魔女国の騎士~役立たず認定された聖女(♂)、魔女の国に行く~

神田柊子

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第三章 魔女国の騎士

バーズキア王国のスタンピード

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 バーズキア王国の代替わりの発表の日取りが決まったと、ローランドから連絡があった。それに合わせてヘンリエッタも帰国することになった。
 ティムは、国境の街クキリムの様子をヘンリエッタに教えたけれど、彼女は自分から行きたいとは言わなかった。
「今後の身の振り方は、国に帰ってからローランドと相談します」
 そう言って、静かに微笑んだ。
 シェリルの研究も一段落したらしい。
 ティムは帰れと言われないことをいいことに、まだ居座るつもりだ。
 ヘンリエッタが帰国準備を整えているころ、ローランドから再び通信があった。
 ヘンリエッタではなく魔女に用事があるらしい。
 シェリルが応対するのに、ティムも同席させてもらった。
『重ね重ね、申し訳ない。マーティン・ハルームが逃亡した』
「マーティンって、シンシアを傷つけた男よね? どういうことかしら?」
『マーティンは国境付近にある魔石鉱山で労役刑になったんだけど、魔道具を使って逃げ出したんだ。前国王から国宝の魔道具をいくつも貸し与えられていたみたいで、それを隠し持てる魔道具も持っていたってわけ』
「空間魔法に近い魔道具ね?」
『たぶんね。……黒子ほくろにしか見えなかったから、誰も気づかなかったんだ。それに、国宝の魔道具に詳しい者もいなかった』
 それを聞いてティムは首をかしげる。
(なんでマーティンは魔女国で捕まったときにその魔道具を使って逃げなかったんだ?)
 そう思ったけれど、フクロウの使い魔がずっと監視していたのを思い出して、一人納得した。
 シェリルがため息をついて、
「その魔道具も魔女国製なんでしょう? 今度、国宝の魔道具を全部確認させてちょうだい」
『もちろん。それはこちらからお願いしたいくらいだよ』
 そして、ローランドは居住いを正した。これからが本題と言う雰囲気だ。
『マーティンは魔物避けの魔道具を持って森に出たらしい』
「魔物避けなんて難しい魔道具を!? 出力調整を間違えると、魔物の縄張りに影響を与えてしまうわよ」
『そうなんだ。すでに『大陸道』の辺りで魔物の数が増えていると連絡があった』
「まあ!」
「スタンピードの予兆ってことか!?」
 ティムも声を上げる。
『バーズキア王国から魔女国に救援要請をする。森の様子を確かめてほしい。スタンピードの場合は助力を願う。また、マーティンは捨て置いて構わない。魔道具の処遇は魔女国の判断に任せる』
 ローランドはまっすぐにこちらを見た。
 シェリルは大きくうなずく。
「バーズキア王国からの救援要請、引き受けたわ」
 ローランドはほっと息をついて、『それからもう一つ』と続けた。
『できれば、ヘンリエッタを国境の街まで連れて行ってほしいんだ。クキリムの教会にはヘンリエッタと懇意にしていた司祭がいる。彼にはこちらから連絡するから』
「その司祭に預ければいいのね? でも、ヘンリエッタ王女が行きたいと言うかしら?」
 シェリルの疑問に、ティムも同意する。
『僕の命令と言ってしまってもいいよ。……荒療治になるけれど、このくらいやらないと、長年の意識は変わらないと思う』
「勝手ですね」
 ティムは思わず、口を挟む。
「ヘンリエッタ殿下が自己評価が低いのは、周りのせいでしょう? 周りを変えることができないのに、本人に変化を求めるんですか?」
『それは、わかってるよ。濃緑髪は魔女と無関係で、魔女も不吉ではないと周知するつもりだ。でも、ヘンリエッタにも変わってほしいんだ! 自分に力があるって、皆から求められているって、ヘンリエッタは思い知るべきだ!』
 ローランドはそう言い募った。
「わかってるならいいですよ。俺もヘンリエッタ殿下に国境への視察を提案しましたし」
『おい、お前』
 ティムが言うと、ローランドはじとっとティムをにらんだ。
「スタンピード間近なんでしょ? さっさと決めることを決めて、出発しないと」
 ティムとローランドを見比べ、シェリルがため息をついた。

 通信を切ってからは早かった。
 シンシアとドロシーは、バーズキア王国との連絡係で留守番だ。要請次第では薬を送ることになるので、調薬係を兼ねる。
 留守番に文句を言いそうなドロシーも、今回は大人しく受け入れた。
 ヘンリエッタはローランドの命令だと伝えたら、あっさりクキリム行きを承諾してくれた。
 国の緊急事態のせいもあるかもしれない。
 シェリルのベッドに乗って三人でクキリムに向かった。
 当たり前にティムが参加していることに、シェリルは気づかないようだった。彼女は最初から、ティムを同行者に数えていた。
(もう俺は魔女国の一員でいいんじゃないか?)
 ティムはそんなことを考えながら、道中を過ごした。
 最高速度でベッドは空を飛び、クキリム近くまでやってきた。
「少し遅かったわね」
 前方を見たシェリルがつぶやくように言った。
 ティムも視線を向けると、森の木より大きな魔物の姿が複数確認できた。中小の魔物も多く集まっているのだろう。ギャァギャァと鳴き声がうるさい。
 横方向の森の切れ目は『大陸道』だ。魔物の群れはその『大陸道』からクキリムの国境まで広範囲に渡っている。
「先にヘンリエッタ王女を下ろすわ」
 初めて魔物を見るのか、ヘンリエッタは蒼白だ。
「大丈夫ですよ。結界の魔道具は壊れませんから。結界の中は安全です」
「ええ……はい。すみません」
 ヘンリエッタは一度目を瞑ってから開き、ぎゅっと手を握った。
(殿下は血とか大丈夫なのかなぁ。あんまり治癒やったことないって言ってたし)
 ティムは心配になったものの、今ここで指摘しても仕方がないので口をつぐんだ。
 シェリルは飛んだまま、結界を超える。
 地上で悲鳴が上がったから、ティムは叫んだ。
「ローランド殿下の要請で魔女国から来ましたー! 援軍です!」
 それが伝わったようで、関所前の広場に降りてすぐに指揮官らしき軍人が駆け寄ってきた。
「救援要請を受けて来たわ」
 シェリルは大人姿のまま、指揮官の前に立った。
 ティムもヘンリエッタに手を貸して地面に立つ。
 すると、司祭が一人、ヘンリエッタに声をかけた。
「王女殿下! このようなところまでありがとうございます!」
「いいえ、私はどこに行けば良いかしら?」
「こちらへお願いいたします」
 王女と聞いて、周りにいた兵士や冒険者がざわめく。
 ヘンリエッタは一度こちらを振り返ったが、ティムがうなずくと、司祭のあとを追いかけていった。
 一方、シェリルと指揮官の話もまとまったようだ。
「ティムは一緒に来て」
 と、今度はベッドに代わって長椅子に乗って飛び立つ。
「まず、ティムは広範囲の治癒で小物を消してちょうだい。広く浅くでいいわ」
「わかった」
 スタンピードの現場の上空。空中停止した長椅子からティムは治癒をかける。
 目に見える魔物の群れが入るように範囲を決めて、治癒力を行き渡らせて、吹き上げた。
 効果があったのか、地上から「魔物が消えた!」「傷が治った!」と歓声が聞こえる。
「魔女国からの援軍でーす!」
 ティムはここでも声を張って、地上に手を振った。
「拠点は……? ああ、あそこね。ティムは拠点で重傷者の治癒をお願い」
「わかった」
 拠点にティムを降ろすと、シェリルは長椅子を一人がけの椅子に変えて、すぐに飛び立っていった。
 そんな魔女に目を白黒させている現場指揮官らしき軍人に、ティムは向き直る。
「俺は治癒力があります。重傷者をここへ運んでください」
 シェリルが参戦してから戦局は一気に好転した。
 大きな魔物――背中から尾までトサカか背びれのようなものが生えたトカゲ系の魔物だった――二匹は、シェリルの攻撃魔法で瀕死まで追い込み、兵士や冒険者が仕留めた。
 小型はもちろん中型も半分ほどティムの広域治癒で消えたようだった。残りは兵士たちが倒していく。
 ティムは重傷者を次々治癒した。
 ちぎれた腕が生えてくるのに、補佐についた衛生兵がぎょっとしていた。
 自力で歩ける怪我人はクキリムに戻ってヘンリエッタの治癒を受けてもらうことにする。
(せっかくヘンリエッタ殿下に来てもらったのに俺のほうが目立ってないか?)
 一通り治癒が終わって、衛生兵からキラキラした目を向けられて、ティムはふと心配になる。
 しかし、それは杞憂だった。
 ティムたちが着く前にすでに討伐は始まっていて、怪我人もたくさん砦で治療を受けていたそうだ。中には重傷者もいて、ヘンリエッタも血を見て倒れることなく治癒をかけたらしい。
 討伐を終えたティムとシェリルが砦に戻ったとき、ヘンリエッタは治癒した兵士や冒険者から感謝を捧げられていた。
 疲れた顔だったが、良い笑顔だった。
 こちらに気づいてヘンリエッタが駆けてくる。
「私、こんなに必要とされたり感謝されたりしたこと、今までありませんでした」
 ヘンリエッタはうれしそうに微笑んだ。
「結界の魔道具に一人で治癒をかけているときは、自分が何をやっているのかわからなくなることも多かったんですが、やっと実感できました。私はきちんと国民を守れていたんですね」
「自信が持てたのなら良かったです。王宮に戻っても大丈夫そうですね」
「はい。ティム様のおかげです」
 ヘンリエッタは少し言いにくそうに、
「あの、ティム様もハーゲン王国で苦労されていたんですよね? もし戻られるのがお嫌なら、バーズキア王国にいらっしゃいませんか?」
「お気遣いありがとうございます。でも、俺は魔女国の一員を目指してるんで」
 ティムがそう言うと、シェリルが横から、
「もうティムも魔女国の一員よ。好きなだけ、いつまでもいたらいいわ」
「本当か!? いいのか? いいんだな? 俺、ずっと魔女国にいるから」
 ティムが念を押すと、シェリルは呆れたように笑った。

 マーティンはスタンピードの始点で遺体で見つかった。魔道具の魔石の消費が早く、森の中で効果が切れて、魔物に襲われたようだ。
「最大出力にしていたみたいだし、魔石も低品質だったから」
 皆が自業自得だと言った中、シンシアだけは少し目を伏せていた。

 後日、「スタンピードのときに魔女国から治癒もできる男の魔女がやってきた」とクキリムで噂になっていると、ローランドが教えてくれた。
 聖女より魔女になりたかったティムは素直に喜んだのだった。
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