紅の継承者と闇の封印

くまのこ

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最終話 大団円

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 エルマーは、隣に立つ純白の花嫁衣装をまとったアヤナを、うっとりと見つめていた。

「ぼんやりしているようですが、どうしました?」

 そう言って、礼服姿のエルマーを見上げたアヤナが、くすりと笑った。

「きみが、あまりに綺麗だからさ。夢じゃないかって、怖くなってきたよ」

 エルマーは、この日を迎えるまでの苦労を思い起こした。
 彼はライヒマン商会会長としての多忙な日々の中、仕事の合間を縫って、大学に進学したアヤナと交際を重ねていた。
 アヤナもまた、学生生活を送りながら、母国に魔法学院を設立する活動をしており、目の回るような忙しさであったことは想像に難くなかった。
 それでも、二人が挫けることはなかった。互いが必要不可欠な存在であるという思いから、エルマーはアヤナと共に彼女の故国であるルーク王国を訪れた。
 エルマーは、アヤナの両親そして伯父であるルーク王国の王に、彼女と人生を共にすることについて許しを乞うた。
 当初、アヤナの身内である王族たちは、エルマーが彼女を利用しようとしているのではないかと疑う姿勢を見せた。ルーク王国は魔結晶の豊富な鉱脈を有しており、アヤナとの婚姻は、ライヒマン商会にも莫大な利益を生み出すであろうと考えられたためだ。
 しかし、エルマーの真摯さとアヤナの説得により国王を始め身内たちも納得し、彼らは、晴れて結婚を許された。
 大企業の会長と他国の王族である二人の結婚は、ゼーゲン王国内でも大きく報じられたものの、無駄な費用がかからぬようにと、身内や親しい間柄の者だけを招待して、結婚式が行われることになった。
 式は無事に執り行われ、エルマーはアヤナと永遠の愛を誓い合った。
 引き続き行われた披露宴では、穏やかな雰囲気の中、招待客たちが賑やかに語らっている。

「エルマー、アヤナ、本当に、おめでとう」

 新郎新婦の席へ、感激したのか涙を流しながらパウラがやってきた。傍らには、ヨーンの姿もある。

「ありがとう、パウラ。あなた方も、婚約されたそうですね。おめでとうございます」

 アヤナが言うと、パウラとヨーンは揃って顔を赤らめた。

「おめでとう。二人はお似合いだと、俺も思っていたよ」
「ありがとう、エルマー。これから先輩として、色々教えてくれるとありがたいね」

 エルマーの言葉に、ヨーンが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「それを言ったら、ロルフのほうが先輩じゃないか」

 言って、エルマーはレベッカと並んで微笑んでいるロルフを見やった。

「ロルフ、夫婦円満の秘訣は、何かあるかい?」

 エルマーに尋ねられ、ロルフは少し首を捻ってから言った。

「そうだね、奥さんの言うことには逆らわないことかな」
「それでは、私がロルフ様を尻に敷いているみたいではありませんか」

 軽く唇を尖らせつつ、レベッカは笑っている。
 
「そういえば、初めて皆さんとお会いした日の夜、アヤナ様からエルマー様との馴れ初めをお聞きしたのですよ。エルマー様が、いかに勇敢で格好いいかを、アヤナ様が力説されていて……」
「そ、そうでしたか?」

 レベッカの話を聞いて、アヤナが耳まで赤くなった。

「でも、私は初めて会った時から、エルマーのことを忘れられませんでした。魔法学院の入学試験の時、小さなヴィハーンが現れたと思って」
「アヤナは、ルーク族の伝説に登場する神、ヴィハーンの話が大好きでしたからね」

 にこにこと皆の様子を見守っていたアヤナの母が口を開いた。アヤナによく似た美しさと、王族らしい気品に溢れる女性だ。

「エルマー殿は、見た目に違わず勇敢な男だと、前々から娘に聞いていた。これからも、アヤナを頼む」

 貫禄のあるアヤナの父も、そう言ってエルマーを見つめた。

「はい、アヤナさんのことは、自分が全力でお守りします」

 ――子供の頃は醜いと思い込まされていた黒い髪と赤い目も、場所が異なれば見方が変わる……魔法学院で、俺は世界の広さを知ったんだ。そして、周りと異なる姿でも堂々としていたアヤナは、俺に勇気をくれた……

 エルマーは答えながら、昔を思い出して、懐かしさと切なさで胸が一杯になった。
 彼は席を立つと、来客席にいるゲラルトとフーゴのもとへ歩いていった。

「ゲラルトさん、疲れてはいませんか? 別室に、横になれる場所もありますが」
「いや、大丈夫だ。会長を務めていた時のようには動けないが、静かにしている分には問題ない。それにしても、本当に、おめでとう。妹と、きみの父親も、きっと喜んでいるだろうね」

 きちんと礼服を着こなしたゲラルトが、穏やかに笑った。

「ありがとうございます。そうですね、両親たちも、どこかで見ていてくれればいいなと思います」
「クルトと奥さんも、嬉しいだろうね……」

 フーゴが、目を潤ませながら言った。

「はい、本当なら、実際に見てほしかったですけど……ところで、フーゴさん、王都に来てはいかがですか。田舎より便利ですし、仕事も紹介しますよ」
「そうだね、私も、そろそろ代書屋の引退を視野に入れていたところだ。考えておくよ。しかし、まさか、エルマーに、そんなことを言われるとはね」

 くすりと笑うフーゴに釣られて、エルマーも笑った。

「それでは、そろそろ余興として、新進気鋭のピアノ演奏家にして作曲家のイザーク・ディートリヒ様の演奏をお聴きいただきたいと思います」

 司会を務めていたステファンの声で、一同は披露宴会場の前方に注目した。
 用意されていたピアノの前に、礼服姿のイザークが進み出てくると、会場は拍手に包まれた。

「エルマー、そしてアヤナ殿、ご結婚おめでとう。あなたたちだけのために作った曲です。それでは、お聴きください」

 イザークは挨拶を終えると、優雅な身のこなしでピアノの前に座った。
 彼の指が鍵盤の上に降りると、一音目からエルマーは脳髄が痺れるような感覚を覚えた。

 ――ああ、初めて彼の演奏を聴いた時と同じだ。

 優しく、それでいて力強い旋律に、招待客たちも、うっとりと聴き惚れている。
 演奏を終え、割れんばかりの拍手の中、イザークがエルマーたちの前に歩いてきた。

「素晴らしい演奏だったよ。ありがとう、イザーク」
「喜んでもらえたなら、よかった。この曲は、随分と悩んで書いたからな」

 エルマーにねぎらわれ、イザークは柔らかく微笑んだ。

「イザーク様の演奏会は常に満席という人気だそうですね。こんなふうに間近で演奏をお聴きするのは、大変な贅沢ですね」
「いえ、あなた方の為なら、幾らでも弾きますよ。大事な友人ですから」

 アヤナに答えるイザークの言葉を聞いて、エルマーは胸の中が温かくなった。

 ――自分が、誰かにとっての大事な友人と言われる日が来るなんて、子供の頃は夢にも思わなかった。あの頃の自分に教えてやりたいくらいだ。父さんが言ったとおり、自分が何者かは、自分で決めていいんだ。

 苦労はあったが、全てが今の幸せに繋がっているのかもしれない――そう思いつつ、エルマーは、妻となったアヤナと、そっと手を握り合った。


 【了】
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