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◆散る花と殉教者2
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クロエを守れなかった自身を、ユハニは責めた。
そこで、更に残酷な事実を、彼は知った。
一連の出来事は、世間体を気にしたユハニの父が、裏で手を回した結果だった。
自身の行いが息子に露見しても、父は悪びれる様子すら見せず「息子の将来に傷がつくのを防いだだけ、女が死んだのは計算外だが、劣等民族だし問題ない」と言い放った。
尊敬していた筈の父が、ユハニにとっては汚物同然の存在になり下がった瞬間だった。
彼はまた、恵まれた環境で、ぬくぬくと生きてきた自分を恥じた。
――帝国十二宗家の生まれである自分がクロエを愛したから、彼女は死んだのか。
――クロエが身を引くと言った時に、大人しく受け入れるべきだったのか。
――いや、自分たちは互いに愛し合っただけだ。間違っているのは「世界」のほうだ。
――間違った「世界」は修正しなければならない……それが、彼女への手向けと贖罪になるのだ……
悲しみと絶望の底に沈んでいたユハニは、「世界」に対する怒りと憎悪の力で浮上した。
それ以後、ユハニが父の言いつけに逆らうことはなくなった。
死んだ恋人など忘れたかのように、従順に振舞う息子を見て、父は満足していた。
だが、ユハニは表向き父に従うふりをして、「世界」を変える為の計画を立てていた。
既得権益に胡坐をかいているだけの無能な特権階級に対し、ただ生まれた場所が併合領だったというだけで人としてすら扱われない者たち……そのようなことのない、誰もが平等に尊重される世界を作る──それが、ユハニの目的だった。
父が急病で亡くなり、ヴァルタサーリ家の当主となったユハニは、本格的に自らの目的である「世界の変革」――「智の女神」の排除を果たすべく動き出した。
ある時、ユハニは、自分が、他人の精神に干渉する能力を持っているのに気付いた。
ごく微弱なものだが、彼は、対峙した相手に自分の言葉を正しいと信じ込ませる力があった。
それは「異能」の一種だった。
精神干渉への耐性が高い者には効果が薄いものの、自分に賛同する者を増やすには都合の良い力であり、ユハニは、それを最大限に利用した。
カドッシュ・ミウネという偽名を使い、仮面を被った彼は、名家の当主と活動家という二重生活を送りながら、帝国の――「智の女神」の支配に対し、密かに不満を持つ者たちの存在を嗅ぎ付け接触していった。
また、ユハニは生家の莫大な財力を活動に投入した。元より自分の力で得たものではなく、彼にとって、それらは惜しいものではなかった。
何年もの活動の間に、ユハニが集めた者たちによって、反帝国組織「リベラティオ」が生まれた。
協力者たちの中には、上流階級や富裕層の者も少なからず存在した。彼らは、「智の女神」を排除した後、自らが支配者となることを望んでいたが、ユハニは、そういった者たちの欲望さえ利用した。
様々な者たちの思惑を巻き込んだ「リベラティオ」は、水面下で成長し大きな組織になった。
やがて「智の女神」の「提案」から、帝国が「世界統一」へ向けて動き出した。
ユハニは、戦争、まして全世界を相手にするのであれば、国内の守りは手薄になる筈であり、好機だと考えた。
更に、動きを起こす時期を見計らっていたユハニの手に、「切り札」が「二つ」舞い込んできたのだ。
「これは、天の配剤……いや、君が守ってくれているのかな、クロエ」
帝都にある「リベラティオ」本部の一室で、ユハニ――カドッシュ・ミウネは、ひとり、今は亡き最愛の人の名を呟いた。
「世界が変わったなら、君を守れなかった私の罪も、少しは赦されるのだろうか」
そこで、更に残酷な事実を、彼は知った。
一連の出来事は、世間体を気にしたユハニの父が、裏で手を回した結果だった。
自身の行いが息子に露見しても、父は悪びれる様子すら見せず「息子の将来に傷がつくのを防いだだけ、女が死んだのは計算外だが、劣等民族だし問題ない」と言い放った。
尊敬していた筈の父が、ユハニにとっては汚物同然の存在になり下がった瞬間だった。
彼はまた、恵まれた環境で、ぬくぬくと生きてきた自分を恥じた。
――帝国十二宗家の生まれである自分がクロエを愛したから、彼女は死んだのか。
――クロエが身を引くと言った時に、大人しく受け入れるべきだったのか。
――いや、自分たちは互いに愛し合っただけだ。間違っているのは「世界」のほうだ。
――間違った「世界」は修正しなければならない……それが、彼女への手向けと贖罪になるのだ……
悲しみと絶望の底に沈んでいたユハニは、「世界」に対する怒りと憎悪の力で浮上した。
それ以後、ユハニが父の言いつけに逆らうことはなくなった。
死んだ恋人など忘れたかのように、従順に振舞う息子を見て、父は満足していた。
だが、ユハニは表向き父に従うふりをして、「世界」を変える為の計画を立てていた。
既得権益に胡坐をかいているだけの無能な特権階級に対し、ただ生まれた場所が併合領だったというだけで人としてすら扱われない者たち……そのようなことのない、誰もが平等に尊重される世界を作る──それが、ユハニの目的だった。
父が急病で亡くなり、ヴァルタサーリ家の当主となったユハニは、本格的に自らの目的である「世界の変革」――「智の女神」の排除を果たすべく動き出した。
ある時、ユハニは、自分が、他人の精神に干渉する能力を持っているのに気付いた。
ごく微弱なものだが、彼は、対峙した相手に自分の言葉を正しいと信じ込ませる力があった。
それは「異能」の一種だった。
精神干渉への耐性が高い者には効果が薄いものの、自分に賛同する者を増やすには都合の良い力であり、ユハニは、それを最大限に利用した。
カドッシュ・ミウネという偽名を使い、仮面を被った彼は、名家の当主と活動家という二重生活を送りながら、帝国の――「智の女神」の支配に対し、密かに不満を持つ者たちの存在を嗅ぎ付け接触していった。
また、ユハニは生家の莫大な財力を活動に投入した。元より自分の力で得たものではなく、彼にとって、それらは惜しいものではなかった。
何年もの活動の間に、ユハニが集めた者たちによって、反帝国組織「リベラティオ」が生まれた。
協力者たちの中には、上流階級や富裕層の者も少なからず存在した。彼らは、「智の女神」を排除した後、自らが支配者となることを望んでいたが、ユハニは、そういった者たちの欲望さえ利用した。
様々な者たちの思惑を巻き込んだ「リベラティオ」は、水面下で成長し大きな組織になった。
やがて「智の女神」の「提案」から、帝国が「世界統一」へ向けて動き出した。
ユハニは、戦争、まして全世界を相手にするのであれば、国内の守りは手薄になる筈であり、好機だと考えた。
更に、動きを起こす時期を見計らっていたユハニの手に、「切り札」が「二つ」舞い込んできたのだ。
「これは、天の配剤……いや、君が守ってくれているのかな、クロエ」
帝都にある「リベラティオ」本部の一室で、ユハニ――カドッシュ・ミウネは、ひとり、今は亡き最愛の人の名を呟いた。
「世界が変わったなら、君を守れなかった私の罪も、少しは赦されるのだろうか」
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