可惜夜の半妖と綺羅星の隠し姫

くまのこ

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4話 たくさんの初めて

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 いよいよ、莉沙が幼稚園へ入園する日がやってきた。
 講堂には、紙で作った花のアーチや可愛い動物のキャラクターを描いたパネルなどが飾られ、子供たちや父兄の目を楽しませている。
 譲も、着慣れないスーツに身を包み、莉沙の保護者として参列していた。さすがに式典ということもあり、普段は顔を隠すのにかけている瓶底眼鏡は懐にしまってある。
 前方に配置された新入生用の席には、制服姿の子供たちが座っている。まだ幼いというのもあってか、彼らの中には落ち着きのない様子を見せている者も多い。
 一方で、案内された席に行儀よく座っている莉沙の姿を見て、譲は誇らしい気持ちになった。

 ――利発な子だと思ってはいたが、余所の子供と比べると、やはり違いが分かるな。

 やがて、司会の挨拶により入園式が開始された。園長の挨拶や祝電の紹介、在園児による歓迎の歌やお遊戯と、流れるように式は進んでいく。幼い子供は長時間集中できないことを考慮したゆえだろうと、譲は思った。

「では、クラスごとにお子さんと保護者の方の記念写真を撮りますので、職員の指示に従ってください」

 式が終了すると、職員たちによって新入生と保護者がクラスごとに分けられた。

「ゆずにい、りさ、ちゃんと、おすわりできたよ」

 譲の姿を見つけた莉沙が、そう言って走り寄ってきた。

「うん、見ていたよ。かっこよかったぞ」

 譲が頭を撫でてやると、莉沙は嬉しそうに笑った。

「ずいぶんと若いお父さんね」
「でも、凄い美形じゃない?」
「芸能人かしら」
「お子さんも、雑誌のモデルみたいに可愛いわねぇ」

 背後から聞こえる囁き声に、譲は一瞬身を固くした。

 ――やはり素顔だと、僕はせいぜい二十代前半くらいにしか見えないからな。一応、公的には事故で両親を亡くした莉沙を、遠縁ということになっている僕が養育している扱いになっているが……事情は聞かれた時に説明すればいいか。莉沙が可愛いのは認めるけど。

 莉沙が幼稚園や学校に行き始めたなら、保護者である自分も、他の子供たちの保護者との付き合いが生じる――それが思考からと抜けていたのに気づいて、譲は今更ながら緊張した。
 記念写真の撮影や、教室で職員からの説明を受けたりといった用事も無事に済んで、譲は莉沙と共に帰路へ着いた。

「明日から、毎日幼稚園へ行くんだよ」

 莉沙の手を引いて歩きながら、譲は言った。

「うん、おともだち、いっぱいできるかな」

 機嫌よく答えた莉沙だったが、彼女は少し考える素振りを見せた。

「どうした?」
「あのね、ほかのこには『おとうさん』とか『おかあさん』がいるでしょ? りさには、いないの?」

 莉沙の言葉に、譲は心臓を掴まれたような気がした。

 ――そうだ、外に出れば、自分と他の者との違いに気づくのは当然だ。莉沙はさとい子だし、すぐに分かってしまったのだろう。

「……莉沙のお父さんとお母さんは、遠くに行ってしまって、もう会えないんだ」

 まだ小さな莉沙に死の概念を説明するのは、あまりに残酷だと、譲は精一杯やわらかな表現で言った。

「そうなの」
 
 莉沙は少しの間、大きな目で譲を見上げていたが、なにかを悟ったように、こくりと頷いた。その表情は、空気を読んで口をつぐむ、大人のそれだった。

 ――ここで、どうしてとか、いやだとか言って泣いてもいいのに、この子は我慢しているのか?

 譲は、胸の奥が絞られるような苦しさを感じた。

「りさは、ゆずにいと、いっしょにいるから、『おとうさん』と『おかあさん』がいなくてもいいの。わたちゃんと、ハリちゃんたちと、れんじおじちゃんもいるから、いいの」

 莉沙の言葉を聞いた譲は、思わず彼女を抱き上げた。

「そうか、莉沙が寂しくないように、僕は何でもするからね」

 そう言って譲は莉沙を抱きしめた。

 ――そういえば、僕は、この子といつまで一緒にいられるんだろう。父上からは、年に一度、余るくらいの養育費が送られてくるが、それ以上に接触してこようとはしない……昔は、僕に何かと関わりたがっていた父上にしては、不自然な気はしている。僕が聞かされている莉沙の身の上も、よく考えれば本当かどうかは不明だ……

 不意に、これまで考えないようにしていた疑問が、譲の胸中で頭をもたげた。
 
 ――しかし、ある日突然、莉沙を返せと言われたら、僕は、どうなってしまうのだろうか。

 莉沙の存在が、もはや生活の一部になっている譲は、不安を催す思考に無理やり蓋をした。


 入園式の翌日から、莉沙は本格的に幼稚園へ通い始めた。
 譲は莉沙を幼稚園まで送り届け、門の前で待っていた職員に挨拶した。

「どうか、うちの莉沙を、くれぐれもお願いします」
「はい、責任を持ってお預かりします。それじゃあ、莉沙ちゃんは、あの先生についていってね」

 職員に促された莉沙は、譲に手を振ると、門の中へ入っていった。
 その小さな背中を見つめながら、譲は胸が潰れそうな気持ちになった。
 幼稚園から少し離れたところに移動した譲は、人目のなさそうな物陰で五匹のハリネズミたちを呼びだした。

「幼稚園の中に入って、莉沙の様子を僕に伝えてくれ。人間たちには見つからないように、姿を消していくんだぞ」

 ちいちいと鳴いて譲の言葉に答えると、ハリネズミたちは空中に溶け込むごとく姿を消した。
 目を閉じた譲は、ハリネズミたちと視界を共有した。
 通園用の制服から遊び着のスモックに着替えた莉沙が、教室で他の園児たちと共に席に着いている様子が見える。

 ――よし、これなら何かあっても、すぐに駆け付けられるな。ハリたちには、彼らの好きなオヤツを用意しておかないと。

 やや安堵した譲は、何度も振り返りながら幼稚園を後にした。
 帰宅してからも、譲はハリネズミたちを通して莉沙の様子を頻繁に確認している。

「……さすがは莉沙だ。騒いだりせず給食を行儀よく食べているな」
「食事時くらいは食べるのに集中してください。坊ちゃんのほうが、お行儀が悪いですよ」

 箸と茶碗を持ったままハリネズミと同調する譲に、綿雪も少々呆れ顔だ。
 そんな生活にも徐々に慣れてきた、ある日。
 莉沙が幼稚園で貰ってきたプリントを見て、譲は、はっとした。

「親子遠足……他にも運動会とかバザーとか、保護者が関わるイベントって結構あるんだな」
「せんせいが、えんそくで『どうぶつえん』にいくっていってたよ」

 莉沙は、初めての行事に目を輝かせている。

「お弁当が必要なのですか。私が、腕によりをかけて作りましょう。莉沙様も、最近は食べられるものが増えてきましたからね」

 綿雪が、腕まくりして言った。彼は人間の世界に来てから、料理、特に子供が喜びそうなものを優先的に習得しており、安心して任せられると譲は思った。

「おべんとう? りさはねぇ、ハンバーグと、たまごやきと、からあげがいいな」
「きみたち、ちょっと気が早いんじゃないか」

 譲も彼らに釣られて笑ううちに、緊張がほぐれていくような気がした。

 遠足当日、譲は万全の準備を整えて「出陣」した。

 ――弁当は綿雪と僕で作って、他の子たちと交換できるように個包装のお菓子も何種類か用意した……ネットで情報は見たが、実際に参加するのは初めてだから、粗相をしないか心配だな。

 あれこれ考えている譲をよそに、莉沙は初めて訪れる動物園を楽しんでいる様子だ。

「ゆずにい、あのこ、わたちゃんの、なかま? でも、はねがないね?」

 莉沙が指差す先には、虎の檻があった。のんびりと寝そべっている虎を、彼女は不思議そうに眺めている。

「あれは『普通』の虎さ。綿雪みたいに、お喋りしたり飛んだりはできないよ」

 ――生まれて初めて見た「虎」が綿雪なら、「普通の虎」を見たら却って驚きかもしれないな。

 首を傾げている莉沙を見て、譲は微笑んだ。
 昼時が近づき、園児と保護者たちは、遠足用に確保された芝生の広場へ誘導された。
 
 ――テレビなどで見たことはあるが、これが遠足の弁当タイムか……

 莉沙の手を引きながら、弁当を広げられる場所を探していた譲に、数人の母親たちが声をかけてきた。

「真白さん……ですよね? 私たちと、ご一緒しませんか?」
「ああ、ありがとうございます。……莉沙、お友達とお弁当食べようか」

 そう譲に言われ、莉沙は嬉しそうに頷いた。
 皆と芝生の上にレジャーシートを敷き、昼食が始まった。
 
「あら、真白さんは独身なのに、遠縁の莉沙ちゃんを育てているの?」

 話の流れから、自分と莉沙の関係について譲が説明すると、母親たちはため息をついた。

「まぁ、親類の者も手伝ってくれますので」
「それでも、大変でしょう? 私、こう見えても上に小学生の子供がいるの。だから、分からないことがあったら相談してね」
「あら、私は三人目だから、私のほうがベテランよ」

 彼女たちの冗談か本気か分からないやり取りに、譲は自分の心配が杞憂であったと安心した。
 
 遠足は無事に終わり、譲は莉沙と帰路へ着いた。
 莉沙は初めての遠出に興奮しているらしく、動物園で見た様々な動物について、夢中で話している。

「ぞうさんと、きりんさん、えほんのなかではちいさいのに、ほんものはおおきいねぇ」
「そうだね。莉沙は、どの動物が好きかな」
「うさぎさんと、もるもっと、ふわふわで、かわいかったね。……ねぇ、きょうはハリちゃんたち、おやすみなの?」

 莉沙の突然の言葉に、譲は驚いた。
 たしかに、今日は譲が莉沙に同行するため、防犯カメラ役のハリネズミたちは連れてきていなかった。
 
「うん、ハリたちは休みだよ。莉沙は、ハリたちが幼稚園に来ていること、気づいてたの?」
「いつも、おへやのはじっこにいるでしょ?」

 譲の問いかけに、莉沙が事もなげに答えた。

 ――人間でも、太刀川さんのようにあやかしや怪異の気配に敏感だったり、中には、はっきり見えてしまう人も稀に存在するが……莉沙も、「見えてしまう」タイプだったのか。早く気づいてよかったかもしれない……

「幼稚園で莉沙がどうしているか、僕はハリたちに教えてもらっているんだ。でも、このことは、僕と莉沙だけの秘密にしてくれないかな」
「うん! ゆずにいと、りさの『ひみつ』だね!」

「秘密」という言葉の特別感に引き付けられたのか、莉沙が顔を輝かせた。

 ――あやかしや怪異の存在に敏感な人間は、そういうものを呼び込んでしまいやすい傾向もある……これは、悪いものが寄ってこないように気をつけなければ。

 新たに発覚した問題を前に、譲は、この先どうするか考えを巡らせた。
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