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場違い(挿し絵有り)
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背後からの声にナタンが振り向くと、そこには細身の少女が不安げに佇んでいた。
おどおどと胸の前で手を組み合わせ俯いている姿は、どう見ても女学生といった風情で、この「無法の街」には似つかわしくない。
一方でナタンは、少女の、長く豊かで、青みがかった艶のある黒髪を美しいと感じた。
しかし、何より目を引くのは、顔立ちが分からない程に分厚いレンズの嵌った、真ん丸で垢抜けない瓶底眼鏡だ。
ナタンは、それが裏路地で助けようとした少女であることを思い出すと同時に、彼女にも先刻の醜態を見られていたのに気付いて、恥ずかしくなった。
と、「武器屋」の店主が接客を終えて戻ってきた。
「えぇ……? ちょっと見ない間に、男前になったじゃないか」
ナタンの顔を見た店主は目を丸くした。
「そっちの兄さんが、坊主を担いで店に飛び込んできた時は仰天したぜ。まるで、赤茄子と一緒に煮込んだイモみたいな顔になってたからな」
そこで、セレスティアの力でナタンの傷を治療したことを、フェリクスから説明されると、店主は納得したように頷いた。
もし、セレスティアがいなければ、一生、変形したイモのような顔面で過ごす破目になったかもしれない――改めて、当時の自身の状態を想像したナタンは、身震いした。
「そういや、そっちの眼鏡の嬢ちゃんは誰だ? 俺は、兄さんが攫ってきたのかと思って、一瞬驚いたよ」
「破落戸たちに襲われていたらしいが、あの路地に置き去りにする訳にもいかなかったし、事情も聞きたかったから、同行してもらった」
店主の問いかけに、フェリクスが事もなげに答えた。
「そういうことか。ま、この辺じゃあ珍しいことでもないが、嬢ちゃんは運が良かったな」
言って、店主が手近にあった椅子に少女を座らせた。
「……で、君は、何処の誰だ。さっきは、何故あのような状態だった?」
フェリクスが問うと、少女は、びくりと肩を震わせた。
「も、もうちょっと優しく聞いてあげたほうが……この子も、怖い思いをしただろうしさ」
少女の様子を見たナタンが思わず口を挟むと、フェリクスは、はっとしたように目を見開いた。
「すまない、俺も少し動揺していたようだ。……後で、君のことは連れのところに送り届けるから安心して欲しい」
「つ……連れは……いません」
フェリクスの言葉に、少女は、蚊の鳴くような声で呟いた。
「嬢ちゃん、まさか一人で『無法の街』へ来たのかい?」
店主が、驚きと呆れの入り混じった顔で言った。
「……はい……だから……『帝都跡』を探索する為に……護衛を雇いたいと思って」
少女は他人と話すのが不得手な様子だったが、ナタンたちが辛抱強く聞き出していくうちに、状況が判明してきた。
リリエ・ワタツミと名乗る、この少女は、魔法技術の研究を目的として「無法の街」を訪れたのだという。
単身で「帝都跡」を探索するのは困難である為、護衛をしてくれる者を探していたところ、先刻の破落戸たちに声をかけられたらしい。
「……あの方たち……最初は、優しかったんです……でも、路地裏に入った途端……私のことを『商品』と……言っていました」
そう言って、少女――リリエは俯いた。
「『無法の街』じゃ、若い女自体が貴重だからな。攫われて売られそうになったってところか」
店主が肩を竦めた。
「女性が攫われて売られるなんてことも『珍しくないこと』なのか?」
「そうさ」
ナタンが尋ねると、店主は、さも当然とばかりに答えた。
「一攫千金を夢見て『無法の街』に来たものの、何も掴めずに身を持ち崩す連中は幾らでもいる。危険な『帝都跡』で先の見えない探索や発掘をするより、詐欺や人身売買なんかのほうが、よほど金になると気付いちまったってことだ。まして、取り締まる警察もいやしない。自分の身を自分で守れる奴しか生きていけない場所なのさ、ここは」
「そう……なんですね。私……ただ、珍しい『魔導絡繰り』を見たいとばかり考えていて……」
リリエは、ますます肩を窄めて小さくなった。
彼女も自分と同じく、「無法の街」のことを、よく知らないまま来てしまったのだ――ナタンは、リリエに対し親近感のようなものを覚えた。
「君は、学生なの? 研究ってことは、どこかの大学に行ってるとか?」
リリエの緊張を少しでも解してやりたいと、ナタンは雑談でもするように話しかけた。
「学生、ではないです……大学は……卒業したので」
「卒業? 君、俺と変わらない歳……十七くらいだろ?」
「はい……あの、飛び級……しました」
「すごいな!」
ナタンは感嘆したが、リリエは、しまった、とでも言うかの如く、口元に手を当てた。
「ご、ごめんなさい」
「どうして、謝るの?」
「私が飛び級したとか、もう大学を卒業したとか言うと、気分を害する方がいるみたいで……特に、男性の方が」
リリエの言葉に、ナタンは、自身も、口さがない者たちから、家柄を理由に学業成績を優遇されているなどと噂されていたことを思い出した。
「なぁんだ。ただの嫉妬だよ。君に嫌なことを言ってくる奴は、羨ましいだけなんだ。気にすることないって」
ナタンが明るく言うと、リリエは驚いたのか、息を呑んだ。
「君が、すごい子だというのは事実なんだから、堂々としていればいいと思うよ」
彼の言葉に、リリエの頬が赤く染まった。
おどおどと胸の前で手を組み合わせ俯いている姿は、どう見ても女学生といった風情で、この「無法の街」には似つかわしくない。
一方でナタンは、少女の、長く豊かで、青みがかった艶のある黒髪を美しいと感じた。
しかし、何より目を引くのは、顔立ちが分からない程に分厚いレンズの嵌った、真ん丸で垢抜けない瓶底眼鏡だ。
ナタンは、それが裏路地で助けようとした少女であることを思い出すと同時に、彼女にも先刻の醜態を見られていたのに気付いて、恥ずかしくなった。
と、「武器屋」の店主が接客を終えて戻ってきた。
「えぇ……? ちょっと見ない間に、男前になったじゃないか」
ナタンの顔を見た店主は目を丸くした。
「そっちの兄さんが、坊主を担いで店に飛び込んできた時は仰天したぜ。まるで、赤茄子と一緒に煮込んだイモみたいな顔になってたからな」
そこで、セレスティアの力でナタンの傷を治療したことを、フェリクスから説明されると、店主は納得したように頷いた。
もし、セレスティアがいなければ、一生、変形したイモのような顔面で過ごす破目になったかもしれない――改めて、当時の自身の状態を想像したナタンは、身震いした。
「そういや、そっちの眼鏡の嬢ちゃんは誰だ? 俺は、兄さんが攫ってきたのかと思って、一瞬驚いたよ」
「破落戸たちに襲われていたらしいが、あの路地に置き去りにする訳にもいかなかったし、事情も聞きたかったから、同行してもらった」
店主の問いかけに、フェリクスが事もなげに答えた。
「そういうことか。ま、この辺じゃあ珍しいことでもないが、嬢ちゃんは運が良かったな」
言って、店主が手近にあった椅子に少女を座らせた。
「……で、君は、何処の誰だ。さっきは、何故あのような状態だった?」
フェリクスが問うと、少女は、びくりと肩を震わせた。
「も、もうちょっと優しく聞いてあげたほうが……この子も、怖い思いをしただろうしさ」
少女の様子を見たナタンが思わず口を挟むと、フェリクスは、はっとしたように目を見開いた。
「すまない、俺も少し動揺していたようだ。……後で、君のことは連れのところに送り届けるから安心して欲しい」
「つ……連れは……いません」
フェリクスの言葉に、少女は、蚊の鳴くような声で呟いた。
「嬢ちゃん、まさか一人で『無法の街』へ来たのかい?」
店主が、驚きと呆れの入り混じった顔で言った。
「……はい……だから……『帝都跡』を探索する為に……護衛を雇いたいと思って」
少女は他人と話すのが不得手な様子だったが、ナタンたちが辛抱強く聞き出していくうちに、状況が判明してきた。
リリエ・ワタツミと名乗る、この少女は、魔法技術の研究を目的として「無法の街」を訪れたのだという。
単身で「帝都跡」を探索するのは困難である為、護衛をしてくれる者を探していたところ、先刻の破落戸たちに声をかけられたらしい。
「……あの方たち……最初は、優しかったんです……でも、路地裏に入った途端……私のことを『商品』と……言っていました」
そう言って、少女――リリエは俯いた。
「『無法の街』じゃ、若い女自体が貴重だからな。攫われて売られそうになったってところか」
店主が肩を竦めた。
「女性が攫われて売られるなんてことも『珍しくないこと』なのか?」
「そうさ」
ナタンが尋ねると、店主は、さも当然とばかりに答えた。
「一攫千金を夢見て『無法の街』に来たものの、何も掴めずに身を持ち崩す連中は幾らでもいる。危険な『帝都跡』で先の見えない探索や発掘をするより、詐欺や人身売買なんかのほうが、よほど金になると気付いちまったってことだ。まして、取り締まる警察もいやしない。自分の身を自分で守れる奴しか生きていけない場所なのさ、ここは」
「そう……なんですね。私……ただ、珍しい『魔導絡繰り』を見たいとばかり考えていて……」
リリエは、ますます肩を窄めて小さくなった。
彼女も自分と同じく、「無法の街」のことを、よく知らないまま来てしまったのだ――ナタンは、リリエに対し親近感のようなものを覚えた。
「君は、学生なの? 研究ってことは、どこかの大学に行ってるとか?」
リリエの緊張を少しでも解してやりたいと、ナタンは雑談でもするように話しかけた。
「学生、ではないです……大学は……卒業したので」
「卒業? 君、俺と変わらない歳……十七くらいだろ?」
「はい……あの、飛び級……しました」
「すごいな!」
ナタンは感嘆したが、リリエは、しまった、とでも言うかの如く、口元に手を当てた。
「ご、ごめんなさい」
「どうして、謝るの?」
「私が飛び級したとか、もう大学を卒業したとか言うと、気分を害する方がいるみたいで……特に、男性の方が」
リリエの言葉に、ナタンは、自身も、口さがない者たちから、家柄を理由に学業成績を優遇されているなどと噂されていたことを思い出した。
「なぁんだ。ただの嫉妬だよ。君に嫌なことを言ってくる奴は、羨ましいだけなんだ。気にすることないって」
ナタンが明るく言うと、リリエは驚いたのか、息を呑んだ。
「君が、すごい子だというのは事実なんだから、堂々としていればいいと思うよ」
彼の言葉に、リリエの頬が赤く染まった。
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