、各部異常なし」
「魔素変換装置起動、『気象調整装置』外殻展開します」
職員たちが実験の進行状況を報告する声や魔導具の駆動音と共に、エルマーは膨大な魔素の動く気配を感じた。
「あれは?」
アヤナが、壁に嵌め込まれた光る板の一つを指差した。
そこには、外側から見た「気象調整装置」の姿が映し出されていた。
半球状の建物の屋根にあたる部分が、まるで花が開くように、ゆっくりと形を変えながら展開していくと、その中心から白く輝く光の柱が立ち昇った。
「こんな大きな建物が変形するとは……」
さすがのイザークも、驚きを隠せない様子だ。
「装置の中心部分から立ち昇る柱のような光は、放出されている魔法の力だ。使わない時は、劣化を防ぐ為に外殻を閉じておくのだよ」
画面を見ながら、ゲラルトは満足そうに頷いた。
「魔素変換装置、異常なく稼働しています」
「上空に魔導力場形成されました」
職員たちの報告があるたび、魔素の動きが早まるのを感じていたエルマーは、傍らに立っているイザークが片手で反対側の腕をさすっているのに気づいた。
「きみも、魔素の動く気配を感じているのかい?」
「ああ、どうにも違和感があって……近くに巨大な魔導炉があるせいだろうな。大多数の人間は魔素の存在を知覚することはないというが、こういう時は少し羨ましいかもしれない」
苦笑いしたイザークが、次の瞬間、はっとした表情を見せた。エルマーにも、その理由が分かった。
先刻から感じていた魔素の動きが、奔流のごとく激しいものに変わったのだ。
「魔導炉の出力、危険領域まで上昇しています! ……通常通りの操作しかしていないのに?!」
「出力落とせ!」
中央制御室の中が、にわかに騒がしくなった。
エルマーは、思わず友人たちを見やった。彼らも、異変の気配を察知したのか不安と緊張の入り混じった表情を見せている。
「私に代わってくれ」
進み出たゲラルトが制御盤の前に立ち、なにかの操作を行った。
同時に、エルマーは激しく渦巻く魔素の動きに息が詰まるような感覚を覚えた。
「エルマー、これは……!」
イザークが、蒼白な顔でエルマーを見た。
壁に嵌め込まれた板の全てが激しく明滅し、耳障りな警告音が異常事態の発生を訴えている。
「魔導炉の出力、なおも上昇しています!」
「駄目だ、制御を受け付けない!」
「会長、一体なにを……?!」
職員たちが口々に言いながら、信じられないものを見るような目で、ゲラルトを見つめた。
ゲラルトに招待された、エルマーと彼の友人たちは迎えの馬車に乗って、王都郊外にある「気象調整装置」の前へ到着した。
「一年生の社会見学ぶりだけど、完成すると、こんなふうになるんだねぇ」
部外者の立ち入りを阻む塀に囲まれた「気象調整装置」を見上げ、ヨーンがため息をついた。
「これだと、中身がどうなってるのか想像つかないね」
「そうですね。丸くて、きらきらしていて、大きな卵のようですね」
パウラとアヤナも、白く輝く巨大な半球状の建物を前に目を見張っている。
現代の石造りの建物とも木造建築とも異なる様式の建物は、どこか古代魔法文明の遺跡に似た雰囲気があると、エルマーは感じた。
「しかし、ライヒマン氏から招待を受けるなんて、エルマーは余程気に入られているんだね」
ロルフが、エルマーを見て微笑んだ。
「単なる『お気に入り』というだけとは思えないが……まぁ、詮索はしないでおこう」
イザークは、やや意味ありげな視線をエルマーに向けた。
「ゲラルトさんが親切な人だというのは、たしかなことだよ」
そう言いながらも、エルマーは僅かに動悸を感じた。
――やはり、傍から見れば特別扱いということになるだろうな。今回の「招待」も、それを俺に印象付けるためのものかもしれない。俺とゲラルトさんの関係は、いずれ皆にも知られる時が来るだろうけど、それまでは平穏に過ごしたい……
「ようこそ、皆さん」
エルマーたちの前に、ゲラルトの秘書であるステファンが現れた。
「私はライヒマン会長の秘書を務めております、ステファン・バルツァーと申します。これから、皆さんを中央制御室へとご案内します」
礼儀正しく挨拶すると、ステファンはエルマーたちへ自分についてくるよう促した。
「気象調整装置」の入り口から内部に足を踏み入れ、エルマーたちは、つるりとした壁に囲まれた通路を進んだ。
通路の壁には一定の距離を置いて魔導灯が取り付けられている。柔らかな光で照らされた施設内には、魔導具特有の奇妙な駆動音が微かに響いていた。
「灯りが点いているということは、『魔導炉』への『火入れ』は終わっているんですね」
周囲を見回しながら、パウラがステファンに尋ねた。
「はい。現在は最低出力を保って稼働中です」
ステファンは、にこやかに答えた。
「こちらが、中央制御室です」
一同は、通路の先にあった大きな扉の前に辿り着いた。ステファンが、扉の横に設置された小さな箱状の魔導具を介して、内部の者と話し始める。
ややあって、横開きの扉が音もなく滑るように開いた。
扉の向こうには広い部屋がある。文字や図形が次々に表示される板や、魔結晶の嵌め込まれた魔導具が壁一面に埋め込まれ、幾つもの光が明滅する様は、エルマーの目には別世界のように見えた。
室内に幾つも設置された、一見厚みのある机のように見えるものも、魔導具と思われた。それぞれの机の前に座っている商会の職員たちは、やはり文字や図形の表示される天板に触れながら、なにかの作業を行っている様子だ。
「おや、きみたちは会長が招待した学生さんかな?」
エルマーたちの姿を見て、白衣を着た職員の一人が言った。
「その制服のローブ、懐かしいな。私も魔法理論学科の卒業生でね」
別の職員が、そう言って微笑んだ。
「じゃあ、私の先輩ですね。どんなお仕事をされているんですか?」
目を輝かせたパウラが、職員に問いかけた。
「私は魔導具の設計や開発を主な仕事としているんだ。魔法を発動することはできないけれど、実践の部分は魔法を使える同僚たちに任せているよ」
「彼の発想には、いつも驚かされるんだ。我々魔術師は魔法を発動できるけれど、そうでない人の視点も不可欠だからね」
職員たちの話は、エルマーにも興味深いものだった。
部屋の少し奥には、職員たちに指示を与えているゲラルトの姿があった。彼はエルマーたちの姿に気づくと、ゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。
「エルマーくんたちを、お連れしました」
「ご苦労さま、ステファン」
秘書のステファンを労うと、ゲラルトは、その青い目でエルマーたちを見た。今日は人前に出るためか、本来の赤い目を隠すレンズを使っているようだ。
「ようこそ、我が商会の『気象調整装置』へ。小規模な実験は何度か行っているけどね、今回は、魔導炉の出力を通常状態に上げて、この一帯の天候を操作するんだ。もちろん、国の許可は取ってあるよ」
「この『気象調整装置』は、天候を操作する呪文を魔導具で再現するものなんですよね」
手を挙げて、ヨーンが言った。
「その通りだ。天候を操作する呪文を広範囲で使用するとなれば多数の魔術師が必要になるし、術者の負担も大きくなる。それゆえ恒常的な天候操作は非現実的とされてきた。しかし、それを自動化すれば、安全かつ省力化が見込めるという訳だよ」
ゲラルトは、にこやかに淀みなく答えた。
「完成形の『気象調整装置』は、なんとなくですけど、雰囲気が古代魔法文明の遺跡に似ていますね」
エルマーが言うと、ゲラルトは、ほう、と少し驚く表情を見せた。
「さすがはエルマーくんだ。ここの主な部分の設計は私が行っているが、魔法管理省の研究所にいた際の経験……古代魔法文明時代の遺跡調査や、そこから分かった当時の技術などを参考にしているんだ。もちろん、完全な再現は不可能ではあるけどね」
ゲラルトが話し終えると、一人の職員が声をあげた。
「会長、全ての準備完了です。いつでも開始できます」
「了解だ。では、頼む」
ゲラルトの指示と共に、制御室の空気が緊張した。
「魔導炉の出力上昇、各部異常なし」
「魔素変換装置起動、『気象調整装置』外殻展開します」
職員たちが実験の進行状況を報告する声や魔導具の駆動音と共に、エルマーは膨大な魔素の動く気配を感じた。
「あれは?」
アヤナが、壁に嵌め込まれた光る板の一つを指差した。
そこには、外側から見た「気象調整装置」の姿が映し出されていた。
半球状の建物の屋根にあたる部分が、まるで花が開くように、ゆっくりと形を変えながら展開していくと、その中心から白く輝く光の柱が立ち昇った。
「こんな大きな建物が変形するとは……」
さすがのイザークも、驚きを隠せない様子だ。
「装置の中心部分から立ち昇る柱のような光は、放出されている魔法の力だ。使わない時は、劣化を防ぐ為に外殻を閉じておくのだよ」
画面を見ながら、ゲラルトは満足そうに頷いた。
「魔素変換装置、異常なく稼働しています」
「上空に魔導力場形成されました」
職員たちの報告があるたび、魔素の動きが早まるのを感じていたエルマーは、傍らに立っているイザークが片手で反対側の腕をさすっているのに気づいた。
「きみも、魔素の動く気配を感じているのかい?」
「ああ、どうにも違和感があって……近くに巨大な魔導炉があるせいだろうな。大多数の人間は魔素の存在を知覚することはないというが、こういう時は少し羨ましいかもしれない」
苦笑いしたイザークが、次の瞬間、はっとした表情を見せた。エルマーにも、その理由が分かった。
先刻から感じていた魔素の動きが、奔流のごとく激しいものに変わったのだ。
「魔導炉の出力、危険領域まで上昇しています! ……通常通りの操作しかしていないのに?!」
「出力落とせ!」
中央制御室の中が、にわかに騒がしくなった。
エルマーは、思わず友人たちを見やった。彼らも、異変の気配を察知したのか不安と緊張の入り混じった表情を見せている。
「私に代わってくれ」
進み出たゲラルトが制御盤の前に立ち、なにかの操作を行った。
同時に、エルマーは激しく渦巻く魔素の動きに息が詰まるような感覚を覚えた。
「エルマー、これは……!」
イザークが、蒼白な顔でエルマーを見た。
壁に嵌め込まれた板の全てが激しく明滅し、耳障りな警告音が異常事態の発生を訴えている。
「魔導炉の出力、なおも上昇しています!」
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