偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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幼年期の終わり

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 アンネリーゼは、乳兄弟たちと共に、すくすくと成長していった。
 寝転んでいることしかできないと思っていたのに、いつの間にか自力で座れるようになり、やがて四つん這いで動き回ることを覚えたアンネリーゼは、すっかり目を離せない状態だ。
 一方、ロデリックは農作業や家畜の世話に勤しみつつ、カイサや嫁たちから子供の扱い方を教わり、彼一人でもアンネリーゼの面倒を見られるようになった。
 仕事の合間を縫って、ロデリックは可能な限り自らの手でアンネリーゼの世話をした。
 カイサたちに甘えてばかりはいられないという気持ちもあったが、彼自身が、アンネリーゼと触れ合うことを楽しいと感じていた為だ。
 日に日に表情豊かになり、話しかければ嬉しそうに笑う小さなアンネリーゼを見ると、ロデリックは身体の奥に、むずむずするような、甘さを伴う感覚を覚えた。
 ロデリックは、「コンラート」の記憶から、それが相手を「可愛い」と思った時に生じる感覚であると知った。
 そんなロデリックを見て、カイサたち女性陣は感心しきりだった。

「あなた、たまには子供の面倒を見てよ。私だって、やることが色々あるのよ」
「ロデリックさんを見習ってほしいわね」

 そう嫁たちに言われ、カイサの長男と次男は首を竦めた。

「俺たちだって、日が暮れるまで外で働いてたんだぜ」
「少しくらい休ませてくれよ」

「仕事をしていたのは、ロデリックさんも同じでしょ。むしろ、あなたたちより働きがいいじゃない」
「それを言われちゃ、かなわんなぁ」

 嫁たちと言い合っている兄二人を見て、まだ独り身の三男が、ため息をついた。
 
「俺、嫁さん貰うのが怖くなってきたよ」

 もはや日常風景となった、賑やかな一家の様子にロデリックも口元を綻ばせた、その時。

「……とーたん」
 
 ロデリックは、突然聞こえた可愛い声に驚いて、抱いていたアンネリーゼの顔を見た。

「とーたん」

 アンネリーゼが、ロデリックの顔を見て、はっきりと言った。

「あら、今、アンネリーゼちゃんが喋ったんじゃないかい?」

 カイサも驚いた様子で、ロデリックたちに近寄ってきた。

「アンネリーゼちゃん、この人は誰?」

 カイサがロデリックを指して、アンネリーゼに問いかけた。

「とーたん」

 まだ回らない舌で言って、アンネリーゼが、きゃっきゃと笑った。

「わぁ、『父さん』だって。ちゃんと分かっているのね」

 嫁たちの言葉に、ロデリックは不思議な気持ちになった。
 アンネリーゼは、ちゃんと自分を父と認識している――彼は、思わず「娘」を抱きしめ、頬ずりした。

「やっぱり、普段から世話をしていると違うのね」
「分かったよ、俺も子供に忘れられない程度には手伝うってば」

 笑い合う家族たちの温かい空気を浴びて、ロデリックは、この時間が永遠に続いて欲しいとさえ思っていた。

 ロデリックとアンネリーゼは、集落の者たちにも少しずつ受け入れられていった。
 亡くなったカイサの父が集落の代表を務めていた時期があったとのことで、彼女自身も住民たちの信頼を得ていたというのも大きいだろう。
 人よりも力のあるロデリックは、人手の足りない家に行って農作業や力仕事を手伝うと感謝され、喜ばれた。
 礼だと言って、その家で取れた作物や、時にアンネリーゼにと菓子を渡されたりするたび、ロデリックは身体の中が温かくなるような気がした。
 
――他者から感謝されると、心地よい気分になる。だから、「人間」は助け合うのかもしれない。

 「コンラート」の記憶からも学びつつ、ロデリックは「人間」の世界に馴染んでいった。

 いつしか月日は過ぎ、ロデリックがカイサ一家のもとを訪れてから、四年近くが経った。

「最初はアンネリーゼが乳離れするまでと言っていたのに、随分と長居してしまったな」

 ロデリックは、庭で乳兄弟たちと駆け回るアンネリーゼを、カイサと共に眺めながら言った。
 真珠色の髪をなびかせ、琥珀色の大きな目を輝かせながら遊びに興じるアンネリーゼは、どこから見ても可愛らしい女の子だ。
 
「気にしないでおくれよ。あたしたちだって、ロデリックがいてくれて助かってるんだ。あんたは読み書きも計算も達者だから、街に作物を売りに行く時も頼りになるしね」

 カイサの言葉を聞いて、ロデリックは「コンラート」に感謝したくなった。
 ロデリックが「捕食」した「コンラート」は、そこそこの教育を受けた人物らしく、読み書きや計算の他に、礼儀作法なども人前に出て困らない程度には習得しており、ロデリックは、それらに助けられていた。
 また、傭兵として各地を渡り歩いた経験から、複数の言語を理解できることもあり、集落で獲れた作物を街に売りに行く際も、交渉役として重宝されるようになっている。

「そう言ってもらえるのは、ありがたい」
「あんたさえよければ、ずっと、この集落で暮らせばいいよ。なんなら、後添のちぞえを迎えるなんて気はないのかい? あんた、なかなかい男だし、集落の女たちに人気があるんだよ」
後添のちぞえ……それは、考えさせてくれ」
「まぁ、急ぐ話でもないからね」

 からからと笑うカイサをよそに、ロデリックは考え込んだ。

――アンネリーゼにも「母親」が必要だろうか……しかし、さすがに自分のような者が「人間」と結婚する訳にはいかないだろう。それにしても、何年も人間として生活している所為か、自分が本当に人間のような気がしてしまうな。

「大変だ!」

 突然、血相を変えて庭に駆け込んできたのは、外出していた筈の三男だった。

「何の騒ぎだい?」
「と、隣の国が……フォルトゥナ帝国が攻めてきたって……! なんの前触れもなく軍隊が国境を越えてきたって話だ! ど、どうしよう、母ちゃん!」

 只事ではなさそうだと真顔になったカイサに、三男が告げた。

――フォルトゥナ帝国……古き大国と呼ばれている国だったな。肥沃な土地が生む穀倉地帯に加え、資源にも恵まれた豊かな国だ。統治者である皇帝は賢帝の二つ名を持つ名君と言われていた筈。「コンラート」の記憶にある情報とは乖離しているが……帝国が本気で攻めてきたなら、大抵の国はひとたまりもないだろう。

 ロデリックは不安な気持ちになり、何も知らず無邪気に遊んでいるアンネリーゼたちに目をやった。

「集落のみんなに、集会場に集まるよう声をかけておくれ」

 カイサに言われた三男は、再び外へ飛び出していった。

「帝国軍が進軍してくるなら、国境からの距離を考えて、猶予は数日だ。俺も、集落の人たちに声をかけてくる。アンネリーゼを頼む」
「ああ、任せときな」

 ロデリックはアンネリーゼをカイサに託すと、集落の者たちを集めるべく駆け回った。
 半時ほど経って、集会場と呼ばれている広場に、集落の大人たちが集まった。
 皆が知る情報を整理した結果、フォルトゥナ帝国の侵攻は事実であることが分かり、住民たちは集落からの避難を決定した。
 宣戦布告すらなしに攻め込んでくる相手が、何をするかは予測がつかず、最悪の事態――集落を襲われ、住民も皆殺しにされる可能性を考えてのことだった。

「すまないね、もう、あんたたちの面倒を見るどころじゃあなくなっちまった……」

 がっくりと肩を落とすカイサに、ロデリックは微笑みかけた。

「いや、アンネリーゼも大きくなったし、何とかなるだろう。それも、あなたが我々を家に住まわせてくれたお陰だ」

「カイサおばちゃん、おなか、いたいの?」

 ロデリックの言葉を聞いて涙するカイサの手を、アンネリーゼが優しく握った。

「ううん、大丈夫だよ。アンネリーゼちゃんは優しい子だね」

 首を振って答えると、カイサはアンネリーゼを抱きしめた。
 アンネリーゼは不思議そうな顔をしていたものの、何かを感じ取ったのか、カイサにしがみついている。

「カイサさんたちは、これからどうするんだ?」
「もっと田舎にいる親類を頼ろうと思ってる。戦争になっても、どこも手を出さなそうな場所さ。暮らしは、今よりも不便になるだろうけどね。でも、いくさが落ち着けば、またここに戻れるかもしれないし」

 そう言って微笑むカイサは、無理をしているようで、ロデリックの目には痛々しく見えた。

「ロデリックは、これを機会に、もっと都会へ行くのもいいかもしれないね。あんたみたいな男、こんな田舎には勿体ないと思っていたんだ」

 カイサが、涙を拭って言った。

「都会、か」 

 ロデリックの中に、自治都市コティという名が浮かんだ。
 「コンラート」の記憶によれば、この集落のあるラウハ王国から少し離れた、港を擁する都市国家とも言える街らしい。
 
――たしかに、都会のほうが仕事もありそうだ。アンネリーゼを守る為なら、何でもしてやるさ。

 不安そうな顔で見上げてくるアンネリーゼの頭を、ロデリックは、そっと撫でた。
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