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アツモリ、地上の女神に出会う

第41話 エミーナの提案

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「・・・以前、王族連中は腐っているという話をアツモリにしたと思うけど、覚えてるかい?」

 エミーナは敦盛の目を見ながら話してるけど、敦盛は黙って首を縦に振った。
「・・・ドルチェガッバーナ王国は神聖バレンティノ公国を構成するブルガリ王国、ボルサリーノ王国、マックスマーラ王国、ファレクストラ王国の中では最小国だ。王都ファウナはエウロパ大陸の最西端だから魔王の出現を遠い世界の出来事のように思ってる連中が金持ちや貴族連中に多いのは認めざるを得ない。しかも他の3つの大陸を結ぶ大陸航路の玄関口なのと、エウロパ大陸で1、2位を争うヤヌス銀山があるから、財力だけを言えば5か国の中では最大だ。その財力が経済力となってるからアホ国王でもやっていけてるんだ」
「ふーん」
「まあ、ブルガリ王国もボルサリーノ王国も、それ以外の国もつい3年前までは似たり寄ったりだったけど、他の国は魔王が現れた事で国王が大慌てで現実に向き合った国が多い中で、ドルチェガッバーナ王国はヒューゴボス帝国に遠い事と国力が抜きんでてるから、グロリア大公が私服を肥やしていても、サファリ3世がノホホンとしていても今の今までやってこれたが正しいのかもしれないが、ああ見えてもティーダ宰相が色々な意味で剛腕を発揮してるからであって、これがずうっと続くかどうかはバレンティノ神でも分からないと思う」
「だろうねー。そんな国を救ってやらなければならない俺の気持ちも分かって欲しいぞ」
「まあ、アツモリがボヤキたくなる気持ちが分からない事もないけど、そんな中で唯一の常識人とも言えるのが、サファリ3世の長女でセドリック王太子の姉に当たるセレナ第1王女だ」
「あれっ?この国では女性は王位につけないの?」
「いんや。この国の法律では男に優先権があるから、弟といえどもセドリック王太子が王位継承権1位なのさ。でも、第2婦人、第3婦人の子は男であっても王妃の子であるセレナ王女より王位継承権が下だから、セレナ王女の異母弟のフーガ王子が第3位、アベニール王子が第4位になるけど、女は王妃の子でないと王位継承権がないから、異母妹のフィガロ第2王女には王位継承権がなく、セレナ王女だけが王位継承権2位を持っている唯一の王女だ。因みにグロリア大公は第5位になる」
「ふーん」
「ま、シルビア女王が歴代唯一の女王だけど、1代限りであってシルビア女王の子は男であっても王位継承権が与えられず侯爵や伯爵といった爵位を与えられたに過ぎない。因みにアクシオ伯爵の母がシルビア女王の第2王女だからシルビア女王の孫になるけど、同時にシルビア女王の前の国王であるダットサン3世の第5王子の直系の、それも第5王子がカローラ家の養子になったから王位継承権を持っている。だけど33位などいう順位では王になれる筈がないのは素人でも分かるぞ」
「たしかに」
「要するに初代国王ダットサン1世の直系の男子のみがこの国の王位につけて、女王は1代限りの、いわば臨時国王なのさ」
「ふーん」
「話を元に戻すけど、セレナ王女は未だに独身で、しかも相手が決まっていない。その理由が分かるか?」

 エミーナは真面目な顔で敦盛を見てるけど、敦盛には全然理由が思い浮かばない。
「・・・降参かい?」
「うん」
「簡単に言えば、魔王軍との戦で婚約者が戦死したから婚約が解消された形になってるのさ。しかも、セレナ王女が新たな婚約を拒否しているという話を支部長がしてた」
「あー、もしかして今でも婚約者を愛してるから?」
「それは違う。セレナ王女は結婚したくても出来ない事情があるのさ。サファリ3世もティーダ宰相も、グロリア大公も分かってるから婚約を勧めない」
「どうして?」
「セレナ王女の母親であるシーマ王妃は10年ほど前に亡くなってるけど、そのシーマ王妃の父親は、魔王が出現した元凶とも言うべきヒューゴボス帝国のアプリオ元皇帝だ」
「うっそー!」
「ホントだ。シーマ王妃はラルゴ皇后が生んだ1男4女の末娘だから四女、第6皇女だけど、実際には8番目の子だ。いくら皇后の娘とはいえ第6皇女だから小国に嫁いだんだろうけど、どの国でも普通にあるから常識の範囲だ。でもここで冷静に考えて欲しい。世界を混乱に陥れた元凶ともいうべき人物の孫娘とと思う男性がどこにいると思う?」
「た、たしかに・・・」
「それに、魔王の方が優勢な今、セレナ王女の婚約を発表などしたら、国内はともかく他の国でそれこそ暴動が起きかねない。そうなったらサファリ3世やティーダ宰相の進退問題に発展するから、セレナ王女は少なくとも魔王がいる間は結婚出来ない。いや、もしかしたら魔王がこの世界からいなくなったとしても結婚出来ないかもしれない」
「・・・・・」
「セドリック王太子はシーマ王妃の子だけど、基本的に王太子というのは政略結婚で他国の王女を迎える伝統があるから、たとえ過去に戦火を交えた国出身の王妃の子であっても文句を言う人はどの国にもいない。因みにセドリック王太子のきさきは世界最古の王国リーデル王国出身だ。でも、国民が寛容なのは王子だけなのはどの国でも同じであって、この国の場合、過去に王妃から生まれた王女はシルビア女王を除いて聖職者になるか他国の王子の元へ嫁ぐかの形で、王位継承権を自ら放棄している。セレナ王女の場合、どちらを選んだとしても教団か嫁ぎ先の国に非難の集中砲火が浴びせられるのは確実だから、どちらも選べないのさ」
「・・・・・」
「ヒューゴボス帝国の帝都クロノが魔王の手に墜ちて皇帝が死んだ事で、形の上では帝国は滅亡した。魔王の恐怖から逃れようとしてヒューゴボス帝国やデルヴォー王国から逃げ出した人の数は万単位になるけど、どの国でも厄介者扱いだ。難民の受け入れは7つの教団がやっているけど、どの教団も財政がひっ迫して悲鳴を上げているほどだ。そんな中、ドルチェガッバーナ王国は難民の受け入れを公式に表明している唯一の国だ。しかもセレナ王女がティーダ宰相と掛け合って国王名で発表したから、サファリ3世もグロリア大公もタッチしてない」
「へえー」
「恐らく、セレナ王女は魔王が出現した事に対し、この国で一番責任を感じているのだと思うだ。だから自らが乗り出してティーダ宰相と掛け合って、国家予算を緊急出動させて教団に資金援助した事で、親を失った子を受け入れる孤児院や難民キャンプの運営だけでなく、魔王の出現で仕事を失った人に対する支援もセレナ王女がティーダ宰相を動かした事で実現した。国民にも7つの教団に対しての寄付をお願いしているし、自らも難民キャンプを積極的に訪れるなど各地で慈善活動をしている。希望すれば難民を国民として受け入れる制度を作ったのもセレナ王女だ」
「あのスープラ男爵とは大違いだな」
「だろ?ボクだってあのクソ男爵にセレナ王女の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」
「俺だってクソ男爵をぶん殴ってやりたい気分だったからな」
「話がちょっと脱線しちゃったけど、最初の頃はセレナ王女の考えに理解を示す人は少なかったんだ。王女の馬車に玉子や石を投げつける騒ぎがあったのは1度や2度ではなかった。これは有名な話なんだけど、難民キャンプに慰問に行った時にセレナ王女が玉子を投げつけられた騒ぎがあったんだ。王位継承権を持つ者が玉子を投げつけられたなど前代未聞の事であり、当然、セレナ王女の周りにいた騎士や兵は直ちに玉子を投げつけた人物を特定して捕縛した。国王と国王の3親等以内の人物で王位継承権を持つ者は『王族に対する侮辱罪』を適用する権利があって、法律には『裁判無しで死刑を宣告しても良い』とまで書かれているから、グロリア大公なら有無を言わさずその場で斬り殺しただろうけど、セレナ王女は『玉子?何ですかそれは?』などと言って、自分の髪や服が玉子でベタベタになっていたにも関わらず、決して玉子をぶつけられたと認めなかったから、仕方なく犯人を解放するしかなかったんだ。しかも、王宮に帰るまで髪や服に触れる事がなかったから、警護の騎士たちが近衛騎士このえきし団長と侍従長じじゅうちょうに追及される騒ぎにまで発展したけど、その時にもセレナ王女はかたくなに玉子をぶつけられた事を認めなかったから、近衛騎士団長も侍従長も、警護の騎士たちを咎められなかったんだ」
「へえー」
「ただ、この話が王都に伝わるとセレナ王女に対する評価が一変したのさ。王族も貴族も自分の事しか考えてない中で、セレナ王女だけが現実と正面から向き合っているとしてセレナ王女を評価する人が増え、今では賞賛する声で溢れてる。ただ、それはあくまで神聖バレンティノ公国を構成する5つの国の国民だけで、他の国ではアプリオ元皇帝の孫娘としか見てない。ティーダ宰相もグロリア大公も難民を放っておくと国内が不安定になる事が分かってるから、ある意味セレナ王女に丸投げで金を出すだけだ。貴族の中でもセレナ王女を評価しているのはアクシオ伯爵を始め片手で数える程しかいない。ルークス商会も自分たちの人気が下がると商売に影響するから7つの教団に売り上げの一部を寄付してるけど、利益から見たら雀の涙もいいところだ」
「ふーん」
「そんなセレナ王女が「公務がキャンセルになったから、その時間を使ってお茶を飲みませんか?」など言ってくるのは、どう考えても不自然だ。何らかの意図を持って招待したと考えるのが自然だろ?」
「たしかに・・・」
「ただ単に『今後の活躍を期待します』などという激励の可能性もあるけど、それだけの為に、しかも急に招待するのは逆に不自然だから、何らかのメッセージをアツモリに直接伝えたいとしか思えないんだ。だからアツモリも安易に『はいはい、分かりました』などと答えるのは危険だ」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「無難なのは『コペン高司祭などと相談して、後ほどお答えいたします』だろうな。コペンさんなら絶対に相談に乗る。それはコペンさん自身が明言しているし、姪のルシーダがアツモリと行動を共にしているのだから、拒否するのはバレンティノ神に対する裏切り行為だ」
「たしかに・・・」
「これはあくまで提案だけど、セレナ王女が特に話題をアツモリ個人に振らない限り、ボクがセレナ王女の話を聞く。要するに、アツモリは打ち合わせの責任者であって実際の話は実務担当者にしてくれ、とばかりに全部ボクに回して構わない。この国の事情はボクやルシーダの方が詳しいし、ボクもルシーダもコペンさんからアツモリの事を託されている以上、仮にセレナ王女がサファリ3世どころかグロリア大公やティーダ宰相の耳に入るとマズい提案をしてきたとしても、アツモリの側に立って動く事をコペンさんに命じられているに等しいからな」

 たしかにエミーナが言ってる事には説得力がある。敦盛も半分以上浮かれていたのは自分でも分かっていたが、裏の事情を知ってしまったからには逆に不安になってきた。セレナ王女が自分に過度の期待を持っていたら、逆に申し訳ないように思えたからだ。そう考えれば、自分一人で考え込むよりはエミーナに全てを任せた方が無難だろうし、その方が後々の展開が楽になりそうな気がする。敦盛はそう考えて自分を納得させた。
「・・・あくまで俺個人の考えだけど、正直に言えば俺はこの国の事情を殆ど知らないに等しい。俺が勝手に返事をした事で王女様に逆に迷惑を掛ける可能性もあるから、余程の事が無い限り王女様の話し相手はエミーナに任せ、俺は王宮の朝食を堪能するだけにしたいけど、どうかな?」
「ボクはそれでいいと思ってるよ。アツモリだって、トーストとクロワッサンが交互に出てくる朝食にウンザリしてるんじゃあないのか?」
「当たり前だ。俺は本音を言えば銀シャリに生玉子、味噌汁の朝飯を食べたくて食べたくて、それこそ夢にまで出てくる位で、本音を言えばパンも見たくないからなあね」
「おいおいー、アツモリが言ってる『ギンシャリ』とか『ミソシル』が何の事なのかボクもルシーダも全然分からないけど、エポちゃんたち普通の市民にとって、あれは極々普通の朝食なんだから勘弁してくれー」
「そんな事を言われても、俺はお前に勝手に連れて来られたんだからさあ」
「ボクだって本音を言えばカルティエ王国風の朝食を食べたい!この国でカルティエ王国風の朝食を出す店は少ないし、そういう店に限って金持ち御用達の料金設定だから我慢してるんだぞ!ダットサン1世が今のカルティエ王国出身だから、伝統的に王室料理はカルティエ王国風が中心で、というより今はカルティエ王国風とエルメス王国風をミックスさせた物が王室だけでなく金持ち連中の間では持て囃されてるから、絶対に今日の朝食はドルチェガッバーナ風ではない!ボクはんだあ!!」

 エミーナは馬車の中で左手を突き上げながら絶叫したから、思わず敦盛はクスクス笑ってしまった程だけど、逆にルシーダは「はーー」とため息をついた。
「・・・エミーナもとうとう本音を言ったわねー」
「あっ・・・」
「私もさあ、エミーナがゴリ押しというか屁理屈というか、何が何でもアツモリ1人だけでは行かせない、とばかりに執事に食い下がったから、変だとは思ったのよねー」
「さ、さあ、何の事ですかあ?」
「大方、今の今まで力説してたのは、今日のセレナ王女との朝食会を無難に終わらせる為の事前情報ではなく、自分が今日の朝食に同行した理由を正当化させる為のでしょ?」
「ルシーダ、ボクは何も・・・」
「エミーナもいい加減に認めなさいよ。私は『懺悔コンフェション』の呪文でエミーナが言ってる事が本当かどうかを調べてもいいんですよ」
 ルシーダはちょっと怖い顔でエミーナを見てるけど、エミーナは額から汗を流しながらソッポを向いている。これでは認めているのと同じだから、敦盛もニヤニヤしているほどだ。
 そんなルシーダだったけど、エミーナの肩をポンポンと叩きながらニコッと微笑んで
「まあ、私も本音を言えば一度でいいから王宮の料理を食べてみたいと思ってたのは事実だから、エミーナの事をとやかく言える立場じゃあないからね」
「結局はボクと同じじゃあないかよ!」
「まあまあ、気にしない気にしない」
 エミーナは口を尖らせながらブーブー文句を言ってるけど本気で怒っているのではない。その証拠にルシーダの腰を自分の肘でグリグリしながらだから、ルシーダも軽く受け流している。
 敦盛はそんな二人を交互に見ながら首を2、3回、縦に振った。
「・・・ま、俺としてはエミーナもルシーダも大切な仲間だ。俺一人で魔王を倒せるとは全然思ってないし、ましてや王女様が手助けしてくれたら魔王を倒せるなどとも思ってない。仲間を増やすのはコペンさんに言われるまでもなく大切な事だと思っているし、それが王家の中心にいる人物なら尚更だ。俺だけが甘い汁を吸うと後でエミーナやルシーダに怒られそうだから、後付けの理由で結構だから基本的にエミーナに王女様のお相手を任せて朝食を堪能させてもらうぜ」

 敦盛がそう言った時に馬車は止まった。そう、馬車は王宮に着いたのだ。
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