可惜夜の半妖と綺羅星の隠し姫

くまのこ

文字の大きさ
2 / 27

2話 預かりもの

しおりを挟む
 真白ましろゆずるは、大雑把に言えば「半妖」だ。
 この世の事柄の多くが科学で説明できると考える人間が大多数を占めつつある一方で、人間に知覚できない世界は厳然と存在している。
 譲の故郷「可惜夜あたらよの里」は、人ならざる者――あやかしの一種「可惜夜あたらよの民」のである。
 人間が棲む世界とは次元のずれた場所に存在する「可惜夜あたらよの里」は、特別な場合を除いて人間は行き来することのできない世界だ。
 不老と無限の寿命に加え、超常の力を持つ可惜夜あたらよの民だが、その気質は穏やかなもので、彼らの多くは自分たちの世界で自らが望むままに静かな時を過ごしている。
 しかし、どこの世界にも変わり者はいるもので、譲の父である月人つきひとは、激しく移ろう人間の文化に興味を持ち、時折里を出ては人間の世界を見物していた。
 日本の年号で言えば明治の頃、彼は美しい人間の女――薫子かおること恋に落ちた。互いに一目惚れした二人は、たちまち離れがたくなり、薫子は華族の令嬢という身分を捨て、駆け落ち同然で月人のもとへ嫁いだ。
 そして、二人の間に生まれたのが、譲だった。父の血を色濃く受け継いだ彼は、成人の姿まで成長したのちは外見が変化しない不老の肉体と超常の力を持ち合わせていた。
 長寿ゆえに繁殖力の弱い可惜夜の民は、子供を非常に大切にする。例に漏れず、譲の両親も彼を溺愛し過保護と言えるほどに大切にした。
 譲にとって、両親の愛情は嬉しくもあったが同時に重荷だった。成人してもなお、自分を子供扱いし何をするにも目配り気配りを忘れない態度の両親から、譲は離れる決心をした。
 彼は、母の故郷である人間の世界――日本で暮らすと両親に告げ、単身で首都である東京へと降り立った。両親は寂しがったものの、息子の決心を尊重したのか、困った時は何でも相談するようにとだけ言って、譲を送り出した。
 人間の世界は可惜夜の里よりも時の流れが速く、東京の街も譲が母から聞いていた話とは一変していた。
 大きな戦争で焼け野原になったとは信じられぬほどに高層の建物が建ち並んだ大都会――譲は、その片隅で人間の世界に馴染んでいき、太刀川のような友人も幾人かできた。
 可惜夜の里には存在しないアニメや漫画、ゲームといった文化や、多彩な食文化にも譲は魅了された。
 時折、悪さをするあやかしや怪異に悩まされる人間を助けたりもしながら、彼は概ね平穏で自由な日々を過ごしていた。
 しかし、譲が人間の世界で過ごすようになって数十年が経ったある日、彼の平穏は崩れ去った。
 その夜も、譲は友人の太刀川から貰った住居兼店舗で、のんびりとネットを眺めていた。
 生きていくだけなら人間ほどは金がかからぬゆえ、あくせく働く必要もない彼の楽しみの一つだ。
 人払いの結界を張ってあるため、外を歩いている者に店の存在は認識されず、邪魔者が現れることもないはずであった。

「邪魔するぞ」

 がらがらと引き戸を開ける音と共に、聞き覚えのある声が静寂を破る。
 ありえない事態に、驚きのあまり椅子から転げ落ちた譲は慌てて立ち上がり、招かざる客の姿を確かめた。

「ふふ、喜びのあまり椅子から転げ落ちるとは。久しぶりだな、息子よ」

 そう言って微笑んでいるのは、古風なフロックコートに身を包んだ譲の父、月人だった。
 長く伸ばした白い髪は真珠を思わせる不思議な輝きを持ち、透けるような肌に柘榴石ざくろいしのごとく赤い瞳が、彼が人外であることを物語っている。何も知らない者が見たなら、せいぜい二十代の若者にしか思えないであろう美丈夫だ。

「アポなしで来るのは勘弁していただきたいですね、父上」

 相手が父なら、自分が張った「人払い」の結界など効果がない――小さく息をついた譲は、月人が大きな手籠を提げているのに気づいた。

「あぽ? ああ、事前予約のことか。今回は緊急事態でな。ところで、その珍妙な眼鏡はどうした?」

 月人が、譲のかけている黒縁の瓶底眼鏡を怪訝そうに見た。

「こいつは骨董品として流れてきたのですが、付喪神つくもがみになっていたので手元に残したのです。僕は素顔のままで外を歩くと目立つらしいので、丁度いいんですよ」
「なるほど、よく見ればあやかしの気配があるな。たしかに、譲は私に似た『いけめん』だし、人間界では目立ってしまうか」

 わははと笑った月人だったが、本題を思い出したのか真顔に戻った。

「お前に、頼みがある。何も聞かず、この子の面倒を見て欲しい」

 月人が、手にしていた籠を譲へ手渡した。その中を見た譲は目を剥いた。

「これは……赤ん坊じゃないですか。しかも、人間の? どこからさらってきたのです!」

 籠の中でと眠っている赤ん坊を前に、譲は父を睨んだ。
 
「待て、そういう類の話ではない。この子は、ちと事情があって保護しなければならんのだ」
「それなら、育児経験者の父上たちが面倒を見ればよいのでは? 僕は人間の世界で数十年過ごしているとはいえ、赤ん坊の世話などしたことはありませんから」
「それができぬから、お前に頼むのだ。どうか、聞いてはくれまいか」

 普段は堂々と落ち着き払っているはずの父が、必死な様子を見せていることに、譲は違和感を覚えた。
 
「せめて、事情は聞かせていただけないのでしょうか?」
「悪いが、それもできない。知ることによって、お前たちが不利益を被る可能性もある。分かってくれ。そうだ、助っ人も連れてきたぞ」

 月人がフロックコートの前ボタンを開けると、彼の懐から白い子猫が這い出してきた。
 子猫は床に降り立ったかと思うと、見る見るうちに膨れ上がり、白い毛に青い目を持つ虎の姿に変化した。その背中には、普通の虎にはあるはずもない、一対の白い翼が生えている。

「坊ちゃん、お久しぶりです」

 普通の虎より二まわりは大きな白虎が、巨体に似合わぬ少年のような声で言った。
 
「ああ、久しぶりだね綿雪わたゆき。店の中では窮屈だろうから、人型になってはどうかな」
「人型になるのは不得手なのですが……たしかに邪魔になりますか」

 そう言うと、綿雪と呼ばれた白虎の輪郭がと崩れた。次の瞬間、彼は白い学生服をまとった中性的な少年へと姿を変えた。

「それじゃあ綿雪、譲と二人で、その子……莉沙りさの世話をしてくれ」

 月人が、さも当然のごとく言った。
 
「は、はい……赤ん坊の世話は、坊ちゃんで経験していますので、まぁ」

 綿雪が戸惑う表情を見せたところから、彼も詳しい事情を聞かされていないのだと、譲は思った。

「莉沙……女の子の名ですね」

 譲は、手にした籠の中の赤ん坊を改めて見つめた。周囲の騒ぎをよそに微笑みさえ浮かべて眠っている様は、愛らしいとしか言いようがない。

「養育にかかる費用は送るから心配ない。戸籍も、いい感じに何とかしておいたぞ。両親を事故で亡くして、遠縁であるお前が引き取ったということにしてある。人間の世界で暮らすのに支障はないはずだ」

 月人が言い添えた。

「変なところで、仕事が速いんですね……」
「それほどでもないさ」

 譲の呆れ顔など意に介する様子もなく、月人は得意げに胸を張った。
 それではと店から去る月人を見送ったあと、譲は綿雪と顔を見合わせた。

「困ったものだ……綿雪も、何も聞いていないのか?」
「はぁ……私は、旦那様から、坊ちゃんに用事があるから、ついて来いとだけ言われて」

 譲に尋ねられ、綿雪は首を横に振った。

「もしかして、『可惜夜の里』で何かあったのか?」
「いえ、相変わらず平和なものですよ。そういえば『綺羅星きらぼしの里』では、また王位争いが起きたようですが」
「『綺羅星の民』は『可惜夜の民』の遠い親戚みたいなものと聞いているが、彼らは若干好戦的という話だな。もっとも、争いを外にまで持ち込むことはないらしいし、関係ないか」

 とりあえず故郷では何も起きていないらしいと、譲は若干安堵した。

「そういえば、いつまで預かればいいのかも聞いていなかったな。人間の子供なら、学校へ行かせたりしなくてはいけないんじゃないのか」
あやかしの子であれば、そういう面倒はないんですけどねぇ」

 二人が話し合っていると、籠の中の莉沙がと動いた。
 突然、泣き声をあげ始めた赤ん坊を前に、譲は混乱した。

「こ、これ、どうすればいい?」
「たぶん、オムツが濡れているのかと……お腹も空いているかもしれませんが。坊ちゃんの小さい頃を思い出しますね」

 籠の中から莉沙を抱き上げた綿雪が、彼女をあやすように揺らしながら言った。

「そうか、ちょっとコンビニまで行ってくるから、必要なものを言ってくれ」

 綿雪に必要なものを聞き出した譲は、財布を掴んで最寄りのコンビニへと走った。
 これが、平穏な日々の終わりであり、少し騒がしい日々の始まりであるとは、彼も知る由がなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

氷結の夜明けの果て (R16)

ウルフィー-UG6
ファンタジー
Edge of the Frozen Dawn(エッジ・オブ・ザ・フローズン・ドーン) よくある異世界転生? 使い古されたテンプレート? ――そうかもしれない。 だが、これはダークファンタジーだ。 恐怖とは、姿を見せた瞬間よりも―― まだ見えぬまま、静かに忍び寄るもの。 穏やかな始まり。ほのかな優しさ。 だが、石の下には、眠る獣がいるかもしれない。 その時が来れば、闇は牙を剥く。 あらすじ 失われた魂――影に見つめられながら。 だが、英雄とは……本当に常に“光”のために戦う者なのか? 異国の大地で、記憶のないまま、見知らぬ身体で目を覚ます。 生き延びようとする本能だけが、彼を前へと突き動かす。 ――英雄か、災厄か。それを分けるのは、ただ一つの選択。 冷たく、謎めいた女戦士アリニアと共に、 彼は武器を鍛え、輝く都市を訪れ、古の森を抜け、忘れられた遺跡へと踏み込んでいく。 だが、栄光へと近づく一歩ごとに、 痛みが、迷いが、そして見えない傷が刻まれていく。 光の道を歩んでいるかのように見えて―― その背後で、影は静かに育ち続けていた。 ――これは、力と希望、そして自ら築き上げる運命の物語。 🔹 広大で容赦のない世界が、挑む者を待ち受ける。 🔹 試練と沈黙の中で絆を深めていく、二人の仲間。 🔹 「居場所」を探す旅路の果てに待つものとは――。 ヴェイルは進む。 その選択はやがて、一つの伝説を生み出すだろう。 それが光か、闇か。――決めるのは、あなた自身だ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

嘘コクのゆくえ

キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。 生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。 そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。 アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで…… 次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは…… 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。 作者は元サヤハピエン主義を掲げております。 アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

借金5億で異世界転移、よりによって金本位制の世界だった

夜明け一葉
ファンタジー
32歳の個人トレーダー・佐藤慧は、5年間の雪辱を賭けたトレードで5億円の借金を抱え、意識を失った。目覚めると、そこは剣と魔法が存在する見知らぬ世界だった。常識が通じない異世界で、金貨を見るだけで嘔吐する「金アレルギー」を抱えながら、若き冒険者リナと出会い、生き延びる術を探し始める。諦めることだけができなかった男が、新たな世界で再び立ち上がる異世界サバイバル譚。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

R・P・G ~転生して不死にされた俺は、最強の英雄たちと滅ぼすはずだった異世界を統治する~

イット
ファンタジー
オカルト雑誌の編集者として働いていた瀬川凛人(40)は、怪現象の取材中、異世界の大地の女神と接触する。 半ば強制的に異世界へと転生させられた彼は、惑星そのものと同化し、“星骸の主”として不死の存在へと変貌した。 だが女神から与えられた使命は、この世界の生命を滅ぼし、星を「リセット」すること。凛人はその命令を、拒否する。 彼は、大地の女神により創造された星骸と呼ばれる伝説の六英雄の一人を従者とし、世界を知るため、そして残りの星骸を探すため旅に出る。 しかし一つ選択を誤れば世界が滅びる危うい存在…… 女神の使命を「絶対拒否」する不死者と、裏ボス級の従者たち。 これは、世界を滅ぼさず、統治することを選んだ男の英雄譚である。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...