不人気乙女ゲームに転生した聖女は最強の卑屈騎士を救いたい

鈴元 香奈

文字の大きさ
8 / 30
ヤンデレ医師編

5.ライザの幸せ(同僚医師マリー)

しおりを挟む
「ライザ様!」
 隣の治療室で大声がした。
 急いで治療室のドアを開けると、半裸のアントンソンさんがライザを腕にかかえている。ライザは聖魔法の過剰使用で意識を失ってしまったようだった。

「患者さんにお願いするのも悪いと思うのだけれど、ライザをベッドまで運んでもらっていいかしら?」
 私一人ではとても彼女を運べそうにないので、アントンソンさんにそうお願いしてみた。深手を負った状態でもライザを右手一本で運ぶことができたのだから、治療が進んでいる今なら彼の負担になることはないだろう。

「もちろんです。どこへお連れすればよろしいですか?」
 そう言うと、彼は軽々とライザを抱き上げた。
 部屋の奥のカーテンを開けると、その向こうにはベッドが二つ並んでいる。
 私は手前のベッドを指差した。
「そのベッドに寝かせてくれる?」
「畏まりました」
 丁寧にライザをベッドに寝かせるアントンソンさん。それから心配そうにライザを見つめたまま、破れた騎士服のボタンを止めてマントを羽織った。
「アントンソンさん、そんなに心配しなくても、ライザは大丈夫よ。ちょっと聖魔法を使いすぎただけだから。少し眠れば回復するわ」
 そう言っても、彼は未だに目を閉じたままのライザを心配そうに眺めていた。

「不甲斐ない私のせいで、ライザ様に無理をさせてしまいました」
 アントンソンさんは本当に落ち込んでいるようだった。でも、彼はライザを助けてくれたのだ。あの時、ライザが単独で崖から落ちてしまっていたら、私一人ではとても助けることができないほどの怪我を負ったに違いない。
 アントンソンさんはまさしくライザの命の恩人なのに。

 それにしても、腕の骨と肋骨が折れた状態で、気を失ったライザを抱えて運んでくれたのでしょう? どこに不甲斐ない要素があったのかと問い詰めたい気分。だけど、かなり落ち込んでいる様子のアントンソンさんにそんなことを訊ける雰囲気ではなかった。

「ありがとうございます。ライザを助けてくれて」
 とにかくお礼だけは言っておかないと。
「いえ、助けていただいたのは私です。ライザ様には感謝してもしきれません。それなのに、こんな私の治療のために、ライザ様が気を失ってしまわれた……」
 アントンソンさんは更に深く落ち込んでしまった。ちょっと面倒かも。

「あの、ライザが崖から落ちたのがそもそもの原因ですからね。アントンソンさんが庇ってくれなければライザが酷い怪我を負ったはずなの。そうなると魔力の少ない私では治療できなかったわ。だから、ライザだって貴方に感謝しているはずよ。もちろん私もね」
 私にはライザほどの聖魔法は使えない。ライザが大怪我をしたとしても、私では治せなかった。最悪これほどの有能な医師を失うことになっていたかもしれない。

「私は騎士として当然のことをしただけです。でも、ライザ様のお役に立てたのならとても光栄です」
 アントンソンさんはようやく安心したのか、少し表情を緩めた。
「ライザはこんな見かけだし、魔法の能力も高くて、完璧な令嬢だと誤解されているけれど、ちょっと抜けたところもある普通の女の子なの。これからも力になってもらえると嬉しいわ」
「私のような者でもライザ様のお力になれるのでしょうか? そうであるのならば、身に余る栄誉です」
 彼は眩しそうにライザを見ていた。

「当然じゃない。だって、貴方は騎士様だもの」
 王宮騎士の皆さんには、回診時の護衛としてだけではなく、痛みで暴れる患者を押さえてもらったり、先に診てもらおうと列に割り込む患者を後ろに並ばせたりと、非力な私たちではできない仕事に担ってもらっている。彼らの協力がなければ、私たちは市井での治療を行うことができないだろう。
 
「こんな自分でも皆さんにお役に立てるのなら、騎士になって本当に良かったです」
 こんな自分って! 貴方は騎士のベルトルド・アントンソンさんですよね? 貴方がいる限り王都は平和だと聞いたことがあるのだけど。噂は当てにならないのかしら?
 まあ、私も疲れているのでそこは突っ込むのを止めておこう。

「どこまで治療が進んでいるか調べるから、あっちの椅子に座って」
 アントンソンさんを治療室の方に追いやり、ライザの眠っている部屋のカーテンを閉める。

「傷はほぼ完治しています。だからもう大丈夫です」
 その言葉を信じて、アントンソンさんにいくつか薬を渡し、帰っていいと告げた。
 彼は深々と頭を下げて治療室から出ていく。


 それからライザの熱を測ったが平熱だった。気を失ったのは魔力不足が原因なので回復するまで眠らせるしかない。
 魔力回復薬は高山に自生する貴重な薬草から作られるので、残念ながら本当に緊急時にしか服用することが許されていない。

 私は改めて眠っているライザの寝顔を見た。
 プラチナブロンドの美しい髪は貴金属製のように輝いていた。閉じたまぶたに宝石のように美しい紫の虹彩が隠されている。
 ここまで美しい人を私は知らない。同じ女性だけど、嫉妬も憧れもできない程の完璧な容姿だ。
 その上、ライザは多くの魔力と精密な魔力制御能力を持っている。彼女が宮廷医師団に入ってきたときは、先輩医師として嫉妬を止めることができなかった。
 神様はこれほど不公平なのかと恨んだこともある。一人の女性に全てを与えるつもりかと。

 馬鹿だったのは私。
 ライザは魔力と魔力制御に秀でていたからこそ、その身に余るほどの重責を担っていた。
 他の医師では無理だけど、ライザならば助けることができる怪我人や病人がいる。ライザが逃げればそんな患者が死んでしまうのだ。その重圧に耐えながら、ライザは毎日身を削るようにして頑張っていた。
 
 酷い怪我人に手を添えて治さなければならない。たとえ後で胃の中のものを全て戻すことになったとしても、ライザは患者の前では表情を崩さなかった。
 冷たいまでの美貌は、辛さや怖さの感情を押し殺しているため。

 そんなライザが、あのベルトルド・アントンソンという騎士の前では表情をくるくると変える。恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに騎士のエスコートを受けるライザを見て、幸せになって欲しいと心から思った。
 アントンソンさんは敬愛の眼差しをライザに向けていた。それを愛情に変えるのはそれほど難しくないだろう。
 アントンソンさんはかなり卑屈だけど悪い人ではなさそうだ。それに、噂によればとても有能な騎士らしい。
 彼ならばライザを幸せにしてくれるのではないかと思う。


 薬草採取に参加していた王立植物研究所のアンナリーナさんに聞いたところ、あの騎士は彼女の義理の兄だという。子爵家の養子だから、侯爵令嬢のライザと結ばれるのは不可能ではないはず。
 ただ、彼がアンナリーナさんをどう思っているかが気になるところ。彼女を見つめるアントンソンさんの眼差しはとても甘かった。
 でも、アンナリーナさんは本当に兄としか思っていないようなので、前途多難というほどではなさそう。
 とにかく、ライザには幸せになってほしい。
 ライザの美しい寝顔を見ながら、私はそんなことを考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした

玖坂
ファンタジー
気がつけば、乙女ゲームの“悪役令嬢”ポジションに転生してました。 しかも婚約者は、誰もがドン引きする“ブサイクで嫌われ者の王子様” だけど――あれ? この王子、見た目はともかく中身は、想像以上に優しすぎる……!? 国一番の美少女に転生した令嬢と、誰にも愛されなかった王子が、少しずつ成長していく物語。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています

月影みるく
恋愛
目を覚ましたら、大好きだったアニメの世界。 しかも私は、未来で断罪される運命の悪役令嬢になっていた。 破滅を回避するために決めたことはただ一つ―― 嫌われないように生きること。 原作知識を頼りに穏やかに過ごしていたはずなのに、 なぜか王族や騎士、同年代の男女から次々と好意を向けられ、 気づけば全員から溺愛される状況に……? 世界に一人しかいない光属性を持つ悪役令嬢が、 無自覚のまま運命と恋を変えていく、 溺愛必至の異世界転生ラブファンタジー。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

聖女じゃなかったので、カフェで働きます

風音悠鈴
恋愛
光魔法が使えず「聖女失格」と追放された大学生・藍里。 聖女じゃないと城を追い出されたけど、実は闇属性+女神の加護持ちのチートだった⁉︎ 望みはカフェでのスローライフだけ。 乙女ゲーム世界の歪みから大切な日常を守ります! 全30話予定

処理中です...