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アツモリ、恋人たちの聖地へ行く

第25話 大変申しにくい事なのですが

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 そんな敦盛だちが『シルヴァヌス岬管理組合』の建物を訪ねたのはお昼直前だ。さすがにこの時間になれば組合のお偉いさん方も出勤しているだろうと踏んでの事だが。
 そんな管理組合の入り口の扉をエミーナが開けた時、受付にいた若い女性は一般の市民か観光客が訪ねてきたと思って普通に対応したが、最後に入ってきた敦盛を見て、急に立ち上がった!

「も、もしかしてサムライ様ですかあ!」

 この一言で管理組合の中にいた10人ほどの職員が一斉に受付に殺到して再び握手攻めにあったが、その最後に握手した人物は20代半ばから30代前半と思われる、眼鏡をかけた若い男性だったが、その男性は握手が終わった後に、超真面目な顔になって敦盛に聞いた。
「もしかして、当管理組合が依頼した仕事をする為に来られたのですか?」
 男性は敦盛だけでなく左右に立っていたエミーナやルシーダにも軽く頭を下げながら聞いてきたが、エミーナは黙って頷くと『魔法の巾着袋マジックポーチ』から依頼書を取り出し、男性に差し出した。その依頼書には冒険者ギルドの受付印が押されていたが、その日付は昨日だ。
「たしかに当管理組合が冒険者ギルドに依頼した物で間違いないです。ありがとうございます」
「この件に関する責任者の方か組合長のどちらかとお話をしたいのですが・・・」
「自分は今回の依頼の件で対応を一任されているテラノです。こんなところで立ち話も何ですから、奥でお話をします」
 テラノはそう言って敦盛たちを管理組合の事務室の奥に案内したから、敦盛たちも黙って後ろへ続いた。
 テーブルを向かい合うようにして敦盛たちは座ったが、テラノは「ちょっと失礼します」と言って、壁の戸棚へ歩いて行った。そこの戸棚の中から一抱えもある、大きな布袋を持って再び敦盛たちの前へ戻ってきたが、テラノは布袋を『ドサッ!』とテーブルの上へ置いた。
「・・・このたびは当管理組合のために遠いところをお越し頂き、ありがとうございます」
 テラノはそう言って深々と頭を下げたが、その態度を見る限りでは相当腰が低い好青年という印象を敦盛は持った。
 テラノは改めて自己紹介し、管理組合の課長と名乗った。敦盛だけでなくエミーナとルシーダも自分の名前を名乗ったが、テラノはサムライの名前が『アツモリ』というのは今初めて知ったようだが、敦盛たちは別にその事でとやかく言うつもりはなかったし、テラノも柔らかそうな物腰で対応した。

「・・・今回、当管理組合が依頼した件を口頭で説明するよりは、実物をお見せした方が早いかと思います」

 そう言ってテラノは布袋を開封したが、そこに入っていたのは・・・南京錠だ。
 敦盛たちはその南京錠を見て目が点になった!手の平サイズもある超特大の南京錠なのだが、掛け金の部分が何か異様な力で捻じ曲げられていたのだ。しかも1つだけでなく10個ある南京錠が全て同じ方法で掛け金が壊されていたのだ。
「・・・ここにある鍵が全てではありません。もう既に100個以上も壊されていると言っても過言ではないです」
 テラノは壊された南京錠の1つを持って話をしているが、敦盛たちも南京錠をあちこち触っている。たしかに、こんな事が出来る人間がいるとは思えない!普通に考えれば魔物モンスターか、あるいは魔法生物以外は考えられないのだ。
「・・・あのー、ちょっといいですかあ?」
 エミーナが右手で持ちながらテラノに尋ねたから、テラノは「どうかされましたか?」と返事した。
「・・・最初にこの被害が見付かったのはいつですか?」
 エミーナは極々普通の質問をしたのだが、テラノはその質問をされた時に『ビクッ!』と一瞬だが硬直したけど、やがて「はーー」とため息をついた。
「実は・・・お恥ずかしい話なのですが、かれこれ半年も前になります」
「ちょ、ちょっと待ってください!それじゃあ、管理組合は半年もの間、被害を把握していながら放置していたのと同じではないですか?」
「エミーナさんの指摘はもっともです。そこは率直にお詫び致します」
 そう言うとテラノは深々と頭を下げたが、エミーナは「はーー」とため息をついたかと思ったら、あからさまに不機嫌になった。本来は管理組合の課長が頭を下げて済む話ではないというのが敦盛にも分かる。
「だいたいさあ、組合長はこの事を知ってるんですか?いや、それ以上に、このシルヴァヌス岬の本来の持ち主はアクシオ伯爵でしょ?伯爵は知ってるんですか?」
 エミーナは不機嫌さを隠そうともせずテラノに続けて質問したが、そのテラノは左右をキョロキョロと見渡したかと思ったら、「実は・・・」と言いながら身を乗り出してきた。
「・・・最初は単なる悪戯だと思ってたので軽く考えてたのは認めます。岬の記念碑を掃除するのは毎日の日課になっているので、嵐の日や吹雪の時でない限り、岬の門を開ける前に職員が清掃してるから、一般の人が鍵が壊されたというのに気付いた様子はありませんが、いずれは分かってしまうと思います。前日と鍵の数が急に減っていれば、誰だって疑いの目を持ちますからね」
「分かっていて何も対策してないのは感心できませんよ」
「何も対策してなかったと言われればそれまでですが、当管理組合もやれるだけの事はやったと自負しています。たしかに最初は誰かの嫌がらせだと思って気にも留めてなかったのは認めます。ですが、翌月も同じ事が起きたのでボンゴ組合長に報告しましたが、組合長は全然取り合ってくれなくて、ただ一言『お前に任せる』でした。仕方なく管理組合の者たちにも意見を求めましたが、誰もが最初に疑ったのは魔物モンスター説です。ですが、この街にある全ての教会に照会しましたが、過去も現在も魔物モンスターが岬に出没したという記録は残ってません。ですから、何者かが魔法生物を使って故意に鍵を壊しているという可能性しか残らないので、魔術師協会に依頼して、対魔法生物のトラップを記念碑周辺に張り巡らせたのですが、それでも鍵が壊されました。もう管理組合としてはお手上げになったのでカローラ家の指示を仰ごうとしたのですが、組合長がストップを掛けたので・・・」
「ストップ?どういう事?」
 テラノがしどろもどろになって話している言葉をエミーナが遮ったが、そのエミーナの言葉を聞いてテラノは再び「はーー」とため息をついた。
「・・・大変申しにくい事なのですが、伯爵様の耳に入ると組合長の管理責任を問われますから・・・」
「保身のために、伯爵へ報告するのをやめるよう圧力を掛けたという事かあ?」
「そう言われればそれまでです。ですから、組合長もカローラ家を通さず、組合長の名前で冒険者ギルドに調査依頼を出す事を認めたのですが、ハッキリ言いますけど渋々です。本当は「お前たちの力が無いからだ!」と相当怒ってたのは事実ですけど、背に腹は代えられぬとばかりに許可を出しました。相変わらずですけど組合長は「お前に任せる」の一言で終わりですから、今日もまだ出勤もされてないですし、下手をしたら今日は出勤しないかもしれないです」
 テラノはそう言って「はーー」と再びため息をついてから「申し訳ありません」と敦盛たちに頭を下げたが、エミーナだけでなく敦盛もルシーダも呆れて互いの顔を見合わせて「はーー」とため息をつくしかなかった。
「・・・とりあえず、岬を案内してくれませんか?もしかしたら見落としがあるかもしれませんから」
 エミーナはため息混じりでテラノに言ったが、そのテラノも「分かりました。丁度お昼時なので、食事も兼ねて岬をご案内します」と言って立ち上がったから、敦盛たちはテラノの後に続いた。
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