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第1章 ~クリエイト入門編~

第17話 内乱の兆し

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ゼンが公爵領に戻ってから1週間も経たない内に教皇の誘拐だけでなく、途中の量産施設を破壊して女性達を救出した事でフォスター公爵も反逆者の扱いを受ける事になってしまった。教皇はオークの量産施設の存在を公表したがゼンによって操られていると一蹴され逆に異端者の汚名を着せられた上に破門を宣告される。

「どうして、誰も私の言葉を聞き入れてくれないのですか!?」

「それは教会の本当の意味での最高指導者は教皇では無い別の人物だという事だ。あなたは良い様に利用されてただけになる」

ゼンは無論だがアリスや公爵、リーザも教皇がこれまで歩んで来た道を聞いて同情していた。

教皇は両親が教会の信者で産まれたばかりの我が子に洗礼を与えて貰おうと本部まで来た時に当時の主教の1人に『この御方こそ教皇となるべく産まれてきた聖女だ。我々の庇護の下で大切に育てたい」と両親から引き離され、その後本部から1度も出る事無く成長する。極一部の信者の前で教皇の戴冠式を行い、自室とその隣の祭壇のみを行き来する生活を過ごしてきた。

教会の裏の顔を知る事も無く、教皇とは名ばかりの飾りの人生。きっと裏の顔が隠し切れなくなった時に責任を押し付けるつもりも有ったのかもしれない。

そして・・・最も同情すべき点は彼女が名前を与えられていなかった事だ。物心付く頃まで、教皇が自分の名前だと思っていたそうだ。

「私はこれから名無しとして生きてゆかねばならないのでしょうか?」

このままだと未来に絶望して命を捨ててしまうかもしれない、ゼンはとっさに思い付いた名前を口にした。

「じゃあ、今名前を自分が付けるよ。自分をこちらの世界に召喚した女神アニスの名を一部貰って【アーニャ】はどうだろう?」

「・・・アーニャ」

「やっぱりこんな安直な名前は駄目だよね。もっと良い名前を考えてみるよ」

「いいえ、いいえ、この名前で良いです。アーニャ、今日から私の名前はアーニャです!」

大きな声で喜ぶアーニャの目には小さく涙が浮かんでいた。

「アーニャが教会の裏とは何も関係が無い事とむしろ被害者の1人だったのが分かったけど、自分がやろうと思っているのは教会の解体だ。ただ施設を壊しているだけではイタチごっこになりかねない。裏に関わる連中を全員始末して、無駄な戦や犠牲者を増やさない様にしたい」

「私は既に教会を破門された身、ゼン様の御自由にどうぞ」

「アーニャは自分が信者を殺す事に嫌悪感は無いのかな?」

「無いと言えば嘘になりますが、多くの人を弄んでいた罪は何らかの形で償うべきです。ただ何も知らない信者が居た場合は寛大な対応をお願いします」

アーニャは自分以外にも教会の裏の顔を知らずに信仰をしてきた者が居ると信じている様だった。事実、教会の本部に居た数多くの信者は何も知らなかったのでアーニャが攫われた事や異端者として破門された事に強い衝撃を受けていた。

「大主教、本部に居た信者達を如何致しますか?」

「そうだな誘拐された事で教皇が乱心してしまい異端宣告の上破門まで追い込んだ罪は重いとして、男は全員処刑・女も全員オークの量産施設に放り込んでおけ。教皇は恐らく破壊された施設を実際に見せられたのだろう。最早利用価値は無い、見つけ次第殺せ」

「畏まりました」

指示をすぐに実行すべき部屋を後にした裏の信者を見ながら大主教は舌打ちをして役立たずと化した教皇を罵る。

「まったく珍しい銀髪だからお飾りの教皇に据えておいて、いざという時に罪を擦りつけようと折角生かしてきたのに全てを知られてしまった以上生かしておく必要が無くなってしまったな。また都合の良いガキを見つけておかないと」

ただ珍しい銀髪だという理由だけでアーニャを両親から引き離し、トカゲの尻尾として利用しようとしていたこの人物こそ、当時主教で現在は大主教の位についているデモン・ダクロードであった。

デモンは周囲の気配を伺いながら、誰にも聞こえない声で呟いた。

「最悪はこの身体を捨てて、新しい器に取り憑く用意もしておくか。あの御方が顕現されるのに必要な量の魂がまだ集まっていない」




反逆者扱いされたゼンや公爵であったが、ゼンはむしろこの扱いを受けた事をチャンスと考えていた。

「反逆者の扱いをされていた方が、こちらの世界の戦のルールを守らなくて済む。こちらから攻めて教会の施設を片っ端から破壊出来る様になりました」

「だが、そこを治めている領主が教会の裏と繋がっていない場合はどうするのだ?」

「その時は教会施設だけ破壊してお終いにします、ついでに領主には施設まで来てもらって教会の本当の姿を見せますよ」

そんな事を話していると、執事が慌ただしく応接間に入ってきた。

「旦那様、カルナ侯爵とハインツ伯爵が中央からの独立と教会の排除を宣言された模様です」

「なんだと!?」

「なんだって!?」

「お2人は元々教会のしてきた行いに疑問を抱いておりましたが、自ら名乗りを上げる事が出来なかった様です。ですが、ゼン様が国王を排除し中央の宰相府や軍の司令部を破壊した事で領内から教会の勢力を一掃出来る千載一遇の好機と判断された模様」

フォスター公爵はゼンの方を振り向いた。

「これは我々に追い風が吹いてきた証なのだろうか?」

「いいえ、先程の2人の周辺を一応調査しておくべきだと思います」

「それは何故なのだ?」

「自分達に罪が及ぶ前に証拠を消し去るつもりかもしれません。被害女性も含めて全員処分すれば、罪を暴く事は難しくなりますから」

「こんな時だからこそ、人をすぐに信用すべきでは無いか。ではゼン君が最初に向かうのはこの2人の領地だな?」

公爵の問いにゼンは頷く。

「ええ、女性達の命が危ないかもしれないですからね。すぐに出発します、もし自分が先に入ろうとするのを妨害しようとするなら証拠隠滅の為の可能性が大。そうじゃないのなら被害女性の救出を邪魔しない筈だ」

ゼンの読みは半々で当たる結果となった。最初に向かったカルナ侯爵領では既に侯爵自らが私兵を率いて量産施設や他の施設の占拠を始めていたが証拠の隠滅を図る様子は無く、被害女性達を外から見られない様に馬車の周囲を幌で覆うなど気遣いも見せていた。カルナ侯爵はフォスター公爵と連携する意向を示し、その他の領主達の地で救出された被害女性達の受け入れも快く応じてくれた。だが、次に訪れたハインツ伯爵の領内では入る早々から私兵達から命を狙われる事となった。

「伯爵様の命令だ、事が済むまで絶対に通すな!」

「時間さえ稼げば、死人に口無し。どうとでもなる」

証拠を揉み消す気満々の連中に手加減の必要など一切無い、ゼンは邪魔する私兵達を討ち取ると急ぎ教会の施設に向かった。最初に訪れるべき地はこちらの方だったかもしれないとゼンは悔やむ結果となってしまったが、幾つかの施設で救出が間に合わなかった。だが、その場に残り勝ち誇った顔で踏ん反り返る連中は1人残らず蜂の巣にして罪も無く命を奪われた人達への弔いとして捧げた。全ての証拠を消す事が出来なかった事でハインツ伯爵が教会と癒着していた事実が判明すると伯爵は屋敷に逃げ込み屋敷の周囲を私兵達に守らせた。ゼンはまず周囲を取り囲む私兵達全員に死を与えた。

「ライトニングレイン」

私兵達の断末魔の叫びを掻き消す無数の落雷が屋敷の周囲に落ち、屋敷は一瞬白いカーテンに包まれた様に見えた。屋敷の奥で震え上がる主人を見捨てて、執事や侍女達が屋敷から飛び出してきたが皆異様に着飾った服装をしており多くの宝飾品を身に付けていた。領内の農村に住む若い娘や平民の娘の存在を伯爵の耳に入れた褒美として与えられた品々だと分かり、ゼンは侍女達にも等しく裁きの雷を降す。同じ女性なのに守ろうともせず、伯爵に密告して褒美を貰う様な人間に情状酌量の余地は無かった。

屋敷の中には伯爵1人となり、伯爵は窓から身を乗り出してゼンに許しを乞う。

「私が悪かった!だから助けてくれ!!」

「お前に出来る事はただ1つ、罪を償う事だけだ」

16式機動戦闘車のライフル砲の照準をゆっくりと伯爵に向けると、数秒の間を置いて主砲が火を噴いた。直撃を受けた伯爵の身体は粉々となり屋敷の中で起きた爆発はそのまま屋敷全体を燃やす炎へと変わっていく。このゼンの苛烈な断罪はすぐに周辺の領主達の耳に入りカルナ侯爵と同様に教会の暗躍から領民を救おうと決意する者が現れ始める。一方で証拠隠滅を図ると問答無用で命を失う事を悟った領主の一部は被害女性達を人質に立て篭もる事で少しでも生き延びようと秘かに準備を始めたのだった。

教会と裏で手を結んでいた者達と結ばずに断り続けてきた者達、国王亡きこの国は2つの陣営に分かれた内乱に発展する兆しを見せ始めていた。
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