偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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魔法の街と甘いお茶

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 ロデリックはアンネリーゼを連れ、小走りで馬車に戻った。
 馬車の傍では、負傷した御者や護衛たちを前に、先刻の眼鏡の男が屈み込んで何かをしている。
 近付いてみたロデリックは、「コンラート」の記憶から、眼鏡の男が魔法の呪文を唱えていると知った。
 馬車に寄りかかって座る負傷者に手をかざし、眼鏡の男が呪文を唱える。すると、その手が淡く輝き、光に照らされた傷は見る見るうちに塞がっていった。

「お父さん、あれ、なぁに? きれいね」

 アンネリーゼは、初めて見た魔法に目を丸くしている。

「あれは、『治癒魔法』……怪我を治す魔法だよ」
「まほう? すごいね!」

 アンネリーゼの無邪気な声に、眼鏡の男が振り向いた。

「これは、先ほどの方ですね。お礼もできないうちに、いなくなってしまったので、どうしようかと思っていたところですよ」

 立ち上がった眼鏡の男が、そう言って微笑んだ。

「怪我人は、大丈夫なのか?」
「ええ、あなたが助けに入ってくれたお陰で大事には至らずに済みました。ところで、あなたがたは、どちらに向かっているのでしょうか」
「自治都市コティに行くところだ」

 ロデリックが何気なく答えると、眼鏡の男は、胸の前で両手を打ち合わせた。

「でしたら、この馬車で送らせてもらえませんか。私の家もコティにあるんです。助けていただいたお礼もしたいですし。ああ、私はエルッキと申します」

 穏やかな笑みを浮かべる眼鏡の男――エルッキを見ながら、ロデリックは少し迷った。

――全く知らない相手についていくのは不安もあるが……コティで暮らすにあたって、何らかの伝手があったほうが生存に有利かもしれないな。この男は、嫌な感じがしないし……

「そうか、それは、こちらとしても助かる。俺はロデリック、この子は、娘のアンネリーゼだ」

 ロデリックの言葉に、エルッキは安心したように頷いた。

「なぁ、あんた、もしかして名のある騎士様とかじゃあないのか? あんたの剣は、自己流じゃなく正式に習ったものだろ?」

 治癒魔法で傷が塞がり、動けるようになった護衛の男が、立ち上がりながら言った。

「いや……無名の元傭兵だ」

 傭兵だったのは「コンラート」のほうだが、説明する訳にもいかない――ロデリックは、護衛の男から目を逸らしつつ答えた。

「とても、そうは思えんな……我々二人が苦戦する数の野盗どもを軽くあしらうとは、只者ではないと思うが」

 もう一人の護衛も、そう言って、ロデリックの顔を、まじまじと見た。

「まぁ、詳しい話は、道中で聞かせてもらいましょうか。では、お乗りください」

 エルッキに促され、ロデリックはアンネリーゼと共に馬車へ乗り込んだ。
 二頭立ての馬車は、華美ではないものの丈夫な造りで、座席も柔らかく座り心地の良いものだった。

――このエルッキという男、貴族などではなさそうだが、想像以上に裕福らしいな。

 やや戸惑い気味のロデリックをよそに、アンネリーゼは座席に膝立ちして、車窓を流れる景色に目を輝かせている。

「お嬢ちゃん、馬車が気に入ったようだね」
「うん! でも、お父さんは、もっと速いよ!」

 エルッキに声をかけられたアンネリーゼが、満面の笑みで答えた。
 集落を出てから、娘のこんな笑顔を見るのは初めてかもしれない――ロデリックは嬉しくも切ない気持ちになった。

「はは、お父さんは凄いんだねぇ」
「まぁ、子供の言うことなので」

 エルッキはアンネリーゼに調子を合わせてくれているだけかもしれないが、自分が「人間」でないことが露見しかねないと、ロデリックは冷や冷やした。

「――改めて、私はエルッキ・ティエトと申します。代々商人の家柄で、一応、ティエト商会の会長などやっております。ロデリック殿は、お嬢さんと二人きりで旅をされているようですが、何か事情がおありなのでしょうか?」

 エルッキに問われ、ロデリックは自身の正体は伏せつつ、これまでの経緯いきさつを、かいつまんで説明した。

「なるほど、奥さんを亡くして男手一つで子育てを……しかし、フォルトゥナ帝国の侵攻を受けて、世話になっていた集落を出た……それは、大変でしたね」

 ロデリックの話を聞いていたエルッキが、そう言って嘆息した。

「フォルトゥナの皇帝は名君と聞いていたし、まさか、このようなことになるとは思わなかった」
「おや、御存知なかったのですか。フォルトゥナの皇帝陛下は、四年ほど前に崩御されたのですよ」

 エルッキの言葉に、ロデリックは驚いた。

「皇帝陛下が崩御される少し前に、次期皇帝になる筈だった皇太子と、その妻である皇太子妃が相次いでやまいで亡くなり、お二人の間に生まれた、まだ赤子だった姫君も行方知れずだとか。皇帝陛下は、信頼を置いていた宮廷魔術師に統治権を禅譲してから崩御されたという話です」
「それでは、今回ラウハ王国に侵攻開始したのは、現在の統治者である宮廷魔術師とやらの意思ということか?」
「そうなりますね。いくさが始まると、我々の商売にも影響が出ますし、頭の痛いことです」

――四年の間、アンネリーゼを育てるのと、「人間」としての生活に適応するのに精一杯で、余所の国の事情など気にしている余裕はなかった……とはいえ、そんなことになっていたとは。

「自治都市コティは商人の街です。その財力で街は堅固な守りを固めていますから、心配ありませんよ。おそらくは、攻めた側が大きな損失を被るでしょう」

 黙り込んだロデリックを見て、エルッキが言った。
 しばらくすると、街道の先に城壁で囲まれた街が見えてきた。
 ロデリックたちを乗せた馬車が自治都市コティに到着したのは、間もなく陽が暮れるという頃だった。
 街の入り口の一つである城門をくぐり、馬車は更に石畳の敷かれた道を進んでいく。
 
「お父さん、人が、いっぱいいるよ!」

 賑わう街を窓から眺めていたアンネリーゼが、驚いた様子で言った。

「ねぇ、あの光っているのは何?」

 アンネリーゼが指差したのは、魔導灯まどうとうだった。魔法の力で作動する「魔導具まどうぐ」の一種だ。

「あれは、魔法で光る街灯さ。街には、ああいうものが、たくさんあるぞ」
「まほうって、すごいねぇ」

 初めて見るものばかりで溢れた街を見て、はしゃぐアンネリーゼの姿に、ロデリックも緊張していた心がほどけて行くのを感じた。
 やがて、馬車は大きな屋敷の前で停まった。

「どうぞ、遠慮なくお入りください」

 エルッキに招き入れられ、アンネリーゼを抱きかかえたロデリックは、屋敷に足を踏み入れた。
 室内には、やはり魔法で作動する「魔導灯」が設置されており、この家の豊かさを表しているようだった。
 帰宅した主人を迎えに出てきた使用人たちに、エルッキは何か指示してから、ロデリックに声をかけた。

「部屋を用意する間、こちらでお待ちください」

 彼の案内でロデリックたちが通されたのは、落ち着いた内装の応接間だった。
 勧められたソファに腰掛けているロデリックの前に、五十がらみの執事らしき男が飲み物を運んできた。

「そのお茶は、我が商会が取り扱っているものなんです。是非、味わってみてください」

 エルッキの言葉を聞いて、ロデリックはティ―カップに注がれた、暗赤色の茶を一口飲んでみた。
 発酵した茶葉の芳しい香りに、それだけで気分を和ませる作用を感じた。

「お子様には、お茶に牛乳と砂糖を混ぜたものをご用意しました」

 そう言って執事が目の前に置いたカップを、アンネリーゼは不思議そうに見つめている。

「飲んでごらん。きっと、美味しいぞ」

 ロデリックの言葉に安心したのか、アンネリーゼもカップを持って飲み物に口をつけた。

「あま~い! こんなの初めて飲んだよ、お父さん。おいしいよ」
「それは、よかったな」
  
 甘い飲み物に喜ぶアンネリーゼを見ていたロデリックは、自分の口元が綻ぶのを感じた。

「気に入ってもらえたようで安心しました」

 二人の様子を眺めていたエルッキも、微笑んだ。

「今日は、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
「いえ、大したことでは……」

 改めてエルッキに礼を言われ、ロデリックは頭を掻いた。

「それでですね、ロデリック殿にお話ししたいことがありまして」
「……というと?」

 首を傾げるロデリックに対し、エルッキが思いもかけぬ提案をしてきた。

「我がティエト商会は、学校の運営も行っていましてね。ロデリック殿の剣術の腕を見込んで、そこで働いていただきたいと考えているのですが、いかがでしょうか」
「学校? 俺にできることなど、あるんですか?」
「ええ、もちろんです。我がティエト学院では、幼年科を終えた生徒は、魔法科や武術科といった専門的な事柄を学ぶ科に分かれて進むのですが、ロデリック殿には武術科の剣術講師をやっていただきたいのです。担当者が、家庭の事情で急に退職してしまいましてね」

 エルッキの提案に、ロデリックは驚いた。

「俺は、誰かに教えたことはないし、講師など務まるか心配だが」
「いきなり講師というのも大変でしょうから、最初は講師補助という立場で慣れてもらう形になります。ある程度経験を積んだところで資格試験を受けて、正式な講師になっていただければと思うのですが。家族を持つ職員の為の宿舎もありますから、住む場所も確保できますよ」

――何の後ろ盾もない俺にとって、これ以上ない条件だ。だが……

「それは、大変ありがたいです。しかし、なぜ、俺などに……」
「私が、あなたを気に入ったから、では、いけませんか。あなたには、欲というものを全く感じない……信用できる人だと判断したのです。私は、人を見る目には自信があるのですよ」

 そもそも、自分は「人」ではないのだが――自信たっぷりな表情で言うエルッキを前にして、ロデリックは思ったものの、黙っていた。
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