紅の継承者と闇の封印

くまのこ

文字の大きさ
35 / 37

35話 静けさと温もりと

しおりを挟む
 「気象調整装置」の起動実験から、数か月が経過した。
 その間、エルマーの身辺は怒涛のごとくという言葉が相応しいほどに変化していた。
 ゲラルトが突然「健康問題」を名目に引退したことで、ライヒマン商会は混乱の様相を呈した。
 混乱の鎮静化を図るため、ゲラルトは後継者として血縁者であるエルマーを指名した。
 当初は、まだ学生に過ぎないエルマーの能力や、その出自に疑問を呈する声など様々な不満が出た。しかし、会長だったゲラルトの強い希望ということもあり、彼の側近たちが補佐するという形で、エルマーは学生にして商会の会長という地位に就いた。

 この日、エルマーは自分の秘書となったステファンと共に、ゲラルトのいる療養施設を訪れていた。
 清潔で快適そうな施設内、そして職員たちの対応も丁寧で好感の持てるものであることに、エルマーは安心した。
 案内された部屋の前で呼吸を整え、エルマーは扉を叩いた。
 「気象調整装置」の暴走を止めたあと、衰弱し倒れたゲラルトは医療施設に運び込まれ、一時は面会もままならない状態にあった。
 意識が回復して以後の連絡は、秘書のステファンを通したもののみだったため、エルマーがゲラルトと直接会うのは、あの日以来だった。

「どうぞ」

 部屋の中から、思いの外、張りのあるゲラルトの声が聞こえた。

「失礼します」

 エルマーは扉を開け、ゲラルトの部屋へ足を踏み入れた。

「よく来たね」

 寝台の上に身を起こし、分厚い本を手にしたゲラルトが、エルマーに微笑みかけた。倒れた直後に比べれば、顔色は随分とよくなってはいるものの、いるためか実年齢以上に老け込んで見える。

「お久しぶりです。お加減は、いかがですか」
「おかげ様で、大分にはなったよ。少し前までは、長く話していると息切れしてしまって、魔法管理省や警察の事情聴取に答えるのも一苦労だったがね」

 苦笑いするゲラルトを見て、目の前にいるのは自分が知っている彼本人だと、エルマーは感じた。

「会いに来てくれたのは嬉しいが、忙しいんじゃないか?」
「はい……商会の業務を覚えるのに学校を休むこともありますが、課題を提出すれば問題ないということで、なんとかなりそうです」
「そうか。過去にも、在学中に起業した生徒の事例があったからね。有名なところだと、ロスラー商会の会長などが、そうだ」

 ――ロスラー商会というと、あのグレゴールの父親ということか。息子はともかく、一代で起業して成功するなんて、凄い人は他にもいるものだな。

 エルマーは入学したばかりの頃を思い出し、口元を綻ばせた。

 ――あの頃は、自分がこんな状況に置かれることになるなんて考えもしなかった。まるで、遠い昔のことみたいだ。

「ステファン、エルマーと二人で話したいんだ。すまないが、少し外してもらえないか」
「承知しました。では、エルマー様、外でお待ちしています」

 ゲラルトに声をかけられたステファンは、失礼しますと言って部屋から出て行った。

「私の我儘わがままで、きみを縛り付けてしまう形になってしまったかもしれないな」

 言って、ゲラルトは眉尻を下げた。

「いえ、俺が選んだことですから。たとえ、俺がゲラルトさんの血縁者という理由だとしても、それで商会が収まるなら」

 エルマーの言葉に、ゲラルトの表情が幾分か和らいだように見えた。
 少しの沈黙のあと、エルマーは口を開いた。

「ゲラルトさんは、どうして『ウィンデクス』と関わるようになったのですか。研究員時代の遺跡探索で、あいつの魂が保管されている魔導具を発見し、それを持ち出したということは聞きましたが……」
「そうだな、きみには直接事情を話しておきたいと思っていた。私が奴と会ったのは、もう三十年近く前……『ケルレウスの遺跡』の調査をした時だ」

 ――「ケルレウスの遺跡」……一年生の遺跡遠足で行ったところだ。魔導具が盗掘に遭った跡があると聞いていたが、ゲラルトさんが持ち去ったということか。

「私も、まだ若かった。見たこともない魔導具を見つけて、好奇心から『魔素』を注入してみたんだ。起動すれば儲けものだと思ってね。だが、それはウィンデクスの魂を保管するためのものだった。奴は私に語りかけてきた……自力では外に出られないから、私に憑依させろと。そうすれば、古代魔法文明時代についての知識を与えてやると」

 エルマーは、固唾を呑んでゲラルトの話に聞き入った。

「私にとって、奴の言葉は甘い誘惑だった。認識阻害の魔法を使えば、発掘品を持ち出すことなど造作もなかった。そして、私は奴から高度な魔法技術についての情報を得た。当時の技術は現代とは比較にならないほどに発達していて、今の技術で再現できるものは、ほとんどなかった。だが、私は奴から得た知識を生かし、魔導具を開発する企業を起こすことを考え、そして実行した」
「『ライヒマン商会』の成功の裏には、そんな事情があったんですね」
「ウィンデクスは、私に知恵を与えるようなふりをしながら、自分にとって都合のよい方向へと誘導していたんだ。『気象調整装置』も、天候を操作して農業などに貢献する目的で造ったものだが……あんな使い方をされるとは考えもしなかった」
「俺は、ゲラルトさんに悪意があったとは思っていません。魔法学院の生徒たちを援助していたのも、実益はあるにしても、やはりゲラルトさんの優しさからだと考えています」

 エルマーが言うと、ゲラルトは恥ずかしそうな、どこか困ったような微笑みを浮かべた。

「あまり買い被らないでくれ。私は、きみが思っているような立派な人間ではないよ。思うようにいかない世の中に苛立ち、力を欲していた……そこに指し示されたらくな道を選んでしまった愚か者さ。貧しさを憎みながら、いつしか自分も金に依存するようになり、そのために妹まで失ってしまった」

 ゲラルトが、そう言って小さく息をついた。
 そこで、エルマーは一つのことを思い出した。

「『気象調整装置』ですが、危険な機能を除外し、安全な範囲で稼働できるよう改修を予定しています。せっかく造ったものですから、役立てたほうがいいと思って」
「そうしてもらえると、ありがたい。あれは、使い方さえ間違えなければ、役に立つものだからね」
「あと、将来、親を亡くした子供たちへ支援を行う仕組みを作りたいと思っています。何をどうすればいいのかは、これから勉強しなければいけないんですが……話が具体的になったら、ゲラルトさんにも助言をいただきたいです」
「早速、色々と考えているんだね。頼もしいな」

 話しているうちに、頬に少し赤味の差してきたゲラルトを見て、エルマーは、来てよかったと感じた。

「そうだ、持ってきたものがあるんです」
 
 エルマーは呪文を詠唱し、手元の空間に開けた穴から円筒形をした保温容器を取り出した。
 習得したばかりの空間魔法――疑似空間に物を収納する魔法で運んできたものだ。

「俺が作ったスープです。施設の方には許可を貰っています。なにか、ゲラルトさんのためにできることがないか考えたんですけど、自分にできるのは、これくらいしか思いつかなくて」
「それは、嬉しいね。最近は、食欲も少し出てきたところだ。いま、いただいてもいいかい?」

 保温容器を見たゲラルトが、相好を崩しながら言った。

「もちろんです! すぐ、温めますね」

 エルマーは保温容器の蓋を開け、中のスープを温めるための呪文を詠唱した。
 容器から立ち昇る湯気が、旨そうな匂いを運んでいる。

「腕を上げたね。匂いで分かるよ」
「ゲラルトさんには、かなわないな」

 ゲラルトの言葉に、エルマーは、くすりと笑った。
 さじですくったスープを、ゆっくりと味わっているゲラルトを見ながら、エルマーは胸の中が温かくなるような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

処理中です...