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第一章「再会」

切り札はどちらの手に?

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 校庭から10秒ほど走った僕は、校舎の玄関の敷居をくぐって中に入った。そこで僕は振り向き、左手に持っていた本を開く。

「水の精霊よ。凍てつく冷気にて、氷の壁を張らん。アイスウォール!」

 僕は開いている扉の位置に氷壁を作ると、再び走り出した。

(これで少しは足止めになるはず……)

 僕は下駄箱を通って廊下に出ると、真っすぐ右に向かって走る。廊下の奥には二階に続く階段があり、そこまでやってきた僕は、壁に姿を隠した。そのまま顔だけ出して、廊下の様子を伺う。
 
(そろそろ一分経つ。翔君は、どう出てくるか……)

 その時、銃声と共に氷が割れる音が聞こえてくる。恐らく翔君が、僕の作った氷壁に銃弾を打ち込んで破壊したんだろう。廊下までやってきた彼は、左右の様子を確認した後、こちらに向かって歩いてくる。

 翔君が僕のいる場所と玄関の、ちょうど中間地点くらいに来たのを確認して、僕は魔法の詠唱を開始した。

「炎の精霊よ。我が声に耳を傾け、その力を分け与えたまえ……」

 姿を隠したまま詠唱の大半を終えたところで、僕は飛び出した。

「ファイアボール!」

 僕の右手から放たれた炎の球体が、翔君に向かって真っすぐ飛翔する。あの位置なら逃げ場はない。僕がそう思った時、彼は迷わず引き金を引いた。

 激しい破裂音と共に、煙が巻き起こる。放たれた銃弾がファイアボールに直撃し、爆発を起こしたらしい。僕は咄嗟に再び身体を壁へと隠した。

「中々良い攻撃だと思うよ勇気君。おかげで早くも、弾を二発使ってしまった」

 翔君は煙が治まるのも待たず、そのままこちらへ駆け寄ってきた。彼との距離は5メートルほど。追撃は無理と判断した僕は、そのまま階段を駆け上ることにした。

 走りながら僕は右手でおでこをダブルタップする。

*********************
ネーム:ユーキ
ルン:105
 ---------------
 頭:12
 胴体:12
 右手:12
 左手:12+33
 右足:12
 左足:12
 --------------
*********************

(翔君の銃はリボルバーだったから、装弾数は恐らく5~6発。合田君と夢野さんを撃って二発。先ほども二発使ったから、残りは1~2発。とはいえ、僕の方もそこまで余裕があるわけじゃない)

 階段を下りて不意打ちという手もあるが、逆に不意を突かれてしまえばそれで終わりだ。それよりも有効と思われる作戦が僕にはあった。目指す場所は「屋上」だ。


 三階の階段を一番上まで上がった僕は、扉を開けて屋上へと出る。そのまま扉と反対側へ回り込み、翔君が上ってくるのを息を潜めて待っていた。

 しかし翔君も僕が待ち受けているのを感じていたらしく、屋上の扉を勢いよく開いた後、そのまま真っすぐ走って、一番奥にある手すりの前で振り向き、背を預けた。

「さて、勇気君。ここからどうするつもりだい? 僕が今いる場所と反対側にいることはわかっている。距離にすると6~7メートル。銃を構えている僕の不意をつくすべが、君にあるのかな?」

 僕は深呼吸しながら、タイミングを計っていた。今僕たちは障害物を一つ挟んで、屋上の端と端の位置にいる。僕も動き辛いが、向こうもうかつに飛び出してはこれないはずだ。

「頑張った勇気君に朗報だ。僕の銃はかつて父さんが持っていた物の一つで、S&WのM500マグナム。威力は高いものの、5連発式。つまり残り弾数は1発。この世界では残念ながら、予備の弾は持ち込めないみたいでね。撃ち切る=僕の負けになるってわけさ」

「……いいのかい? 自分から不利になるようなことをしゃべってしまって」

「構わないさ。残り一発を当てればいいだけだ。僕としては、このまま時間切れの方がつまらないからね。勝つか負けるか、どちらかの方がいい。膠着状態を打開するキッカケになってくれれば幸いだよ」

 このまま膠着状態が続けば、近いうちに時間切れがやってくるだろう。だけど、それは翔君も望んではいない。僕にしても、ここまできたらキチンと決着をつけたい。

 小さく息を吐いた後、僕は覚悟を決めた。

(いくぞ翔君。勝負だ……)

 僕は持っていた本を目的のページまで開き、詠唱を開始した。

「我は願う。この足に獣のごとき強靭さを宿さんことを……マジックブースター!!」

 詠唱を終えた時、僕の足が光を帯びる。直後、僕はその場から勢いよく駆け出した。驚いた様子の翔君は、すぐさま銃の引き金を引こうとしたのだが――

「遅い!!」

 僕は彼の懐に飛び込むと、勢いを利用して銃を右手で払った。直後、発砲音を響かせながら、銃身が宙を舞う。僕はそのまま馬乗りになり、翔君を地面に抑え込むことに成功した。

「これで……決まりだ!」

 僕は素早くページをめくり、詠唱を開始しようとした。翔君はため息をつきながら、空いた右手を背に回す。

「参ったな。こんな奥の手を隠し持っていたのか。だけどそれは、僕も同じだよ」

 翔君の手が突き出されたかと思った次の瞬間、トンと軽い音と共に、何かが僕の胸へと突き刺さる。
 見るとそれは、ボウガンの矢だった。

「これが僕の奥の手だよ。君は知らなかったかもしれないね。武器は所有者がやられても消えはしない。この矢は、戦いが始まる前から、右柳さんから拝借していたんだよ」

 迂闊だった。矢を隠し持っていたからこそ、彼は残り弾数を伝えて、僕を油断させたのだ。おかげで僕は、彼に武器がなくなったと思い込み、警戒を解いてしまった。

 それが彼の罠だと思いもせず、だ。

「色々試して、よく考え、実行に移せ。父さんの口癖だったよ。それじゃあね勇気君。また会える時を楽しみにしているよ」

 彼の言葉が徐々に遠くなっていく。戦いに敗れた僕の身体は、そのまま消失したのだった。
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