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第二章「根元」

トレーニングルーム

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 その日の晩、再びスリーピングフォレストの世界にやってきた僕は、合田君と夢野さん――いや、武志君と美月さん(合田君にファーストネーム呼びを強要された。クラスメイトに仲良くなったことを印象付けたいから、らしい)と合流。

 いつもゲームスタートを押しているディスプレイの隅にメールマークが表示されており、タップすることで運営からのメッセージが表示。内容は生徒会長から聞いた内容ほぼそのままだった。

「ふんふん、なるほど。7月1日までの間になるべく戦闘をこなし、勝敗に応じてランキングが発表されるわけやな」
「参加チーム数は33組……か。だとすると、参加者は合計99人。思ったより少ないと言うべきかしら」

 メールには、参加チーム数は書かれていたが、参加者の氏名等は記載されていなかった。戦闘になるべく多く勝利し、ランキング8位以内を目指してくれと言うこと。僕たちの現在ランキングは表示されていたが、最下位の33位。

 チュートリアル後の初めて(翔君達と)の戦闘に負けただけなので、これはまあ仕方ないだろう。


 更にもう一つ、僕たちの目を惹く記載事項があったのだが――

「それにしてもトレーニングルームの件は初耳やで。わかってれば前回の戦闘、もうちょい対策も練れたかもしれんのにな」

 届いたメールには一つ、添付ファイルを添えられていた。鍵のアイコンとして表示されていたそれは、ダブルタップすることで後方の壁が消失して、広い空間へ通じる通路が解放されたのだ。

 「トレーニングルーム」と呼ばれるその場所には時刻がデジタル表記されており、この世界に滞在可能な残り時間が確認できる。更にこの部屋は、設定項目をいじることで、広さや場所も変更可能な特殊フィールドとなっていた。

「ここでなら、武器を出しての模擬戦も出来るみたい。本番に向けて対策を練っておけ、ってところかしら? ルンがなくなったら外に追い出されるのも、通常戦闘と同じみたいね」

 実は僕たちは、既にトレーニングルームで色々と試してみていた。翔君が戦闘時に言っていた「他者の武器を使用出来る」というのも一つだが、完全に持ち替えてしまうことも可能らしい。

 ただその場合、身体にしまえるのはその武器だけ。武器を出現させていない状態でやられてしまった場合は、フィールドに残されることもない。

 もしかすると、相手に使用されるのを避けるための処置かもしれない。

「それにしても、説明してないことが多すぎやで。ピエロの奴、手抜いとったんちゃうやろな」

「最初に言っていた『気づきが重要』っていうのは、戦い方を考えろってことだったんだろうね。同じルン量だったら、勝敗を分けるのは作戦。そのためには引き出しが多い方が有利なのは、間違いないだろうし」

 ちなみにルンに関しても、いくつかわかったことがある。

 ステータスウインドウを表示した状態で各部位の数値をダブルタップすれば、他の箇所に数値を割り振れるということ(例:頭「19」、右手「1」みたいにすることも可能。ただ、武器のルン値は変動させられない)。

 ルン値の変更は、トレーニングルーム(戦闘中)には行えなかったので、待機ルームだけのことかもしれない。


 さらに言えば、使用する武器の強さは見た目だけで決まるわけではなかった。例えばルン値「30」にした右腕なら、美月さんの放つ矢の直撃にも耐えられる。

 ただし、減少値については単純な引き算ではなく、不意を突かれるとダメージも大きい。この辺りは通常の戦いを再現しているのかもしれない。

 足のルン値が高ければ移動は早くなるし、腕なら物理系の攻撃力も増す(僕の魔法は変わらないが)。特に物理系の攻撃手段持ちの武志君は、どの部位にルンを重視するかで、戦闘時の動きも大きく変わりそうだった。

「攻撃か守備、どちらを重要視するかってところかしら。私的には、武志君に身体と頭に多めに振ってもらって、守備重視でいてくれるとやりやすいのだけど……」

「あほか! そんなことしたら、俺が敵の的になってまうやろ! それにあれや。攻撃は最大の防御って言うやんけ」

「基本的にルン値はデフォルトのままで行こうよ。相手がどんな作戦で来るかわからない以上、状況に応じて戦い方を変更出来る方がいいと思うし……」

 僕たちはひとまず、攻撃や守備のパターンだけ考えることにした。例えば僕の「マジックブースター」を武志君にかけての奇襲や、僕達二人で相手の注意を引いての、美月さんの隠密行動による射撃など。

 防御面については、誰がやられた際はどうするか、だけ決めておいた。
 相手の情報がないからということもあるが、一番の理由は『時間』――


 極端な話、ルンの総量値に大きく差を開けられてしまうと、勝算自体が薄くなる。そう考えると重要なのは、なるべく多くの戦闘に勝利し、順位と能力を上げていくことだった。

「そんじゃそろそろ行こうで! 個人的には皇城ともう一回やって、前回の不意打ちの借りを返したいしな!」

「あ、それについては私も同感。もっとも、同じチームとの連戦がありえるなら、という話ではあるけれど」

 どうやら二人は翔君に不意を突かれてやられたことを、根に持っているようだ。僕は苦笑しながら二人の後に続く。

 武志君が「スタート」ボタンを押下したことで、ミッションは開始された。



 戦闘フィールドに転送された僕たちは、すぐさま周囲の様子を伺う。前回の学校周辺と同様、見覚えがある。

 どうやら今いる場所は、隣町にある小学校の傍のようだ。今僕たちがいる道から道路を挟むと、壁の向こうから学校の校舎が覗いていた。

「まさか今回の相手。小学生とか言わんやろな?」
「はは、まさか……」

 僕は苦笑しながらも、ありえないことではないと思っていた。現実世界なら楽勝だろうが、ここは夢の中。ルン値が戦闘の優劣を決めるこの世界では、年齢の差など大した問題にはならないだろう。

 ……色んな意味で、やり辛いのは確かだろうけど。

「武志君。そこの校門から中に入って、様子を見てきて。前回のパターンを考えると、敵がいる可能性は高いと思うの」

「それはええけど、不法侵入にならんやろうな……」

 学校の敷地へと入り、様子を見てくる武志君。僕と美月さんは物陰に隠れて様子を見ていたのだが、突然轟音と共に、周囲の空気が震える。

 音が聞こえてきたのは、合田君が入っていった校庭の方だった。顔を合わせた僕たち二人は同時に頷くと、校門の影から中を覗いてみることにした。

「ちょっ、お前! いくら何でもそれは反則ちゃうんか!?」

「問答無用! 敵はやっつけなくちゃいけないんだから!」
「受けてみろ! オラの必殺技! かーめー〇ーめー波ぁ!!」

 どこかで聞いたような技名を叫んだ後、小学生低学年くらいの男の子の両手から、光の波動が迸る。合田君は走りながら逃げ回っていたが、その後ろをこれまた小学生の女の子二人がキャッキャと追いかけていた。

 本来はすぐさま臨戦態勢に入るべきなんだろうけど、僕たちはため息をつくしかなかった。

「勇気君。この場は武志君に任せましょうか」
「……そうだね」

「勇気に美月! お前ら何やっとんねん! はよ助けにこんかぁ!!」

 校庭の方からは武志君の叫び声と、助けを求める声がしたが、美月さんと二人で聞こえないフリをすることにした。

 だって、ほら。高校生が小学生を虐めるわけには……いかないものねぇ。
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