異世界ナノマシン無双

雅けい

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第14話 在所を捨てよ、町へ出よう

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 夜が明け、明るくなるのを待って二人は村の生存者を探し始めた。
 念のため別々行動は極力避けて、家々を回る。
「まずはアーヤ君の家に行こうか」
「うん……」
 彼女の面持ちは暗い。
 村中がこの惨状だ、無理もない。
 アーヤの家に向かうと他の家のように戸は開いたままだった。
「アーヤ、もどったよ……!」
 少しだけ朝日が差し込んだ室内を進み、奥の寝床まで歩いていく。
 ……それは酷いものだった。
 荒らされた室内に激しく飛び散った血痕。
 ビリビリに千切られた衣類。
 そして、床にゴミのように捨てられた二人分の頭部。
 齧られたのか顔は原型をとどめていない。
 だが、これがアーヤの両親であることに疑いはなかった。
 アーヤは言葉を無くし、しばらくは放心したように突っ立っていた。
 そのうち、力が抜けたように膝から崩れ落ち、手を突いて顔を伏せた。
 予想していただろう。
 覚悟はしていただろう。
 しかし、あまりにも現実は容赦がなかった。
 京一郎は彼女に掛ける言葉が何も見つからなかった。
 だが、ここで黙っているのはいい大人のすることではない。
 せめて心の底から振り絞って自分の思った言葉を素直に言うべきなのだ。
 京一郎はアーヤの正面にしゃがみ、その両肩に手を置いてしっかりと語り掛けた。
「アーヤ君、君はやりきった」
 ここまでの彼女の頑張りを自分以外のだれが認めてあげられるというのだ。
「何一つ君のせいではない。後悔なんてしなくていい。だから、感情のまま泣きなさい」
「先生ー!」
 京一郎の胸で思いっきり涙を流して号泣するアーヤ。
「うわあああああん!」
 彼はただ彼女をしっかりと抱きしめてその涙を受け止めるだけだった。

 ******

 どの家の中も似たようなものだった。
 特に悲惨だったのは、子供たちのだ。
 逃げきれずに追い詰められ、頭を潰されてからじっくり喰われたのだろう。
 子供の骨はまだ柔らかいので大人のように頭部だけが食い残されるようなこともなく、残ったのは吐き出された衣服と血の跡だけ。
 村全体をくまなく探しても、もう誰も生きてなどいなかった。
 鬼蝦蟇の群れは、裏門の一つを強引に壊して入ってきたらしい。
 大閂がかかっていようが、本気になった奴らの馬力の前には無力だった。
 もし、大人が動ける状態だったなら見張りもいただろうし、避難するなりの対応が取れたのかもしれない。
 全てが最悪のタイミングだったのだ。
「この世界ではこんなにも簡単に集落が消滅するのか……」
 恐らく地球の中世も似たようなものだったのだろう。
 文明の力、科学技術の力、そのようなものが無ければ人間社会はこんなにも脆い。
 だから、科学が必要なのだ。
 科学者が必要なのだ。
 自分の好奇心を満たすだけがこの道を志した理由ではなかったはずだ。
 一日がかりで村に残された遺体をかき集め、キャンプファイヤーのように巨大な焚き火で葬りながら、京一郎はそんなことを考えていた。
 アーヤはひとしきり泣いた後、言葉少ないながらも一連の作業を手伝って、今は焚き火の前で、寝ているプモを胸元に抱えながら座って眺めている。
「……先生」
 不意に彼女がつぶやく。
「わたし、これからどうしよう……」
 今の彼女の立場は非常に難しい。
 家族も友達も知り合いもすべていなくなり、まさに天涯孤独だ。
 しかも、この村は熱病の流行ですでに周辺の集落から見捨てられてしまっていた。
 たとえ病気が治っているとはいえ、アーヤが彼らに受け入れてもらえる可能性は低いと見たほうがいい。
 それは、アーヤはもうこの村の一帯では暮らすことはできないということを意味する。
 幼い少女が知らない土地に行って、一人で生きていく苦労は想像を絶する。
 こんな世界ならなおさらだ。
 それはアーヤ自身も理解していて、だからこそこの先どうすればいいのか全くわからなくなってしまったのだろう。
 とはいえ、天涯孤独という意味で言えば京一郎自身も似たようなものだ。
 どんなに知識を持っていようと、この世界では根無し草の流れ者でしかない。
 二人ともどうせあてもなくこの世界を放浪しなければならないのなら、一緒に行動するのが一番いいように思える。
 それに彼女がいま頼れる大人は自分しかいないのだ。
「アーヤ君、私はこの先いろいろな場所へ旅をするつもりだ。どんな辛いことが待ち受けているかもわからない。しかし、それでもいいのなら私と一緒に来るかい?」
「うん……」
 彼女は目の前の炎を見たまま小さく頷いた。
 選択肢などないのだ。
 だから、せめて可能性を。
「もちろん、君が安心して暮らせる場所があればいつでも旅をやめていい。私は自分の故郷くにに帰る方法を探しているが、せめて君が一人で生きていけるようになるまでは見捨てたりはしない。私にできることはそれくらいだ」
「……先生は優しいね」
「私はいつも自分の心に正直に生きているだけだ。優しいわけじゃない」
 京一郎が日本に居た頃は人との付き合いは必要最低限しか行わなかった。
 才能さえあれば、おこぼれを求めて勝手に人がやってきたからだ。
 誰も彼の心を理解しようとしなかったし、彼の方も誰かの気持ちを理解しようとは思わなかった。
 自分一人が好きなように生きていけるなら、それでよかったのだ。
 しかし、社会の複雑さに目を向けようとせず、ギブアンドテイクのわかりやすい関係に終始した結果がこれではなかったか。
 だから、アーヤのような誰かのためだけに本気になれるような優しさがあったのなら彼の運命もかわっていたのかもしれない。
 それに京一郎は理不尽が嫌いだ。
 努力は最大限報われるなければならない。
 人のために自らの犠牲もいとわず尽力できる彼女には幸せになる義務があってしかるべきだ。
 彼にとってこれは世界の理不尽に対するささやかな抵抗でもある。
「明日一日かけて旅支度を整えて、明後日の朝この村を出よう」
 京一郎がそう言うとアーヤは無言で頷いた。
 天高く燃え盛る炎を見つめながら二人は強く決意を固めようとしていた。

 ******

 血で汚れた家を避け、二人は納屋で一夜を明かした。
 朝になると村の家々から旅で使いそうな物と金銭的価値のありそうな物を探して、広場に運び出していく。
 当然だが、京一郎はこの世界の通貨を何一つ持っていない。
 つまりは無一文である。
 これでは行く先々で食料も買えなければ宿も取れない。
 だから、この村の住人たちには悪いが金になる物は全て持って行きたかった。
 どうせ残しておいても盗まれるだけだろうし、京一郎だけでなくアーヤの資産にもなるのだ。
 彼らも許してくれるだろう。
 日用品はほぼ木工品で価値がないものばかりだが、斧や鋸などの金属製品は実用的だし、最悪屑鉄として売ることができる。
 質素な生活をしていた人が多かったのだろう。
 高価な宝飾品などは見つからない。
 しかし、いくらこの村で物々交換が経済の主体だったとしても、村だけではすべてを賄えない。
 どこかに交易のための現金があると踏んで徹底的に探した結果、村長の家から幾らかの貨幣を見つけることができた。
 その数、金貨一枚、銀貨四枚、銅貨二十枚。
 京一郎はまだこの世界の物価に詳しくないので、これは慎重に使わねばならない。
 旅に必要な物は衣料と食器などの日用品、当面の食糧だ。
 しかし、熱病でだれも動けなかった間に村に貯蔵されていた食料はすべて使い切ってしまったらしい。
 だから二人もここ数日はあの川で余分に取っておいた焼き魚しか食べていなかった。
 食料はこれからの旅先で現地調達していくしかない。
 日用品の数は揃っていたものの、携帯用でないため重く嵩張るものが多い。
 いずれは旅用の物を揃えるべきだろう。
 他に持っていくものが多すぎて衣類は一人あたり毛布一枚、替え着一組程度しか持っていけない。
 京一郎も村の男性が来ていた服を一着頂戴した。
 日本から持ってきたカッターとスラックスは軽くて通気性も優れているのだが、替え着はやはり必要だ。
 それに現地人の多い所では異人感が強すぎて警戒されかねない。
 一通り集めた物を村で見つけた丈夫めの二つのリュックに分けて入れていく。
 アーヤが背負うリュックには軽い日用品を中心に、京一郎が背負うリュックには換金用の重めの金属製品などを詰め込んでいった。
 半日ほどで旅立ちの準備が終わる。
 しかし、今から村を出れば野営をする回数が増える。
 だから残り半日をかけて村人たちの墓を掘ることにした。
 とはいえ、もはや原型をとどめていない遺体ばかり。
 昨夜燃え残った灰を広場に掘った穴に埋め、その上に目印となる杭を立てただけの極めて簡素な一つの墓が出来ただけだった。
 今後この墓に訪れる者はいるのだろうか。
 それでもアーヤのことを思えば野ざらしのままにするのは忍びなかったのだ。

 ******

「さて、行こう」
 翌実早朝、物がいっぱいに詰まった重いリュックを背負った二人が歩き出す。
 当面の目的地はあの時アーヤが助けを求めて向かおうとした人間の町・カドミス。
 林を超え、川を越え、草原を越え、少なくとも五日はかかる行程だ。
 正門をくぐってアーヤがふと後ろを振り向く。
「……アーヤ、いってくるよ」
 もう誰もいない村に向けて、彼女はいつものように出立の挨拶を残す。
 それは故郷への決別と、もう振り返らないという彼女の覚悟の表れだった。
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