氷の薔薇は愛に目覚める~婚約破棄された令嬢と救国の王子~

イアペコス

文字の大きさ
19 / 68

陽光の来訪 4

しおりを挟む
「エリザベス…」
ようやく、まるで長い間声を発することを忘れていたかのように、ルシアンが絞り出すように、彼女の名前を呼んだ。その声は、以前、王都で聞いた時よりも少し低く、そして長旅のせいか、わずかに掠れていたが、そこには紛れもない、彼女が、この何か月もの間、心の奥底で、ただひたすらに、そして絶望的に待ち望んでいた、太陽のような温かさと、海のような優しさが、豊かに満ちていた。
その、たった一言の、しかし彼女の魂の最も深い場所まで届くような、彼の声を聞いた瞬間、エリザベスの中で、何か月も、いや、もしかしたら、生まれてからずっと、誰にも気づかれることなく、ただ一人で必死に張り詰めていた、最後の、そして最も細い一本の糸が、ぷつりと、しかしはっきりと音を立てて切れた。まるで、長年堰き止められていたダムが決壊したかのように、熱く、そしてしょっぱい涙が、彼女の、もはや涙さえも枯れ果てたと思っていた瞳から、とめどなく溢れ出し、汚れた頬を伝い、凍てつき、ひび割れた地面へと、次から次へと吸い込まれるように落ちていく。抑えようのない、激しい嗚咽が、彼女の細い喉の奥から込み上げてくるのを、彼女は、最後のプライドで必死で堪えようとしたが、もはやどうすることもできなかった。それは、人間としての尊厳を失うことへの恐怖よりも、はるかに強い、魂の叫びだった。
「あ…ああ…ルシアン様…!本当に…本当に、来てくださったのですね…?これは…これは、夢では…ないのですね…?わたくしは…わたくしは、もう、二度と…お会いできないものと…諦めて…おりましたのに…!」
言葉は、激しい嗚咽と震えで途切れ途切れになり、ほとんど聞き取れないほどだったが、そこには、彼女の、これまでの全ての絶望と、そして今この瞬間に感じている、信じられないほどの感謝と喜びが、凝縮されていた。

ルシアンは、エリザベスの、その、あまりにも痛々しく、そしてあまりにも健気なまでの姿に、まるで自分の心臓を直接鷲掴みにされたかのような、激しい痛みを覚え、表情を歪めたが、すぐに、一歩踏み出し、彼女の、あまりにも細く、そして震える肩を、力強く、しかし同時に、まるで壊れやすいガラス細工に触れるかのように、この上なく優しく抱き寄せた。彼の、長旅で汚れてはいたが、上質な素材でできた外套から漂う、微かな、しかし懐かしい森の香りと、馬の汗の匂い、そして何よりも、生きている人間の、力強く、そして温かい確かな温もりが、エリザベスの、長年の孤独と絶望で完全に凍てついてしまっていた心と身体に、まるで、消えかけていた命の炎に、再び力強い酸素を送り込むかのように、じんわりと、そして深く染み渡っていくのを感じた。
「すまない…エリザベス…!本当に、すまない…!来るのが…来るのが、これほどまでに遅くなってしまったこと…この私が、不甲斐ないばかりに…君に、これほどの苦しみを、これほどの絶望を、一人で耐えさせてしまったこと…本当に、許してくれ…!」
ルシアンは、彼女の、もつれて乱れた髪を、まるで慈しむように優しく撫でながら、何度も何度も、心の底からの謝罪の言葉を繰り返した。その声には、深い後悔と、痛切な自責の念が、痛いほどに込められていた。
「いいえ…いいえ…!ルシアン様が謝る必要など、どこにもございません…!わたくしの方こそ…こんな、惨めな姿で…お迎えすることになってしまい…申し訳…ございません…!でも…でも、来てくださった…それだけで…それだけで、わたくしは…もう…」
エリザベスは、彼の、広く、そして驚くほどに逞しい胸に顔を埋め、まるで幼い子供が母親に甘えるかのように、ただただ声を上げて泣きじゃくった。それは、これまで彼女が経験してきた、全ての絶望と孤独、全ての屈辱と恐怖、その、言葉にできなかった全ての苦しみを、ようやく洗い流すかのような、魂の奥底からの浄化の涙であり、そして同時に、ようやく訪れた救済への、感謝の涙でもあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、 婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が 部屋に閉じこもってしまう話からです。 自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。 ※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

処理中です...