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行間4 VIP

第18話 うちの店を使ってくれ!タダでいいから!!

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「「はあ!?あのシエナさんに勝って入会を認められただとお!」」

 シエナから解放(?)された敦盛たち3人は、約束通りタフトから女王親衛隊の服をタダで受け取り、意気揚々と『海の神ネプトゥーヌス』へ行った。
 冒険者になった以上、敦盛の拠点となるべき部屋が欲しい。さすがに女の子二人が住む部屋に男を寝かせる訳にはいかない(当たり前だ!)から、一人部屋が空いてるかどうかを確認しに行ったのだが・・・
 『海の神ネプトゥーヌス』の宿屋側のカウンターにいたのは、エポとその父親、つまりエミーナやルシーダが借りている部屋のオーナーでもあるセルボさんだ。
 エポが敦盛の姿を見た時に言った最初の言葉は「青銅ブロンズの飛び級試験の結果はどうだったの?」という、不安げな言葉だった。
 それに対し、敦盛は腰に両手を当てて『エヘン!』と言わんばかりに結果を教えたのだが、その結果を聞いてエポとセルボさんの2人とも立ち上がって絶叫したのだ!

 エミーナもルシーダもニコニコ顔で「本当だよー」としか言わないし、敦盛もニコニコ顔でギルドバッジを右手で持って見せびらかすから、エポもセルボさんも信じるしかなくなった。
「おい、冗談だろ!オレの記憶が間違って無ければ、シエナさんと言えば『シルバー』になってから10年以上も試合で負けた事が無いし、ここ3年では引き分けも無かった!支部最強とまで言われ、エウレパ大陸西側でも5本の指に入る戦士だぞ!そのシエナさんに勝っただなんて信じられない!!」
 セルボさんは口から唾を大量に飛ばしながら絶叫してるから、敦盛としては耳に栓をしたいくらいで少し顔が引き攣り気味だが、エミーナとルシーダは慣れているのかニコニコ顔だ。
 その敦盛は苦笑いしながら
「いやー、正しくは、剣の試合そのものは互角だったけど、シエナさんが使っていた剣の巨人を俺がぶった切ったから、シエナさんが試合を放棄したんだよ」
「嘘だろー!シエナさんの巨人をぶった切ったって事は、魔法の剣を折ったのと同じだ!しかも魂から作られた魔法の剣はとまで言われてるんだぞ!!」
 セルボさんは興奮冷めやらぬ顔で敦盛を見てるが、無名の男がスーパースターに勝ったのだから、そりゃあ仕方ないよなあ。
「ま、まあ、その話をする為に俺はここに来たんじゃあないんだ。俺も今日から冒険者だから、この街にいる時に使う部屋が欲しくてここに来たんだ」

 敦盛は出来るだけ興奮を抑えてセルボさんに要件を伝えたのだが・・・その敦盛の言葉を聞いたセルボさんは「はあああーーー・・・」とため息をついたかと思ったら、座ってしまったし、エポはエポで『ガッカリ』という表情を隠そうともせず、こちらも座ってしまった。
 エミーナとルシーダも「あれあれ?」という表情だし、それは敦盛も同じだ。
「・・・あのー、どうしたんですかあ?」
 敦盛は2人のあまりの変わりように心配になって声を掛けたのだが、セルボさんが再び「はーー」とため息をついてから話し始めた。
「いやー・・・正直に言うが、オレが持っている建物の中で、一人部屋に空き部屋が無いんだよなー」
「「「 うっそー 」」」
「スマン・・・4人部屋と3人部屋なら空きがあるけど、さすがに青銅ブロンズに成り立てで4人部屋や3人部屋を一人で使うとなると出費も馬鹿にならないだろうし、かと言って、これだけの剣士を他の奴に取られるとなると、色々な意味で『惜しい』としか言いようがない」
 セルボさんはもう1回「はーー」とため息をついてから「スマン」と敦盛を下げたし、エポも「はーー」とセルボさんと同じようにため息をついている。
 敦盛はエミーナとルシーダと顔を見合わせたが、セルボさんの所に空き部屋が無いとばれば、他の所を探すしかない。こういうところは、ある程度シビアにならざるを得ないのは敦盛にも分かる。
 敦盛たち3人は互いに『ウン』と頷くと『海の神ネプトゥーヌス』を後にしようとした。

 その時だ!

「アツモリさん、ちょっと待って下さい!」

 敦盛たちは呼び止められたから足を止めて後ろを振り向いた。
 敦盛を呼び止めたのはエポだった。

「アツモリさん、うちの宿の5号室を使って下さい!」

 いきなりエポは絶叫するかのように叫んだから、敦盛だけでなくエミーナやルシーダ、それにセルボさんまで目を丸くしてエポを見ている!
「おいおいー、5号室を使えとはどういう意味だあ?お父さんには意味不明だぞー?」
 セルボさんは「何を言ってるんだあ?」と言わんばかりの表情でエポを見てるが、エポは決して笑ってない。むしろ超大真面目な顔だ。
「お父さん!うちの宿屋、今まで満室になったのは、わたしの記憶が間違ってなければ10年の間で2回か3回でしょ?」
「そ、それは事実だけど、それとこれがどう繋がるんだあ?」
「だーかーら、どうせ部屋が空いてるんだから、1部屋くらい、貸し切りにしても問題ないでしょ!」
「し、しかしだなあ」
「一時の事情でアツモリさんを手放すデメリットを考えたら、一人部屋が空くまでの間、5号室を貸し切りにしてもメリットの方が大きいです!」
「た、たしかに白金プラチナクラスの冒険者がいるというだけで『せめて同じ建物に住みたい』などと言い出す、新米の冒険者が押し寄せるのは間違いないけど・・・」
「アツモリさんが5号室を使ってるとなれば、うちの宿を使いたがる他の支部の冒険者が押し寄せてくるのは間違いなしです!」
「だがなあエポ、それだと3人部屋を一人で借りるより割高だぞ。アツモリさんが納得してくれるとは思えない」
「5号室は部屋の掃除も含めて、全部わたしがやります!それならタダでアツモリさんが使ってもいいでしょ!」
 エポは父親の顔に自分の顔がくっつくのではないかと思うくらいに顔を近づけて絶叫している!その勢い(?)に負けて、セルボさんは顔が引き攣ったまま「わ、わかった」と首を縦に振るしかなかった。

 そのままセルボさんは神妙な顔で敦盛の方へ振り向いた。
「頼む、部屋が空くまでの暫くの間でいいから、うちの店を使ってくれ!タダでいいから!!」
 そう言ってセルボさんは敦盛に深々と頭を下げた。
 エポは「お父さん、ありがとう!」と言ったかと思ったら5号室の鍵を持ってカウンターを飛び出した。
「アツモリさーん、5号室へご案内しまーす!」
 そう言ってニコニコ顔のエポは敦盛の返事も待たず、敦盛の右手を自分の左手で握り、強引に階段へ向かって歩きだした。
 敦盛は「ちょ、ちょっと待ってくれ!」と言って困惑の表情をしたけど、エポは全然気にしてない。むしろ上機嫌だ。
「大丈夫大丈夫!今日からアツモリさんは『海の神ネプトゥーヌス』のVIPです!」
「で、でもー」
「アツモリさんは普通に使ってくれるだけで結構です!あー、そうそう、たいした物は用意できないけど、ちゃあんと朝食も用意します!服のお洗濯も無料にしておきますから、遠慮しないで全部出して下さい」
「そ、それだとエポの仕事が増えるからさあ」
「どうせ部屋の掃除や連泊者の服の洗濯はウチの店でやってるんだから、1部屋増えたところで全然問題ないです!」
 エポはニコニコ顔のまま敦盛の手を引っ張って階段を上がっていくけど、それをエミーナやルシーダは『ぽかーん』としたまま見送るしかなかった。
「・・・スマン、君たちも一人部屋が欲しいかもしれないけど、もう少し待ってくれ。空いたら真っ先に伝えるのを約束するから」
 セルボさんはそう言ってエミーナやルシーダにも頭を下げたから、二人とも「分かりました」としか言えなかった。

 こうして敦盛はエポのお陰(?)で、『海の神ネプトゥーヌス』のVIP宿泊者の形で部屋を借り切る事になった。
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