魔女国の騎士~役立たず認定された聖女(♂)、魔女の国に行く~

神田柊子

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第一章 男の聖女

男の聖女2

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 ――ティムが聖女になってすぐのころ。
 治癒当番で施療院に行くと、見知った禿頭の医師がいた。
「トルコフ先生!」
「おお! ティム! 会えて良かった!」
 モナオの砦の軍医トルコフは、ティムの肩を叩いて再会を喜んだ。
「先生、どうしてここに? もしかして、俺のせいで辞めさせられたのか?」
「辞めさせられるわけがあるか!」
「本当に?」
「まあ、処罰は受けた」
「えっ!?」
 トルコフは少し辺りを見回して声を潜めた。
「教会の手前、軍も俺たちを処罰したって事実が必要なんだ」
「俺のせいで、すみま」
「阿呆、謝らんでいい」
 トルコフはティムを遮り、
「セーブン大尉――少佐から降格したんだが――、大尉は前からお前のことを上層部に話していたんだ。軍はお前を教会に取られたことを残念がってはいても、大尉や俺を咎めるつもりはない。だから処分は形だけだ。大尉も砦の指揮官のままだし、すぐに昇格して元の階級に戻るだろう。俺は謹慎の予定だったが、教会の施療院で奉仕活動一か月ってことにしてもらった」
「それでここに?」
「ああ。お前に会えるかと思ってな」
 トルコフはティムを見つめた。
「お前は俺に聞きたいことがあるだろう?」
 そう問われて、ティムは顔をゆがめた。
 聖職者や聖女には気軽に話しかけることができない。自由に話せるのはディアドラくらいだ。あとはディアドラと行動を一緒にしているマーゴットなら雑談もできる。
 部屋を与えられた教会騎士棟では、食堂などで顔を合わせる騎士の何人かとは話せるようになった。
 しかし、誰にもモナオのことは聞けなかったのだ。そもそも皆知らないだろう。
 ティムはトルコフの両腕を掴んで身を乗り出す。
「孤児院の神父様は無事か? あと、ビリーは?」
「神父様は西の辺境の教会に飛ばされそうになったが、街の皆が抗議したため、そのままモナオに留まることになった。その代わり、これからずっとモナオの配属で、領都や王都などの大きな教会に栄転することはなくなったらしい」
「神父様……」
「手紙を預かってきたが、渡しても大丈夫か?」
「ああ。荷物を検められたり、監視されたりってことはない」
 トルコフは白衣の内側から封筒を出して、ティムに渡した。ティムは大切に懐にしまう。――男の聖女の服はないため、ティムは神官の服を与えられていた。
「ビリーはなぁ……」
 トルコフは言いにくそうに続ける。
「お前の力は砦の兵士はもちろん冒険者ギルドや街の市民も、知っている者が多かっただろう? ビリーが司祭を手引きしたのも知られてしまったため、街には居られなくなってしまったんだ」
「え、それじゃあ、ビリーは?」
「あいつは母親が健在だろ? 母親を呼んで引き取ってもらうことになった」
「砦の兵士にはなれなかったのか」
「それは当然だな。仲間を売る者を兵士にはできんよ」
 わかるだろう、と言われ、ティムはうなずく。
「あいつ、馬鹿だなぁ……もう少しで夢が叶うところだったのに……」
「お前ももっと怒ってもいいんだぞ」
「そりゃ、目の前にいたら殴ったかもしれないけどさ」
 たぶんもう会うこともない。
「ここで一人で恨んでもむなしいだけだし」
 ティムはぎこちなく笑顔を作った。
 ちょうどそのとき鐘が鳴って、施療院が開く時間になった。部屋の外が騒がしくなり、助手代わりの神官たちがこちらを窺っている。
「それに、ビリーなんかに煩っている暇ないしな」
 もう新しい日常は始まってしまっている。
 ティムは握ったままだったトルコフの腕を放す。
「先生、施療院はスタンピードのときの砦くらい忙しいんだぜ」
「おう、いっちょ行くか!」
 二人で拳をぶつけあって、定位置についたのだった。

 教会に来てから、ヴィンセントとの交流が増えた。
 彼がティムに会いに来るのはお忍びだ。
 城は教会の隣に建っていて、王族は直接出入りできるのだそうだ。
 ティムの行動はだいたい一週間で決まっているため、空き時間がわかりやすい。ヴィンセントと待ち合わせしているわけではないが、ティムはなるべくいつも同じ場所で空き時間を過ごすことにしていた。
 イチイの生垣があり、建物側からは見えない場所。ティムはそこで素振りをしていることが多かった。
 仲良くなった教会騎士からこっそり木刀を借りることができたのだ。年の近い何人かと打ち合いをすることもある。
 教会騎士のうち、司祭などの護衛や聖堂内の警備をしているような騎士は、信仰心が篤い。男の聖女を疎んじるべきか敬うべきか判断しかねるのか、話しかければ丁重に対応されるが、基本的には避けられている。
 しかし、衛兵や屋外警備などに携わる騎士は、砦の兵士と同じような気質の者が多かった。ほとんどが平民出身だからかもしれない。
 稽古でできた怪我をティムが治癒しても、変わらずに気軽に接してくれる。
 その日もいつもの場所でティムが素振りをしていると、生垣をすり抜けてヴィンセントがやって来た。
「よぅ、ヴィーノ!」
 ティムが片手を上げて挨拶すると、彼はティムにもたれかかった。
「ティム、会いたかった」
「んー、どうした?」
 ティムはすぐにヴィンセントに治癒をかける。だいたい彼は疲れているため、ティムは会うたびに治癒するのが癖になっていた。
「あ? うーん? 疲れって手応えじゃねぇな。毒よりは弱いから、薬? 何か飲んだのか?」
 出て行く力が普段より少し多い。
 ティムが治癒を終えると、ヴィンセントは身体を起こす。顔色が良くなっている。
「ありがとう。頭がすっきりした」
 そう言って笑ったあと、「証拠を確保してくれ」とついてきた近衛騎士のアンディ・ルシールを振り返った。それを受けたアンディは生垣の外に指示を出す。隠密なのか、外にいた者の気配はティムにはわからない。
 ヴィンセントは腕を組む。
「面倒な茶会で疲れただけかと思っていたが、薬か……」
「お前、いろいろ慣らしてるって言ってなかったか?」
「ああ、国内で出回っている毒はもちろん、睡眠薬や媚薬の類もほとんど効かない。遠方の国からの輸入品の茶だと言っていたな。薬も輸入品なのかもしれない」
「誰の茶会だ? ここにいるってことは聖女の誰かか?」
「聖女ならもっと警戒するさ。王家と教会の定期的な集まりだ。主催は司祭や高位神官の持ち回りで、今回はリーチーズ神官だ」
 名前を聞いてティムは納得する。
「ガートルード派だな」
「そうなのか!?」
 ヴィンセントも驚いたが、アンディも驚いている。
「知らなかったのか? 日課のとき『泉の間』に下りる階段部屋なんかでたまに話してるぞ。周りに人もいるから無難な内容だけど、リーチーズ神官がガートルードに気を遣ってるのはわかる」
「なるほど。教会の奥でしか関わらないようにしているのか……」
 つぶやくアンディに、「こういう情報を流したほうがいいですか?」と聞くと、「ぜひ」とうなずかれた。
「俺や殿下に会えないときは、教会騎士のデリックに聞こえるようにさりげなく話してくれ」
「わかりました」
 デリックは衛兵だが、少し年上でティムとは交流があまりない。
 これからも必要がなければ関わらないようにしておこう、と思う。
「そうしたら、そろそろガートルードがお前を探しに来るんじゃないか? 『殿下、体調がお悪いのでしょう? わたくしが治癒して差し上げますわ! さあ、こちらのお部屋に』とか言ってさ」
 と、ティムが裏声で真似ると、生垣の向こうから「殿下? どちらにいらっしゃるのですかー?」と高い声が聞こえてきた。
 ティムとヴィンセントは顔を見合わせる。
 幸いこの生垣は足元まで葉が茂っており、木に顔を突っ込まなければこちらの姿は見えない。
「もう帰ってしまわれたのかしら?」
 ガートルードはそんなことを言いながら去って行く。
「殿下を探しにきただけでは、リッシュ公爵令嬢の関与を指摘するには弱いですね」
「そうだな」
 アンディとヴィンセントが話し合っている。
 ヴィンセントは、王太子妃候補のガートルード・リッシュとグラディス・ピーノ、どちらも退けたいらしい。
(どっちも性格が良くないし、薬を盛るようなやつだし、選びたくないのは当然か。俺でも嫌だもんな)
「王太子妃は聖女じゃないといけない決まりなのか?」
 ティムは疑問に思っていたことを聞く。
「決まりはないが、もう何代も聖女から選ばれているからなぁ。俺の母――今の王妃も元聖女だ」
「へー」
「ティムを選んでいいなら迷わず選ぶんだが……」
「無理だろ」
「無理だな」
 二人は冗談で笑い合った。
 しかし、どこでティムとヴィンセントの交流がバレたのか、いつのまにか貴族社会ではティムが王太子を誑かしていると噂になるのだった。

 ティムが聖女になったのは十五歳になる少し前だった。
 そして、十六になったばかりのころ、大聖女ディアドラが亡くなった。
 ディアドラを助けて他の聖女より多くの仕事をするのは不当だとは思わなかった。――ディアドラの仕事が多いのは不当だと思っていたが。
 しかし、ディアドラ死後、ティムにほとんどの仕事が押し付けられるようになったのは、さすがに不服に感じた。
 それを訴える先がなかったため、ティムはのみ込んでいる。
 宰相の娘ガートルード・リッシュ公爵令嬢。ライバルのグラディス・ピーノ公爵令嬢。この二人はもともと聖女の仕事の大半をさぼっていたから、あまり変わらない。
 問題は、他の聖女だった。ディアドラの命令なら従った聖女たちも、ディアドラが不在になれば仕事をさぼる。
 『結界の補修』はマーゴットとティムだけ。他の聖女がマーゴットを茶会などに誘うため、施療院の治癒当番はティムだけになった。
(貴族相手の治癒は俺には荷が重いから、それは勝手にそっちでやってくれて助かってるんだけどさぁ)
 ディアドラはティムを次代の大聖女にするように言っていたようだが、「男なのに大聖女はどうか?」と司祭たちの側から待ったがかかり、大聖女は空位のままになっていた。
(ま、俺が大聖女でも誰も従わなかった気がするけど。……たぶんマーゴット嬢でもダメだな。このあと新しく入ってくる聖女たちを取り込んでいく必要があるだろうなぁ)
 大聖女が誰になるにしても、おそらくティムはずっと教会に残ることになるだろう。
 ――そのときは、そう思っていた。

 大聖女ディアドラが亡くなって一年後、新しい聖女が二人やってきた。
 魔道具による治癒力の審査は年に一度、十代前半の貴族令嬢を対象に行なわれている。最低一度は受けなければならず、希望するなら十五歳までは毎年受けられる。
 ちなみに、ヴィンセントと年近い令嬢たちの代は毎年続けて受ける者が多かったとか。
 新しい聖女は、キャサリン・イスボック伯爵令嬢、十二歳。それから、アイリス・バームラン子爵令嬢、十一歳。
 大聖女はまだ空位。マーゴットはグラディス派に取り込まれかけており、『結界の補修』にしか参加しない。――その結果、新しい聖女たちを指導するのはティムの仕事になった。
(ま、願ってもないことだな。公爵令嬢たちからできるだけ距離を取らせておこう)
 幸いにも、キャサリンもアイリスも年が離れているため、ガートルードもグラディスも二人に興味はないらしい。敵視することもなく、派閥に取り込むこともなかった。
(従わせるには実力を見せるのが一番って、砦で訓練受けてたときに指導してくれた下士官が言ってたっけ?)
 そう思い出し、ティムは初日の『結界の補修』で、二人を圧倒する力を見せつけた。
 グラディス派に情報を流されても面倒だからマーゴットには帰ってもらったが、彼女は何も言わなかった。
 ――ディアドラが亡くなってから、彼女は何を考えているのかよくわからない。
(俺も含めた全員と敵対しないようにしているって感じか? グラディス派って言っても積極的に近づくんじゃないし。空いた時間に何やってんだろ?)
 ティムはマーゴットを見送ってから、キャサリンとアイリスに向き直る。
 治癒の力を使い始めたばかりの二人だけれど、ティムの力が強いのは理解したようだ。
 今まで、平民で男の聖女と侮っていたのが一転して、目を輝かせている。
「あなた、力が弱いのではないの?」
「そうですわよ! 司祭様たちも、他の聖女たちもおっしゃっていましたわ」
「治癒の力は使うと増えるんだ」
 ディアドラに「大聖女候補しか知らないこと」と言われたけど、教えてはいけないとは言われなかったから、いいだろう。
 二人は納得の顔を見せた。ティム以外の聖女が仕事をさぼっているのも聞いたらしい。
(他の聖女たちは、力が弱い俺が、押し付けられた仕事を一人でこなせてるなんておかしいって思わないんだろうか。逆に、俺ができるなら大した仕事じゃないだろうって思ってんのかね)
 ティムは気を取り直して、キャサリンとアイリスに、結界がいかに大切かを語った。
 結界の傷から魔物が入ってくること。結界の外で起こるスタンピード。国境軍や冒険者が身体を張って街を守っていること。魔物に襲われるとどれだけひどい怪我を負うか。
 国境育ちのティムでなければできない話だ。
 キャサリンもアイリスも領地は王都に近いそうで、国境には縁がない。ティムの話を大人しく聞いてくれた。
「毎日の『結界の補修』が大切な仕事だとわかったな?」
「ええ」
「もちろんですわ」
「王太子妃になるより大事ですわね」
 さらっと嫌味を言うところは、幼くてもさすが貴族令嬢だった。
 一週間も経ったころ、治癒力を使うのに少しは慣れた二人だが、明らかに顔色が悪かった。
 やはり先にマーゴットを帰してから、『泉の間』で二人に向き合う。
(目の下にクマができてるなぁ。そりゃそうか。まだ小さいんだもんな)
 ティムは孤児院の子どもたちを思い出す。
 引き取られる年齢は様々だ。生まれたばかりで置き去りにされた子から、十三、四になって親を亡くした子もいた。
 ティムは八歳だった。自分も死にかけたティムはよく悪夢を見て夜中に飛び起きた。その度に年上の子たちが慰めてくれたのだ。
 ティムはキャサリンとアイリスに治癒をかけた。
「えっ? わたくしたち、怪我も病気もしていませんわよ?」
「でも、疲れてるだろ。ちゃんと眠れてるか?」
「それは……もちろん」
「眠れていますわよ」
 二人の表情に強がりを見てとったティムは上着を脱ぐと、祭壇の前の絨毯の上に敷いた。丈が長いため、それなりの面積になる。
 そして、ティムは二人を抱えて上着の上に寝かせ、自分はその手前に座る。
「な、何ですの?」
「やめてくださいませ!」
「ほら、少し寝ろ」
 ティムは二人の頭に手を乗せて、また治癒をかけた。
 すると、二人とも大人しくなる。
「二人は同じ部屋だよな?」
「ええ。誰かと同じ部屋なんて初めてですわ」
「公爵令嬢たちは一人部屋なんですってよ」
「ははっ。まあ、それはいいだろ。お前ら、しばらく同じベッドで一緒に寝てみろよ」
「わたくしたち、そこまで子どもではありませんわ」
 反論するキャサリンの頭を撫でて、
「でも、温かいほうがよく眠れるぞ。無理のない範囲で治癒をかけ合えば練習にもなる」
「練習なら……」
「仕方ないですわ」
「ええ、早く一人前の聖女にならないとなりませんものね」
 しばらくすると二人から小さな寝息が聞こえてきた。
 ティムは寒くないように広範囲に治癒の力を広げた。
 ――こうして、キャサリンとアイリスは一年も経つころには、立派な聖女になっていた。
 二人は言わばティム派だった。
 魔女国行きが避けられなくなりそうだ、とヴィンセントから伝えられたとき、ティムは二人に後を託した。
「困ったことがあればヴィンセント殿下を頼れ」
「無理ですわ。殿下への伝手なんてありませんもの」
 首を振るキャサリンに、ティムはヴィンセントの息がかかった教会騎士の名前を教える。
 イチイの生垣の場所も教えた。
「わたくしの家にもっと力があれば、ティムを魔女国行きになんてさせませんのに!」
 伯爵令嬢のキャサリンが嘆く。
「本当ならティムではなくわたくしが選ばれるところなんじゃありませんの? ティムはわたくしの身代わりで?」
 子爵令嬢のアイリスが身を震わせた。
 ティムは慌ててアイリスの手を握る。
「それは違う。俺が選ばれたのは、俺が男の聖女だからだ。いまだにガートルードたちからは役立たずだと思われているしな。殿下と仲が良いのも気に食わないんだろ。宰相やピーノ公爵のほか、何人もの貴族が俺を推したらしい」
 ティムはため息をつく。
 アイリスは落ち着いたが、キャサリンが憤った。
「ひどいですわね。ティムがいなくなったら結界がどうなるかわからないのに……!」
 ティムはキャサリンの手も握る。
「繰り返すが、お前らが困ったときは駆けつけるから、ヴィンセントに言うんだぞ」
「駆けつけるって、どうやってですの?」
「魔女は人間の子どもの命を救ってくれるような人だ。必死で頼めば、帰らせてくれるだろ」
「そんな、いい加減なことを!」
「ティムはお気楽すぎですわ!」
 二人に見送られて、ティムは城に出かけた。
 そのまま魔女国に行くことになり、彼女たちに挨拶できなかったことに気づいたのは、魔女国に着いた夜のことだ。
 自分含めて四人しかいない屋敷の夜は、ずいぶんと静かだった。

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 シェリルはペンを置いて顔を上げた。
 魔力と治癒力の研究の方向性は掴めてきたと思う。
 ティムの治癒力はやはり魔力水のせいだ。彼の力と自分の魔力の性質が非常に似通っている。
 魔力水や聖水が人を聖女にするのだろう。
(聖水を飲んだことがある聖女にも協力してもらいたいわね)
 そう思いながら、席を立つ。
 部屋の端のほうに最近置かれるようになった長椅子にティムが寝ていた。
「いつ入ってきたのかしら。全然気づかなかったわ」
 テーブルの上には本が載っている。
 読んでいるうちに眠くなったのだろうか。
 ティムの足は長椅子からはみ出している。
 大怪我をしていた子どもがよくここまで成長したものだ。そう思うと素直にうれしい。
 一か八かの自分の行為が、目に見えて正当化されたようでほっとする。
(卑怯な考えかしら)
 ティムを助けて魔女国に戻ったとき、報告したシェリルは、ヴェロニカに怒られた。
「その子どもの怪我は、魔女の寿命と同じように天に定められたものだったかもしれないわ。あなたはその子の運命を変えてしまったかもしれないのよ」
 それでも、あのまま死んでしまうよりは可能性に賭けたほうがいいと思ったのだ。
(私がティムの運命を変えたというのは、正しかったわね)
 まさか魔力水のせいで治癒の力を得るなんて、思いもしなかった。
 シェリルは魔力で毛布を取り出し、ティムの身体にかけた。
(ヴェロニカの寿命のこと。なんでティムに話してしまったのかしら)
 聖女に治癒して欲しかったわけではない。
 魔女は寿命が近くなると急に見た目が老いる。段々と弱り、苦痛もなく眠るように亡くなる。
 始祖アンジェリーナだって同じだった。
 ヴェロニカが言うように、天が定めた運命なのだろう。
 シェリルが生まれたあと、一人の魔女が寿命を全うした。しかし、シェリルはまだ幼かったため一連の場から離されていた。
 初めて魔女の死に向き合う。
(そういえば、人の死に行き会ったのはティムの両親が初めてだったわね)
 百四十年以上生きているけれど、人間と会った回数は多くない。
 魔物の討伐を頼まれることもあったが、人間と共闘することはなかったから、死が迫った人間に会ったのもティムが初めてだった。
(思い入れができてしまったのかも)
 自分と同じ常盤色の髪を一撫でして、また研究に戻るのだった。

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