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16話 あやかしたちの骨休め
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「家鳴り」たちの騒動も一段落し、譲たちは、いつものように夕食の席に着いた。
メインである豚肉の生姜焼きには千切りのキャベツとポテトサラダが添えられているが、それとは別に副菜としてホウレンソウの白和えや常備菜の煮豆も並んでいる。
「毎日、これだけの品数を揃えるのは大変ではないのか?」
テーブルの上を見た絢斗が、感心した様子で綿雪に言った。
「慣れれば、どうということはありませんよ。それに、坊ちゃんたちに喜んでもらえるから、やりがいもあります」
柔らかい笑みを浮かべ、少年の姿をとった綿雪が答えた。
「僕が一人で暮らしていた頃は、外食以外なら焼き肉のタレで焼いた肉とご飯だけ、みたいな食事も多かったからね。綿雪のお陰で食事が楽しいよ」
「えっ、ユズ兄そんな食生活だったの?」
譲の言葉に、莉沙が些か呆れた顔をした。
「自分一人だと、結構いい加減になってしまうものさ。でも、莉沙と暮らすようになってからは、色々と考えるようになったよ」
幼い頃の面影が残る莉沙の顔を見ながら、譲は懐かしさを覚えて口元を綻ばせた。
「そうだ、話は変わるけど、今度の連休に一泊で温泉にでも行かないか」
再び譲が口を開くと、一同は、きょとんとした。
「温泉? 私は予定ないし、大丈夫だけど」
莉沙が、わくわくした様子で言った。
「実は、撫子の掛け軸の元持ち主から依頼料というかお礼を貰ってね。僕は殆ど何もしていないから受け取れないと言ったんだけど、どうしてもと言われて受け取ることにしたんだ。臨時収入という訳さ」
「なるほど、たまにはいいですね」
綿雪も、譲の言葉を聞いて納得したように頷いた。
「天外くん、なに関係ないみたいな顔してるの? きみも一緒に行く予定なんだけど、予定とか大丈夫?」
黙々と生姜焼きとご飯を食べていた絢斗は、譲に声をかけられ、喉を詰まらせかけた様子だ。
「え? お、俺も……なのか? だが、家族旅行に混ざるのは……」
「はは、じゃあ、福利厚生ということで、どうかな。親睦を図るということでさ」
「ふくり、こうせい……わ、分かった……ありがたくご一緒させてもらう」
胸の辺りを叩きながらも嬉しそうな絢斗を見て、譲も安堵した。
いよいよ旅行当日の朝、譲と莉沙、綿雪そして絢斗の四人は、温泉地へ向かう高速バスに乗るべくK駅のバスターミナルへやってきた。
「撫子は元が紙に描かれた絵だから温泉には入れないということでパスだそうだ。黒縁は、僕たちの旅行中に撫子を東京見物に連れて行くんだって」
「付喪神同士、仲良くなったということか。……それで、譲さんは黒縁ではなく普通のサングラスをかけているのだな」
「外に行く時は大抵黒縁が顔に乗っているから、なにもないと物足りない感じがするんだ」
譲の言葉に、絢斗は合点がいったという顔をした。
「ハリちゃんたちと家鳴りたちは、家でのんびりするほうがいいって。特に、ハリちゃんたちは、いつも私の護衛としてくっついてるものね。お土産買ってきてあげなきゃ」
「黄金針鼠は、煎餅やラスクなど歯ごたえのあるものが好きですね。家鳴りたちは、なんでも食べるようですが」
莉沙と綿雪は、ガイドブックを眺めながら話し合っている。
一行は、ターミナルへ滑り込んできたバスへ乗り込んだ。連休ということもあってか、車内はそこそこ混雑している。
「何もなければ、昼前には現地へ到着するよ。旅館に荷物を預けてから、チェックインまで温泉街を散策しよう」
そう言って、譲は隣に座っている絢斗に目をやった。
「わ、分かった」
膝の上で拳を握り締めながら、絢斗は、はっとしたように答えた。
「もしかして、緊張してるの?」
「そうだな、ただ遊びに行くだけのために遠出することは殆どなかったから……学校の遠足や修学旅行くらいだな」
「ああ、そうか。たまには、『なにもしない』をするのもいいものだよ」
「『なにもしない』……か。やってみる」
まだ少し緊張している絢斗を見て、譲はくすりと笑った。
「絢斗さんは、温泉って行ったことあるの?」
通路の向こう側に座る莉沙が、声をかけてきた。
「『里』自体が温泉地にあるが、自分で利用したことはない」
「へぇ、もしかして『里』って観光地にあったりするのかい?」
絢斗の言葉に、譲は目を丸くした。
「ああ。一族は旅館を経営したり、土産用の菓子やグッズなどを作ったり、アクティビティのガイドを務める者もいたりと、観光業に従事している。俺たちへの『仕送り』の財源も、そこから出ている」
「思った以上に、しっかりした組織なんだね。でも、観光地にいても自分で楽しんだことがないのか……」
「観光業に就いているのは、術を使えるほどの素質に恵まれなかったなど、戦闘に向かない者たちの他に、歳を取って『闇狩り』を引退した者だ。役割分担をしているということだな」
――人間が妖や怪異と対等以上に渡り合うためには、僅かな時間も無駄にすることなく修業しなくてはいけないのかもしれない……けど、天外くんには少しでも楽しんでもらいたいな。
車窓から景色を眺めている絢斗の横顔を見ながら、譲は思った。
バスは何事もなく目的地へ到着した。そこから一行はタクシーで宿泊先の旅館へと向かった。
「うん、『里』と似た匂いがする」
タクシーを降りた絢斗が、顔を上に向けて空気を吸い込みながら言った。
仄かに硫黄の匂いが漂う温泉街の一角に建つ旅館には、「湯宿・狸囃子」と書かれた看板が掲げられている。
「ここ、料理も美味しいし、お風呂も素敵なのよ」
「そうか。それは楽しみだな」
莉沙の言葉に絢斗が嬉しそうに答えるのを見て、譲は微笑んだ。
――傍目には、兄妹のようにも見えるな。
譲たち一行は、旅館へと足を踏み入れた。和の雰囲気を湛えた広いロビーには、チェックイン時間には早いためか、他の客の姿はない。
「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか」
どこからともなく、従業員であろう作務衣姿の男が現れた。
「宿泊予定の真白です。こちらの荷物を預かっていただきたいのですが」
譲は、一行の荷物を指し示して言った。
「真白様ですね。お待ちしておりました。……お荷物は、以上でよろしいですか。では、引き換えの番号札をお渡ししますので、なくさないようお気をつけください」
従業員が愛想よく答えながら、木の葉の形をした番号札を譲に渡した。
「さて、身軽になったし、夕方まで温泉街を散策しようか」
譲は、一同に声をかけた。
「私、お腹空いちゃった。まず、お昼にしない?」
「夕食は結構な量がありますから、あまり食べ過ぎないようにしたほうがいいですね」
「甘いものは別腹だから平気だよ」
はしゃぐ莉沙と綿雪を横目に、強張った顔をしていた絢斗が、譲に耳打ちした。
「さっきの男、人間ではない……妖の気配がしたぞ。いや、そもそも、この宿は妖の気配に満ちているが?」
「ごめん、言い忘れてた。まぁ、きみなら気づいてしまうよね」
譲は、頭を掻いた。
「ここを経営しているのは化け狸の一族なんだ。いや、建物は前の経営者の人間から譲られたものだし、サービスも料理も本物で、人間を化かすようなことはしないから心配ないよ。うちも、時々利用させてもらっているんだ」
「そうなのか……人間の世界に溶け込んで生活している妖ということか」
きょろきょろと周囲を見回しながら、絢斗が呟いた。
「こういう宿だから、我々のような妖の客も骨休めに来るんですよ。貸切風呂なら、本性を出しても問題ありませんしね」
言って、綿雪が微笑んだ。
「それじゃ、莉沙がお腹を空かせているし、まずはランチできるところを探そうか」
譲たちは、温泉街を散策すべく旅館を後にした。
メインである豚肉の生姜焼きには千切りのキャベツとポテトサラダが添えられているが、それとは別に副菜としてホウレンソウの白和えや常備菜の煮豆も並んでいる。
「毎日、これだけの品数を揃えるのは大変ではないのか?」
テーブルの上を見た絢斗が、感心した様子で綿雪に言った。
「慣れれば、どうということはありませんよ。それに、坊ちゃんたちに喜んでもらえるから、やりがいもあります」
柔らかい笑みを浮かべ、少年の姿をとった綿雪が答えた。
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譲の言葉に、莉沙が些か呆れた顔をした。
「自分一人だと、結構いい加減になってしまうものさ。でも、莉沙と暮らすようになってからは、色々と考えるようになったよ」
幼い頃の面影が残る莉沙の顔を見ながら、譲は懐かしさを覚えて口元を綻ばせた。
「そうだ、話は変わるけど、今度の連休に一泊で温泉にでも行かないか」
再び譲が口を開くと、一同は、きょとんとした。
「温泉? 私は予定ないし、大丈夫だけど」
莉沙が、わくわくした様子で言った。
「実は、撫子の掛け軸の元持ち主から依頼料というかお礼を貰ってね。僕は殆ど何もしていないから受け取れないと言ったんだけど、どうしてもと言われて受け取ることにしたんだ。臨時収入という訳さ」
「なるほど、たまにはいいですね」
綿雪も、譲の言葉を聞いて納得したように頷いた。
「天外くん、なに関係ないみたいな顔してるの? きみも一緒に行く予定なんだけど、予定とか大丈夫?」
黙々と生姜焼きとご飯を食べていた絢斗は、譲に声をかけられ、喉を詰まらせかけた様子だ。
「え? お、俺も……なのか? だが、家族旅行に混ざるのは……」
「はは、じゃあ、福利厚生ということで、どうかな。親睦を図るということでさ」
「ふくり、こうせい……わ、分かった……ありがたくご一緒させてもらう」
胸の辺りを叩きながらも嬉しそうな絢斗を見て、譲も安堵した。
いよいよ旅行当日の朝、譲と莉沙、綿雪そして絢斗の四人は、温泉地へ向かう高速バスに乗るべくK駅のバスターミナルへやってきた。
「撫子は元が紙に描かれた絵だから温泉には入れないということでパスだそうだ。黒縁は、僕たちの旅行中に撫子を東京見物に連れて行くんだって」
「付喪神同士、仲良くなったということか。……それで、譲さんは黒縁ではなく普通のサングラスをかけているのだな」
「外に行く時は大抵黒縁が顔に乗っているから、なにもないと物足りない感じがするんだ」
譲の言葉に、絢斗は合点がいったという顔をした。
「ハリちゃんたちと家鳴りたちは、家でのんびりするほうがいいって。特に、ハリちゃんたちは、いつも私の護衛としてくっついてるものね。お土産買ってきてあげなきゃ」
「黄金針鼠は、煎餅やラスクなど歯ごたえのあるものが好きですね。家鳴りたちは、なんでも食べるようですが」
莉沙と綿雪は、ガイドブックを眺めながら話し合っている。
一行は、ターミナルへ滑り込んできたバスへ乗り込んだ。連休ということもあってか、車内はそこそこ混雑している。
「何もなければ、昼前には現地へ到着するよ。旅館に荷物を預けてから、チェックインまで温泉街を散策しよう」
そう言って、譲は隣に座っている絢斗に目をやった。
「わ、分かった」
膝の上で拳を握り締めながら、絢斗は、はっとしたように答えた。
「もしかして、緊張してるの?」
「そうだな、ただ遊びに行くだけのために遠出することは殆どなかったから……学校の遠足や修学旅行くらいだな」
「ああ、そうか。たまには、『なにもしない』をするのもいいものだよ」
「『なにもしない』……か。やってみる」
まだ少し緊張している絢斗を見て、譲はくすりと笑った。
「絢斗さんは、温泉って行ったことあるの?」
通路の向こう側に座る莉沙が、声をかけてきた。
「『里』自体が温泉地にあるが、自分で利用したことはない」
「へぇ、もしかして『里』って観光地にあったりするのかい?」
絢斗の言葉に、譲は目を丸くした。
「ああ。一族は旅館を経営したり、土産用の菓子やグッズなどを作ったり、アクティビティのガイドを務める者もいたりと、観光業に従事している。俺たちへの『仕送り』の財源も、そこから出ている」
「思った以上に、しっかりした組織なんだね。でも、観光地にいても自分で楽しんだことがないのか……」
「観光業に就いているのは、術を使えるほどの素質に恵まれなかったなど、戦闘に向かない者たちの他に、歳を取って『闇狩り』を引退した者だ。役割分担をしているということだな」
――人間が妖や怪異と対等以上に渡り合うためには、僅かな時間も無駄にすることなく修業しなくてはいけないのかもしれない……けど、天外くんには少しでも楽しんでもらいたいな。
車窓から景色を眺めている絢斗の横顔を見ながら、譲は思った。
バスは何事もなく目的地へ到着した。そこから一行はタクシーで宿泊先の旅館へと向かった。
「うん、『里』と似た匂いがする」
タクシーを降りた絢斗が、顔を上に向けて空気を吸い込みながら言った。
仄かに硫黄の匂いが漂う温泉街の一角に建つ旅館には、「湯宿・狸囃子」と書かれた看板が掲げられている。
「ここ、料理も美味しいし、お風呂も素敵なのよ」
「そうか。それは楽しみだな」
莉沙の言葉に絢斗が嬉しそうに答えるのを見て、譲は微笑んだ。
――傍目には、兄妹のようにも見えるな。
譲たち一行は、旅館へと足を踏み入れた。和の雰囲気を湛えた広いロビーには、チェックイン時間には早いためか、他の客の姿はない。
「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか」
どこからともなく、従業員であろう作務衣姿の男が現れた。
「宿泊予定の真白です。こちらの荷物を預かっていただきたいのですが」
譲は、一行の荷物を指し示して言った。
「真白様ですね。お待ちしておりました。……お荷物は、以上でよろしいですか。では、引き換えの番号札をお渡ししますので、なくさないようお気をつけください」
従業員が愛想よく答えながら、木の葉の形をした番号札を譲に渡した。
「さて、身軽になったし、夕方まで温泉街を散策しようか」
譲は、一同に声をかけた。
「私、お腹空いちゃった。まず、お昼にしない?」
「夕食は結構な量がありますから、あまり食べ過ぎないようにしたほうがいいですね」
「甘いものは別腹だから平気だよ」
はしゃぐ莉沙と綿雪を横目に、強張った顔をしていた絢斗が、譲に耳打ちした。
「さっきの男、人間ではない……妖の気配がしたぞ。いや、そもそも、この宿は妖の気配に満ちているが?」
「ごめん、言い忘れてた。まぁ、きみなら気づいてしまうよね」
譲は、頭を掻いた。
「ここを経営しているのは化け狸の一族なんだ。いや、建物は前の経営者の人間から譲られたものだし、サービスも料理も本物で、人間を化かすようなことはしないから心配ないよ。うちも、時々利用させてもらっているんだ」
「そうなのか……人間の世界に溶け込んで生活している妖ということか」
きょろきょろと周囲を見回しながら、絢斗が呟いた。
「こういう宿だから、我々のような妖の客も骨休めに来るんですよ。貸切風呂なら、本性を出しても問題ありませんしね」
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