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10話 見える者と見えない者と
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ハリネズミたちの視界を通した映像を確認しながら、譲は莉沙のもとへと走った。
手作りの個性的なアクセサリーや服を売る店、あるいは隠れ家的な飲食店や菓子屋など小さな店舗の並ぶ通りには、物の焦げたような匂いが流れている。
絢斗と撫子も、譲の後を追っている。鍛えている絢斗はともかく、撫子も平然とついてきているのに気づいて、譲は内心驚いた。
「撫子も、見かけによらず、結構動けるんだね」
「そうみたい。普通の人間より身軽って感じ?」
譲の言葉に、撫子が微笑んだ。
「旦那、二時の方向に、お嬢と警察官、消防隊員の姿を確認しました」
眼鏡の付喪神である黒縁が、譲に囁きかけた。
「千里眼か。さすが、目がいいね」
黒縁に教えられた方向へ走った譲は、莉沙の姿を発見した。彼女は不安げな顔で、くたびれたスーツ姿の中年男と何やら話している様子だ。
野次馬たちの間を通り抜け、譲たちは莉沙の傍へと駆け寄った。
と、彼らの姿を見咎めた一人の警官が、近付いてくる。
「ああ、これから現場検証だから近づかないで」
「僕は、あの子の保護者です。通してください」
若干の苛立ちを見せながら、譲は言った。
「おや、真白さんじゃないですか」
莉沙と話をしていた中年男が、譲の顔を見て言った。一見風采の上がらない印象の男だが、その目は鋭く、抜け目のなさが見て取れる。
「通してやってくれ」
「いいんですか、土門さん」
「彼も関係者だ。話を聞きたい」
土門と呼ばれた中年男の言葉に、警官は少し驚いた様子を見せつつ、譲たちの前から退いた。
「ユズ兄、来てくれたんだ」
譲の姿に気づいて、莉沙の顔が明るくなった。
「うん、ハリたちが知らせてくれてね」
そう言って、譲は土門のほうへ向き直った。
「一課のあなたが出てくるなんて、なにがあったんですか」
「彼女が、そこの空き店舗の小火を見つけて通報してくれたんだ。この近辺で、立て続けに小火が起きていてな。連続放火の疑いがあるということで、うちが捜査を始めていた矢先だったのさ。昨日のアパート火事も関係してる可能性があると踏んでいるよ」
「そうなんですね……」
――すでに警察も動いていたのか。いずれにせよ、莉沙が無事でよかった。たしかに、火の気のなさそうな空き店舗から突然出火するとは、誰かが故意に火を点けた可能性がある……
「……その人も警察関係者のようだが……知り合いか?」
絢斗が、譲に耳打ちした。
「ああ、彼はM警察署の土門刑事だ。そうだね、昔馴染みという感じかな」
「顔が広いんだな」
「僕は、人間の世界でも、そこそこの年数を生きているからね」
そう言って、譲はくすりと笑った。
「……しかし、莉沙ちゃんがすっかり大きくなっていて、最初は分からなかったよ。彼女は小火を見つけて通報しただけで、怪しい者の姿は見ていないということだし、今日は帰ってもらって大丈夫だ。後日また話を聞かせてもらうかもしれないが」
土門の言葉に、譲は息をついた。
「分かりました。……じゃあ、帰ろうか、莉沙」
譲は、莉沙の肩を抱いて言った。
「うん……」
莉沙は、譲の服の端を握り締めた。自分には何ら非がないとはいえ、警察や消防関係の者たちからあれこれと訊かれるのは、やはり重荷だったのだろう。
「あ、絢斗さんと、なっちも来てくれたんだね」
「うん、莉沙っちがピンチだと思って心配しちゃったけど、何もなくてよかった」
「しかし、放火だとすれば、犯人が近くにいるかもしれん」
絢斗が、周囲を見回しながら呟いた。
彼の言葉に、莉沙の表情が再び強張った。
「すまん、不用意なことを言ったな」
慌てた様子で絢斗が言うと、莉沙はぎこちなく微笑んだ。
「大丈夫、みんなが一緒にいるし。お腹空いちゃったし、早く帰ろう」
莉沙に促され、譲たちは家路についた。
「そんなことがあったとは……ますます油断できませんね」
帰宅した譲たちから事情を聞いて、綿雪は目を丸くした。
夕食の時間になり、ダイニングのテーブルには、綿雪の手によるオムライスやハンバーグ、サラダにスープなどが並べられた。
「今日の夕食は、莉沙様の好きなオムライスとハンバーグですよ。これを食べて、元気を出してくださいね」
「さっそく作ってくれたんだ。美味しそう!」
テーブルの上を見た莉沙が、嬉しそうに笑った。
「これは、テレビで見たレストランのようだな」
絢斗も、華やかな献立に目を奪われているようだ。
「綿雪のハンバーグも美味しいんだよね。よそで食べるものよりもフワフワで」
「私も、色々と研究しましたから」
譲の言葉に、綿雪は誇らしげに胸を張った。
一同が夕食に舌鼓を打つ中、譲は、莉沙の表情が少し沈んでいるような気がした。
「莉沙、なにか気になることでもあるのかい?」
譲は、莉沙の顔を覗き込んだ。
「……うん……ユズ兄たちには、言ったほうがいいよね」
莉沙が、こくりと頷いた。
「小火のあった空き店舗のある通りを歩いていた時、変な男の人とすれ違ったの。私の目には、全身が黒いモヤで覆われてるように見えた。顔は、チラッとしか見なかったけど……ぞっとするような笑顔というか……」
「そいつは、人間だったのか? それとも妖か?」
前のめりになった絢斗が口を開いた。
「人間だと思うけど、黒いモヤには私以外気づいてなかったみたい。だから、土門さんたちには言ってないの」
言って、莉沙は不安そうに譲を見た。
「莉沙の見た人物が放火犯とは限らないけど……『普通の』人間に感知できないものであれば、土門さんたちには見つけようがないし、何の力もない者が下手に接触した場合、対処できないだろうからね。莉沙の判断は正しかったと思うよ」
譲が言うと、莉沙は安堵の表情を見せた。
「すれ違ったということは、黒いモヤの男も莉沙さんの顔を見ているのでは? 一瞬でも注目したなら、相手にも気づかれている可能性は高いぞ」
絢斗の言葉を聞いて、莉沙がびくりと肩を震わせた。
「莉沙様を怯えさせるようなことを言わないでください」
「すまん……」
綿雪に睨まれた絢斗が、首を竦めた。
「だが、天外くんの言うことにも一理ある。ただの人間相手なら護衛のハリたちで対処できるだろうけど、妖絡みかもしれないからね。僕も、しばらくは莉沙を見守りがてら黒いモヤの男を探そうと思う。その間、綿雪には店番を頼むよ」
「心得ました」
譲の言葉に、綿雪が力強く頷いた。
夕食を済ませると、後片付けを手伝いたいと申し出た絢斗は綿雪と共に台所で作業を始めた。
譲は莉沙と一緒に居間で寛ぐことにした。
ソファに座ってテレビを眺めている譲に、莉沙はぴったりと寄り添っている。
やはり、昼間の事件のことで不安になっているのだろうと、譲は胸が締めつけられるような気持ちになった。
「そういえば、莉沙は好きな人とか、彼氏とかいないのか?」
気分を変えようと、譲は莉沙に話しかけた。
「か、彼氏なんていないよ! 急に、どうしたの?」
莉沙は顔を赤らめた。
「いや、莉沙も十七になったし、そういうことがあっても不思議じゃないと思ってさ」
「告られたことは何度かあるけど……」
「そうだったね……莉沙は可愛いから、男どもが放っておく訳がないよね」
眉尻を下げる譲に、莉沙はくすりと笑った。
「私は理想が高いから、そう簡単にOK出さないよ。ユズ兄……みたいに、イケメンで強くて何でも知ってる人じゃないと」
「それは、ちょっと厳しすぎやしないか?」
譲が言うと、莉沙は、からからと笑った。それが無理した笑いではなく自然なものであると感じた譲は、少しは莉沙の気分が晴れたのかもしれないと安堵した。
手作りの個性的なアクセサリーや服を売る店、あるいは隠れ家的な飲食店や菓子屋など小さな店舗の並ぶ通りには、物の焦げたような匂いが流れている。
絢斗と撫子も、譲の後を追っている。鍛えている絢斗はともかく、撫子も平然とついてきているのに気づいて、譲は内心驚いた。
「撫子も、見かけによらず、結構動けるんだね」
「そうみたい。普通の人間より身軽って感じ?」
譲の言葉に、撫子が微笑んだ。
「旦那、二時の方向に、お嬢と警察官、消防隊員の姿を確認しました」
眼鏡の付喪神である黒縁が、譲に囁きかけた。
「千里眼か。さすが、目がいいね」
黒縁に教えられた方向へ走った譲は、莉沙の姿を発見した。彼女は不安げな顔で、くたびれたスーツ姿の中年男と何やら話している様子だ。
野次馬たちの間を通り抜け、譲たちは莉沙の傍へと駆け寄った。
と、彼らの姿を見咎めた一人の警官が、近付いてくる。
「ああ、これから現場検証だから近づかないで」
「僕は、あの子の保護者です。通してください」
若干の苛立ちを見せながら、譲は言った。
「おや、真白さんじゃないですか」
莉沙と話をしていた中年男が、譲の顔を見て言った。一見風采の上がらない印象の男だが、その目は鋭く、抜け目のなさが見て取れる。
「通してやってくれ」
「いいんですか、土門さん」
「彼も関係者だ。話を聞きたい」
土門と呼ばれた中年男の言葉に、警官は少し驚いた様子を見せつつ、譲たちの前から退いた。
「ユズ兄、来てくれたんだ」
譲の姿に気づいて、莉沙の顔が明るくなった。
「うん、ハリたちが知らせてくれてね」
そう言って、譲は土門のほうへ向き直った。
「一課のあなたが出てくるなんて、なにがあったんですか」
「彼女が、そこの空き店舗の小火を見つけて通報してくれたんだ。この近辺で、立て続けに小火が起きていてな。連続放火の疑いがあるということで、うちが捜査を始めていた矢先だったのさ。昨日のアパート火事も関係してる可能性があると踏んでいるよ」
「そうなんですね……」
――すでに警察も動いていたのか。いずれにせよ、莉沙が無事でよかった。たしかに、火の気のなさそうな空き店舗から突然出火するとは、誰かが故意に火を点けた可能性がある……
「……その人も警察関係者のようだが……知り合いか?」
絢斗が、譲に耳打ちした。
「ああ、彼はM警察署の土門刑事だ。そうだね、昔馴染みという感じかな」
「顔が広いんだな」
「僕は、人間の世界でも、そこそこの年数を生きているからね」
そう言って、譲はくすりと笑った。
「……しかし、莉沙ちゃんがすっかり大きくなっていて、最初は分からなかったよ。彼女は小火を見つけて通報しただけで、怪しい者の姿は見ていないということだし、今日は帰ってもらって大丈夫だ。後日また話を聞かせてもらうかもしれないが」
土門の言葉に、譲は息をついた。
「分かりました。……じゃあ、帰ろうか、莉沙」
譲は、莉沙の肩を抱いて言った。
「うん……」
莉沙は、譲の服の端を握り締めた。自分には何ら非がないとはいえ、警察や消防関係の者たちからあれこれと訊かれるのは、やはり重荷だったのだろう。
「あ、絢斗さんと、なっちも来てくれたんだね」
「うん、莉沙っちがピンチだと思って心配しちゃったけど、何もなくてよかった」
「しかし、放火だとすれば、犯人が近くにいるかもしれん」
絢斗が、周囲を見回しながら呟いた。
彼の言葉に、莉沙の表情が再び強張った。
「すまん、不用意なことを言ったな」
慌てた様子で絢斗が言うと、莉沙はぎこちなく微笑んだ。
「大丈夫、みんなが一緒にいるし。お腹空いちゃったし、早く帰ろう」
莉沙に促され、譲たちは家路についた。
「そんなことがあったとは……ますます油断できませんね」
帰宅した譲たちから事情を聞いて、綿雪は目を丸くした。
夕食の時間になり、ダイニングのテーブルには、綿雪の手によるオムライスやハンバーグ、サラダにスープなどが並べられた。
「今日の夕食は、莉沙様の好きなオムライスとハンバーグですよ。これを食べて、元気を出してくださいね」
「さっそく作ってくれたんだ。美味しそう!」
テーブルの上を見た莉沙が、嬉しそうに笑った。
「これは、テレビで見たレストランのようだな」
絢斗も、華やかな献立に目を奪われているようだ。
「綿雪のハンバーグも美味しいんだよね。よそで食べるものよりもフワフワで」
「私も、色々と研究しましたから」
譲の言葉に、綿雪は誇らしげに胸を張った。
一同が夕食に舌鼓を打つ中、譲は、莉沙の表情が少し沈んでいるような気がした。
「莉沙、なにか気になることでもあるのかい?」
譲は、莉沙の顔を覗き込んだ。
「……うん……ユズ兄たちには、言ったほうがいいよね」
莉沙が、こくりと頷いた。
「小火のあった空き店舗のある通りを歩いていた時、変な男の人とすれ違ったの。私の目には、全身が黒いモヤで覆われてるように見えた。顔は、チラッとしか見なかったけど……ぞっとするような笑顔というか……」
「そいつは、人間だったのか? それとも妖か?」
前のめりになった絢斗が口を開いた。
「人間だと思うけど、黒いモヤには私以外気づいてなかったみたい。だから、土門さんたちには言ってないの」
言って、莉沙は不安そうに譲を見た。
「莉沙の見た人物が放火犯とは限らないけど……『普通の』人間に感知できないものであれば、土門さんたちには見つけようがないし、何の力もない者が下手に接触した場合、対処できないだろうからね。莉沙の判断は正しかったと思うよ」
譲が言うと、莉沙は安堵の表情を見せた。
「すれ違ったということは、黒いモヤの男も莉沙さんの顔を見ているのでは? 一瞬でも注目したなら、相手にも気づかれている可能性は高いぞ」
絢斗の言葉を聞いて、莉沙がびくりと肩を震わせた。
「莉沙様を怯えさせるようなことを言わないでください」
「すまん……」
綿雪に睨まれた絢斗が、首を竦めた。
「だが、天外くんの言うことにも一理ある。ただの人間相手なら護衛のハリたちで対処できるだろうけど、妖絡みかもしれないからね。僕も、しばらくは莉沙を見守りがてら黒いモヤの男を探そうと思う。その間、綿雪には店番を頼むよ」
「心得ました」
譲の言葉に、綿雪が力強く頷いた。
夕食を済ませると、後片付けを手伝いたいと申し出た絢斗は綿雪と共に台所で作業を始めた。
譲は莉沙と一緒に居間で寛ぐことにした。
ソファに座ってテレビを眺めている譲に、莉沙はぴったりと寄り添っている。
やはり、昼間の事件のことで不安になっているのだろうと、譲は胸が締めつけられるような気持ちになった。
「そういえば、莉沙は好きな人とか、彼氏とかいないのか?」
気分を変えようと、譲は莉沙に話しかけた。
「か、彼氏なんていないよ! 急に、どうしたの?」
莉沙は顔を赤らめた。
「いや、莉沙も十七になったし、そういうことがあっても不思議じゃないと思ってさ」
「告られたことは何度かあるけど……」
「そうだったね……莉沙は可愛いから、男どもが放っておく訳がないよね」
眉尻を下げる譲に、莉沙はくすりと笑った。
「私は理想が高いから、そう簡単にOK出さないよ。ユズ兄……みたいに、イケメンで強くて何でも知ってる人じゃないと」
「それは、ちょっと厳しすぎやしないか?」
譲が言うと、莉沙は、からからと笑った。それが無理した笑いではなく自然なものであると感じた譲は、少しは莉沙の気分が晴れたのかもしれないと安堵した。
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