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6.神の国
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ロッコは旅の途中で神様に出会いました。
この神様は学問に秀でていましたが、どうにも道を覚えるのが苦手でした。
ロッコが神様を見つけた時も、例の如く道に迷っていたのです。
神様は悟りの国へ行きたいそうです。
さらに悟りの道が開くような教えを授けに行くのだ、と言います。
ロッコは悟りの国がどこにあるか知っていたので、神様を案内しました。
ロッコは悟りの国には興味がありません。
悟りの国の住人たちは、幸福や不幸にこだわらないからです。
幸せでも不幸でもない場所に行きたいという彼の気持ちに共感してくれません。
残りわずかな幸福と旅をするロッコほど、目の前で起きることが幸福か不幸かを気にする人はいないでしょう。
神様はお礼にロッコにも教えを授けようとしましたが、ロッコは断りました。
少し残念そうな神様は、教えの代わりに1枚の札を差し出しました。
これは神の国へ入るのに必要な札です。
ロッコの手が札に触れた途端、目の前が眩しくなりました。
次に目を開けた時、ロッコは神の国の入口に立っていました。
「人間が何の用だ?」
蛙の門番が追い払おうとしますが、すぐに手元の札に気付き何度も謝罪をしました。
頑丈な扉が開かれ、ロッコは神の国に足を踏み入れました。
神の国にはたくさんの神様がいて、優雅に音楽を奏でたり酒を飲んだりしています。
「やあ、坊や。人間が来るなんて珍しいじゃないか」
絹のドレスをまとった女神が、ロッコをまじまじと見ます。
その視線に耐えられなくなったロッコは
「……神様に道案内をしたら、札をもらいました」
と証拠の札を見せました。
女神はふーん、と札をチラリとだけ見て、再びロッコを物珍しがります。
「ところでお前の頭には数字が浮いているが、これは何だい?」
ロッコは頭の上を確認し、まだ5であることにホッとしました。
「これは僕に残された幸せの数です。0にならないために、幸せでも不幸でもない場所を探しています。知りませんか?」
この女神は神様なのに、人間やその国のことは何も知らないのです。
しかし、これだけ多くの神様がいるのです。
一柱くらい知っている神様がいてもおかしくありません。
女神はロッコに良い情報を与えませんでした。
「どうして幸せでなくてはならない? 人間は幸せでなくとも生きていけるだろう?」
神様に人間の気持ちは分かってもらえないようです。
ロッコは神様が相手でも物怖じせず反論しました。
「不幸ばかりの人生は楽しくありません。不幸とはご飯が不味くなり、美しいメロディが雑音に変わり、走るのが遅くなり、いつ死んでしまうか不安になることです。悟りを開いて見方を変えたって、不幸は不幸ですよ。僕は幸せになれなくてもいいから、不幸にはなりたくないんです」
女神は上手に化粧した眉を悲しげに下げました。
「そうかい。お前の言っている不幸は、何か別のようにも感じられるけどね」
「?」
女神は続けます。
「幸せと不幸の狭間があるならば、きっとそれはお前にとって、とてもつまらないものだ。幼き人間よ、お前は実に可哀想だ」
ロッコと女神の会話を他の神様も見ていました。
酔っ払って赤ら顔の年老いた神様は
「幸せも不幸も知らぬ者が見つけられるわけあるまい」
とケラケラ笑いました。
小さな子供の姿をした神様は
「カワイソウ、カワイソウ」
と他の神様に泣きついています。
女神はもっと多くの話をしてみたかったのですが、この国にロッコはふさわしくないと思いました。
人間と仲良くしたい神様もいれば、馬鹿にしたり憎んだりする神様もいます。
もうじき人間に病気をもたらす神様が帰ってくることも分かっていました。
「お前はもうこの国を出るがいい。お前の探すものは、ここにはないよ」
ロッコは自分で望んで訪れたわけでもないのに、何だか追い出されそうになっていることに、やや不満を感じました。
「どうやって帰ればいいですか? 行きの道を知らないのに、帰りの道が分かりますか?」
この嫌味ったらしい言い方は、かつてロッコをいじめた近所の少年を真似したものです。
「真っ直ぐ歩けば、空の国に通じるよ。そうだ、札は返してもらうが、代わりにこれを持って行くといい」
札と取り替えたのは、皿でした。
女神が皿の淵をスーっと指でなぞると、皿の中心が光りました。
この女神は夢を司っていて、神様たちはいつも良い夢を見ることができます。
「これは一度だけお前が見たいものを映す。神の国を出てしまったらすぐに映し出されるから、後に取っておきたいなら裏返しにして伏せておくことだよ」
ロッコは女神の言う通り、間違って目に入らないように裏返しにしてリュックの中に入れました。
「ありがとうございます。さようなら」
ロッコは一息つく暇もなく、神の国を去りました。
神の国を出ると、地面に真っ白いモヤがかかっています。
道と呼べるものはなく、ただひたすら真っ直ぐ歩きました。
硬い岩でもフカフカのクッションでもない、足が着いているのかイマイチ分からない不思議な感覚に、ロッコはいつもより疲れてしまいました。
奇妙な地面に腰を下ろして休憩している時、ロッコは皿のことを考えました。
皿の力で幸せでも不幸でもない場所を見つけようというアイデアは、報われない旅を続けているロッコにうってつけでした。
いそいそとリュックから皿を取り出し、表にしました。
神の国では光っていた中心部分も、今は複数の絵の具を混ぜたようにぐちゃぐちゃになっています。
ロッコが皿を凝視していると、少しずつグルグルとマーブル模様になり、やがて眩しく光輝きました。
あまりの明るさに目を閉じると、ここではない場所の光景が広がりました。
ロッコは家族に囲まれ、11歳の誕生日を祝っています。
「おめでとう、ロッコ」
「今年もたくさんの幸せがあなたに降り注ぎますように」
両親も祖父母も弟たちも、微笑んでいます。
ロッコが頭の上を確認すると、64328555の数字が見えました。
家族の中、いえ幸福の国の中で最も大きな数字でしょう。
ロッコはケーキを思う存分食べ、家族に笑いかけ、ためらうことなく幸福を噛み締めました。
そして目が覚めました。
ロッコは神様からもらったたった一度きりのチャンスを、決して叶うことのない夢を見ることで終えてしまいました。
同時にロッコの頭上の数字は5から4になっていました。
今更になって、神様の言葉が頭をグルグルと駆け巡り始めました。
幸せとは、不幸とは一体何なのだろう。
そんなことを考えて歩いていると、空の国が見えてきました。
この神様は学問に秀でていましたが、どうにも道を覚えるのが苦手でした。
ロッコが神様を見つけた時も、例の如く道に迷っていたのです。
神様は悟りの国へ行きたいそうです。
さらに悟りの道が開くような教えを授けに行くのだ、と言います。
ロッコは悟りの国がどこにあるか知っていたので、神様を案内しました。
ロッコは悟りの国には興味がありません。
悟りの国の住人たちは、幸福や不幸にこだわらないからです。
幸せでも不幸でもない場所に行きたいという彼の気持ちに共感してくれません。
残りわずかな幸福と旅をするロッコほど、目の前で起きることが幸福か不幸かを気にする人はいないでしょう。
神様はお礼にロッコにも教えを授けようとしましたが、ロッコは断りました。
少し残念そうな神様は、教えの代わりに1枚の札を差し出しました。
これは神の国へ入るのに必要な札です。
ロッコの手が札に触れた途端、目の前が眩しくなりました。
次に目を開けた時、ロッコは神の国の入口に立っていました。
「人間が何の用だ?」
蛙の門番が追い払おうとしますが、すぐに手元の札に気付き何度も謝罪をしました。
頑丈な扉が開かれ、ロッコは神の国に足を踏み入れました。
神の国にはたくさんの神様がいて、優雅に音楽を奏でたり酒を飲んだりしています。
「やあ、坊や。人間が来るなんて珍しいじゃないか」
絹のドレスをまとった女神が、ロッコをまじまじと見ます。
その視線に耐えられなくなったロッコは
「……神様に道案内をしたら、札をもらいました」
と証拠の札を見せました。
女神はふーん、と札をチラリとだけ見て、再びロッコを物珍しがります。
「ところでお前の頭には数字が浮いているが、これは何だい?」
ロッコは頭の上を確認し、まだ5であることにホッとしました。
「これは僕に残された幸せの数です。0にならないために、幸せでも不幸でもない場所を探しています。知りませんか?」
この女神は神様なのに、人間やその国のことは何も知らないのです。
しかし、これだけ多くの神様がいるのです。
一柱くらい知っている神様がいてもおかしくありません。
女神はロッコに良い情報を与えませんでした。
「どうして幸せでなくてはならない? 人間は幸せでなくとも生きていけるだろう?」
神様に人間の気持ちは分かってもらえないようです。
ロッコは神様が相手でも物怖じせず反論しました。
「不幸ばかりの人生は楽しくありません。不幸とはご飯が不味くなり、美しいメロディが雑音に変わり、走るのが遅くなり、いつ死んでしまうか不安になることです。悟りを開いて見方を変えたって、不幸は不幸ですよ。僕は幸せになれなくてもいいから、不幸にはなりたくないんです」
女神は上手に化粧した眉を悲しげに下げました。
「そうかい。お前の言っている不幸は、何か別のようにも感じられるけどね」
「?」
女神は続けます。
「幸せと不幸の狭間があるならば、きっとそれはお前にとって、とてもつまらないものだ。幼き人間よ、お前は実に可哀想だ」
ロッコと女神の会話を他の神様も見ていました。
酔っ払って赤ら顔の年老いた神様は
「幸せも不幸も知らぬ者が見つけられるわけあるまい」
とケラケラ笑いました。
小さな子供の姿をした神様は
「カワイソウ、カワイソウ」
と他の神様に泣きついています。
女神はもっと多くの話をしてみたかったのですが、この国にロッコはふさわしくないと思いました。
人間と仲良くしたい神様もいれば、馬鹿にしたり憎んだりする神様もいます。
もうじき人間に病気をもたらす神様が帰ってくることも分かっていました。
「お前はもうこの国を出るがいい。お前の探すものは、ここにはないよ」
ロッコは自分で望んで訪れたわけでもないのに、何だか追い出されそうになっていることに、やや不満を感じました。
「どうやって帰ればいいですか? 行きの道を知らないのに、帰りの道が分かりますか?」
この嫌味ったらしい言い方は、かつてロッコをいじめた近所の少年を真似したものです。
「真っ直ぐ歩けば、空の国に通じるよ。そうだ、札は返してもらうが、代わりにこれを持って行くといい」
札と取り替えたのは、皿でした。
女神が皿の淵をスーっと指でなぞると、皿の中心が光りました。
この女神は夢を司っていて、神様たちはいつも良い夢を見ることができます。
「これは一度だけお前が見たいものを映す。神の国を出てしまったらすぐに映し出されるから、後に取っておきたいなら裏返しにして伏せておくことだよ」
ロッコは女神の言う通り、間違って目に入らないように裏返しにしてリュックの中に入れました。
「ありがとうございます。さようなら」
ロッコは一息つく暇もなく、神の国を去りました。
神の国を出ると、地面に真っ白いモヤがかかっています。
道と呼べるものはなく、ただひたすら真っ直ぐ歩きました。
硬い岩でもフカフカのクッションでもない、足が着いているのかイマイチ分からない不思議な感覚に、ロッコはいつもより疲れてしまいました。
奇妙な地面に腰を下ろして休憩している時、ロッコは皿のことを考えました。
皿の力で幸せでも不幸でもない場所を見つけようというアイデアは、報われない旅を続けているロッコにうってつけでした。
いそいそとリュックから皿を取り出し、表にしました。
神の国では光っていた中心部分も、今は複数の絵の具を混ぜたようにぐちゃぐちゃになっています。
ロッコが皿を凝視していると、少しずつグルグルとマーブル模様になり、やがて眩しく光輝きました。
あまりの明るさに目を閉じると、ここではない場所の光景が広がりました。
ロッコは家族に囲まれ、11歳の誕生日を祝っています。
「おめでとう、ロッコ」
「今年もたくさんの幸せがあなたに降り注ぎますように」
両親も祖父母も弟たちも、微笑んでいます。
ロッコが頭の上を確認すると、64328555の数字が見えました。
家族の中、いえ幸福の国の中で最も大きな数字でしょう。
ロッコはケーキを思う存分食べ、家族に笑いかけ、ためらうことなく幸福を噛み締めました。
そして目が覚めました。
ロッコは神様からもらったたった一度きりのチャンスを、決して叶うことのない夢を見ることで終えてしまいました。
同時にロッコの頭上の数字は5から4になっていました。
今更になって、神様の言葉が頭をグルグルと駆け巡り始めました。
幸せとは、不幸とは一体何なのだろう。
そんなことを考えて歩いていると、空の国が見えてきました。
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