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第二章「根元」

夢の中では

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「なんや勇気、知り合いかい?」
「知り合いとまでは言えないけど……。昨日翔君のお見舞い行った時に会って、少し話したんだよ」

 武志君は僕の返答を聞いても微動だにせず、夏目さんを牽制するように睨んでいる。

「そうか。出来れば詳しく聞きたいけど、今はそんな場合とちゃうな。俺のカンやけど、この子タダモノやないで」

 背中を向けたままの武志君は、心無しか緊張しているようだった。どんな相手に対しても余裕の彼にしては珍しい光景だ。

(いいか勇気。先に準備しとけ。最悪の場合「アレ」でいくぞ)
(ええ!? そこまでする必要は……)

「いいから準備しとけ! いくぞ!」

 そう言って武志君は夏目さんに向かって突進した。ちなみにアレとは、人数的に優位な状況で行う作戦としては、最終手段に分類される。

 簡単にいえば、武志君が相手に組み付いて動きを止めるから、僕の魔法で彼ごと吹き飛ばすというものだった。


 そうこうしてるうちに近くまで踏み込んだ武志君は、渾身の一撃を夏目さんに向けて放つ。しかしそこで驚くべきことが起きた。

 夏目さんは右手に持った白杖で、軽々とその一撃を受け止めたのだ。

「な……!?」

 一番驚いたのは武志君だ。夏目さんが無造作に腕を払うと、弾き飛ばされた武志君は態勢を崩し、地面に尻もちをついた。
 追撃を警戒した武志君はすぐに起き上がったのだが、夏目さんはその場から動かなかった。

 その時、夏目さんの後方に回り込んだ美月さんが、彼女の後頭部に向けて矢を放つ。しかし完全な死角からの攻撃を、夏目さんは少し上体を傾けるだけで躱した。

「これはなんちゅーか……。可愛い見た目とは裏腹に、とんでもない相手みたいやのぅ」
「まだ遠慮しているのであれば、無用ですよ。気にせず全力で来てください」

「その……つもりや!」

 武志君は一瞬美月さんに目配せした後、再び夏目さんに向けて飛びかかった。同時に美月さんも、彼女の周囲を回るように動きながら、再三矢を放つ。

 しかし夏目さんはというと、右腕一本で武志君の猛攻をしのぎながら、美月さんの放つ矢も躱し続けていた。

 その動きは、まるで後ろにも目がついているかのように感じられた。

(彼女は目が悪いと言ってた。昨日話した様子からも、それは嘘じゃないだろう。なのに……)

 三人の攻防を、僕は茫然と眺めていた。夏目さんが相手にしているのは、僕と美月さんが二人がかりでも敵わなかった武志君。しかも美月さんの援護射撃付きだ。

 攻撃を余裕をもって捌く様子は、どう考えても「見えている」としか思えなかった。

(まさか、見えてるのか? これが夢の中だから……)

 スリーピングフォレストの中では、いくら動き回っても疲れない。そして身体能力はルンによって決まる。つまり夢の中の夏目さんは、現実の感覚をそのままに、健康体として動き回れるのではないだろうか?

 盲目の人は周囲の様子を耳で聞いて判断するという。その彼女が完全に見えているとするならば、対応力は半端じゃないだろう。



 その時、接近戦をしかけていた武志君が、一旦離れて距離を取った。

「読めたで。あんた、右腕にルンを全振りしとるやろ」

 夏目さんは武志君の問いには答えず黙ったまま。思い返してみれば、最初に現れた時、武志君を弾き飛ばした時も、夏目さんに走る様子はなかった。

 足のルンが少量しかないのなら、走っても速度は出ない。それを悟られないためだとすれば、確かに納得できる話だ。

「図星か。やとしたら俺らの勝ちは決まったようなもんや。勇気!」
「あ……うん!」

 僕は慌てて持っていた本のページをパラパラとめくる。魔法書スペルブックには、広範囲爆発魔法も記載されている。
 消費が激しいので一発しか打てないが、動けない相手に対してなら、間違いなく有効なはずだ。

「……浅はかですね。確かに速く走ることは出来ませんが、それだけで動けないと考えるのは早計です。お見せしましょうか?」

 夏目さんは膝を曲げて持っていた白杖を、足の後方の地面へとついた。そして次の瞬間、彼女の姿がその場から掻き消える。

 同時に巻き上がる砂埃。ダンダンダンという音と共に、夏目さんがもの凄い勢いで武志君の方へと近づいていく。

 白杖を地面についた勢いを利用して、猛スピードで移動しているらしい。

「う……おおぉ!」

 接近されたことに気づいた武志君が、払うようにバットを振るった。しかし夏目さんはスッと上体を沈めて躱すと、武志君の喉元に杖の先を向けた。

「……終わりです」

 次の瞬間、突き出された杖が武志君の喉元をえぐる。あまりにも強烈な一撃は武志君の身体ごと砂塵をあげて吹き飛ばした。
 そして彼女の攻撃はそれだけでは終わらなかった。

「こ……この! 化け物!!」

 美月さんが狂ったように、持っている矢を乱射する。夏目さんは先ほどと同様、地面をついた反動を利用して、美月さんの周囲を旋回する。

 そして一瞬の隙をついて美月さんの腹部を突き抜くと、彼女の身体は武志君と同様消失した。


 夢でも見ているような気分だった。呪文を唱えることすら忘れてしまった僕は、呆然と立ち尽くすしかなかった。

「……足立さん」
「う……わあぁ!!」

 ゆっくりとこちらに歩いてくる夏目さんを見て、僕は恐怖で逃げ出そうとした。すぐにやられると思っていたが、夏目さんが仕掛けてくる様子はない。

 恐る恐る振り返ると、彼女は悲しそうな目でこちらを見ていた。

「……すみません。驚かせるつもりはなかったんです。ただ私、戦闘中は勝負に徹するって決めてますから」

 そこにいた女の子は、間違いなく僕の知ってる夏目さんだった。逃げるのをやめた僕は、彼女の元に歩み寄ろうとしたが、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。

「夏目さんも……スリーピングフォレストの参加者だったんだね」
「すみません。黙っていて。もしかしたらと思ったんですが……」

 確かに僕は昨日、彼女にスリーピングフォレストについて話はしなかった。しかしこの様子を見る限り、彼女は薄々気づいていたようだ。

「もしかして君は、そうと知って僕に近づいてきたのかい?」
「い、いえ! そういうわけじゃありません。あの場にいたのは、どうしてもがあって……」

 彼女の言う「気になること」が何なのかはわからないが、話してくれる感じではなさそうだ。

(よければ明日、また病院で。詳しい話はその時に……)

 夏目さんは僕の耳元でぽつりと呟くと、持っていた白杖を僕の腹部にそっと当てた。直後、僕の意識は身体と共に消失したのだった。
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