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オープニング
3.楽しい王立植物研究所(アンナリーナ)
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今日から王立植物研究所の職員見習いとして働くことになった。
一年間は無給だけれど、先輩たちから正職員になるために必要な知識を教えてもらえるらしい。しっかりと勉強して絶対に正職員になってやる。辛くても私は負けない。
「嬉しそうだな、アンナリーナ」
只今、義兄の馬に乗せてもらって一緒に出勤中なのである。
「ベルトルド兄様、私は正職員になれるように頑張りますからね。そうしたら、自分の生活費ぐらい出せますから」
「無理はしなくてもいいんだぞ。辛かったら辞めてもいい。俺の給金だけで十分暮らしていけるから」
騎士のお給金は高い。確かに義兄の稼ぎで四人くらいは余裕で暮らしてはいけるはず。だけど、私も領地の役に立ちたいし、ちゃんとお仕事をしたい。だから、頑張るのはお金のためだけではない。気軽に辞めてもいいなんて言わないで欲しい。過保護な義兄なので『辛くても頑張れ』なんて言うわけはないけれど。ちょっともやもやする。
王立植物研究所も騎士団本部も王宮の中にある。王族や来客は正門より出入りするが、私たちは勤め人用の通用門を使う。そこで馬から降ろしてもらった。義兄は心配してついてこようとしたが、何とか断って一人で王立植物研究所へ向かうことにする。
「本当に一人で大丈夫か?」
義兄はどこまでも過保護だ。
「大丈夫だから」
精一杯の笑顔を見せたけれど、それでも義兄は動かない。もう無視して歩き出すことにした。
しばらく歩いていると、隣に大きな温室がある目立つ建物が現れた。聞いていた通りなので、あれが王立植物研究所に違いない。迷うことなく着くことができで本当に良かった。
王立植物研究所の中は思ったより雑然としていた。
「ようこそ王立植物研究所へ。私は副所長を務めているガイオだ。よろしくな。残念なことに今年ここの見習い希望があったのは君だけだ。ここでは職員だけで全てを行う。植物の世話も採取もだ。貴族令嬢とはいえ、これらを全てやってもらうから。それが嫌なら今のうちに辞めた方がいい」
挨拶に現れた副所長はまだ若い男性。しかし、白い上着は随分とくたびれていて、長めの黒髪も碌に手入れをされていないようなので、若々しさは感じない。よく見ると整った顔をしているが、どこか気怠そうに見える。
副所長は公爵家の三男で母方の伯爵位を継いでいるシルヴァーノ・ガイオだと聞いている。彼の最初の挨拶はとても辛辣だった。
それでも、お客さん扱いではなく、ちゃんと戦力として扱ってくれそうなのが嬉しい。領地では花や野菜を育てていたので、土いじりは大好きだ。もちろん抵抗などは全く感じない。
それから、いつも近くの森へ採取に行っていたので、採取はちょっと得意かもしれない。
私にだってできることがある。それはとてもやりがいがあることだと感じていた。
研究所の人たちは皆白い上着を着ていた。私の着ているような簡素なドレスの上から羽織ることができる女性向けの上着もあり、副所長自ら探し出して貸してくれた。
数年に一度くらいの頻度で女性の志望者がいるけれど、仕事がきついのですぐに辞めてしまうらしい。それなので、古着のはずのその上着はほぼ新品だった。
午前中は大きな円匙を渡され、実験用の畑を耕し、野菜の種を植えることになった。
大きく育つことを願って、心を込めて土に種をまいていく。そして、丁寧に水をやった。
水の入った桶は重たかったけれど、野菜のためだから頑張ることができる。
「すぐに音を上げると思ったが、最後まで良く頑張ったな」
ガイオ副所長が笑顔で褒めてくれた。
「ありがとうございます」
私のような新人に実験野菜を植えるという重要な仕事を任せてくれて、おまけにその仕事を褒めてくれる。副所長は見かけよりもずっといい人らしい。
午後になると、副所長を含む職員の方々に植物学の講義をしてもらった。
分類学や薬学のような難しい講義から、実際の植物の育て方や害虫の駆除方法まで、本当に幅が広い。どれもこれもとても興味深く、有意義な講義だった。
一年間はこうして、半日作業して半日は講義を受けるらしい。
最初は新しい環境に慣れることができるか不安だったけれど、王立植物研究所は幸せすぎて舞い上がってしまうほどの素晴らしい職場だった。
研究所の職員は三十名ほど。年々志望者は少なくなっていっているという。
宮廷医師団には、ロベール・ラロック様という美形の若き男性医師と、ライザ・クレイヴン様という、聖女と呼ばれているほど優しくて美しい女性医師がいる。
騎士団には若き美丈夫の副団長が、王宮の事務官には容姿端麗で頭脳明晰な宰相子息がおり、音楽院には天使と呼ばれている伯爵令嬢がいる。
そんな華やかな場所に新人を取られ、土をいじるような地味な仕事は、貴族の男女共に人気がないらしい。
「国の食料に関する重要な機関なのに、本当に嘆かわしい」
副所長は悔しそうに呟く。植物が大好きな職員の方々も頷いている。私もそう思うし、同期がいないことはとても寂しい。でも、新人が一人だからこそ手厚く教育してもらえそうなので、それは良かったかなと思う。
この植物研究所では、寒さや暑さ、渇きや水没に強い野菜や果物の研究をしているらしい。そういう植物が開発できると、今まで作物の育たない貧しい領地だったところが、豊かな作物の宝庫に変わるかもしれない。ここの仕事は国にとっても民にとっても本当に重要だと思う。そして、そのお手伝いができることにとてもやりがいを感じている。
王立植物研究所の所長は年配の公爵で、あまり出勤してこない。だから、実権は副所長が握っていると言っていいようだ。副所長は貴族なのに身なりを全く気にしない人で、いつも髪の毛に寝癖がついていて、服も常に白衣で過ごしているけれど、植物に向ける愛はとても深い。彼を知れば知るほど尊敬の念が沸き上がる。
私は、副所長たちの講義も、畑の仕事も大好きになった。
水は重たいし、土を耕すのは大変。それに、頭がねじ切れるのではないかと思うほど難しい講義もあるけれど、それでも毎日がとても楽しい。
こうして、あっという間に入所から一か月が経ち、宮廷医師団と合同で森へ薬草採取に行くことになった。
一年間は無給だけれど、先輩たちから正職員になるために必要な知識を教えてもらえるらしい。しっかりと勉強して絶対に正職員になってやる。辛くても私は負けない。
「嬉しそうだな、アンナリーナ」
只今、義兄の馬に乗せてもらって一緒に出勤中なのである。
「ベルトルド兄様、私は正職員になれるように頑張りますからね。そうしたら、自分の生活費ぐらい出せますから」
「無理はしなくてもいいんだぞ。辛かったら辞めてもいい。俺の給金だけで十分暮らしていけるから」
騎士のお給金は高い。確かに義兄の稼ぎで四人くらいは余裕で暮らしてはいけるはず。だけど、私も領地の役に立ちたいし、ちゃんとお仕事をしたい。だから、頑張るのはお金のためだけではない。気軽に辞めてもいいなんて言わないで欲しい。過保護な義兄なので『辛くても頑張れ』なんて言うわけはないけれど。ちょっともやもやする。
王立植物研究所も騎士団本部も王宮の中にある。王族や来客は正門より出入りするが、私たちは勤め人用の通用門を使う。そこで馬から降ろしてもらった。義兄は心配してついてこようとしたが、何とか断って一人で王立植物研究所へ向かうことにする。
「本当に一人で大丈夫か?」
義兄はどこまでも過保護だ。
「大丈夫だから」
精一杯の笑顔を見せたけれど、それでも義兄は動かない。もう無視して歩き出すことにした。
しばらく歩いていると、隣に大きな温室がある目立つ建物が現れた。聞いていた通りなので、あれが王立植物研究所に違いない。迷うことなく着くことができで本当に良かった。
王立植物研究所の中は思ったより雑然としていた。
「ようこそ王立植物研究所へ。私は副所長を務めているガイオだ。よろしくな。残念なことに今年ここの見習い希望があったのは君だけだ。ここでは職員だけで全てを行う。植物の世話も採取もだ。貴族令嬢とはいえ、これらを全てやってもらうから。それが嫌なら今のうちに辞めた方がいい」
挨拶に現れた副所長はまだ若い男性。しかし、白い上着は随分とくたびれていて、長めの黒髪も碌に手入れをされていないようなので、若々しさは感じない。よく見ると整った顔をしているが、どこか気怠そうに見える。
副所長は公爵家の三男で母方の伯爵位を継いでいるシルヴァーノ・ガイオだと聞いている。彼の最初の挨拶はとても辛辣だった。
それでも、お客さん扱いではなく、ちゃんと戦力として扱ってくれそうなのが嬉しい。領地では花や野菜を育てていたので、土いじりは大好きだ。もちろん抵抗などは全く感じない。
それから、いつも近くの森へ採取に行っていたので、採取はちょっと得意かもしれない。
私にだってできることがある。それはとてもやりがいがあることだと感じていた。
研究所の人たちは皆白い上着を着ていた。私の着ているような簡素なドレスの上から羽織ることができる女性向けの上着もあり、副所長自ら探し出して貸してくれた。
数年に一度くらいの頻度で女性の志望者がいるけれど、仕事がきついのですぐに辞めてしまうらしい。それなので、古着のはずのその上着はほぼ新品だった。
午前中は大きな円匙を渡され、実験用の畑を耕し、野菜の種を植えることになった。
大きく育つことを願って、心を込めて土に種をまいていく。そして、丁寧に水をやった。
水の入った桶は重たかったけれど、野菜のためだから頑張ることができる。
「すぐに音を上げると思ったが、最後まで良く頑張ったな」
ガイオ副所長が笑顔で褒めてくれた。
「ありがとうございます」
私のような新人に実験野菜を植えるという重要な仕事を任せてくれて、おまけにその仕事を褒めてくれる。副所長は見かけよりもずっといい人らしい。
午後になると、副所長を含む職員の方々に植物学の講義をしてもらった。
分類学や薬学のような難しい講義から、実際の植物の育て方や害虫の駆除方法まで、本当に幅が広い。どれもこれもとても興味深く、有意義な講義だった。
一年間はこうして、半日作業して半日は講義を受けるらしい。
最初は新しい環境に慣れることができるか不安だったけれど、王立植物研究所は幸せすぎて舞い上がってしまうほどの素晴らしい職場だった。
研究所の職員は三十名ほど。年々志望者は少なくなっていっているという。
宮廷医師団には、ロベール・ラロック様という美形の若き男性医師と、ライザ・クレイヴン様という、聖女と呼ばれているほど優しくて美しい女性医師がいる。
騎士団には若き美丈夫の副団長が、王宮の事務官には容姿端麗で頭脳明晰な宰相子息がおり、音楽院には天使と呼ばれている伯爵令嬢がいる。
そんな華やかな場所に新人を取られ、土をいじるような地味な仕事は、貴族の男女共に人気がないらしい。
「国の食料に関する重要な機関なのに、本当に嘆かわしい」
副所長は悔しそうに呟く。植物が大好きな職員の方々も頷いている。私もそう思うし、同期がいないことはとても寂しい。でも、新人が一人だからこそ手厚く教育してもらえそうなので、それは良かったかなと思う。
この植物研究所では、寒さや暑さ、渇きや水没に強い野菜や果物の研究をしているらしい。そういう植物が開発できると、今まで作物の育たない貧しい領地だったところが、豊かな作物の宝庫に変わるかもしれない。ここの仕事は国にとっても民にとっても本当に重要だと思う。そして、そのお手伝いができることにとてもやりがいを感じている。
王立植物研究所の所長は年配の公爵で、あまり出勤してこない。だから、実権は副所長が握っていると言っていいようだ。副所長は貴族なのに身なりを全く気にしない人で、いつも髪の毛に寝癖がついていて、服も常に白衣で過ごしているけれど、植物に向ける愛はとても深い。彼を知れば知るほど尊敬の念が沸き上がる。
私は、副所長たちの講義も、畑の仕事も大好きになった。
水は重たいし、土を耕すのは大変。それに、頭がねじ切れるのではないかと思うほど難しい講義もあるけれど、それでも毎日がとても楽しい。
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