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アツモリ、地上の女神に出会う

第39話 お城の使いの人

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 その日、敦盛は自分の部屋である『海の神ネプトゥーヌス』5号室で夕食を食べていた。エミーナとルシーダも一緒だった。

「「「 はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・」

 3人はエポに運んでもらった夕食に手をつけようとしない。いや、心なしか、というより誰が見ても3人ともゲッソリしているのだ。

「・・・マジ勘弁して欲しいぞ」

 最初に口を開いたのはエミーナだった。敦盛も「そうだよなー」とボヤいているし、ルシーダは口には出してないけど表情を見る限りでは二人と同じようだ。

「・・・貴族とかいう奴は冒険者ギルドを便利屋か何かと勘違いしてない?」
「仕方ないでしょ?貴族と言われる人にとって、冒険者は『一獲千金を夢見るアホ共の集団』だから、自分たちがやりたくない事はぜーんぶギルドに押し付け同然だよ・・・」
「「「はあああーーー・・・」」」

 3人がボヤくのも無理ない。敦盛たちは北部の都市ルキナのスープラ男爵だんしゃくから「別荘や農場を荒らすゴブリンを何とかしろ」という依頼を受けたのだが、行ったらゴブリンどころかゴブリンキングがいるゴブリン軍団の退治依頼なのだ。簡単に言えばシルバー以上に依頼する内容を青銅ブロンズパーティにのだ!
 当然だがエミーナとルシーダは男爵に直接抗議したが、男爵は「ゴブリンはゴブリンだ」の一点張りで聞く耳を持たなかった。
 結論を言えば犯人はゴブリンに見せ掛けた盗賊団であり、それに気付いたのはゴブリンキングの集団を壊滅させた後に、ルキナ背後にある山のゴブリンの巣窟を全部爆裂魔法で吹き飛ばす荒業までして徹底的に調べたけど、盗まれた物が1つも出てこなかったからだ。ゴブリンキングはシルバーに匹敵する強敵だけど1体しかいないから敦盛が直接対決したけど、ゴブリンというのは数が多いから、それを退治するのにエミーナは魔晶石を使って石人形ストーンゴーレムを5体!も作ったほどだし、他にも操り人形パペットマンとかを作り上げて大乱闘したほどだ。ゴブリンたちの巣穴にあった物は全部『魔法の巾着袋マジックポーチ』にいれて回収したけど、男爵が言っていた物は何一つ出てこないから、深夜の別荘を見張っていたのだ。
 深夜に別荘を見張ってた時に現れた盗賊団を『姿隠しハイド』の魔法を使って追跡し、結果的にルキナの街にあった盗賊団のアジトを突き止めて一網打尽にしたのだが・・・魔法で出入口を全て封鎖して逃げれないようにした事が仇になって、盗賊団の抵抗は凄まじく、盗んだ物の中にあったミントオイルを投げつけて抵抗したから、敦盛たちだけでなく盗賊団もミントまみれになって全員風邪を引いたくらいだ。敦盛たちはルシーダの治癒魔法で重症化せずに済んだが、盗賊団は警備隊に引き渡された時には全員がダウンしていたほどだ。
 結局、男爵はゴブリンキングの魔石に加え、盗賊団の壊滅という事実を突きつけられてゴールドクラス並みの報酬を支払ったのだが、本当はミントの匂いに負けて「さっさと消えてくれ!」と言って報酬を上乗せしたに過ぎない。しかもミントの匂いがなかなか取れなくて、体調の回復とクリーニング待ちを兼ねて、丸1日、温泉に滞在しているのだ。
 でも、当たり前(?)の如く敦盛は温泉に入っている間も握手攻めにあって、ノンビリ寛ぐなど出来ていない。そんなヘトヘトの敦盛たちがファウナに戻ってきたのは今日の午後だ。夕食をいつも通り『海の神ネプトゥーヌス』の酒場で食べると握手攻めや接待付けになるのが目に見えているから、エミーナとルシーダを誘って部屋に食事を運んでもらったのだ。
 ただ・・・ゴブリンたちが貯め込んだ色々な物は全部回収して『魔法の巾着袋マジックポーチ』に入れて持ち帰った事と、ゴブリンキング率いる軍団を壊滅させた事で大量の魔石を手に入れた。これを全部換金すれば相当な黒字になるはずだが、気力が萎えてしまった事とガラクタが多くて整理するまで手が回ってない。

” ドンドンドンドン! ”

 突然、5号室の扉を激しくノックされたから、敦盛たちは『緊急事態が発生したのか!?』と言わんばかりの表情でテンションが一気に戻ったけど、エミーナが緊張みなぎる顔で扉を開けた時、そこにいたのはエポだった。

「大変大変!今、お城の人が来てるよ。しかもアツモリさんを探してる!」

 エポは肩で息をしながら言ってるという事は大慌てで駆け付けた為だろうけど、3人から見ても明らかに慌てたような顔をしてるから、3人に緊張が走った。
「・・・おいおいー、まさかとは思うけど、あのクソ大公が俺たちを逆恨みして勝手に令状を作ったとかじゃあないだろうなあ」
 敦盛は表情を曇らせながらボヤいたけど、ルシーダもため息をつきながら「かもねー」とか言ってる程だ。
 唯一、冷静なエミーナはエポを真っ直ぐに見ながら
「・・・エポちゃーん、お城の人って言ってたけど、どんな人?」
「えーとですねえ、殆ど白髪の男性だったよ」
「「「 白髪の男性? 」」」
「そう。しかもー、それでいて何となくだけどスーツのような服を着てたよ」
「「「 スーツを着てた? 」」」
「しかも、その人は一人で来たよ」
「「「 一人で来た? 」」」
 エポの要領を得ない返事に3人は一斉に首を傾げた。特にエミーナは明らかに怪訝そうな表情のまま考えこんでいる。
「・・・エポちゃーん、そのスーツの人、どこで何をしてる?」
 エミーナは「はーー」とため息をつきながらエポに尋ねたけど、エポは
「えーとー、お父さんが食堂へ連れて行ったから、今でも食堂にいる筈。もし帰ったならお父さんがこっちに来るはずけど、来ないから食堂にいるとしか思えない。ちょっと見てくるねー」

 そう言うとエポは廊下を走って階段の方へ行ったから、5号室には敦盛たち3人が残った形になった。
 エミーナは「はーー」とため息をつきながらルシーダの方を向いたけど、そのルシーダも「はーー」とため息をついている。
「・・・ルシーダはさあ、王宮勤めでスーツを着ている男性と言ったら誰を思い浮かべる?」
「文官や事務官が来てるのは制服だからスーツは有り得ないよねー」
「だろ?エポちゃんはスーツと言ってるけど、その男性が着てるのが本当は執事服だとしたら・・・」
「あのさあ、エミーナは白髪の男が執事だと言いたいの?」
「そう考えれば納得がいくけど、だから困ってるんだよなー」
「私もその線しか思い浮かばないけど、だとしたら結構ヤバイかも」

 エミーナとルシーダは互いの顔を見合わせて「はーー」とため息をついているから、敦盛は事情が良く分かってないから余計に心配になった。
「・・・あのー・・・どうして執事がヤバイんですか?」
 敦盛は心配になってエミーナに尋ねたけど、そのエミーナの表情は先ほど以上に曇っている。
「どの国でもそうだけど、王族や貴族たちは少なくとも1人は執事か侍女メイドを置いている。その役割は大きく分けて2つ。1つ目は自分たちの身の回りの世話だ。着替えとか飲み物を差し出したり、その日のスケジュール管理、他にもちょっとした買い物や用事の言いつけなど、要するに便利屋・何でも屋としての仕事だ。だが、そんな人物が主人の言いつけとはいえ、王宮から下町の安宿に来るのは常識的に考えれば有り得ない話だ。となると、もう1つの顔としての役割で来てるとしか・・・」
「もう1つの役割?」
 敦盛はエミーナが言ってる意味が全然分からないから首を傾げてしまったけど、エミーナは「はーー」とため息をついている。
「執事や侍女メイドも上級と一般に分かれる。一般の方はさっきも言ったけど便利屋・何でも屋としての役割しか与えられてないから問題ないけど、上級の方は2つ目の役割がある。簡単に言えばボディガードだ」
「ボディーガード?」
「そう。表向きは普通の執事や侍女メイドだけど、特殊な技能を持っている。ナイフ投げの達人だったり、格闘家だったり、魔術師とか精霊使いもいる。要するに本職を隠して執事や侍女メイドのように振舞っているボディガードだけど、中には暗殺者アサシンもいる」
暗殺者アサシン!」
「だから厄介なんだよ。本職を悟られるような事を上級執事や上級侍女メイドは絶対にしないからなあ。ただ単に一般執事が敦盛を探してるだけなら問題ない。何しろ敦盛は今や王国随一の有名人だ。面白半分で王族の誰かか貴族連中が探してる可能性もある。だけど、上級執事がアツモリを探してるなら主人から何らかの指示を受けているはずだ。それも、表には出せない指示をね。ま、先日のニセの鍵の相手がルークス商会だったから、ティーダ宰相やグロリア大公、下手をしたらサファリ3世自らが何らかの指示を出した可能性があるけど、勝手に令状を作ってアツモリを逮捕するなら逆に堂々とやって市民に権力を見せつける筈だから、謝罪のために差し向けた可能性はある。ただ、国王サファリ3世を始めとした王族どもが、東方系の市民相手に頭を下げるのは考えられない。誰かがアツモリの事をモンゴリア帝国かイズモの国の密偵だと言いふらしてるなら別だろうけど、その線は低いからなあ・・・」

 エミーナは何度目か分からないため息をついたけど、その時、エポが再び5号室へ駆け込んできた。
「・・・あのねえ、お父さんがに食堂へ来るように言ってるよー」
 そう言うとエポはニコニコ顔で敦盛の左手を取ると、無理矢理食堂の方へ引っ張って行こうとしたから、敦盛の方が慌てた。
「ちょ、ちょっとエポ!どうして『俺たち』なんだ?」
「お父さんが3人とも来るように言ってるからー」
「だーかーら、どうしてなんだあ!?」
「だって、お城の人、お父さんが言ってたけどセレナ王女の使いの人だよ」
「セレナ王女?誰それ?」
 敦盛はエポの言ってる意味が全然分からないから、さっき以上に首を傾げている程だけど、エポのその言葉を聞いたエミーナがスタスタと歩き始めたかと思ったら、何の前触れもなく敦盛の右腕を自分の左腕に絡めて強引に引っ張った。
「・・・アツモリ、行くぞ」
「ちょっと待ってくれ!どうしてエミーナが俺を引っ張っていくんだ?」
「相手がセレナ王女の執事なら話は別だ」
「どういう事?」
「詳しい事は後で話す。とにかくセレナ王女がアツモリ、お前を探してるのは間違いない。国王や大公の執事だったら居留守を使ってでも追い返すべきだけど、セレナ王女の執事だったら追い返すなどトンデモナイ!恐らくセレナ王女のメッセージか手紙を持っている筈だから、会って話を聞くべきだ」

 敦盛はエミーナの言いたい事が全然分からないけど、先ほどまでため息混じりでボヤいていたエミーナが自信満々の顔で自分を引っ張っていくから、この世界の事情に詳しいエミーナに従った方がいいと思い直した。ルシーダも大慌てで敦盛について行ったから、4人で食堂へ行く形になった。
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