可惜夜の半妖と綺羅星の隠し姫

くまのこ

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12話 炎上逃亡と変身と

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 眼鏡の付喪神である黒縁に索敵させつつ、譲は莉沙と共に帰宅した。
 莉沙の顔を知っているであろう「黒いモヤの男」が尾行してくるようなことはなかったが、それでも譲は気が気ではなかった。

「おかえりなさいませ、坊ちゃん、莉沙様……なにか、ありましたか?」

 綿雪が、譲の顔を見て眉をひそめた。
 
「ああ、例の『黒いモヤの男』と遭遇した。莉沙と一緒だったから深追いはしなかったけど」
「そうですか、それでいいと思います」
「だが、近くで消防車が走っていたから、おそらく奴が放火したんじゃないかと思う。あのアカウントに投稿があるかもしれない」

 譲が居間に移動してノートパソコンを立ち上げた時、絢斗が帰ってきた。

「戻りました。……消防車が走っていたが、まさか、また放火があったのか?」
「今、調べているところさ」

 絢斗に答えて、譲はSNSで検索を始めた。
 彼が目を付けていたアカウントには、予想通り「またK町で小火ボヤが……同一人物による連続放火か?」というコメントと共に、炎を上げるゴミ捨て場の画像が投稿されている。

「こいつが犯人か? 舐め腐って……」
「まぁ、落ち着いて」
 
 ぎりりと歯軋りする絢斗を、譲は宥めた。

「僕と同じように考えている人たちが、他にもいるみたいだよ」

 譲は、投稿されたコメントに対する反応を指差した。
 小火ボヤの画像に対し「いつも火事の現場に出くわしているのはおかしい」「自作自演では」「通報しました」という返信が付き、凄まじい速度で拡散されている。
 それに伴い、「K町周辺に在住か」「徒歩圏内では」「日中に起きている小火ボヤをリアルタイムで投稿していることから生活パターンが読める」などアカウントの持ち主の素性を特定しようとする投稿が相次いだ。

「いわゆる炎上というやつだね。リアルタイムで見ることは珍しいけど」

 やがて、放火について投稿していたアカウントが、突然見えなくなった。

「これは、本人がアカウントを削除したようだ。炎上して、怖くなったのかな。投稿から素性を探ろうとする人たちも出てきたからね。スクリーンショットを撮っている人もいるだろうし、完全に痕跡を消すことはできないと思うけど」

 譲は、肩を竦めた。
 
「逃げたか……これで、おとなしくなるだろうか」

 モニターを見つめながら、絢斗が呟いた。

「どうだろうね。注目される場を失った訳だし、このまま黙っていられる人物とは思えない。まだ警戒は必要だろうね」

 思いのほか早い展開に、譲は却って警戒心を募らせていた。


「夕食ができました。今日のメインはさわらの煮つけですよ」

 綿雪の声で、譲たちはダイニングへ集まった。テーブルの上には、とろりとした煮汁から立ち昇る匂いだけで白米が食べられそうなさわらの煮つけや、茄子の煮びたし、マカロニサラダなどが並んでいる。

「今日は和食だね。あ、綿ちゃんのマカロニサラダ大好き。よそのと、なんか違うんだよね」

 部屋着に着替えた莉沙が、湯気を上げる料理を見て嬉しそうな顔をした。
 テーブルに着いた一同は、夕食に舌鼓を打ちながら、今日のことを話し合った。

「えっ、あの怪しい人のものらしきSNSアカウントなんてあったの? でも、炎上して消えちゃった?」

 莉沙は譲の報告に目を丸くした。
 
「そうなんだ。ちょっと目立ち過ぎたんだろうね。これで終わりとも思えないから、莉沙の送り迎えは、もう少し続けるけど、いいかい?」
「うん、なんなら、ずっとでもいいよ」
「はは、さすがに、いつまでも僕がくっついて回る訳にもいかないだろう」

 莉沙の無邪気な言葉に笑いながら、内心では、本当にそうしたいと譲は思った。


 怪しいアカウントが消えてからも、譲は数日の間、莉沙の送り迎えを続けたものの、あの黒いモヤの男と遭遇することはなかった。
 K町を巡回している絢斗も、同様らしい。
 
「今日は日曜日だけど、莉沙は念の為、家にいてもらおうか」

 日曜日の朝、譲は莉沙に告げた。

「うん、いいよ。暇だし、材料もあるし、パウンドケーキでも焼こうかな」

 莉沙は台所に置いてあったレシピ本を見ながら、あれこれと考えている様子だ。

「それは楽しみだ。……そういえば、天外くんの姿が見えないけど、見回りに出たのかな?」

 周囲を見回している譲に、綿雪が言った。

「彼なら撫子に捕まって、庭にいますよ」
「庭?」
「あの頭が気になるからカットすると言って、撫子が引きずっていきました」
「ほほう。でも、撫子のセンスなら、天外くんが更にイケメンになりそうだね」

 譲は、撫子に連行される絢斗の様子を想像して、くすりと笑った。
 縁側に出た譲は、小さな庭で椅子に座らされ、撫子に髪を切られている絢斗の姿を見つけた。

「あ、ユズっち! いま、絢っちの髪を切ってるところだよ。この髪切り用の鋏は、綿っちに買ってきてもらったの」

 器用に鋏を操りながら、撫子が言った。
 一方、首から下を散髪用のケープで覆われている絢斗は、神妙な顔で成すがままにされている。

「絢っちの髪は、ちょっとクセがあるけど、こうカットすると軽くパーマをかけたみたいに見えるでしょ。自分でセットできないだろうから、手櫛で何とかなる髪型にしとくね」

 撫子が、切り終えた絢斗の髪に軽くヘアジェルをつけて整えた。

「はい完成! さっぱりして、イケメンになったっしょ」

 絢斗は、変貌した自分が映る鏡を、不思議そうに見つめた。

「なんだか、自分じゃないみたいだ……『里』にいた頃は、髪が伸びて邪魔だと思ったら、自分で適当に切っていたから」
「これが、絢っちの本当の姿だよ!」

 撫子が腰に手を当て、得意げに言った。

「雑誌や動画を見て学習しただけで、ここまでできるのか。撫子は、すごいな」

 譲は、思わずため息をつくと同時に、好奇心が湧いてきた。

「きみは、念じるだけで自分の髪形や服装を変化させられるけど、まったく違う姿になることはできるのかい?」
「あ~……その発想はなかった。ちょっと、やってみようか」

 なるほどとでも言うように手を打ち合わせた撫子は、絢斗を見つめながら精神を集中させているようだった。
 やがて、彼女がゲーム画面のノイズのようなものに覆われたかと思うと、その姿は絢斗そっくりなものに変わっていた。

「こ、これは!」

 絢斗は、突然目の前に現れた自分そっくりな姿に目を剥いている。

「どう? なかなか上手くできたっしょ?」

 絢斗の姿をした撫子が、そう言いながら様々なポーズをとった。

「やめてくれ! 俺の姿でクネクネしないでくれ!」

 真っ赤になった絢斗が、恥ずかしそうに首を振っている。

「すごいな。喋ったり動いたりしなければ見分けがつかないレベルだよ。その力を借りる時が来るかもしれないね」
「ユズっちの頼みなら、いつでもOKだよ」
「勘弁してくれ……」
 
 絢斗の姿でピースサインをしながらウインクする撫子を見て、本物の絢斗が顔を覆った。
 その時、譲のズボンのポケットに入れてあったスマートフォンが振動した。
 画面を確認すると、メールが届いている。送り主は、土門だった。
 メールを開いた譲は、ぎくりとした。メッセージ本文はなく、一枚の画像が添付されている。
 そこにあったのは、遠くから撮影されたものではあるが、あの「黒いモヤの男」の姿だった。とは言っても、モヤは映っておらず、何も知らない者には、ただの写真にしか見えないだろう。
 再びスマートフォンが振動した。今度は、土門からの着信だった。
 
「ちょっと、電話に出てくるよ」

 譲は絢斗と撫子に告げ、自分の部屋へ移動した。

「もしもし、いま大丈夫か」

 電話をとると、土門の落ち着いた声が聞こえた。

「ええ、大丈夫です」
「写真を送ったんだが、見てもらえたか? きみが情報提供してくれた人物と思われる男だ」
「間違いないと思います。名前も住所も分からないのに、よく見つかりましたね」
小火ボヤは徒歩圏内で起きていることから、ホシは近隣の住人と目星はついていたからな。普通の聞き込みのふりをして話をしてみたが、案の定しらを切られたよ」
「そうでしょうね」
「ここからは俺の独り言だ。小火ボヤがあった現場周辺の防犯カメラの多くにも、この男の姿が映っていた。しかし、肝心の放火しているシーンは一切映っていない。用事があって近くを歩いていたと言われれば、それまでだ。それと、消防の調査では、そもそも全ての小火ボヤの発火原因が『分からない』ということなんだ。火の気のない場所なのに、何かの燃料をかけた形跡もなければ、着火に使ったものなどの遺留品もない。何の物証もない状態では、任意で引っ張ることもできん」
「…………」
「SNSの投稿も、決定打とするには弱い……しかし、あくまで俺の個人的な見解だが、あやかしなら、なんでも有りかと思った」
「そうですね。遠隔で着火する能力を持つ者であれば、防犯カメラに映らない状態で放火できるでしょう。僕も、あやかしに憑りつかれた人間による犯行の可能性が高いと思っています」
「相手があやかしでは、逮捕することも裁くこともできない……しかし、このままでは市民の安全は脅かされたままだ。人間のほうだけでも、何とかしなければと思っている」
「莉沙の顔を知られている以上、僕も何か手を打ちたいと思っています」
「情けないが、真白さんにそう言ってもらえると助かる……人間の限界というやつか。昔を思い出すよ」
 土門の声には、僅かだが悔しさが滲んでいた。彼は、独り言だと言って「黒いモヤの男」の氏名と住所を告げ、電話を切った。

 ――昔、捜査に協力した時も、表向きは迷宮入りになってしまったんだったな。人間の限界、か。ここのところ奴が動かないのは、普通の聞き込みの体とはいえ、警察が接触してきて怖くなったのか、あるいは警戒しているのか……油断はできないな。

 譲は小さく息をついてスマートフォンをポケットにしまうと、自室から出た。
 廊下には、甘い匂いが漂っている。莉沙がケーキを焼いているのだろう。

 ――パウンドケーキは焼いてから一日寝かせるとレシピには書かれているが、焼き立てのフワフワしたやつも好きなんだよな。

 譲は少し明るい気分になったが、同時に、この平和な日常を守らなければならないと強く思うのだった。
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