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姉さん、白い子犬を拾う。
しおりを挟むカタコトと揺れる馬車の中、俺が憑依する黒猫の使い魔は、エリーゼ姉さんに捕まって膝の上に載せられていた。
「見えてきましたね」
姉さんの言葉に、丸まっていた猫の体を背伸びしつつ「なーん」と欠伸をした。
使い魔の黒猫を抱き上げたまま姉さんは馬車から降りる。
館の方を見ると昨日まで、廃墟だった館は見違えるほど綺麗に修繕されていた。
数時間しか村に居なかったというのに、何十人もの職人が人海戦術で修繕をしたからこそ出来た芸当なのだろう。
そして館には、冒険者たちが護衛と言う形でウロウロしているのが見えた。
「おかえり、エリーゼ」
姉さんに話しかけたのは、冒険者のカーネルという男。
冒険者の心得とは何かということを、姉さんに一週間、熱心に教えてくれた人間でもある。
スキンヘッドで、強面な顔で、他の冒険者に恐れられているようだ。
カーネルが運営しているパーティは、町でも高位のパーティに入るらしくて、他の冒険者に、剣術を教える事もあるらしい。
見た感じ、30代の父上よりも年配。
姉さんに同行した切っ掛けは、戦場で失った腕を姉さんが魔法で治療したから。
パーティ解散一歩手前だったらしく姉さんに、すごく感謝していた。
治療のお礼と言う事で金貨が入った袋を姉さんに渡そうとしたら姉さんは拒否。
姉さんがあまりにも多額な治療費は受け取れないと断ったら、辺境の地まで護衛してくれることになった経緯がある。
そんな姉さんは、カーネルの方を見る。
「カーネルさん、村に行ってきましたっ!」
「そうか、そうか」
ニッ! と、笑いながらカーネルが姉さんの頭を撫でていた。
「どうやら村では歓迎されたようだな」
「はい! 怪我をしている方や、病を患っている方がいらしたので、治療をしていました。
そうしたらご飯に誘われました」
「なるほど……」
満足そうにうなずくカーネル。
「そういえば、エリーゼは、どうして、こんな辺境まで来たんだ?」
「――え?」
「たしか、ここの領地を治めているのは飛び地と言っても、メレンドルフ公爵家だったはずだ。――で、エリーゼと言えば、同じ名前で……」
「えっと……、フルネームを言うのを忘れていました。エリーゼ・フォン・メレンドルフが、私の名前です」
「そ、それは……。今まで、大変なご無礼を――。未来の王妃様に向かって……」
片膝をついて頭を垂れるカーネル。
これが普通の反応なんだよな……。
「あ、カーネルさん。私、そんなに偉くないのでっ!」
「どういうことですか?」
「レオン様が、好きな方が出来たらしくて、婚約破棄されてしまいました。なので辺境の地で――」
「つまり、傷心した心を癒す為に、王都から離れた此処まできたと?」
「そんな感じです。――で、でも! レオン様のことは、悪くは思っていません。好きな人同士で付き合って結婚した方がいいと思いますから」
「それでは、エリーゼ様は、レオン王太子殿下の事を何とも思っていないと?」
「いいえ。――でも、レオン様が、ご自分で決められて幸せを手に入れられるのでしたら、身を引くのが本当にレオン様のことを思っていることだと思いましたので」
「……なんという……健気な……」
空を見上げながら、カーネルが声を押し殺して泣いているのが分かってしまう。
ここまでオーバーなリアクションをしている男を見たのは久しぶりだ。
それにしても姉さんへ王妃教育をした教育係はすごいな。
完全に、辺境でダラダラしたいという姉さんに鋼よりも強い意志を隠している。
「だ、だから、ここで、この話は終わり! いいですね?」
「……分かりました。――ですが……」
カーネルは、言い難そうに口ごもる。
そんなカーネルの思いを一蹴するかのように、
「エリーゼ様! もっと伝えた方がよろしいかと」
「……ウルリカ、それは、また今度よ?」
よくよく周りを見渡せば、カーネルの声が大きかったのもあり、屋敷の修繕をしてくれていた人はもれなく全員が、今の会話を聞いていた。
姉さんは、顔を真っ赤にして館の中へと走っていく。
仕方ない。
姉さんを追いかけるとするか。
いくつかの部屋を見て回るが姉さんの姿が見当たらない。
しばらくすると「くぅーん」と、言う子犬の声が聞こえてきた。
気になり向かうと、毛布を持ち上げている姉さん。
そして毛布に包まったままの白い子犬が、「くぅーん」と泣いていた。
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