バイスクル

トマト

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 「ユキー。いつまで、やってるのー?」


遠くから自分を呼ぶトモの声で意識が戻った。

ここは?

床に広がった雑誌やアルバムのやま。自分の家だ。

戻ってきたのか。いや、それとも、かたづけをしながら、うたたねをしていただけなのか。

そうだ。写真は?意識がとぶ前に見た写真。あれは、どうなったんだ。開いたままのアルバムの中央、それは、はじめみたそのままの様子でそこにあった。宙をみつめるトモの横顔。

「やっぱり、うたたねしていたのか」

そうおもいながら、一枚アルバムのページをめくる。と、色褪せた封筒がはさまっていた。大学の名前が印刷された封筒。心臓がドクンと鳴った。おそるおそるのぞくと中には紙片が2枚。
一枚は、若いトモがヨウコさんとじゃれあっている写真。
もう一枚は少し破れた『バイスクル』スペードのエースがはいっていた。
カードのほうをとりだす。余白には短いメッセージが書かれている。

【30円のなぞなぞ解けましたよ。コーヒーのお礼に、今度会ったとき教えてあげましょう。】

 ところどころ、ボールペンの油性インクのかたまりでシミになった文字はあの時、確かに、自分が書いたものだった。アレは、夢じゃなかったのか。

「早くかたづけないと、そろそろ、ミズキ達が帰ってくる時間じゃない?」

 振り返ると、トモが部屋の入り口でにらんでいた。

ユキはトランプを持っていないほうの手でトモの左手をつかみ、手首をみる。そこは青白く血管がすけてみえるだけで、何の傷跡もなかった。

「痛いよ。どうしたの?おや、懐かしい。そんなトランプどこからでてきたの?」

 手をふりほどきながら、トランプをみようと眼を細める。

「トモさん、コレのこと、覚えてる?」

「うん。・・・長いことわすれてたけど。ちょっと、まって。」

 トモは、自分の部屋にはいって、しばらくゴソゴソしていたかと思うと『バイスクル』の箱をもってもどってきた。ちょこんと、ユキのとなりにすわりスペードのエースをうけとり、カードの枚数を調べるように数える。

「学生時代にね。なんでそう思ったのかわからないけど、生きてるのがめんどうになっちゃったときがあったのよね。んで、自宅に帰って、もう人生終わらせてもいいかなって思ったときに、電話があったの。その日コーヒーを一緒に飲んだだけの『名前もしらない青年』だったんだけど、『明日 どうしてもわたさなきゃいけないものを教授から頼まれたんで学校に来てください』って、一方的にいって、電話きっちゃったのよ。」

 エプロンをはずしながら、トモがおかしそうに話す。

「私、今から死ぬんで、明日は行けませんともいえないし、どの教授のことかも わからなくて。私がいかないと、あのこ困っちゃうのかしらって考えたら、とりあえず、明日は学校いくしかないかなあって。うふふ」

 不思議なもので、と、トモは続ける。

「翌日になったら、つき物が落ちたみたいに死ぬなんてこと、まったく考えなくなっちゃったのよね。あのこ、命の恩人だったのかもしれない」

「それで、次の日学校に行ったの?」

ユキは話の続きをうながす。

「うん。翌日、電話でいわれた場所、院生の研究室だったんだけど、そこへへいったら、仲の良かった院生に封筒を預かってるって渡されたの。中をみたら、このカードがはいってるだけで、結局、その青年は、あらわれなかった。いったい、なんだったのか、まったくわからないままなのよね。」

眉をしかめてカードをパチンと指ではじくと
「ただね・・・」

 書かれた文字をじっとみて続ける。

「この三十円のなぞなぞっての。これが、私、解けないのがくやしくて。あのこ、パズルやなぞなぞは苦手だっていってたのに、本当に解けたんだろうか。もしかしたら、わかったってのウソだから、姿見せないんじゃないかって、疑ったりもしたのよ」

カードを不思議そうに眺めているトモを見て、ああ、夢じゃなかったんだ。自分はまにあったんだ、とユキは満ち足りた気分につつまれた。

 カードをつまみあげて、思い切ったように、ユキはトモをよぶ。

「……かあさん」
 首をかしげてユキをみつめるトモに、にやりと笑いかけて、ゆっくりと言葉を続ける。

「かあさん。パズルじゃなくて、なぞなぞだったんだよ。三十円を両替して一円玉三十枚にしたら、簡単に正五角形が作れるんだ」

「え?」

 トモの表情が、一瞬、母親の顔から学生の顔にかわったようにみえた。

「ただいまー」「おそくなりました」
 玄関が突然にぎやかになった。ユキの妻とこどもが、かえってきたようだ。我に返ったトモが立ち上がって、迎えに行く。

「トモトモー。『おといだま』はー?」

 ミズキは、まだ、歯がはえそろってないので『お年玉』というと、『おといだま』にきこえる。

「おかえりなさい。おとしだまは、明日ですよ。今日はまだ、おおみそか」
 トモが嬉しそうに答える。

「ミズキ。おばあちゃんのこと、トモトモって呼ばないのよ。」

「いいのよ。マリコさん。ユキオだって、わたしのこと、『おかあさん』なんて、めったによばないんだから。『おばあちゃん』なんてよばれたら、老け込んじゃう。トモトモ大歓迎よ」

 
荷物をかかえて、これは自分の、それはママのと、大騒ぎの孫を嬉しそうにみながらソファーにゆったり腰をかけているトモ。
トランプに書かれたなぞなぞを、どうしてユキが知っているのかとは、きかない。どういうなぞなぞだったのか、トモがわすれてしまったのかもしれないし、覚えていても、ユキにさきに解かれたのが悔しいから知らないふりをしているのかもしれない。
ユキが子供の頃からトモはそういう大人気ないところのある親だった。

となりのソファーに座り、ユキはたずねる。
「トモさん。人生は楽しいですか。」

 ちらりと こちらを見た目をすぐにそらし、
「……もうちょっと、息子の出来が良かったら楽しかったかもね。」

一拍おいてから、にっこりと笑顔でふりかえって、トモが答えた。

                              終



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