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最終章「理由」

男の勝負

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 1対1の対人戦闘。僕がこの状況下において、取れる選択肢はいくつかある。

 1.距離を取って極大魔法でぶっ飛ばす。
 今回これは却下。今から距離を取るのは困難だが、方法があるにはある。テレポートで離れてから、回避できないように広範囲をまとめてぶっ飛ばすこと。ただ、翔君や夏目さんも巻き込んでしまうし、何より卑怯な手口だと思う。

 2.初級魔法連打にて近づかせないようにする
 この方法が一番、高速詠唱と相性が良い。ただ「掌から撃ち出される」「本を持っている左手が使えない」「詠唱に集中力を要する」という三つの弱点がある。このことを知っている武志君なら、回避しながら潜り込まれる可能性が高い。

 これらのことから、僕は三つ目の手段を用いることにした。僕の魔法の大半は攻撃ないし補助魔法に分類されるが、どちらにも当てはまらない、いわゆる『奥の手』。

 この場において一番有効な方法だと判断した。

「トランスシールド」

 僕の呟きと共に、左手の本がほのかに輝き、変形する。上半身を覆えるほどの大きな盾を抱えた僕は、武志君のなぎ払いをガッチリと受け止めた。

 それでも衝撃で後ずさってしまうほど、強烈な一撃だった。

「トランスウイップ!」

 間髪入れず、今度は鞭に変えて武志君の足元を払う。武志君はすかさずバックステップしてこれを躱すと、ニヤリと笑った。

「なんや、おもろいことやっとるな。それもお前の魔法かい?」

 僕はあえて返事せず、頷いて肯定した。僕が挑んだのは、武志君の得意とする近接戦闘。一瞬の油断すら命取りになるだろう。

(僅かな動きも見逃さないように集中するんだ。動体視力ならルンを頭に集めている僕が有利。何より夏目さんが勇敢に戦う姿を見せてくれた。今度は僕の番だ!)

 鞭を振るって牽制した後、僕はあえて武志君の懐へと飛び込んでいった。普通は距離を取ると考えるだろうから、上手くいけば不意をつけるかもしれない。


 僕は剣、槍、斧など、色々形状を変化させつつ、武志君に攻撃を加えていく。多様な攻撃に面くらったのか、武志君はしばらく防戦一方だったのだが――

「……中々おもろい攻撃やけど、それじゃ俺には勝てんで」

 ハッタリと思いたいけど、彼は言葉で揺さぶりをかけてくるタイプではない。武志君はグリップにペッと唾を吐いた後、反撃に転じてきた。


 結果、今度は僕が受けに回る番となった。最初は持っていた剣で弾いていたのだが、段々さばききれなくなってきたため、今は盾に変えて何とか防いでいる。

 僕が丸まったのを見て取った、武志君の渾身の一撃が炸裂。何とか盾で防いだものの、衝撃で僕は後方へと弾き飛ばされた。

「確かに色んな武器使って、攻撃のバリエーションを増やす案は面白い。けど、俺もあほやない。慣れてさえしまえば、使いやすいエモノを持ってる方が強いのは当然やろ」

 武志君はバットでコンコンと自分の肩を叩きながら、笑みを浮かべている。

 確かに彼の言う通り。ただでさえ普段魔法に頼っている僕と、近接戦闘がメインの武志君では分が悪い。ただ、僕はこのまま打ち合いで勝てるとは、元々考えていなかった。

(今はこれでいい。僕の目的は一瞬の隙を作ること。それさえ出来れば……)

 僕は再び剣に変化させると、再び武志君の懐へ飛び込んだ。それを見た武志君がペロリと唇を舐めた。

「それでも来るか! ええ根性しとるで、勇気ぃ!」

 僕が武志君に向けて剣を振り下ろすタイミングを見て、彼は渾身の一撃で迎え撃つ。僕の持っている剣を弾き飛ばし、態勢を崩した後、必殺の一撃を叩きこもうと言うのだろう。

「トランスクロース!」

 剣とバットが衝突する直前。僕は持っていた剣を柔らかい布へと変化させた。僕が手を離したことで、布はバットをくるんと包み込む。

 それを見て、すかさず叫ぶ。

「トランス漬物石!」
「ぐおっ!?」

 バットに巻き付いた布が、漬物石に変化。突然増した重量を支えきれなくなり、前のめりによろめく。武器を手離したので素手だが、この状態でも繰り出せる一撃が僕にはあった。

 ルンの大半を集中させた頭による、必殺の頭突きだ。

「ふんがぁ!!」

 武志君は咄嗟にバットを手放すと、なんと逆に頭突きで迎え撃ってきた。
 直後、周囲に響くゴオンという大きな音が響き渡る。

 衝撃で弾かれた僕たち二人は、そのまま後方へと倒れ込む。僕は慌てて立ち上がると、武志君もほぼ同時に立ち上がった。

(どうして……今の一撃で決まらなかったんだ)

 武志君が全身にルンをまんべんなく振っているなら、今の一撃で勝負あったはずだ。だけど現に彼はまだ立っている。そこから考えられることは一つしかなかった。

「おー、いて! って、別に痛くはないんやけどな。元々俺はお前と戦うつもりやったから。ルンの割り振りもお前に合わせてたんや」

 武志君は指でおでこをトントンと叩くと、自身のルンを表示した。

*********************
ネーム:タケシ
ルン:285
 ---------------
 頭:10
 胴体:31
 右手:31+120(金属バット)
 左手:31
 右足:31
 左足:31
 --------------
*********************

「やられずには済んだけど、だいぶダメージもろたな。直撃やったから、しゃあないけど……。勇気、お前のルンも見せてみいや」

 僕は無言のまま、同様におでこをタップ。自身のルンを表示してみた。

*********************
ネーム:ユウキ
ルン:255
 ---------------
 頭:10
 胴体:31
 右手:31+90(スペルブック)
 左手:31
 右足:31
 左足:31
 --------------
*********************

「武器のルンは殴り合った分、お互い消耗しとるな。頭の数値から察するに、一発入れたら決着はつくやろ。どうや勇気。こっから先はコイツで勝負するってのは?」

 武志君は笑いながら、右拳をグッと握ってみせた。僕たちの武器は一体化し、地面に落ちているので、僕がトランスを解除しない限り使用は出来ないだろう。

 頭のルンをほぼ失った現状だと、恐らく高速詠唱も出来ない。それなら彼の提案に乗ってみるのも悪くない。

「……まさか僕が武志君と素手で殴り合いとはね。現実だったら絶対やりたくないよ」
「はっ、男の勝負らしくなってきたやんけ! 盛り上がってきたで!」

 武志君はジリジリと僕との間合いを詰めてくる。彼は楽しそうに唇の端を吊り上げている。
 だから野蛮人は嫌いなんだ――と普段の僕なら言ってただろうけど、何故か僕もこみ上げてくる笑いを抑えられなかった。

「いくぞ、おらぁ!」

 武志君は走って勢いをつけた拳を繰り出してきた。僕は少し身体を沈めてこれを躱すと、がら空きになった顎へと拳を伸ばす。
 すると武志君はその場で一回転して、回し蹴りを放った。

 間一髪。地面にしゃがむようにして回避した僕は、そのまま一歩後ずさった。

「なんや勇気。ケンカも結構やれるやんけ。今度学校でもやってみよか」
「絶対にお断りだよ。痛いのは大嫌いだからね」

 再び向かい合って、武志君の隙を伺う。そんな時、後方から声が聞こえてきた。

「何やってるのよ! あんたまだ、私の答え聞いてないでしょ!! 勝ってこっち戻ってきなさいよ!」

 それは美月さんの叫び声だった。一瞬動きを止めた武志君だったが、フッと頬を緩める。

「聞いたか勇気。悪いが俺には勝利の女神がついとる。やっぱりこの勝負、俺の勝ちやで!」

 気合を入れ直した武志君は、一気に攻めて来た。攻撃一辺倒のため、防御はがら空きなのだが、なにぶん反撃の隙がない。
 僕は何とか横に回り込むと、息を吐いた。

(やっぱりダメか。僕みたいな陰キャが武志君にケンカで勝てるわけないし。まあ、仕方ないよね……)

 勢いを増す武志君とは逆に、どんどん気持ちが萎んでいくのを感じる。そんな僕に武志君が突進してきた――その時だった。

「足立さん……負けないでください!!」

 言葉に反応した僕は、咄嗟に首を捻ってトドメの一撃を回避する。
 驚いたことに、僕の応援をしてくれたのは、フェンス際にいる夏目さんだった。

「……よかったやんけ。お前にも勝利の女神はおったみたいやな」
「恥ずかしいこと言わないでよ。でも……」

 不思議なことに、身体に力がみなぎってくるのを感じる。夏目さんの声援が、これほど力を与えてくれるとは思っていなかった。

「よっしゃ勇気。ダラダラやるのはしまいや。これで決めるで!」

 そう言って武志君は、右拳を強く握り込んだ。真正面からの攻撃を避けてカウンターを狙った方が勝てる気もするけど――。
 熱気にあてられて、僕もバカになったのかもしれない。

 気づくと僕たちはその場から走り出していた。


 僕と武志君は同時に右拳を相手の顔面に向けて突き出す。直後、僕の視界が真っ白に染まったのだった。
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