壺の中にはご馳走を

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一心同体③

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「俺は足がガクガクと震え始めていたけど、入口まで走って田中と前園の元へ急いだ。


『お前ら、大丈夫か!?』

 田中はあっけらかんとしていた。

『え? 何?』

 前園も

『岩橋ぃ? お前、奥まで行ってないだろ。早く行ってこいよー!』

 と茶化す。

 話を聞くと、俺は入ってから1分もしないうちに声をかけたのだという。


『俺、奥まで行ってきたから!! それより変なヤツが出てこなかったか?』

 2人は何も見ていなかった。


 この頬の傷は突風を顔に受けた時にできたものです。

 まだ治らずに跡になってます。


 ……話を戻して、俺は2人に風呂場で見たことを話した。

 そこで前園は白状した。

 あいつは怖くて、風呂場の手前までしか行っていなかった。

 となると、前園が聞いた音というのは、そいつらの可能性が高い。


 田中は

『でも、俺らは何も見てないし、お前もちょっと怪我しただけやろ? 気持ち悪いもんは、酒でも飲んで忘れようや!』

 と楽観的で、風呂場にいたものが何だったのか、突風と共にどこへ行ったのかについて、それ以上探れる空気ではなくなった。


 廃墟を後にした俺たちは、行きつけのチェーン店で酒とつまみを注文した。

『カンパーイ!』

『いやー、まさかホンモノを見ることになるとはなー』

『お前はビビってたんだろ? この目で見たのは俺だけなんだからな!』


 楽しくやってる俺たちを、じっと見つめる一人客がいた。

 その男は俺たちのテーブルに無断で割り込み、戸惑う俺たちを差し置いて、

『お前たちには悪いものが憑いている。今すぐにお祓いと受けないと――お前たちに良くないことが起こる』


 男は霊能力者だった。

 じゃあ、話はシンプルで、俺たちを怖がらせて、自分のポケットマネーにしてやろうって魂胆だ。

 普通はそう考える。

 偶然男が目を付けたタイミングと、俺たちが廃墟から帰ったタイミングが重なっただけだ。

 やってることの小賢しさに、俺は鼻で笑った。


 けれど、男は神社を紹介した。

 そこでは金は要らないし、業界で名高い神主がいるから、って。


 男が席を離れてから、前園は

『どーせ、神主とグルになってんだよ。何も信じらんねー世の中だなー』

 と受け流して、結局俺たちはお祓いを受けなかった。


 そして俺たちは後悔することになる。


 田中は夜、いつもの帰り道で、裸で走る人のようなものを見た。

 それは向かい側の歩道にいたが、数秒後には、田中へ向かって走ってくる。

 ぼんやりとして細部が見えないそれは、すれ違う時、『見えてる?』と言ったらしい。

 田中は今ノイローゼ気味で、精神が不安定になってしまった。

 一人暮らしができる状態ではなくなり、母親が地方から出てきて世話をすることになった。


 前園はコンビニアルバイトで夜勤をしてるんだけど、ある日、スキンヘッドの男が入店した。

 男は商品を持たずにレジに来た。

 訝しむ前園に、男はゆっくりと背中を向けた。

 背中は血まみれで、肉が見えた。

 視界に捉えた瞬間に前園は頭に強い衝撃を受け、その場で倒れた。

 不審人物を探るために店長と防犯カメラを見たけど、何も映っておらず、スキンヘッドの客すらいなかった。

 前園はその男の顔がどうしても思い出せないという」
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