不人気乙女ゲームに転生した聖女は最強の卑屈騎士を救いたい

鈴元 香奈

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ヤンデレ医師編

3.ベルトルドの治療(ライザ)

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 ぽた、ぽた。右手に雫が落ちている。
 雨が降って来たのかと思い目を開けると、目の前には柔らかな茶色の髪。一体何があったの?
 
 霞がかかったようだった頭がようやくはっきりとしてくると、なんと、私はベルトルドの右肩に頭を乗せていた。
「ベルトルド?」
 これは駄目だ。今日初めて会ったのに呼び捨てにしてしまった。ゲームプレイ中はそう呼んでいたのでつい口にしてしまう。

「ライザ様、気がつかれたのですね? 本当に良かった」
 ベルトルドは名前呼びを軽く無視してくれたので助かった。私も知らないふりをしておこう。

 とにかく崖から落ちた事だけは覚えている。ベルトルドが駆け寄ってきて一緒に落ちてしまったのだった。そこから何も覚えていない。
 そして、今はベルトルドの右腕に座り、彼の体にもたれかかるような体勢になっている。

 ベルトルドは平坦な場所をゆっくりと歩いていた。横には川が流れ、反対側は高い崖になっている。
 あの高さから落ちたはずなのにどこも痛くはない。どこも怪我をしていないようだった。
「アントンソンさんが助けてくださったのですね。ありがとうございます」
「いえ、落ちる前に止めるべきでした。私の失態です。本当に申し訳ありません」
「アントンソンさんの失態ではなりません。薬草採取に夢中になった私が悪いのです」
 ガイオ副所長からも崖があるから気をつけろと注意があったのに、薬草の群生を見つけたからと下を見ずに進んでしまった。
「そんなことはありません。悪いのは私です。護衛騎士として失格です」
 本当に馬鹿な私。ゲームの進行にこだわるあまり、低い崖からわざと落ちようと思っていた。もし、それで私が怪我をしたら、護衛騎士のベルトルドが責任を問われることになるかもしれないのに。


 また雫が落ちるのを感じる。雨は降っていない。思わず右手を上げてみると、真っ赤に染まっていた。でも私の血でない。上方を見てみると、ベルトルドの頭から血が流れ落ちている。
「止まって!」
 思わずベルトルドにそうお願いした。

「ライザ様、申し訳ありませんがもう少し我慢してください。今止まると再び歩き出せなくなるかもしれませんので」
 ベルトルドの様子が明らかにおかしい。呼吸が荒く頬に接する首筋はとても熱い。
 私はもう一度お願いした。
「お願い。私を下に降ろして!」
 少し躊躇いを見せた後、彼はゆっくりと私を地面に降ろした。

 ベルトルドを正面から見ると、左腕にはぼろ布のようになった騎士服の袖がまとわりついているだけ。露出した腕の皮がはぎ取られて、血が滴っている。しかも変な角度に曲がっていて、骨が少し肌を突き破って外に出ていた。
 頭からも血が流れ出ていて、彼の顔の左半分が血まみれになっている。

「お願い! ここに座って!」
 早く治療をしなければ。思った以上に出血量が多い。

「早く森を抜けなければ皆が心配します。ライザ様が可能であれば、このまま出発したいのですが」
「何を言っているの! 早く治療をしなければ命にかかわるわよ」
「しかし、私にはライザ様をお守りするという任務があり」
「これは医師としての命令です。早く座ってください」
 私の勢いに押されてか、岩を背に座り込むベルトルド。彼の長い脚が投げ出された。
 その姿はゲームで描かれた一枚の絵を思い出させた。そう、ゲームと全く同じ展開になっている。

 折れた肋骨を治療するため、胸を露わにしたベルトルド。その色気溢れるスチルに、私は萌えてしまったのだ。ゲームの最初で見た、攻略できないベルトルドのこの姿に心奪われてしまった。彼は隠しキャラに違いないと、全ての攻略対象をクリアしたのに、それは無駄な努力に終わったけど。本当に意味不明なゲームだった。

 でも、これは現実だ。微妙に患部が隠されていたゲームのスチルとは違い、ベルトルドの頭と左腕から血が溢れ出ていている。
「肋骨を痛めていますか?」
 答えることを少しためらうベルトルド。しかし、正直に申告することにしたらしい。
「はい。落ちる時石にぶつけたようで、ひびが入っていると思われます」
 しゃべるのも苦しそう。
 この状態で私を抱えてよく運べたものだと感心する。どれ程痛かったのだと思うと涙が出そうになるけれど、今は泣いている暇などない。私は彼を治療することができるのだから。

「肋骨が折れていて、内臓に刺さっては大変なことになります。早急に治療しなければなりません。ご存知だと思いますけれど、聖魔法は直接肌に手を触れることによって発動します。だから、上の服を脱がせますね」
 治療以外の意図などないのに、何だかドキドキしてしまう。
「いいえ、ライザ様にそんなことをさせられません。自分で脱ぎますから」
 焦ったのか、ベルトルドは首を勢いよく振って拒否する。すると血が辺りに飛び散った。
「申し訳ありません」
 私の白いブラウスに血の斑点ができて、ベルトルドは慌てて謝った。

「貴方の片腕は折れていますので、私が脱がせた方が早いです。治療には激痛が伴います。普段は専用の痛み止めを用いるのですが、薬を入れた鞄は崖の上に置いてきてしまっていますので、今は持っていません。もし、肋骨が折れていた場合、腕を先に治療すると、痛みのため体が動き内臓を傷つける可能性があります。聖魔法は万能ではありません。内臓が大きく傷ついたら、治療が間に合わないかもしれないのです」
「し、しかし」
「これは、医師としての命令です。従ってください」
「は、はい」
 俯くベルトルドの上着のボタンを外し、中のシャツを慎重にめくり上げる。
 何だが彼を襲っているようで後ろめたい。これは医療行為だと自分に言い聞かせる。

 彼の割れた腹筋が現れた。脇腹が青く変色している。絵と全く同じポーズだ。ここまで再現しなくてもいいのに。
 煩悩に囚われそうになる心を抑えて、私は治療を始めた。

 ベルトルドの美しい体に手を触れるのは少しためらいを感じたが、そんなことは言っていられない。
 とにかく聖魔法を発動する。手を置いた場所の情報が頭に入ってくる。やはり肋骨は折れていた。
 
 ベルトルドは、こんな体で私を抱えてここまで歩いて来た。どれほど辛かったのだろうか。
 折れた部分の骨が再生するイメージを頭に描きながら、添えた手に力を込める。
「うぅ」
 ベルトルドの口からうめき声が漏れる。今まさに激痛が襲っているはず。歯を食いしばり耐えているベルトルド。

「痛いですよね。ごめんなさい」
 これほどの苦痛を与えることになったのは、全部私のせいだ。歯を食いしばっているために声を出せないベルトルドは、それでも小さく首を振ってくれた。
 

 この世界はヒロインであるアンナリーナにも、当て馬である私たちにも優しい。でも、ベルトルドだけにはとても厳しい世界だ。
 何度も酷い怪我をして、何度も死んだ。そんな傷だらけの彼を観て、画面の向こうの出来事だったにも拘わらず、私は何度も泣いた。
 ベルトルドが死ぬことだけは何とか回避できたとしても、傷つくことは止められないかもしれない。そう思うと、知らず知らずに泣いてしまっていた。

 私の涙を見てベルトルドが驚く。
「ライザ様も辛いのですか? それならば、私は治療を受けなくても大丈夫ですから」
「違います。私に痛みはありません。ただ、アントンソンさんがとても痛そうだったから。だから」
「私は大丈夫です。ただ、ライザ様の魔力を使わせてしまうのが心苦しいです」
「そんなこと、怪我人が心配しないでください」
 私は心を平常に保つように努力して、ただひたすらベルトルドの治療を行った。
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