妖狐と風花の物語

ほろ苦

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1 妖狐との出会い

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ミーンミンミンミーン

セミの声がけたたましく鳴り響く
暑い夏の日
ひとりの女の子と出逢った

妖狐は森の木陰で昼寝をしていた。
森深くにある小さな祠にたった独りでやって来たその子は、黒いショートカットの髪に黄色いタンクトップ、デニムの短パンを履いており、気の強そうな瞳で妖狐を見ている

(こいつ……オレが見えるのか?まさかな。)

普通の人間には見えないはずなので気にしないで昼寝の続きをしようとしていたが、女の子の視線が気になり眠れない

「……おい!キツネー!」

おい!って…こいつ見えてる…
面倒くさそうに身体を起こし女の子を見る
妖狐はキツネの妖怪だ
切れ長の黄色い瞳に茶色の長い髪、頭に耳があり尻尾もあるが服装は浴衣の様なモノを身にまとい人型となっていた

「んだよ…」
「私、迷子になったの。おじいちゃんの家どこか知らない?」
「…知るわけないだろ?お前…オレが怖くないのか?」

まだ幼い女の子は首を傾げる

「全然。私は矢野風花やのふうかっていうの。キツネは?」

マイペースな風花に妖狐はため息をついた

「別に名前なんてない」

妖怪は名前を持たない周りは妖狐と呼んでいるが

「じゃーココね!」
「はあ?」
「ココ、おじいちゃんの家探すの手伝ってよ!」
「嫌だね」

妖狐は変な子供を相手にするまいとゴロンとまた昼寝をする
風花はほっぺたを膨らませてふて腐れた
ここの森はとても深い
山々が連なり自然に溢れた場所だ
見る限り都会の子供の風花は夏休みを利用して祖父の家に遊びに来ていた
そして、独りで森に入り探検ごっこをしているといつの間にか迷子になっていた

「じゃー私も寝る!」

そう言うと風花は妖狐に添い寝した
驚く妖狐は起き上がる

「昼寝するんでしょ?」

妖狐は上目遣いで見る風花に少し呆れて小さくため息をついた

「っ…たく、わかったよ。送ればいいんだな?」

ヤッターと風花は喜こび、ぴょこんと起き上がった
妖狐には風花のおじいちゃん家の見当はついている
と、いうか森の近くの村はド田舎なので子供が歩いて行ける距離に民家は一軒しかない
妖狐に案内され、風花はおじいちゃんの家が見える所まで無事に着くと夕方になっていた

「ココ、ありがとう!ねえ、明日も遊ぼう?」

無邪気に笑う風花に妖狐は薄らと笑顔を浮かべ
「さあな…」
と言って森に帰って行った

妖狐は自分が見える人間に会ったのは初めてで何だか少し嬉しかった



次の日の朝
妖狐は風花の事が気になって、こっそり様子を見に行くと風花が母親に何かお願い事をしている

「お母さん!お願い!おにぎり作って!」
「え?1個?」
「ううん。大きいの3こ!ココと一緒に食べるの!」

ぶっ!!
妖狐は思わず吹き出した

母親はちょっと困った顔をしておにぎりを作くり、近くにあったレジ袋に入れて風花に渡した
風花は満足気にレジ袋を振り回して昨日の祠を目指し出発した

「おい。そっちじゃないぞ…」

案の定、祠に行く道が解らなくなり迷子になりかけていた風花に木の上から妖狐が話しかける

「ココ!いたんだーおにぎり持ってきたよ!」

満面の笑みで話しかけてくる風花
その笑顔はまるで太陽のように眩しかった…
自然と妖狐の顔は緩み木から降りて風花の元に歩み寄る

それから一週間毎日のようにふたりは遊んだ
川で魚をとったり、山で木の実を探したり
妖狐は風花という小さな友達が出来ていた

「明日、お家に帰るんだ。ココ、遊びに来てよ!」

ふたりで山に自生しているサツマイモを掘って妖狐が焼き芋を作っているのをしゃがんで眺めていた風花が言った

「遊びにって、無理だよ」
「なんで?」
「なんでって、遠いし」
「そっか…じゃあ、私がまた来る!」

きっとそんな近い場所には住んでないだろう
お父さんの車は早いから大丈夫っと言ってる風花が面白くて堪らなかった

「風花、また会おうな」
「うん!」

たった一週間の友達だったとしても妖狐は嬉しかった
人間はきっとすぐに忘れてしまう
そういう者だと主ヌシ様から聞いた事がある


そして、一年後…

「ココ!遊ぼう!」

祠にひょっこり風花が現れた
妖狐は目を見開き、そして笑顔で

「ああ、何する?」

風花は忘れていなかった
少し身長が伸びた風花だったが太陽のような笑顔は変わらなかった
風花は年に一度、夏の一週間だけ祖母の家にやってくる
妖狐は毎年、その日が待ち遠しくて堪らない
一年一年、少しずつ成長する風花を見るのが楽しくて
人間の友達がいる事が特別に思えた



ある日、妖犬が妖狐をからかっていた

「人間の女の子を待ってるんだって?笑えるなぁー!どうせすぐに忘れられてしまうのに」

会うたびに妖狐に嫌味を言ってくる妖犬

「煩い!(誰がなんと言おうと風花は俺の友達だ)」

そんなある日、この森一帯を納める主ヌシ様からお呼びが掛かった
妖狐は優しくて白く美しい主様に憧れていた
主様がいる屋敷は山の滝のさらに奥にある
人間が来れる場所ではない

「妖狐、さぁこちらへ」

優しく手招きをする主様
妖狐は頬を赤く染め、近くに寄る
頭を撫でられ、そっと微笑みかける主様に瞳を潤わせ見とれてしまった

「妖狐はいま何歳ですか?」
「はい。いま95歳です」
「95…もう少しですね」

そういうと、主様は妖狐の額に口づけをする
妖怪は100歳を過ぎれは伴侶を持つことが出来る
人間でいう結婚みたいなモノだ
妖狐はまだ若い部類に入る妖怪なのだ

「主様…聞いてもいいですか?」

なんです?と首を傾げる主様

「人間は妖怪の伴侶になれないのでしょうか?」

妖狐の質問は主様を驚かせ、一瞬顔が曇る
妖狐は何かいけない事を聞いてしまったのかと思い

「あ、何でもないです!気にしないで下さい」

慌てて訂正した
主様は妖狐の顎を持ち上げ

「人間は薄命で愚かな者ですよ。忘れなさい」

その真剣な眼差しに妖狐は「はい…」と言うしかなかった

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