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朝日の差す、閑静な住宅街。その角にある白く大きな屋敷の前に音もなく車を寄せると、今村秋人は静かにエンジンを切った。
腕時計を見れば、予定の時間五分前だった。待っていればアイツは来るだろう。それまでの時間潰しに、と、今村はスーツのポケットから煙草を取り出し口に咥えた。
まだ数ミリしか煙草を吸っていないうちに、相棒は来た。
「おはようございます」
グレーのパンツスーツに活発そうなショートカットの女性は、運転席の窓ガラス越しにぺこりと小さく頭を下げる。その姿を見て、今村は大きく息を吸うと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「それ、ウィッグってやつですか?」
「え?」
大きな瞳をぱちぱちと瞬き、女性は狼狽する。「またいつものお遊びですか?」
「もう! ほんとに姉さんも義兄さんも信じられないっ!」
大声で文句を垂れながら、長谷川琴名は部屋の中を走り回っていた。「まあまあ、いつものことだろう?」「いつものことだと困るんです!」危機感をまったく感じていない義兄――増田瑛祐をぎっと睨みつける。
「姉さんったら、いつの間にウィッグなんか……。髪を切った意味がない……」
慌ただしく髪の毛を整え、軽くメイクをする。「帰ってきたら説教ですよ、説教!」
こういう時、正義感の強すぎる義妹と同居していると思わず肩を竦めたくなる。まあ、確かに度が過ぎるお遊びかもしれないが、それでも瑛祐が放っておくのは、義妹の上司がしっかりしすぎているからに他ならない。今頃、玄関の前では立ち話でもしてるのかな、と思いながら、買ったばかりの新しいコーヒー豆を挽くのだった。
目の前の女性は、今村から微妙に視線をずらしながら、指先で髪の毛を弄っている。
「ええと……捜査に行かなくちゃダメですよね?」
「まだ長谷川が来ていませんよ、琴子さん」
「わたしは琴名で――」「まだ刑事に嘘つきます? お姉さん」
うぐ、と、琴名の変装をした琴子が黙る。今度ばかりは大丈夫だと思ったのに。生の殺人現場とか、聞き込みとか、鑑識とか、そんなミステリマニアの心を擽る展開を期待していたのに。
「ずるいです、今村さん」
「言いがかりです」
「姉さん! あっ、今村さんお疲れ様です!!」
「まだ朝だから疲れてない」
失礼、と断って、今村は新しい煙草に火をつける。
「まったく、その癖治してよ! 真剣に仕事に支障が出るの!」
「だってぇ……琴名ちゃんだけ楽しい思いしてると思うと羨ましくて……」
「あのね、仕事だから。人、死んでるから。羨ましいとか、そんなのは刑事になってから言ってちょうだい!」
琴名が怒鳴った瞬間、琴子の顔がぱぁっと輝く。「そうね、それが一番の解決方法ね」「え?」「わたし、刑事になる試験を受ける!」
「……はぁぁ!?」
素っ頓狂な声をあげる琴名に対して、双子の姉はキラキラとした表情を浮かべながら胸の前で手を組んだ。
「どうして今まで気づかなかったのかしら。自分が刑事になれば、わざわざ琴名ちゃんの真似しなくてもいいのよね。ね、今村さん、良い案ね」
「非情に結構だと思います」
「ちょっと、先輩、適当なこと――」「行くぞ、長谷川」
軽く琴子に向かって頭を下げ、今村は運転席に乗り込む。助手席側に回りこみながら、琴名が「帰ってきたら説教だから!」と叫んだ。
二人が乗った車が小さくなるまで見送った琴子は、足取り軽く我が家へと戻った。もちろん、大好きな双子の妹がくれた、『とても良い案』を旦那である瑛祐に伝えるために。
腕時計を見れば、予定の時間五分前だった。待っていればアイツは来るだろう。それまでの時間潰しに、と、今村はスーツのポケットから煙草を取り出し口に咥えた。
まだ数ミリしか煙草を吸っていないうちに、相棒は来た。
「おはようございます」
グレーのパンツスーツに活発そうなショートカットの女性は、運転席の窓ガラス越しにぺこりと小さく頭を下げる。その姿を見て、今村は大きく息を吸うと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「それ、ウィッグってやつですか?」
「え?」
大きな瞳をぱちぱちと瞬き、女性は狼狽する。「またいつものお遊びですか?」
「もう! ほんとに姉さんも義兄さんも信じられないっ!」
大声で文句を垂れながら、長谷川琴名は部屋の中を走り回っていた。「まあまあ、いつものことだろう?」「いつものことだと困るんです!」危機感をまったく感じていない義兄――増田瑛祐をぎっと睨みつける。
「姉さんったら、いつの間にウィッグなんか……。髪を切った意味がない……」
慌ただしく髪の毛を整え、軽くメイクをする。「帰ってきたら説教ですよ、説教!」
こういう時、正義感の強すぎる義妹と同居していると思わず肩を竦めたくなる。まあ、確かに度が過ぎるお遊びかもしれないが、それでも瑛祐が放っておくのは、義妹の上司がしっかりしすぎているからに他ならない。今頃、玄関の前では立ち話でもしてるのかな、と思いながら、買ったばかりの新しいコーヒー豆を挽くのだった。
目の前の女性は、今村から微妙に視線をずらしながら、指先で髪の毛を弄っている。
「ええと……捜査に行かなくちゃダメですよね?」
「まだ長谷川が来ていませんよ、琴子さん」
「わたしは琴名で――」「まだ刑事に嘘つきます? お姉さん」
うぐ、と、琴名の変装をした琴子が黙る。今度ばかりは大丈夫だと思ったのに。生の殺人現場とか、聞き込みとか、鑑識とか、そんなミステリマニアの心を擽る展開を期待していたのに。
「ずるいです、今村さん」
「言いがかりです」
「姉さん! あっ、今村さんお疲れ様です!!」
「まだ朝だから疲れてない」
失礼、と断って、今村は新しい煙草に火をつける。
「まったく、その癖治してよ! 真剣に仕事に支障が出るの!」
「だってぇ……琴名ちゃんだけ楽しい思いしてると思うと羨ましくて……」
「あのね、仕事だから。人、死んでるから。羨ましいとか、そんなのは刑事になってから言ってちょうだい!」
琴名が怒鳴った瞬間、琴子の顔がぱぁっと輝く。「そうね、それが一番の解決方法ね」「え?」「わたし、刑事になる試験を受ける!」
「……はぁぁ!?」
素っ頓狂な声をあげる琴名に対して、双子の姉はキラキラとした表情を浮かべながら胸の前で手を組んだ。
「どうして今まで気づかなかったのかしら。自分が刑事になれば、わざわざ琴名ちゃんの真似しなくてもいいのよね。ね、今村さん、良い案ね」
「非情に結構だと思います」
「ちょっと、先輩、適当なこと――」「行くぞ、長谷川」
軽く琴子に向かって頭を下げ、今村は運転席に乗り込む。助手席側に回りこみながら、琴名が「帰ってきたら説教だから!」と叫んだ。
二人が乗った車が小さくなるまで見送った琴子は、足取り軽く我が家へと戻った。もちろん、大好きな双子の妹がくれた、『とても良い案』を旦那である瑛祐に伝えるために。
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*作者ご都合主義の世界観のフィクションです
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