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アツモリ、恋人たちの聖地へ行く

第22話 冒険者になりたいのか?

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 沈黙を破るかのようにエミーナは優しくサニーに問いかけたけど、そのサニーは真面目な表情を崩してない。
 サニーは真っ直ぐにエミーナの目を見ていた。

「・・・もちろん、こんな場所でお話するような事ではないのは重々承知しています。ですが、冒険者さんと直接お話できる機会が滅多にないので、この場でお話する事をお許し下さい」
「いや、ボクは全然気にしてない。でも、冒険者は便利屋だ。それに、傭兵や兵士は仮に戦争で亡くなっても見舞金が支給される制度があるけど、冒険者にはそれが無い。たしかに魔王ウーノが出現する前の冒険者は、それこそ一攫千金を夢見て魔法王国時代の遺跡や沈没船の財宝探しに明け暮れていたのは事実だ。ドルチェガッバーナ王国はまだノンビリムードが漂ってるのけど、特に魔王軍との最前線であるデルヴォー王国と旧ヒューゴボス帝国南部では、冒険者は殆ど使い捨てのような使われ方をしている現状を君は知ってるのかい?」
「そ、それは・・・」

 サニーはエミーナの言葉に沈黙してしまった。
 いや、敦盛もこの世界そのものについてエミーナとルシーダから聞いた話しか知らないから実感があまり無いのも事実だ。あくまで二人から聞いた話の知識だけど、特に下町や、もっと劣悪なスラムで生まれた子は英雄や冒険者に憧れる子は多いが、実情を知ると半分以上は冒険者になるのを諦める。現実は非常に厳しいというのを理解してない子が多いからだ。

「・・・もし良ければ、なぜサニーさんは冒険者になりたいと思ってるのか、それを聞かせてくれないか?」
「・・・色々あります。古代の遺跡で宝物を発見して一夜にして大金持ちになった話とか、ドラゴンスレイヤーの英雄譚とか、そういう人たちに憧れているのは認めます。とにかく、今の時代は硬直した身分制度や半ば腐敗しきった王室に嫌気がさしている人が一杯います。特に若い人たちは決まった職業に就くのは非常に厳しい状況が続いてるのに、国王だけでなく王族やそれに連なる連中は、自分たちの事しか考えていません。だから、わたしは自分の力でお金を稼げる職業として冒険者に憧れています。騎士は騎士に連なる家の者にしかなれませんし、傭兵は実力が全てですけど、わたしにそんな物はありません。でも、冒険者は前歴や家柄、身分に関係なく、ただ単に実技試験をパスすれば冒険者になれると伺ってます。『やる気』、それと『困難に立ち向かう勇気』があれば、あとは実績を積めばクラスが上がっていき、最上級の白金プラチナクラスになれば貴族や上級騎士並みの収入を約束されたも同然です。もちろん、危険を伴うというのも重々承知しています。あの伝説の竜殺しドラゴンスレイヤー、チェイサーも最愛の人や自分の右腕と頼む者たちの尊い犠牲の上で目的を果たしたというのは物語や劇の中でも語られていますから、わたしも知っています。でも、わたしはこのマイヤーを出て冒険者になりたいんです」

 サニーは最後までエミーナの目を真っ直ぐ見て話していたが、そんなサニーをエミーナも真っ直ぐに受け止めていた。
 エミーナは2,3回、首を『ウンウン』と縦に振ってから、再びサニーの目を見た。

「・・・正直に言うけど、ボクとルシーダが冒険者になったのは1年ほど前だ。でも、ボクもルシーダも金目的で冒険者になったのは認める」
「それって、本当なんですか?」
「もちろんだ。ボクの場合、奨学金の返済という個人的な理由だ」
「奨学金?」
「そう、奨学金。魔術師になる方法は2つしかなく、1つは魔術師協会に所属する魔術師に弟子入りする方法、もう1つは魔術師学校を卒業する事だけど、魔術の研究には結構金がかかるから弟子入りするには相当な金を積む必要になるし、伝手も必要だから、金持ちや貴族の子が大半だ。ボクの母の父というのはヒューゴボス帝国の魔術師協会では結構いい地位にいたのは事実だけど、母が私生児の形でボクを生んだ事と、ボクの父親が誰なのかを知って、スポンサーである伯爵家の養女という形を取ったんだけど義母、つまり伯爵の夫人が帝国の名門出身で女帝のように振舞っていたから、夫人から見たらウザイ存在だから生活費はもらえたけど伯爵家に住んでなかったほどだった。伯爵もお爺様も、僕に魔術師の才能があったのが分かったから魔術師になる事は反対しなかったけど、伯爵夫人が金を出す事を頑なに拒否したから、奨学金で魔術師学校へ行ったんだ。保証人には伯爵とお爺様がなってくれたんだけど、あと2か月で卒業という時に魔王ウーノが帝国を潰してくれたから、決まっていた帝国魔術師隊への就職どころか卒業認定試験もパーになった。だから公式には魔術師見習いのままだから、金持ちのお抱え魔術師とかになれないし、それどころかオッティ商会から奨学金の返済を迫られたのさ。一応、事情が事情だったから1年の猶予が貰えたけど、伯爵もお爺様も亡くなってしまったし、伯爵夫人は金を出してくれないどころかボクを魔術の実験台にする契約書にサインする始末だから、1年以内に金が返せないならゾンビになるかオッティ商会が経営する娼館行きかの、究極の2択を迫られたって訳。だから一攫千金を狙って冒険者になって、しかも迷宮や遺跡の仕事ばかりしてたのは認めるけど、最後の最後の大勝負で財宝を手に入れて借金が返せたとはいえ、助っ人してくれたアツモリがいなかったら、ボクもルシーダもお宝の守護者である暗黒騎士ダークナイトに切り刻まれて死んでたよ」
「・・・と言う事は、エミーナさんは魔王の出現で人生を狂わされたという事ですか?」
「直接ではないが、間接的に狂わされたのは間違いないよ」
「そうなんですか・・・」
「たしかに『勇気』は冒険者にとっての必須事項だ。どうしても君が冒険者になりたいというならボクは止めないけど、ボクと同じ頃に冒険者になった人で今でも自分の両足で立ってるのは半分程度だ。その事実をサニーさんは知ってるのか?アツモリはシエナさんに試合で勝ったのは事実だけど、シエナさんは眼光だけで相手を威圧し、青銅ブロンズペーパーの連中では試合にならん。ルシーダは神官とはいえクラスは青銅ブロンズだ。普通の聖職者とは違い幾多の死線を乗り越えてきた、いわば冒険者上がりの聖職者の視線を受け止められないようでは、1年どころか1か月でどこかの土になるのが関の山だと自覚しろ」
「そ、それは・・・」

 エミーナの指摘にサニーの指摘に沈黙してしまった。たしかにサニーはさっきからルシーダの顔を意識して見てない。いや、この話をし始めた途端、サニーはルシーダが発している殺気というか、凄まじいまでの威圧感に聖職者とは思えない程の恐怖を感じていたほどだ。それはさっき、店に戻って来た時の聖職者らしい威厳に満ちた笑みとは全く別人だからだ。

「・・・そうですね、ごもっともな指摘をありがとうございました。この話はこれでお終いという事でもいいですか?」

 サニーは顔を上げてニコッと微笑んだから、エミーナだけでなく敦盛もニコッと微笑んだし、ルシーダも聖職者らしい威厳に満ちた笑みで微笑んだ。


 次の日の朝、敦盛たちは朝から開いている店で朝食を取ろうとしたが、どういう理由かは分からないけど、『勇者ラルース亭』の夫人がトーストと新鮮な牛乳、アツアツのベーコンとチーズを振舞ってくれた。敦盛たちは恐縮してお金を払おうとしたが、料理を持って来た夫人が絶対に受け取ろとしないから、黙って食べる事にした。

「いってらっしゃーい」

 敦盛たちは『勇者ラレース亭』を出たが、さすがに有名観光地だけあって、朝から賑わっている。早くも観光客相手に商売をしている店もあるし、露天も立ち並んでいる。
 敦盛は興奮気味に左右をあちこち見ながら歩いてるけど、エミーナは特に反応してない。ルシーダに至ってはムスッとした表情に近い。
「・・・ところで、先に管理組合へ行くんだろ?」
 敦盛はエミーナに尋ねたけど、エミーナは黙って首を縦にふった。
「その通りだけど、観光地の雰囲気を味わってからでも遅くないと思うよー」
「おいおいー、ルーズ過ぎないかあ!?」
「どうせ朝早くから管理組合へ行ったところで、お偉いさんは誰もいないさ」
「マジ!?」
「マイヤーの街を含めて、この周辺の土地はカローラ家の物だ。今のカローラ家の当主はアクシオ伯爵だけど、先代伯爵は一昨年、公務の帰り道に魔王軍に襲撃に遭って亡くなって急遽当主になったから、年齢はアツモリより少し上という若い当主だ。シルヴァヌス岬だって、ヒューゴボス帝国の連中に言わせれば、カローラ家にゴマ擦りする連中があちこちで話を広めた結果、いつの間にか屈指の観光地になったというだけだ。管理組合とか言っても、下っ端はともかくトップはカローラ家の腰巾着かカローラ家に連なる誰かが数年ごとに持ち回りで務めるになってるから、完全に今の組合長はアクシオ伯爵を軽んじてる。しかも昼頃に出てきて適当な事を言った挙句、日の高いうちに帰ってしまうのは支部長でも知ってるさ」
「おいおいー、堕落してるにも程があるぞー」
「だろ?だから自分たちで問題が解決できる筈がない。かと言って、放っておくと伯爵が乗り出してきて、ほぼ間違いなく責任を追及されてリアルで首が飛ぶハメになるから、やむを得ず冒険者ギルドに声を掛けたにすぎないのは見え見えだ。所詮、ボクたちは微温湯ぬるまゆにドップリ浸かった連中の為に働かされるのさ」
「なーんか、そんな奴の為に頑張るのもアホらしいぞー」
「一番不本意なのはルシーダだぞ。本当なら管理組合のトップを説教したい気分なんだろうけど、冒険者という立場上、黙って従うしかないというのを分かってやれ」
 エミーナは敦盛に顎で合図してるけど、たしかにルシーダは何かを我慢してるのか、ため息ばかりついているし、心ここにあらずといった感じを醸し出している。
「と、ところでさあ、例の鍵はどこへ行けば買える?」
 敦盛はルシーダの気を引こうとして無理矢理話題を変えたが、ルシーダはただ一言「知らないわよ」で終わって、再びため息をついている。仕方ないから敦盛はエミーナに聞いたけど、そのエミーナも「知らないよ」の一言で終わりだ。
「おいおいー、俺だって鍵がどういう物か気になるぞ」
「それじゃあさあ、どこか適当な店に入って聞いてみたらどうだ?」
 敦盛はボヤキ気味にエミーナに文句を言ったけど、そのエミーナは道路の左側にある店にスタスタと入って行ってしまった。
 慌てて敦盛とルシーダも並ぶようにして店に入って行ったのだが・・・

「サムライ様だあ!」

 いきなり、店の中にいた若い女性客が敦盛を見て大声を上げた!しかも全然面識が無い子で昨夜の酒場でも見かけなかった子だ。その一言で、たちまち店の従業員や他の店にいた人まで一斉に敦盛を取り囲んでお祭り騒ぎに発展してしまった。
 敦盛は鍵を探すどころではなくなり、殆ど握手攻めの対応に追われている!そんな敦盛を見てルシーダは「はあああーーー・・・」と、長ーいため息をついて肩を窄めるしかなかったほどだ。
 仕方ないからエミーナとルシーダが鍵の事を中年(失礼!)の女性店員に尋ねたが・・・
「・・・すみません、うちの店では鍵を売ってないんですよ」
「「うっそー!」」
「鍵だけは管理組合が指定した5つの店でしか売ってない、いわば専売品なので、指定の店へ行って下さい」
 そう言って店員さんは申し訳なさそうにエミーナとルシーダに頭を下げた。
 でも、売ってない物は仕方ない。エミーナとルシーダは女性店員から鍵を売ってる店の場所を教えてもらったから、そちらへ向かおうとしたのだが・・・敦盛は今でも握手攻めだあ!
 ルシーダは「はーー」と再びため息をついたが、そんなルシーダを見て女性店員は
「あらあらー、あれだけの有名人がカレシだと、あんたも大変ねえ」
 そう言って中年(再び失礼!)の女性店員はルシーダの背中を『バシーン!』と思いっ切り叩いてニヤニヤしている始末だ。エミーナはエミーナでルシーダの左腕を自分の右肘でグリグリしながら「人気者は辛いよー」とか言ってニヤニヤしているほどだ。
 ルシーダは『はーー』とため息をつきながら「違います」と言ったけど、肝心の女性店員は『あれあれー?』という表情でルシーダを覗き込んでいる。
「あれっ?一緒に入ってきたからサムライ様のカノジョさんだと思ってたけど、違ったのお?」
「違います!」
「となると、サムライ様の奥様ですか?」
「それも違います!アツモリは私たちと同じパーティを組んでる仲間です!!」
「あらあらー、ゴメンナサイねー」
「いえいえ、気にしてませんから」
 ルシーダはさり気なく否定したのだが、内心は必死になって押さえ込んでいた。それを言ってしまえば、自分を止められなくなると分かっていたからだ。
 エミーナはそんな二人のやり取りを黙って見ていたが・・・
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