偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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国境へ

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 解放軍は、間もなくオーロールの国境に差し掛かる辺りまで到達した。
 ここへ来るまでの間に、立ち寄った街や集落で志願兵や傭兵が加わった為、解放軍の兵力は千五百人近くに達している。また、解放軍の助けになりたいという近隣の者たちから食料など物資の援助もあり、想定よりは余裕のある行軍になっていた。
 陣を張り野営にて朝を待つこととなった、四か国の王族たちとステラ姫ことアンネリーゼは、今後について話し合うべく、側近たちと一つの天幕に集合した。
 ロデリックは、アンネリーゼの護衛という名目で同席を許された。
 また、自治都市ドゥイエで合流した元帝国騎士バルドも、情報提供者として呼ばれている。

「いよいよオーロールの国境を越える訳だが、当然なにもない筈はないだろうな」

 折り畳み式の卓上に広げられた地図を指差し、ルーエの王子ホルストが言った。

「斥候によれば、国境を守る兵は千五百人前後ということです。正面から戦えば隊の維持もままならなくなるでしょう」

 フィリップも、難しい顔をしている。

「こちらの士気は高いけれど、先は長いですし兵は温存したいですものね。戦闘を避けられれば一番なのですが」

 そう言って、ヴァッレの若き女王ソフィアが、憂いを帯びた表情を見せる。

「その為の、ステラ姫の存在では? 先帝の孫である彼女が説得すれば、僕たちを通してくれるかもしれないよ」

 ラウハの王子イーヴァリの言葉に、ロデリックは眉根を寄せた。

「この先は敵地です。これまでの道中とは危険度が比べ物になりません」
「ええ、アンネリー……ステラ姫だけを危険に晒すのは、僕も賛成できません」

 シャルルも、ロデリックに同調した。

「僕だって、女の子一人をアテにするとか、格好よくないと思うよ。でも、そんなことを言える余裕がないくらい、僕たちは強くないんだから、仕方ないのでは?」

 イーヴァリの言い分は、あくまで現実的であると、ロデリックにも分かってはいた。

――それでも、俺は娘を危険に晒したくない……!

 歯噛みするロデリックをよそに、元帝国騎士バルドが口を開いた。

「そうとばかりは言えないと思います。オディウムは帝位に就いてから税金を増やしましたが、併合状態にある四か国には更に重税を課しており、民衆の不満が高まっています。また、兵の中には徴兵されたオーロールの民も多い筈です」

「つまり、戦力的には一見互角でも、敵のほうは元から士気が低い可能性があるということか」

 ロデリックの言葉に、バルドは頷いた。

「そこに、正当な皇位継承者のステラ様が説得に当たったなら、向こうはに戦える者が少なくなると見られます。帝国民の中には、未だ先帝陛下を慕う者が多いですからね」

「オーロールの民も、エティエンヌ王子殿下とアンリ王子殿下のお姿を見れば、戦いたくないと思うでしょうしね」

 そう言って、ソフィアも微笑んだ。

「では、国境に着いたら、私が警備兵の方たちを説得すればいいのですね」

 アンネリーゼが、覚悟は決まったという顔で言った。

「やはり、そうなるのか……」

 肩を落とすロデリックに、アンネリーゼが微笑みかけた。

「もちろん、魔法や物理攻撃の威力を軽減する防御壁を展開するとか、それくらいの対策は取るわ。これでも、魔法科を一番で卒業したの、お父さんも知ってるでしょ?」
「そうだったな。そこまで覚悟があると言うなら、俺も自分のできることを精一杯やるだけだ」
「うん、頼りにしてるね」

「もちろん、我々も全力でステラ姫をお守りするつもりです」

 フィリップが、ロデリックの目を見ながら言った。
 具体的な部隊の編成なども話し合われ、軍議は終了した。
 自分たちの天幕に帰ろうとしたロデリックとアンネリーゼを、ソフィアが呼び止めた。

「少し、お話に付き合っていただけませんか」

 たおやかに微笑むソフィアには、人の警戒心を和らげる雰囲気があると、ロデリックは感じた。

「俺は、構わないが、アンネリーゼは?」
「もちろん、喜んで」

 二人が快く答えると、ソフィアは安堵の表情を見せた。

「ロデリック様は、ステラ姫の育ての親とお聞きしていますが」
「ええ、そのとおりです」

 ソフィアの言葉に、ロデリックは頷いた。

「私、ステラ姫が羨ましくて。私の父である先王は、私が、ちょうどステラ姫と同じくらいの歳の頃、急な病で亡くなりました。それで、やむなく私が王位を継いだのです。その直後に、我がヴァッレ王国は帝国の侵攻を受けました」
「それは……」

 アンネリーゼが、息を呑んだ。
 若くして女王という重責を背負うことになったソフィアに、アンネリーゼも親近感を覚えたらしい。

「当時の私は、暗闇に一人で放り出されたような気持でした。側近たちは尽くしてくれましたが、やはり、私を慈しんでくれた父の存在は大きかった……ステラ姫を守ろうとするロデリック様を見て、父を思い出したのです」
「……そうなのですね。血の繋がりがなくても、父は私にとって、かけがえのない人です。私は、父を失ったら、きっと立ち直れません。ソフィア様は、お強いです」

 ソフィアの話を聞いていたアンネリーゼは、感心した様子で彼女を見つめた。

「ありがとう。ええ、父の愛した国を取り戻す為に、落ち込んでなどいられませんからね。女性同士のほうが話しやすいこともあるでしょうし、困ったときは頼りにしてくださいね」
「はい、ありがとうございます」

 それでは、と去っていくソフィアを見送ったあと、アンネリーゼはロデリックを見上げた。

「私だけじゃないのね。ソフィア様のような方もいると思ったら、勇気が湧いてきた気がするわ」
「そうか、だが、無理はするなよ」

 ロデリックは、少し逞しくなったように見える彼女の頭を優しく撫でた。
 同時に、父を失えば立ち直れないだろうという娘の言葉を思い出し、自分もまた死ぬ訳にはいかないのだと、彼は気を引き締めた。


 翌日の早朝、解放軍は行軍を再開し、ついにオーロール国境の城壁が肉眼で確認できる丘にまで辿り着いた。
 重厚な城門を挟んで、侵入者を阻むべく城壁が張り巡らされている。
 傍に建つ監視塔には、帝国の国旗が掲げられていた。
 城門の前には、既に帝国のオーロール駐屯部隊が布陣している。

「両翼に騎兵が二百、正面には槍兵が五百といったところです。城壁にも弓兵が潜んでいるでしょうし、城門の向こうには残りの兵や魔術師が戦闘に備えていると思われます」

 望遠鏡で城門付近を見ていたベルトランが、隣に立つフィリップに告げた。

「予定通り、ルーエ、ラウハ、ヴァッレの陣形も整っているぞ」

 言って、ルーエのホルスト王子も城門に目をやった。

「ではステラ姫、昨夜の軍議の通りに、お願いします」

 フィリップに声をかけられ、アンネリーゼはロデリックを見た。

「承知しました。お父さん、行こう」
「ああ、任せろ」

 ロデリックはアンネリーゼと共に馬へ騎乗し、ゆっくりと城門へ近付いていった。
 周囲には二人を守るごとく、シャルルと元帝国騎士バルドに加え、彼の仲間たちが付き従っている。いずれも、自らアンネリーゼの護衛を志願した者たちだ。
 あらかじめ、アンネリーゼの魔法により物理攻撃や魔法攻撃を防ぐ不可視の防護壁を展開してはいるものの、ロデリックは緊張していた。

――相手の士気が下がっている可能性が高いとはいえ、それは希望的観測も交じっている……この人数では、向こうがその気になってかかってきたら、ひとたまりもない。抜き差しならない状態に陥ったなら、俺の変身能力を使ってでも、アンネリーゼだけは守らなければ……

 彼が考えているうちに、馬は相手の間合いぎりぎりまで近づいていた。
 ロデリックが馬を停止させると、アンネリーゼは拡声の魔道具を取り出した。

「私は、ステラ・フォルトゥナ、先帝の孫であり、フォルトゥナ帝国の正当な皇位継承者です。祖国への帰還と人々の安寧を望み、ここまでやってきました。お願いです、城門を通らせてはもらえませんか」

 アンネリーゼの澄んだ声が、辺りに響き渡った。

「そして、オーロールの皆さん、あなた方を解放する為に、エティエンヌ王子とアンリ王子が帰ってきました。私は、彼らを支持します」

 城門の方角から、駐屯部隊の兵士たちのざわめく声が上がる。
 それに交じり、低い男の声が返ってきた。やはり、拡声の魔導具を使っているのだろう。

「我が名はウーゴ、ここの指揮官である。我々は帝国に仕える者だ。この国境を守るのが我らの務めなれば、たがえる訳にはいかぬ。どうか、お引き取りを」

 猛禽の視力を使ったロデリックは、城門の上にウーゴと名乗る声の主の姿を認めた。
 上半身に金属鎧をまとった、厳つい顔つきの屈強な男だ。

――声色こわいろに、僅かだが躊躇ためらいを感じる気はする……だが、簡単にはいかんか。

 その時、バルドが彼とアンネリーゼの乗る馬に近付いて言った。

「ステラ様、あちらの指揮官は私の旧友だった男です。話をさせてもらえませぬか」
「分かりました、お願いします」

 アンネリーゼに拡声の魔導具を渡され、バルドが口を開いた。

「私は、元帝国騎士バルドだ。久しいな、ウーゴ」

「バルドだと……? 国を捨て、おめおめと戻ってきたと思えば、敵に寝返るとは……この恥知らずめ!」
「寝返ったのではない。私の忠誠は今も帝国に向けられている。先帝の孫であらせられる、このステラ様にだ。ステラ様は、即位されたなら、かつてのように平和な帝国を取り戻したいとお望みだ。私と同志たちは、その手助けをするべく集まったのだ」
「世迷言を……」

 ウーゴの声は若干震えている。

「ウーゴ、貴様の忠誠は誰に向けられたものだ? あのオディウムに対してなのか?」

 バルドの言葉に、ウーゴが息を呑んだのが拡声魔導具を介して伝わってきた。
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