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決意

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 長い間、他国に攻め入られることなどなかったアルカナム魔導帝国だが、その内側からの破壊に対しては、あまりにも脆かった。
 侵略戦争に、ほぼ全軍を差し向けている状態である為、現時点では、国民を守る者も存在しないに等しい。
 もっとも、帝国軍の力をもってしても、破壊の意思を明確にする「智の女神」に対抗できるかは、定かではない。
「『智の女神』は、攻撃を再開した模様です。既に、帝都の中心部は壊滅状態……現在のところ、この本部は空間歪曲式防護壁ディストーション・フィールドで守られていますが、周囲の岩盤まで破壊されれば大きな影響が出ることが予想されます」
 監視担当の構成員が、震える声で報告するのを聞きながら、カドッシュは、人前で滅多に外すことのなかった仮面を外した。
「……『あれ』は、まだ健在なのですね?」
 カドッシュが、情報端末を睨んでいる構成員の一人に言った。
「有効射程距離まで、あと一分ほどです……制御、こちらに渡されました!」
「何をする気だ?」
 フェリクスは、カドッシュに問いかけた。
「『智の女神』の機能停止に失敗した場合は、物理的に破壊すると、お話しした通りです」
 カドッシュが答えるのと同時に、外部監視用の画面には、夜空に浮かぶ大型の飛空艇が映し出された。
 別の画面には、飛空艇からの映像と思われる、輝く球体――「智の女神」の姿が見える。
「別の支部に用意してあったものを、作戦開始と同時に、こちらに向かわせていたのですが……まさか、このような使い方をすることになるとは思いませんでしたよ」
 映像から見るに、合計で三隻の飛空艇が『智の女神』に向かって航行しているらしい。
「あれは……誰が乗ってるんだ?」
 アーブルが、首を捻った。
「遠隔で操作するので、いずれも無人です。元々は、我がヴァルタサーリ家や、協力者の貴族の方の私有物だった飛空艇を改造しました。……全艦、主砲発射。目標は『智の女神』」
 カドッシュの指示で、飛空艇の主砲が発射された。
 放たれた光線は輝く軌跡を描いて「智の女神」に命中したと思われた。
 しかし、「智の女神」の周囲には不可視の壁のようなものがあるらしく、打撃を与えられている様子はない。
 一瞬、輝きを増した球体から、反撃だとばかりに無数の光球が放たれる。
「敵の攻撃が命中しましたが、損傷は軽微です」
 飛空艇にも、空間歪曲式防護壁ディストーション・フィールドが装備されているらしい。
 しかし、完全に損傷を防ぐことができない以上、戦闘が長引けば、こちらが不利になるということだ。  
「『智の女神』周囲にも、肉眼で空間の歪みが視認できるほどの、強力な空間歪曲式防護壁ディストーション・フィールドが展開されている模様です……これでは……」
「砲撃を続けてください。いくら空間歪曲式防護壁ディストーション・フィールドが強力だといっても、防御力以上の攻撃を加えれば破れる筈です」
 弱気になりつつある構成員たちを、カドッシュが叱咤する。
「せめて、正規軍の飛空艇団がいれば、違うかもしれないな……」
「軍の飛空艇団は、最大船速でも、ここから八時間はかかる位置にいる。軍司令部を通して、こちらの状況を伝えてはいるが、間に合うかどうか……」
 構成員たちが絶望的だという顔で話し合っているのを聞いたフェリクスは、カドッシュに声をかけた。
「地上への出口を開けてくれ」
 フェリクスの腕の中にいるセレスティアが、驚いた顏で彼を見上げた。
「外に出て、どうするつもりですか、フェリクスくん」
 カドッシュも、戸惑う様子を見せている。
「『智の女神』との戦闘に参加する。あなたも、できる限りのことをするつもりなのだろう。俺も、そうするというだけだ」
「しかし、どうやって……」
「問題ない。この姿になってから、俺は自分にできることを把握している」
「生身のままでか……? いくら何でもあぶねぇよ!」
 アーブルが口を挟んだ。
「フェリクス……お願いです、私の傍にいてください……」
 セレスティアが、不安げにフェリクスの服を掴んだ。
「その男には、何か考えがあるんだろう。……こんな時に何もできないのは、悔しいものだな」
 グスタフが、セレスティアとアーブルをたしなめるように言った。
 彼女は、フェリクスのちからを間近で見ていたゆえに、何か感じるものがあるのだろう。
「君とアーブルは、セレスティアの傍にいて、彼女を守っていてくれ。君たちが、ここで生きていてくれることが、俺のちからになる」
 グスタフに言ってから、フェリクスは、セレスティアの肩に手を置いた。
「必ず戻る。心配しないでくれ」
「でも……」
「俺が、嘘をついたことが、あるか?」
 フェリクスが問いかけると、セレスティアは無言でかぶりを振って、彼の服から手を離した。
「……待っていますから」
 泣きだしそうな笑顔で言うセレスティアに、フェリクスは頷いて、指令室の出口へ向かった。
「……無理するなよ」
 フェリクスは、自身の背中に投げかけられたアーブルの言葉が、心に、ちくりと刺さったような気がした。
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