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アツモリ、地上の妖精に会う

第50話 失礼しましたあ!

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 今回の仕事、それはファウナに本店を置くミゼット商会からの依頼だ。
 冒険者ギルドとの取引額は他の商会より群を抜いて多く、ファウナ支部最大のお得意様といってもいい。

 今回の目的地、『深層の森』はアトロポス山の東に広がる広大な森の事だ。

 『深層の森』と呼ばれる原生林には、神々の騒乱に時代に召喚されたエルフたちが今でも生き残っている。いや、正しくはその子孫たちだ。
 一口にエルフと言っても2種類、いや2種族というべきだろうが、1つめはブロンドヘアーに白い肌の『ハイエルフ』。こちらは光の神々が召喚したエルフだ。もう1つが銀髪に褐色の肌の『ダークエルフ』。こちらは闇の神々が召喚したエルフだ。エウレパ大陸には両方のエルフがいるが、実はエウレパ大陸を東西に分けているディオーネー山脈の東側にはエルフはいないのだ。それでも西側の人にとっても神秘な存在であるのは間違いないのだ。
 今回の目的地、『深層の森』にいるのはハイエルフだけ。つまり、交易相手はハイエルフなのだ。

 エルフは長命だ。記録に残っている最長は2000歳!・・・なのだが、さすがにこれを証明する物がない。ただ、現在、エルフの集落で長老と呼ばれるエルフは既に1000歳を超えているというのだから、人間の10倍から20倍以上も長生きするのは間違いない。

 エルフたちは金属を嫌う。エルフは森の木や草を加工するのは得意だが、大地の産物である金属は「大地の恵みを奪う物」として絶対に手を付けない。でも、それ以外に、エルフが「汚らわしい存在」として忌み嫌うドワーフが優れた鍛冶師揃いだからという説もある。
 ドワーフもエルフを嫌うから、お互いが直接取引をする事は絶対にない。
 人間にも鍛冶師はいるが、ドワーフには敵わない。だから人間はドワーフの優れた技術で作られた武器や防具、金属加工品を欲しがるし、ドワーフも人間はお得意様だから、人間とドワーフは共存の関係にある。

 エルフにも必要な金属製品は2つある。

 1つ目はやじりだ。
 エルフは全員が優れた狩人かりゅうどだ。石の鏃では弱い魔物モンスターはともかく、多くの魔物モンスターに太刀打ち出来なくなったから、魔王が出現してからは鉄製の鏃を欲しがっている。しかも最近の状況を考えたら深層の森にも強力な魔物モンスターが出現し始める可能性が高まったと言えるから、鉄よりも固い真銀ミスリルの鏃は喉から手が出るほど欲しい。
 2つ目は『細剣レイピア』。
 華奢きゃしゃなエルフにとって直接攻撃の武器として必須だ。
 それ以外にもナイフを必要とするが、黒曜石のような石器で加工できない固い物を加工する時にしか使わないから、ほとんど使われない。

 エルフはドワーフを「目に入れたくない存在」として嫌ってるから、ドワーフから直接仕入れたくても出来ない。でも、エルフにとって人間は「下等な存在だけどドワーフよりマシ」として、ドワーフとの仲介役に昔から利用している。

「・・・へえー、勉強になったよ」
「アツモリさんの頭に入ったかなあ」
「あー、俺を馬鹿にしてるなあ!?」
のみの半分くらいしか脳みそが無いんじゃあないの?だって、毎回ジョーカーを持っていくんだからさあ」
「うっ・・・」
 今、敦盛たちは2頭引きの荷馬車4台の一番後ろの荷馬車の荷台に乗ってトランプをやっている。正しくはトランプをやりながらミゼット商会のフレア主任が今回の仕事の内容を簡単に説明したのだが、フレア主任は敦盛の左側に座って、しかも敦盛に露骨に自分の右肩をスリスリしながらトランプをやっているから、フレア主任の左に座っているルシーダのコメカミがピクピクしている程だ。エミーナはどう思ってるのかは分からないけど、シビックやココアは『暇潰し』と言った感じでトランプに参加している。
 そのフレア主任だが・・・栗毛をポニーテールのように後ろで束ね、黒縁の眼鏡を掛けていて、服装だけを見たらエポの普段着とほぼ同じだけど、敦盛から見ても、いや、敦盛が見なくても、どう考えても頑張って若作りしているようにしか思えない!しかも、ラベンダーのような香りがプンプン漂ってくるから、明らかに香水をしている。あのセレナ王女でさえも微かに香る程度の香水しか使ってなかったのだから、敦盛も苦笑せざるを得なかった・・・

 ・・・まあ、今だからコッソリ暴露しちゃいますけど、敦盛たちが依頼書をキャミの所へ持って行った時に、キャミが「はあああーーー」と盛大な(?)ため息をついたから、思わずエミーナが「何でため息をつくんですかあ?」と聞いてしまったくらいだ。
 キャミは「はーー」と再びため息をつきながら
「・・・ミゼット商会の本店のフレア主任は、とにかく若くて強くて格好いい男の人がいないと絶対にダメ!という人ですから、アツモリさんが行かないなら『あんた、わたしの代わりに行ってきなさい』とか言って部下に行かせるでしょうけど、アツモリさんが行くって分かったら、絶対に自分が行きますよー」
「「「どうして?」」」
「はーー・・・だってー、もう去年の年末で20代も終わって完全に適齢期を過ぎてるのに結婚を諦めてないというか、逆に結婚する事に意地になっているというか・・・はーー・・・」
 とまあ、ボヤく事ボヤく事、それこそ敦盛もウンザリしたくらいだ。まさか「やっぱり別の仕事にします」とも言えなかったから、シビックやココアたちと一緒にミゼット商会へ行ったけど・・・フレア主任は敦盛の姿を見た途端「わたしが今回の責任者です!」と言ってニコニコ顔で馬車に乗り込んだほどだ・・・

 ・・・6人がやってるのは『ババ抜き』なのだが、なぜか敦盛は隣が誰になってもジョーカーを引くのがで、しかもエミーナは絶対にジョーカーを引かないから、毎回のように敦盛は最下位なのだ。
「・・・でもさあ、俺たち、こんな事をやっていてもいいのかあ?」
 敦盛はババ抜きで負け続けている事より、他の女の子、特にフレア主任がトランプ遊びに夢中になっている事の方が心配になってきたけど、フレア主任はノホホンとしているし、だいたいエミーナがノホホン過ぎるのが気になって気になって仕方ないのだ。
 フレア主任は敦盛の心配顔に気付いたのか、肩を『バシッ!』と叩きながら
「大丈夫大丈夫!全部の馬車に十字架クルスがつけてあるでしょ?あれはつい2か月ほど前にバレンティノ教団が開発した物で、簡単に言えばこの馬車は動く教会だから、魔物モンスターが馬車に近付く事は出来ても触れる事が出来ないわよー」
「マジ!?」
「ホントよー。我が社に4台しかない特注品よ!さすがに初級程度の魔物モンスターが限界なんだけど、ファウナ周辺に出没する魔物だったら殆ど馬車に近付けないと言っても過言じゃあないわよー。そうですよねー、ルシーダさん」
 フレア主任はニコニコ顔でルシーダに話を振ったけど、そのルシーダは首をコクリと縦に振った。つまり、フレア主任が言ってた言葉は事実なのだ。
「しかもー、往路は盗賊団も襲わないでしょうから寝てても大丈夫よー」
 フレア主任はそう言って益々上機嫌だけど、敦盛は気が気でない。そんな敦盛の心配事を解消するかのようにエミーナがニコニコ顔で
「フレアさんが言ってるのは正解だ。仮に盗賊団がこの商隊に気付いたとしても、盗賊団は絶対に襲わないよ」
「そうよ!だからアツモリさんも心配し過ぎよー」
 フレア主任もエミーナもニコニコ顔だし、それにルシーダもシビックもココアもノホホンとしているから、敦盛はますます心配になっている!
 敦盛は「はーー」とため息をつきながら
「あのさあ、その自信、どこから来るんだあ?」
 敦盛は本気で心配しているけど、エミーナはちょっと揶揄い気味の表情をしながら
「だってー、この鏃と引き換えにエルフの集落から持ち帰る『世界樹せかいじゅの葉』の方は引く手数多あまただから、帰り道を襲った方が絶対に得なんだよ」
「ちょ、ちょっと待て!今、『世界樹の葉』って言ったけど、それってホントかよ!」
 いきなり敦盛は血相を変えてエミーナに詰め寄ったから完全にエミーナはビビっている!今度は逆にエミーナの方が「何があったんだあ!?」と言わんばかりの表情で敦盛を見てるけど、敦盛は完全に興奮したような顔で右手を突き上げた。でも、エミーナは何故敦盛が血相を変えているのか全然分からない。
「・・・そ、それはそうだけど、『世界樹の葉』がどうした?」
「あったり前だあ!『世界樹の葉』といえば、これを使えば死者も復活できる!戦闘中に倒れたメンバーに使えばHPヒットポイント満タンで復活するから、まさに・・・」

” ボカッ! ”

 いきなりエミーナは敦盛の頭にゲンコツを1発食らわせたから、敦盛は「何をするんだよ!」と抗議をしたけど、シビックとココアが頭の上に『?』が2つも3つもつくような仕草をしていたから、なぜエミーナがゲンコツを食らわせたのかに気付いて『ハッ!』となった。
「あのさあアツモリ!『世界樹の葉』は超高級ハーブティとして人気があって、特に貴族や大商人たちが先を争って買いたがるから、偽物が出回っているくらいなんだよ!」
「あれっ?そうなの?」
「たしかにエウレパ大陸東部では、『世界樹の葉』というのはエルフの長寿と合わさって勘違いされて伝わってるのはボクもルシーダも聞いた事があるけど、コペン様に聞いてもいいけど『世界樹の葉』で死者が復活するなんて事は絶対にありませーん!」
「うっそー!?」
「まあ、たしかに世界樹の葉は生命力に溢れてるのは間違いないけど、だからといって、死んだ人間の口に世界樹のハーブティを与えたら生き返った、などという話があったら世界樹の木の葉っぱは全部刈り取られるぞー!ったくー」
「ス、スマン・・・」
「ったくー、アツモリのいたイズモの国では、トンデモナイ空想小説が流行っているとしか思えないから、本気で勘弁して欲しいぞ!!」
 エミーナは敦盛にブーブー文句を言ったけど、たしかに敦盛は今回もゲーム『ドナクエⅢ』に出てくる『世界樹の葉』の事を言ってしまったに過ぎない。エミーナが上手くフォローしたからシビックとココアに気付かれずに済んだけど、墓穴を掘る寸前だったのだ。エミーナが怒るのも無理ない・・・

「・・・あのさあ、『ババ抜き』から『ジジ抜き』に変えようぜ」
「「「「 いいよー 」」」」
 敦盛はあまりにも自分が最下位続きだから、別の遊びを提案した。ルシーダやフレア主任、シビック、ココアはアッサリ同意したけど、何故かエミーナは「ちょ、ちょっと待ったあ!」と言ってジジ抜きに変える事に抵抗した。
「あらっ?エミーナはジジ抜きを知らないの?」
 ルシーダはニコッとしながらエミーナに言ったけど、エミーナは額から汗を流しながら「い、いや、知ってる」と言ってる。
「それなら、別にババ抜きをジジ抜きに変えても問題ないでしょ?」
「そ、それはそうだけど・・・」
 エミーナはそう言いつつも「ババ抜きを続けようよ」と言って敦盛に同意を求めてる。でも、その態度でルシーダはピンと来た!

「・・・エミーナ!あんたさあ、イカサマしてるでしょ!」
「さ、さあ、何の事ですかあ?」

 ルシーダは超真面目な顔をしてエミーナに詰め寄ったけど、エミーナは額から汗を流しつつルシーダから視線を逸らして惚けている。
「エミーナ!正直に言わないと『懺悔コンフェション』の呪文を使うわよ!」
「あーっ!たかだがトランプ遊びごときでボクに疑いの目を向けるとは、聖職者にあるまじき発言だぞー」
「それなら、さっきからソワソワしているのは何故?」
「そ、それは・・・トイレにいきたいから」
「それは嘘です!さっきトイレにいったばかりです!」
「・・・・・」
「エミーナ!あんた、私の勘が正しければジョーカーに魔法で印をつけたでしょ!」
「「「「「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」」

 いきなりのエミーナの指摘に敦盛たちは思わず大声を上げてしまったが、エミーナは額に汗をかいたまま沈黙している。
「たしか魔術師の魔法の中には『追跡トラッキング』と言って、特定の物に魔法の印をつける魔術があった筈よ。私が知ってる限り、エミーナは今の今まで1回もジョーカーを引いてない!しかもゲーム中、ずうっとエミーナの右手はスタッフに添えたままにしてるから、ジョーカーから発せられる魔法の波動を検知してたんでしょ!」
「そ、それは推測に過ぎない!証拠はどこにある!!」
「証拠はないけど確信してます。もし自分がイカサマをしてないというなら、素直に『懺悔コンフェション』の呪文を受けなさい。もしエミーナがイカサマをしてなければ鉄槌は私に降りかかります。でも、イカサマをしていれば・・・」
「・・・・・」
「どうなの、エミーナ!」
「失礼しましたあ!」
 エミーナはガバッと両手を前にしてルシーダに平身低頭だ。つまりイカサマをしていたのを認めた訳だ。
「やれやれー、それじゃあ、最初から5人でババ抜きをやってたのと同じよー」
「ゴメン・・・」
「はーー・・・仕方ないからアツモリ、ババ抜きをやってもいいけど、エミーナのスタッフはアツモリが持ってね。そうすればエミーナは『追跡トラッキング』の波動を検知できなくなるわ」

 ババ抜きは再開されたが、エミーナのスタッフは敦盛がずっと持っているから、エミーナはイカサマを出来ない・・・

 エミーナは敦盛と同じくらいにジョーカーを引きまくり、引き運の悪さを露呈した。「これじゃあイカサマをしたくなるわね」とルシーダは同情したくなったけど、かと言ってイカサマをしたのは聖職者として認める訳にはいかない。

 敦盛もエミーナも、どちらも『運』だけは相当悪いようだ・・・
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