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第三章「真意」

スリーピング・フォレスト

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「ふぅ、何とか片付いたね」

 翔君は相変わらず笑顔だったが、僕的には色々と釈然としない。これを機に、疑問点を全てぶつけてやろう。

 まず、翔君は僕たちが戦っている間ずっと隠れていたそうだが、「僕たちを信じてたから」とのこと。
 さらに登場するタイミングが良すぎだと思っていたが、これも理由あってのことらしい。

「……盗聴器!?」

「うん。大きい物は無理だけど、このゲーム。服のポケットに入るものなら、持ち込み可能なんだよね。事前に左倉さんにお願いして、秋葉で買ってきてもらってね。それを最初勇気君と話した時、こっそりつけておいたんだ」

 これには僕は元より、夏目さんも唖然としている様子だ。そして彼は話を続ける。

 この世界の物質は精巧に表現されているものの、現実に存在する物に干渉することはない。
 例えば水。水に機械を入れても壊れないし、水中で呼吸もちゃんと行えるのだ、と。

 理屈的には納得の内容である。


 あの手この手でシステムの穴をついてきた翔君だが、システムを熟知しているというわけではないらしい。ただ、製作者の性格はよく知っているので、他の参加者よりは機転が効くかもね、と笑った。

 そして翔君は、あっさりと核心に触れてきた。

「会長達から聞いたけど。勇気君の予想は、ほぼ当たってると言っていいだろうね。このゲームの製作者は十中八九……僕の父だよ」

「……やっぱり」

 ここでようやく翔君は真剣な顔になった。運営が現在の状況を見ているのであれば、何かしらのアクションを起こすかと思ったが、周囲は静かなままだった。

「だから、僕がこのゲームの発端であることは間違いない。勇気君と夏目さん。色々巻き込んでゴメンね。もう隠しておく必要もないから、話せる内容は全部話しちゃおうと思う。ただ先に、夏目さんに聞いても良いかな?」

 翔君は夏目さんに、ゲーム内で戦う理由について尋ねた。「何故そんなこと」とは言わなかったが、夏目さんは気にしなかったようだ。

 彼女は僕に話したように、全ての内容を今一度語った。ゲームシステムについて興味があること。出来れば自分と同じ障害を持つ子供達の遊び場として、使用出来るようにして欲しいこと。

 翔君がどう反応するか気になったが、結果はあまりにアッサリしたものだった。

「うん、信じるよ。動機としては充分だし、何より親友である勇気君の彼女の言葉だからね」

 しれっと投下された爆弾発言に、僕の顔は真っ赤になった。恐る恐る夏目さんの反応を横目で見たが、表情は変化無しだ。

「そんなんじゃ……ありません」

 ――だよね。少しだけ期待してしまった自分が恨めしい。

「残念、お似合いだと思うのに……と、冗談はこれくらいにしておこっか。運営はその気になれば、ゲームの強制切断も出来るだろうから。話せることは伝えておくよ。まず僕は、ゲームシステムについては何も聞かされていない。ただ、このゲームは本来『学生育成支援のため』に作成されたと聞いてる」

「学生育成支援?」

 これは何とも意外なワードが出てきた。参加者同士を戦わせるのだから、流行りのデスゲーム的なものを想像していたのだけど……。

「与える情報は必要最小限にして、極力自分で考えさせるところなんかは正にそうだね。職業柄もあるけど、父さんは自分で考えて行動することが何より大事だと思ってる。戦いになってるのは、ゲームとして成立しやすく、わかりやすい競い方だからだそうだよ」

 基本的にこのゲームは『睡眠学習の一環』らしい。とはいえ、人は夢の中まで勉強等したくない。でも「疲れない」「ケガしない」条件下での戦闘ゲームという触れ込みならば、話題性は抜群だろう。

 身体を鍛えることは出来ないものの、脳が動かし方を学習することもできるし、身体的なハンデも受けないため、誰でも参加出来るという点もウリだという。

「ちょ、ちょっと待って。今聞いた話が本当だとすれば、どうしてこんな突然に? 普通にテレビでCMとかして、参加者を募ればよかったんじゃないの?」

「そう、僕が疑問を抱いたのも正にそこなんだよ。要因の一旦は、僕が意識不明になってしまったからだとは思う。意識がない人間でも参加可能なのか、試したかったんじゃないかな。出来れば、僕を心配してのことだと思いたいけどね」

「……翔君のお父さんは翔君のこと、凄く心配してるよ! だって寝てる君のことを、凄く大事そうに見てたもの!」

 僕は病室で彼のお父さんと少しだけど話もしている。言葉は厳しかったけど、我が子のことを心配する父親の姿そのものだった。

「ありがとう。勇気君は父に会ったんだったね」

 翔君はフッと笑った後、話を戻した。

「……とにかく。僕はこんな急な開催に至った経緯を父に問いたい。そのために勝利するしかないなら、どんな手を使ってでも勝つ。だから勇気君達には、現在の状況に陥った原因を調べて欲しい」

「……どういうこと?」

「まずはゲームに強制参加させられる方法について。これは失格になった元二位のチームメンバーが情報を握ってるだろう。既に見当はついてるから、左倉さんに聞いてみてもらえないかな?」

 翔君曰く、失格になったチームというのは、僕たちが最後に戦った大学生三人組だという。思い起こしてみればあの人達は、剣道と他の何かの競技での実力者って言ってたような――。

 左倉さんも高校剣道の全国大会常連なので、確かに知っている可能性はある。

「もう一つは、内通者の存在。父さんに会えれば一番だけど、この状況で再び顔を見せるとは思えない。難しいだろうけど、参加者で顔が効く一人一人に話を聞けば、何かヒントが得られるかもしれない。内通者の特定が出来れば、話を聞くことは可能だと思うんだ」

「ということは翔君も、内通者は存在すると思っているんだね。誰がそうだとか、心当たりはあったりするのかい?」

「……ないことはない。けど証拠も無しに疑うようなことも出来ない。何しろデリケートな問題だからね」

 翔君はこの件についてはそれ以上何も言わなかった。

 不意にその時、ゲーム内の景色がノイズのように歪み始める。

「……時間切れみたいだね。でも逆に言えば、今話してる内容が核心をついてるって証でもある。それじゃ勇気君と夏目さん。後は頼んだよ」

 翔君のその言葉を最後に、僕たちの意識は途切れたのだった。
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