魔女国の騎士~役立たず認定された聖女(♂)、魔女の国に行く~

神田柊子

文字の大きさ
25 / 35
第三章 魔女国の騎士

ルビィの話

しおりを挟む
 日も暮れるころ、ルビィはやっと泣き止んだ。
 ティムたちはルビィに向き合って話を聞く。どちらにしても鉱山でもう一泊してから帰路につく予定だった。
 巨大なドラゴンで洞窟前の広場はいっぱいなので、テントは洞窟の中に張り、結界の魔道具は最大範囲に設定してルビィも入るようにする。
「これ、この結界よ。アンジェリーナのときと同じ治癒力の気配がしたから、久しぶりに会いに来てくれたんだと思ったのよぉー」
 ルビィは、ティムが再起動した魔道具に鼻を向ける。
 魔力を持たないドラゴンは魔物がいない高山に住んでいるそうだ。ルビィはこの背後の山の頂上がねぐらだと言う。
「魔女がちょくちょく来てるのは知ってたんだけど、アンジェリーナじゃなさそうだったから別にいいわって思ってたの。もっと早く魔女と話をすれば良かったわ」
 アンジェリーナなんて女神になるほど伝説の存在だ。ドラゴンの時間感覚が長すぎて、ティムは呆れる。
(ていうか、このドラゴンも伝説の存在だよな。勇者リオネルに倒されたドラゴンだもんなぁ)
「ドラゴンってルビィ以外にも」
「ルビィちゃん」
「ルビィちゃん以外にもいるのか?」
 呼称を直されながら、ティムはルビィに尋ねる。
「ええ、わんさかいるわよぉー。人間や魔女は大陸のこっち側に住んでるでしょ」
 ルビィはそう言って西方向に顔を向ける。
「ドラゴンはあっち側に住んでるわ」
 今度は北側を示す。ちょうど背後の山の方だ。
「この山の向こうは山脈なのよ。この山が少し離れてぽつんとあるの」
「山脈って、高い山がずっと続いてるんだよな?」
 大陸の地形がどうなっているのか、ティムは全く知らない。
 人間の国では、結界のすぐ外までしか把握していない。
 ティムは魔女国に行って初めて国外に出た。おととい、バーズキア王国からの帰りに、初めて結界の外の森の様子を俯瞰した。今回の鉱山が一番の遠出だ。
「魔女国には大陸の地図があるのか?」
「大陸西部の地図はあるけれど、素材の採取場所や珍しい魔物の生息地が書いてある程度よ。『大陸道』の外側なんて大半は森だもの」
「西部以外には魔女もあまり出かけないのか?」
「そうね。そういう研究をした魔女はいないと思うわ」
 未研究分野があるなんて、とシェリルは目を瞬かせた。
 ティムは再度ルビィに、
「この山は山脈から離れてるって言ってたけど、ルビィちゃんは仲間から離れて暮らしてるのか? アンジェリーナとの誓約のせい?」
「いいえ。違うわ。アンジュに出会う前からよ」
 そこでルビィは翼を広げる。
「ほら、アタシって綺麗な赤色でしょ? 他のドラゴンは黒とか茶色とか、みーんな地味なのよぉ。アタシだけ鮮やかだから嫉妬されちゃって。やぁねぇ、ドラゴンのくせに皆度量が小さいんだから。あまりにもうるさいから、こっち側に出てきたの」
「ドラゴンもそういうのあるんだな」
「嫌よねぇ。ホント」
 育った街の商店の女将のような相槌がティムには懐かしい。
「北の山脈を出てきたら、たまたま素材採取に来てたアンジュとリオネルに会ったの。アンジュに一目惚れしたアタシは一緒に暮らしたくて追いかけて行ったんだけどね。あのころアンジュは人間と同じところに住んでたから、アタシが来ると家が壊れるー、庭園が潰れるーって人間たちが大騒ぎよ! アタシは人間なんてどうでもいいんだけど、アンジュが非難されるのは嫌だから、誓約を結んであげたのよぉー」
「まあ、そんないきさつがあったのね」
 シェリルも初耳らしく驚いている。
 勇者リオネルのドラゴン退治の話は創作なのだろう。
「アタシの身体より大きなお城を建てておいて、アタシが降りる場所はないなんて、人間って勝手よねぇー」
「ルビィちゃんは小さくなれないのか?」
 ティムがそう聞くと、ルビィはバタンと尻尾で地面を打った。
「アタシは魔力がないから魔法は使えないのっ!」
「あー、そっか」
 ドラゴンはなんとなくなんでもできそうな気がしてしまう。
「ん? だったら、洞窟で俺を吹っ飛ばしたのは? 魔法じゃないなら何なんだ?」
 あのときは、岩が飛んできたわけでも、尻尾で叩かれたわけでもなかったと思い出す。
「ブレスよ、ブレス!」
 ルビィはそう言うと、振り返って森に向かって口を開ける。ボフッと音がしたかと思ったら、少し先の大木がズドーンと倒れた。周囲の木も巻き添えにして、地面が揺れるほどだ。
「うわっ。俺にはだいぶ手加減してくれたんだな……」
「そりゃそうよ。リオネルが死んじゃったらアンジュが泣いちゃうもの!」
「いや、俺、ちょっと死にかけてなかったか?」
「リオネルなら、あのくらい避けたわよぉ」
「え、まじか。さすが勇者だな」
「アンジュの隣に立つならあのくらいじゃないと認めないわ」
 ティムは腰の剣に手をやる。
 騎士への道のりは思った以上に厳しいようだ。
 ――赤いドラゴンだから火を吹くかと思った、とルビィに言ったら、
「生きものが火を吹くわけないじゃない! 赤毛の人間は火を吹けるの? ドラゴンを何だと思ってるのよ!」
 と、怒られたのだった。

 治癒力の結界の中が心地いいと言って、ルビィは頂上に帰らずにその場に泊まった。
 そして翌朝。
「アタシも一緒に連れてってちょうだい! いいえ、ダメって言われてもついていくわ!」
 ルビィは大きな翼を朝日に輝かせて、宣言した。
「あなたの大きさじゃ屋敷の中には入れないわよ?」
 シェリルが腕組みしてルビィを見上げる。
「庭に降りるところを作ってくれたら、それでいいわよ」
「魔物は大丈夫なのか? ルビィちゃんは魔力がないんだろ?」
「結界があるでしょ?」
「魔女国にはないぞ」
「じゃあ、アタシのために作りなさいよ! 何なら昨夜使ってたやつで我慢してあげるわよ。あんたの治癒力はこのくらい余裕なんでしょ?」
 ルビィは、ぺしぺしと尻尾で地面を叩く。
 ティムは眉を下げた。
「俺が魔女国にいる間はいいけど、いつまでいられるかわからないんだ。俺は人間の国からの居候なんだよ」
「えっ! あんた、魔女じゃないの?」
 ルビィが驚くから、ティムも驚く。
「治癒力はあるけど、魔力はないぞ」
 思わず「ないよな?」とシェリルに確認したけれど、「ないわよ」と肯定が返ってきた。
「嘘ぉ! こんなにアンジェリーナっぽいのに?」
 ルビィはティムの匂いを嗅ぐように、頭に顔を寄せてきた。
「アンジェリーナっぽいって、どういうこと? 治癒力以外にも理由があるの?」
 シェリルがそう聞くと、ルビィは地団駄を踏む。
「改めて聞かれても、うまく説明できないわよぉー。でもドラゴンの繊細な感性が訴えかけてくるの!」
「繊細な感性? 最初にリオネルと間違えたのに?」
「あれは、あんたの装備のせいよ」
 ルビィは力説する。
「アタシは人間の聖女も見たことあるけれど、アンジュとただの聖女はなんか違うの。シェリルみたいなただの魔女とアンジュもなんか違うわ。今まで会った誰が一番アンジュっぽいかって言ったら、ティムがダントツなのよー」
 ティムとシェリルは顔を見合わせる。
 シェリルは眉間に皺を寄せて、難しい顔をしていた。
「また自分のせいで俺が異質なものになったって思ってないか?」
 ティムが聞くと、シェリルは少し目を伏せた。
「もう気にしなくていいって言っただろ。初代聖女で魔女の始祖で、女神のアンジェリーナに似てるなんて、過分すぎる名誉だ」
「でも……」
 ティムはシェリルを遮った。
「俺は、聖女より魔女になれたら良かったのにって思ってる。できれば、このまま魔女国で暮らしたい。ダメか?」
「…………」
 言葉を失くすシェリルに、ティムは笑顔を向けた。
「俺の希望は魔女国の一員になることだから。――考えておいてくれ」
「わかったわ……」
 硬い表情のままうなずくシェリルに、ティムはもう一度笑顔を見せてから、
「ルビィちゃんの結界、俺は構わないけど、どうする?」
「そうねぇ」
 大人しく待つルビィをシェリルは見上げた。

 ――結局、ルビィも魔女国に行くことになった。
 屋敷の裏手に結界の魔道具を設置すると、ルビィは自分で木を薙ぎ倒したり掘り起こしたりして場所を作った。
 山の岩場が本来のドラゴンの巣らしく、ルビィはどこからか岩を運んできて、「これは寝床で、これは椅子よ」とあっという間に自分好みに整えた。
 ルビィを一番気に入ったのはドロシーで、ティムに「バーズキア王国のお土産を忘れたことも、帳消しにしてあげるわ!」と手を叩いた。
 ルビィも小さくてかわいいものが好きらしく、ドロシーを気に入ったようだ。
 ルビィがドロシーを乗せて飛ぶようになり、何も言わずに遠出してシェリルに怒られるまで、それほど時間はかからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

処理中です...