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武器屋へ

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 発掘人ディガーとして「帝都跡」を探索する為の装備を揃えるべく、ナタンはフェリクスとセレスティアを伴って、宿の主人に勧められた「武器屋」に向かった。
 この「無法の街ロウレス」に来てから、じっくり周囲を観察する余裕など無かったナタンは、改めて、街並みの雑多な様子に気付いた。
 煉瓦造りだったり木造だったりと、立ち並ぶ建物の様式には統一感がない。それだけでも、この街が様々な地域から集まった者たちで構成されているのが分かる。
 街の玄関口といえる「表通り」は比較的広く真っすぐな道で、瀝青アスファルトと石畳がぎになっているものの、舗装はされている。
 しかし、一つかどを曲がった路地は、昼間でも既に薄暗い。
 行き交う人々の多くは発掘人ディガーであることが見て取れた。剣などの武器を携えているのもあるが、皆一様に、目をぎらぎらとさせている。高価な「魔導絡繰まどうからくり」を発掘し、一攫千金を狙う者たちの目だ。
 彼らに混じって、のんびりとした様子で周囲を眺めながら歩いている者もいる。ひと目で仕立てが良いと分かる着衣と、武装した護衛らしき者を従えているところから、富裕層の観光客だと思われた。
 珍しい「魔導絡繰まどうからくり」を求める好事家か、あるいは法に守られない街の危険を娯楽として楽しんでいるのか――いずれにせよ、彼らも「普通」とは言えない者たちであるのは間違いないだろう。
「……でも、無法地帯だと考えれば、むしろ穏やかだよね。互いの善意に依存しているってことなんだろうけど」
 歩きながら、ナタンは言った。
「互いに殺されたくないから、とも考えられるが」
 フェリクスの言葉に、ナタンは再び自らの甘さを痛感した。
「殺されたくないから、殺さないってことか」
「もっとも、君の『互いの善意がもたらす平穏』という考えは好きだ」
 言って、フェリクスが微笑むと、隣を歩いていたセレスティアも頷いた。
 宿の主人に言われた通りに歩いていたナタンたちは、やがて、共通語コモンで「武器屋」と大きく書かれている看板を発見した。
 店の入口の扉を開けると、呼び鈴が乾いた音を立てる。
 カウンターの向こうにいた店主らしき中年男が、ナタンたちを一瞥した。
 やや暗い店内には、剣などの武器が、壁や鍵付きの飾り棚に整然と陳列されている。
 店主は見るからに無愛想で気難しい印象だったが、フェリクスから、宿の主人に勧められて来たと聞いた途端、表情を緩めた。
「その子に合いそうな武器を見繕ってほしい。あとは『帝都跡』を探索するのに必要と思われる装備品も」
 フェリクスが言うと、店主は頷いた。
「お前さん、『異能いのう』だな。それじゃ、こっちに来な」
 店主に促され、ナタンは飾り棚に近付いた。
「まぁ、見ただけで分かってしまうのですか?」
 セレスティアが、感心した様子で言った。
「こういう商売だからね。身のこなしとかを見れば、ある程度は分かるよ」
 彼女に見つめられた店主は、一瞬、照れたように笑うと、ナタンの方に向き直った。
「そもそも、武器を使ったことはあるのか?」
「一応、体育の授業の選択科目と、習い事として、剣術と格闘技の経験はあるよ」
 店主に尋ねられたナタンは、正直に答えた。
「授業と習い事、ねぇ。『帝都跡』に棲みついてる『化け物』どもは、人間相手とは訳が違うぞ」
 言って、店主は肩を竦めた。
 宝の山とも言われる「帝都跡」に、どの国も公式の調査隊を出さない理由が、そこに棲む「化け物」たちの存在だ。
 帝都壊滅より数十年経った頃から、「帝都跡」には、これまでに知られているものとは全く異なる生物――「化け物」が存在する、という報告が相次いだ。
 一説には、帝国時代の魔法技術で作られていた実験動物たちが逃亡し、繁殖そして変異したものが、「化け物」たちの正体だと言われている。
 彼らの多くは狂暴で貪欲だという。そういった個体が、餌になるものも少なく過酷な環境を生き延びたのだろう。
 国民が収めた税金を使って「博打」を打つようなことはせず、危険な調査は発掘人ディガーたちに任せよう、というのが、多くの国の見解だった。
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